第8話 普通にトントン拍子
ストレッチ後、アマネは魔王の鎧を装着し、いつもの全身鎧姿となって朝食へと赴く。
この宿の食事は宿の食堂でとるか、外で食べるかのいずれかを選択する。
アマネは基本的に食ったら寝る、を繰り返しているので宿の食堂を利用していた。
ルトゥータが仲間に加わる以前は、朝食後も一眠りしていたのだが、今日からはそうもいかない。
しっかりとした監視の中、よく噛んで食事を済ませることになる。
それでも、二人前を平らげてしまったのであるが。
「ぷは~、なんだか、食べたんだか、食べてないんだか分からないや~」
「徐々に食べる量も減っていって適量になるわ。よく噛んでるから満足感はあるはずよ」
「う~ん、まだ分からないや~」
と首を傾げるアマネは、ルトゥータに今日は買い出しに出かける、と宣言した。
「あら、薬の材料?」
「昨日、お風呂を作るって言ったじゃないですかー」
「あぁ、お風呂ね。って本当に作る気?」
「うん、作ってもらう、が正しいかな~?」
肩に掛かる桃色の髪を除けたルトゥータは、アマネが本気であることを悟る。
確かに五右衛門風呂は構造が単純だし、設置スペースも広く取らない。そのため、使わなくなったら撤去も楽だろう。
そう判断した女神ルトゥータはアマネの意見に異を唱えなかった。
「いいわね、半身浴でじっくりと入浴すればダイエット効果も期待できるし、何よりも気持ち良いから一石二鳥。そして、お風呂上りにストレッチをすれば身体も柔らかくさせやすい。一石三鳥」
「しかも、身体もぴっかぴか~」
いえーい、とハイタッチをした乙女たちはアマドの町の市場へと繰り出す。
四大国家の一つ、【剣の国ソルシア】。その歴史は古く、七百年も続く王政国家だ。
世界で初となる騎士を生み出したのも、この国となる。
国土は四大国家の中では三番目の大きさとなるものの、その全てが肥沃であり無駄な土地が存在しない、という恵まれた国であった。
だからだろう、他国からの侵攻が無くなることがない。
故にこの国が生み出した騎士は、やがて正義を掲げて団結し騎士団を結成。
脅威に脅かされる我が国を護らん、と剣に、そして盾となって戦い続けている。
その戦いは、魔王が討伐されても尚、無くなることは決してなかった。
アマドはそんな国に所属する中規模の町となる。
人口は約一万人。中世ヨーロッパの文化レベルでは、これが限界であろう。
だが、ソルシアは良く街道整備が成されており、人の行き来も活発であるから、中規模の町が無数に存在する。
行商人たちも街道が整備されているため安心して商売に励めることから、ソルシアの経済状況は非常に潤沢となっていた。
そのため、無理をして大都市を作り出す必要がないのだ。
尤も、首都である【ソルレアン】は、そうもいかない事情を抱えているのだが。
「相変わらず活気があるな~」
アマドの町の市場は小ぶりであったが活気に満ちている。
ここは近くに良質の木材、そしてオルンという良質の油を産出村があるので物作りに適している町なのだ。
したがって、工房なども数多く存在している。
「え~っと、加工し易くて、水に強い木材ってあるかな?」
「そう言う場合は、お店の人に聞くのが一番よ」
「ほあ~、そうなんだ~」
「アマネちゃんも、お薬には詳しいんでしょ? 素人は専門家には敵わないの」
「あ~、そう説明してもらえると分かりやす~い」
あどけない笑みを浮かべるアマネは、しかし、全身鎧の不気味な行商人として人々に映っている。
しかし、彼女は痩せるまでこれを脱いで人前には出ないことを明言していた。
「(であるなら、もう少し可愛らしい全身鎧にできないかしら)」
ルトゥータは頭を悩ますも、魔王の鎧に魔法は通じないことを思い出し、考えることを止めた。
素直にアマネを痩せさせた方が早いことに気付いた形である。
「あの~」
「うっわ、ビックリした! 魔王かと思ったじゃねぇか、べらんめぇ!」
妙に江戸っ子気質な店主は、アマネの全身鎧姿に小心ぶりを披露した。
尚、彼は全身が筋肉隆々でスキンヘッドの大男である。
ツルツルの頭に巻いたねじり鉢巻きがチャームポイントだ。
「え~っとですねー、水に強くて加工しやすい木材ってありますかー?」
「おん? ったりめぇだろ! うちは木材を扱って百年よ! それなら、このザリバスの木が一番だ! 橋の材料にも使われているくれぇだからよっ!」
「あー、それなら十分かもー。お値段はー?」
「一枚四千ヤンだな。ここいらじゃあ、うちが一番安いぜ」
「良いお値段するんですねー」
「あったぼうよ! こいつを切るヤツ、そして加工するヤツ、それを販売する俺! それを三分割して考えてみな、嬢ちゃん!」
「あー、そう考えると決して高くないんですねー。僕はいつも一人でやってたからー」
アマネは思わぬところで価格を学ぶことになった。
前世では工場で単純作業を繰り返すのみの仕事であったため、そういうのには疎かったのである。
だからと言って、その適当な性格が急に直るわけではないのだが。
「(ふむふむ、いいわね。他者とのコミュニケーションで修正される部分がある、か)」
既にルトゥータはアマネの教師的な考え、そして立場を自覚し始めていた。
一応は普通ウィルスの脅威を退ける、という重要な使命を帯びているのだが、普通に忘れかけている。
そんな女神ルトゥータを、天空に引き籠っている神々が、ハラハラしながら見守っていることを彼女は知る由もなかった。
「えーっと、それを、こんな感じに加工するには幾ら掛かりますかー?」
「うん? どれどれ……あぁ? でっけぇ桶を風呂にするだぁ?」
筋肉隆々の店主は額を手で押さえて、天を仰ぎながら大笑いし始めた。
「いやはや、よくもまぁ、こんな事を考えるもんだ! 誰かしら考えそうで考えないたぁ、このことだな!」
「個人用のお風呂ですー。長期滞在するなら、必要かなーって」
「そうなると、材料費込みで十七万ヤンってとこか。これだと火を受ける鉄も用意せにゃあならねぇしな!」
「あーそういえば、最初に作ったお父さんが、失敗した、って言ってましたー」
「だろうな。よーし、こんな面白ぇ物を俺っち一人がこさえるのは罪ってもんよ! こいつを貸しな! 今日中に作ってやるよ!」
「いいんですかー? やったー」
とんとん拍子に話が進んでゆく。
だが、彼女らはこれに疑問を抱くべきであったのだ。
普通、こんなに話が上手く行くはずがないのだから。
ウキウキしながら市場を後にするアマネとルトゥータ。
念願の風呂に浸かれる、と心は軽やかだ。
「よかったねー、ルトゥーさん。これでお風呂に入れるよー」
「そうねー……あっ、そう言えば、お金だけど……ある?」
「うん! ない!」
「「……」」
二人は暫しの沈黙の後、アマドの町の役場へと猛ダッシュした。
そこには冒険者ギルドが併設されており、日雇いの仕事が掲示板に張り出されているのだ。
冒険者ギルドの実態は、何でも屋たちの総括管理機関のようなものだ。
冒険者とは、いわゆる無職の事を指し示し、この事から世間の評判もよろしくない。
この内で華々しい活躍をした者たちは、正規の機関より声が掛かり、直ぐに冒険者を卒業してしまうのが常だ。
したがって、超一流の冒険者、という存在は稀であると言えよう。
ばたん、と木製のドアを猛々しく開け放つ美女と禍々しい全身鎧の行商人に、仕事を求めて掲示板を眺めていた冒険者たちがギョッとする。
「仕事っ! 仕事を寄こしなさいっ! それも、一番報酬が高いやつ!」
「うーおー、今の僕はとっても危険ー。どんな仕事も引き受けちゃうー」
「仕事は選ぶっ! 変な依頼が混ざっているんだからね!」
「ほあー、そうなんだー」
尚、アマネは冒険者ギルドの依頼を受けたことがない。
ここで仕事をもらえる、という知識しか持っていなかった。
事実、よく調べなかったばかりに、新人の女冒険者が奴隷にされてしまい人生が終わってしまった、という悲劇が少なくない。
「ないっ! これも駄目っ! 愛人募集っ!? くたばれっ!」
血眼で依頼を探す美女に、流石の冒険者たちもドン引きである。
「あった! 求む、デッドバブリースライム退治、二十万ヤン!」
「わー、それならお金が払えるー!」
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
女神ルトゥータは一枚の依頼書を手にし雄叫びを上げた。
だが、それなる怪物は猛毒を持つ不定形の化け物であり、幾人もの冒険者、果ては騎士団をも返り討ちにした存在だ。
果たして、軽はずみで依頼を受けてしまった二人は、これなる怪物を退治すること叶うのであろうか。
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