第7話 普通にダイエット計画、あと製薬も

 身を清め、さっぱりとしたところで食事となった。

 そして、そこで美と節制の女神ルトゥータは衝撃的な光景を目の当たりにする。


「う、うおぉぉぉ……」


 それは、炭水化物のオンパレード。パン、クリームコロッケ、ポテトフライをおかずに白米をもりもりと口に運ぶ全身鎧の少女の姿に、ルトゥータは衝撃を覚えずにはいられない。

 しかも、あろうことにそれが三セット繰り返されたのだ。


「すたーっぷ! 栄養バランスとか、そんなレベルじゃなーい!」

「えっ!? 今日は小食だよ~?」


 ルトゥータは、アマネのこの発言に頭痛すら感じ取る。


 食事風景は確かに上品で綺麗だ。しかし、明らかに噛んでいないことが分かる。ほぼ丸飲みであるのだ。

 そのような食べ方で人間は満腹になるように設計はされていない。よく噛み脳を刺激することによって人は満腹中枢を刺激し満足を覚える。

 肥満の原因が、良く噛まないことに起因することは既に判明していることである。


「いい? 痩せるためには良く噛んで味わうこと。そして、お野菜をしっかりとって、お通じをよくする。これが肝要よっ」

「え~」


 アマネはあからさまに嫌な表情を見せるも、ルトゥータの必死の説得により渋々、次回から良く噛むことを約束する。まずは一歩前進と言えようか。


 しかし、アマネの修正個所はこれだけではない。

 多岐に渡ることになろう、とはルトゥータも予想していたものの、それを遥かに超えている事態となっていた。


「ふあ~、お腹いっぱい。寝よっと」

「はい、ストップ。食べてすぐ横にならない。太っちゃうわ」

「な、なんて残酷なことを~。食べてすぐに横になる快感を奪おうというの~?」

「痩せて綺麗になるんでしょっ? まずは太る習慣を徹底的に排除! 全てはそれから!」


 アマネは「うおぉぉ……」という地の底から出しているかのような声を上げた。


 だが、ルトゥータはお構いなしに全身鎧を脱ぐように指摘。

 アマネは嫌がる素振りを見せるものの、渋々要求に従って魔王の鎧を脱いだ。


 すると、魔王の鎧は独りでに組み上がり、アマネにVサインで挨拶を交わすと部屋の隅まで移動し体育座りをして大人しくなった。


「なにあれこわい」

「賢い子なんだよ~。たまに手が離せない時は、お店を見ていてくれるし」

「それ、絶対にお客様が離れていくやつ」


 色々とおかしい現象に、しかし、ルトゥータは現実逃避で対抗し、これを退けた。


「ふむふむ、これはこれは……修正し甲斐のある、だらしない体ね~」

「ひえっ」


 ルトゥータはアマネのだらしない二の腕の肉や腹肉を掴み、肉食獣の眼差しを彼女へと向ける。

 彼女の能力の真骨頂はダイエットであるから、このようなだらしのない肉体を持つ者を放ってはおけないのである。


「うふふ、これは絞り甲斐あるわね。じっくりと時間をかけて、太りにくい体に仕上げましょうか」

「う~、なんだか怖いよ~」

「きついのは最初だけ。習慣になれば、あとは痩せてゆくだけよ。頑張りましょう」

「う、うん。がんばる~」


 ふんす、とガッツポーズを取るアマネの身体は、それだけで色々な個所が、ぷるんと揺れたという。


 その後、一休みした後に軽いストレッチを開始。そして、ルトゥータは驚愕する。


「か、硬った!? これ以上、曲がらない!?」

「うが~」


 アマネの関節は恐ろしいほどに硬かった。前屈も見事な【ヒ】を描いている。

 関節が硬いとやはりエネルギーの消耗が低くなるので、これも修正対象である。


「ぶひー、ぶひー、なんで、私の方が疲れてるのよ?」

「ほひー、ほひー、体中がバキバキいってるぅ」


 軽いストレッチだったのは間違いない。しかし、想定を上回るアマネの身体の硬さは、ルトゥータの女神人生でも初のものだ。


「これはやり甲斐のありすぎる仕事だわ。うふふ、明日から楽しみね」

「ふぎゃ~、明日から地獄だ~」


 この後、アマネは無限リュックサックから道具を取り出しポーションの製薬に入る。

 これをルトゥータも手伝う事になった。


 女神とはいえ得意分野ではないそれに口出しなどできるわけもなく、単純な作業を手伝うだけだ。

 現在は、すり鉢で薬草をすり潰している最中である。


「ご~り、ご~り、っと。アマネちゃん、どうかな?」

「あ~、いいですね~。ルトゥーさん、上手です~」


 製薬は和やかな感じで進んでゆく。この後は蒸留水を生成し、すり潰した材料を煮込めば完成、とのことだが、ここからは普通の作業ではなくなる。

 それは普通の作業であるが、アマネが関わると普通ではない普通の作業へと変じるのだ。


「さてさて、これを魔水ランプの火に掛けて、二時間ほど煮込む~」


 魔水とは地球でいうところのメタノールであり、魔水ランプとは正しくアルコールランプに当たる。


「へー、本格的ねぇ。行商人をやっているからポーションは簡易的に作っているかと思ったけど」

「簡易的にしか作れませんよー。難しいお薬はこれでは作れませんねー」


 魔水ランプの容器を魔水で満たし、それが無くなるまで使用する、とおよそ二時間となる。

 三脚に載せられた銅の鍋は魔水ランプの青い炎に炙られて、くつくつと音を立てながら甘い香りを立たせ始めた。


「あ、甘いにおいがし始めたわ」

「蜂蜜と菜の花を混ぜているんですよ~」

「あぁ、それで……ちょっ、噴きこぼれてるっ!」

「大丈夫ですよー。自分で勝手に戻りますからー」

「は、え? いや、ちょっと、何を言っているのか……」


 ルトゥータはそこまで言って、表情を引き攣らせ始めた。

 ボコボコ、と泡立つ鍋は七色に脈動する液体を吐き出し始めている。

 そして、それなる物に女神ルトゥータは見覚えがあった。


「てけり・り」

「やっぱり、おまえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 製薬作りは普通に危険な状況を孕み、ルトゥータを極限の疲労へと追いやった。

 月に向かって咆える野良犬は、果たして女神を弔うためであっただろうか。


 そして、夜は更けてゆく。






「ふがが……ら、らめぇ、その穴はちがふのほほぉ……っは!? ゆ、夢?」


 年季の入った木枠の窓から差し込む輝きは三百歳の乙女を優しく包み込む。

 なんとも、いかがわしい夢を体験し覚醒したルトゥータは、白い靄が掛かったかのような思考の中、悪夢の痕跡を見つめる。


「うん、昨日の事は忘れよう」


 そして、そのような結論に至った。この間、僅か三秒の出来事である。


「ふごごごごっ、ぽひゅっ、すぴぴぴぴぴっ」

「なんて、いびきを掻いているのよ。これも修正……いやいや、寝相も酷い」


 アマネの寝相は顔を枕へと押し付け、尻を天へ向かって突き上げているかのような姿勢だ。こんな姿勢でよく寝れる、とルトゥータが感心できる程度に酷い。

 そして、止めとばかりに「ぷぅっ」と放屁。これには美と節制の女神ルトゥータも勢いよくベッドから落下してしまう。


「ふあ~、よく寝た~。あ~、おはよ~、ルトゥーさん」

「おはよー、じゃないっ! 朝一番にオナラしないの!」

「我慢は良くないよー」

「おトイレでしなさいっ!」


 羞恥心が無い、女神ルトゥータはアマネに対し、そのような評価を下す。

 これは、彼女の内に宿る源十郎の仕業である可能性が高い、とも判断した。


「(羞恥心を修正すれば、魂のすり合わせが成るかしら?)」


 それゆえに、これからは羞恥心の育成も取り入れることを画策する。


「まずは着替える前に軽くストレッチね。汗も掻くだろうし水とタオルも用意してっと」

「ふあ~、まだ眠いや」

「はい、現実逃避は許しません」

「た~す~け~て~」


 七色に蠢く怪生物と、勝手に動き回る魔王の鎧に見守られながら、アマネのダイエット生活は始まりを迎えたのであった。

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