第9話 普通に友情、あと壊滅
アマドより南西の草原地帯、そこから更に進むと森林地帯が存在する。
そこに件のデッドバブリースライムは出現するという。
デッドバブリースライムは存在そのものが毒。身体を構成する物質は全てが生物にとって有害であり、触れただけで肌が爛れ腐れてゆく、という悪夢を具現化したかのような生物である。
この猛毒生物の弱点は火である。その深緑色の不定形の身体は非常に燃えやすく、弱点さえ突けば倒すことは難しくない。
だが、この生物が好む地形環境が、それを難しくさせていた。
デッドバブリースライムは森林を好み、音もなく高い木の枝に身を潜める。そして生物の死角となる頭上から自由落下して哀れな獲物を捕獲するのだ。
一度纏わり付かれれば助かる術などありはしない。二次災害を防ぐべく、犠牲者ごと焼き払うより他にないのだ。
この生物の存在により、数多くの伐採作業者たちが犠牲になっている。
しかし、彼らもデッドバブリースライムたちの生きる場を奪っているので、どっこいどっこいと言えようか。
そんな凶悪極まりない生物とは知らずに討伐を引き受けたアマネとルトゥータは、冒険者ギルドの受付嬢より【ホークアイ】なるバッジを渡され身に付けている。
これはいわばギルドの監視、そして、討伐を見届けるための魔法道具だ。
討伐の一部始終を記録すると共に、リアルタイムでの映像がホークアイの本体へと送られる。
ホークアイの本体は地球でいうところのフラットテレビに近いものがあるが、あれよりは遥かに粗雑で単純な作りとなっている。
本来、討伐の映像はギルド職員のみの視聴が許されていたが、いつからか冒険者ギルドの客寄せとして使われるようになった。
そのため、冒険者ギルドを介しての討伐依頼を引き受けなくなった者もいる。
だが、この映像は新人冒険者たちとって非常に勉強になるものであり、この映像を見ていたお陰で命拾いした、という者はかなりの人数に及んだ。
この結果を顧みてどうするかを検討してみたところ、全体的に有益となったため、現在に至って戦闘中の光景は誰かれ構わず視聴することができるままとなった。
そのため、今では娯楽として視聴する者が後を絶たない。
そのような説明を受けたアマネとルトゥータだが、実は話半分で冒険者ギルドを飛び出している。
したがって、何故ホークアイを身に付けねばならないのかを理解していない。
「なんとしても、夕方までにはデッドバブリースライムを駆除して報酬を手に入れましょう!」
「うん! そして、ゆっくりお風呂に浸かって、美味しいご飯を食べるんだ~」
「お酒も飲みた~い!」
酒が飲みたい、それはルトゥータの何気ない欲望であった。
だが、彼女の願望に、アマネはビクン、と身体を震わせる。
「(あれ? なんだろう? 僕の奥で何か……?)」
「アマネちゃ~ん! 早く早くっ!」
「ほぇ? わ~、置いてかないで~!」
先を急ぐ軽装のルトゥータに置いて行かれまい、と重装備のアマネはドスドスと地響きを立てながら追いかけたのであった。
デッドバブリースライム討伐に出かけて一時間ほど。アマネたちはデッドバブリースライムの生息地であるとされる森林へと進入した。
生命豊かであるはずの森林、しかし、そこには命の息吹を感じさせる要素は微塵も無い。
そこかしこに転がる白骨死体、それは獣のものであったり、しかし、人間のものでもあった。
ある意味で平等な死ともいえるが、嫌悪感は断然、人間の白骨死体の方が上であろう。
人間の白骨死体は、その状態からして長い年月が過ぎているようには思えない。
その証拠とも言えるであろうか、白骨死体が使用していたと思わしき鉄製の武具が、錆ひとつ無い状態で辺りに散らばっていた。
「うげっ!? 冒険者の白骨死体っ!? 何よ、スライムって弱いんじゃないの?」
「スライムさんは強いですよー。物理攻撃が効かないんですー」
「なんで、アマネちゃんがドヤ顔してるのよ。今からそれを退治しないといけないのよ?」
「あー。そうかー」
なんとも暢気なやり取りである。
だが、このような美味しそうな獲物たちに、デッドバブリースライムが気付かないか、と言えば答えは否。
既に彼はアマネたちの気配を感じており、じりじりと木の枝の上へと移動。
今か今か、と落下の時を待っていたのである。
「まったくもう……まぁ、スライムなんだから、燃やすか、凍らすか、よね」
「ルトゥーさん、魔法が使えるのー?」
「うん、まったく使えなーい! アマネちゃんは?」
「ふっふっふー、まったく使えなーい!」
「「……」」
そして、二人は踵を返して森から立ち去ろうとした。
これに慌てたのがデッドバブリースライムだ。実のところ、森の獲物たちを食い尽くしてしまっていた彼は、この一週間もの間、何も食べていないのだ。
折角の獲物を逃がすまい、と落ちるタイミングでもないのに落下を開始。落下したその場で、うねうねと自分の存在を盛大にアピールする。
誰がどう考えても悪手であり、まったく意味がない行為であった。
「う、うわー、スライムさんだー」
「え~、攻撃できないんだから逃げるしかないでしょうに」
しかし、その必死のアピールは完全に無視され、哀れにもデッドバブリースライムはポツンと残されることになった。
その悲し気な様子は視聴していた全ての者たちの同情を誘ったという。
森を抜けたアマネとルトゥータは、態勢を整えるべく緊急会議を開く。
「いい、アマネちゃん。何も魔法でなくてもいいわ。何か火を起こせる道具か薬はないのかしら?」
「う~ん、魔水ランプなら……あ、そうだ。僕にいい考えがあるよー。これなら、上手く行くかもー」
自信を覗かせるアマネを信じ、二人は再び森の中へと進入。
暫く進むと拗ねていたデッドバブリースライムの姿があった。
「スライムさん、かくごー」
アマネたちが戦う意欲を持っていることを感じ取ったデッドバブリースライムは、勇ましく不定形の身体をうねらせ始める。
だが、彼は知らない。アマネがどのように自分へと攻撃を仕掛けてくるかを。
そして、ルトゥータもまた、アマネの秘策を知らされていなかった。
「いけっ、てけりりっ!」
「て~け~り~・り~!」
アマネは無限リュックサックから悪夢の塊のような存在を手掴みで取り出し、それを迷うことなくデッドバブリースライムに投げつけたのである。
「よりにもよって、それを投げつけるのっ!?」
「だって、魔水ランプ、もったいないよー。それに、あの子、お薬だから大丈夫」
そういう問題ではない。そもそも、薬ですらない。
ここに、最凶最悪の生命体デッドバブリースライムと、明らかに存在してはいけない外宇宙生命体との戦いが勃発。
これを視聴していた、ことごとくの者たちが正気を失い、冒険者ギルドは大変な事態へと陥ることになる。
「うーわー、うーわー、これは酷ーい。フォルモス様、助けてー」
天にて彼女らを見守っていた主神は、自らの耳を手で押さえたという。
ルトゥータの願いは華麗にスルーされたのだ。
「かんばれー、てけりりー。そこだー」
「てっけりっ・りっ!」
うねうねと伸び上がる不定形生命体ども。この戦いによって周辺の木々は無駄に切り倒され、融解し、見るも無残な姿を晒すことになる。
被害総額はかなりのものとなろう。
やがて、激しかった両者の戦いは終わり、そこには奇妙な友情が芽生えていた。
「てけり・り」
「ぷくぷく」
ただし、芽生えるはずだった若芽たちは、ことごとく切り刻まれたり腐れてしまっている。
それを普通に眺めていたアマネとルトゥータは、友情が芽生えた両者を今更引き離すわけにはゆかないだろう、と結論付け、結局デッドバブリースライムをアマドの町へと連れて帰ることになった。
無論、大パニック待ったなしだ。
この二人にまともな思考能力は残っていないのであろうか。
少なくとも、ルトゥータの精神はやられている可能性が高い。
アマネの精神は常に普通でのんびり、且つ深く考えないので、まったく期待などできない。
困ったことに、この場で一番まともなのは、この二匹の不定形生物であるという。
「てけり・り」
「ほあ~? このままじゃデッド君が町に入れないってー?」
「あー、そうよねー。服着てないもんね」
違う、そうじゃない。
やはり、ルトゥータは正気を失っているようだ。女神の癖に情けない話である。
「それじゃあ、取り敢えず瓶の中に入っててー」
「ぷくぷく」
「あー、その手があったわねー」
こうして、取り敢えずアマドの町の壊滅だけは防げたのであった。
冒険者ギルドへと向かったアマネとルトゥータが見た光景、それは形容し難い混沌であった。
そこにいた全ての者が正気を失っていればそうもなろう。
「あのー、受付さん。デッド君は退治できなかったけど、もう悪さはしないってー」
「あぴぴぴ、ほひ、ひほほほほほほほほほっ!」
「そうですかー、よかったねー、デッド君」
「うひっ、うひひひひひっ」
果たして、アマネは何を聞き、何を喜んだのであろうか。
彼女は普通は理解できない言葉も、普通に理解してしまう。
きっと、それは普通の者が聞いたならば、精神崩壊へと導かれてしまうであろうものに違いない。
だが、彼女は大丈夫なのだ。それが普通だから。
かくして、デッドバブリースライムの脅威は去り、しかし、アマドの町の冒険者ギルドはこの日、壊滅したのであった。
尚、報酬はもらえなかったもよう。
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