第6話 普通に理不尽

「あ~、とんでもない使命を与えられちゃったわ」


 天界にてアマネの危険性と、そして与えられた使命の重さを理解した女神ルトゥータは重い足取りで地上へと戻る。

 勿論、その際に姿を見られるという失態はやらかさなかった。


 アマドの町からアマネがポーションの材料を採取している草原へと向かう。

 そこには黙々と薬草を採取する全身鎧のアマネの姿、そして、複数の巨大な魔物の死骸が転がっていた。


「……は?」


 女神ルトゥータは、その魔物の死骸に困惑した。

 どれもこれも一筋縄ではゆかぬ強力な魔物たちばかりなのだ。


「うっわ……石化の視線が厄介なバシリスクに、巨大で再生能力が高いワーム、それに炎を吐き出すヘルハウンドまで」

「あっ、お帰り~。ウンチ長かったね」

「ウンチちゃうわっ! というか、一文字変えればセーフ、ってわけじゃないからっ!」


 ルトゥータは、これほどの魔物に襲われても一切のペースを崩すことなく、黙々と薬草の材料集めをおこなっているアマネの異常性を恐ろしく感じ始める。

 しかしそれと同時に、これが普通なんだ、と認め始めている自分がいることに気付き戦慄した。


「(もう、侵食され始めているっ!? 気をしっかり持たないと、直ぐに普通に染まってしまう!)」


 アマネを普通の女の子にする使命を負ったルトゥータは、バシバシ、と頬を叩き自身に発破をかけた。これは同時に気付けの意味も多分に含まれている。


「えっと、この魔物たちはどうしたのかしら?」

「う~ん、薬草を集めてたら、普通に襲い掛かってきた~」

「この子たち、ここら辺一帯には生息していないんだけどな~」

「ほあ~、そうなんだ~」


 ルトゥータの説明に、しかしアマネは相変わらずマイペースを保ったままである。


 仮にこれらの魔物に襲われた場合、新人、三流の冒険者はまず助からない。

 ベテランあたりになれば逃げ果せる可能性も無くもないが、限りなく成功率は低いであろう。

 これらを討伐するなど以っての外だ。


 討伐の可能性があるとするなら、一流の冒険者、或いは優れた能力を持つ転生者であろう。

 それも単独ではなく、複数名のパーティーを組んでようやく可能、と言ったところだ。

 だが、アマネは単独で普通にそれをやってのける。


 普通はできない。そう、普通は。しかし、ここに普通ウィルスが加わると事情は激変する。


 普通ウィルスはアマネに危害を加えようとする者に対し有害な行動を取る、と説明したのを覚えているだろうか。

 そして普通ウィルスの感染力は極めて高く、しかも空気感染する凶悪さだ。


 しかも常に普通ウィルスはアマネから撒き散らされており、彼女の半径三キロメートルは普通ウィルスのテリトリー内と考えていい。

 加えて、そのテリトリー内なら彼らは死滅することが無いのだ。


 つまり、このテリトリーに入り、アマネに敵対した者は、もれなく普通ウィルスによって理不尽な弱体化を患う事になる。


 強力な石化の視線を持つ大蛇の化け物バシリスク。その必殺の視線は普通の視線となり効果を発揮しない。

 その上、大蛇ステータスは普通の蛇のものへと変化し、自重を支えることができなくなって、ただの置物と化した。


 強力な再生能力を持つ巨大なミミズは、その強力な再生能力が普通のものとなり、やはりステータスも普通のミミズ同様となったため、これもただの置物と化す。


 紅蓮の炎を吐き出し、牛のサイズほどもある黒い犬ヘルハウンドも普通の洗礼を浴び、吐き出す吐息は普通の生ぬるい吐息に代わり、やはりステータスは普通の犬同様になって、これもまた、ただの置物と化す。


 そうなってしまえば、あとはただの作業だ。

 アマネは無限リュックサックから超重量級のデスグラビトンアックスを取り出し、それを凶悪で強力だった普通の置物たちの頭に振り下ろし、彼らを絶命させていった。

 これらの事はアマネにとって日常茶飯事であり、普通の事であった。


 勿論、これらの事は普通ではない。でも、普通なのだ。この世界がそう認めているのだ。


「うわぁ……えげつない、えげつなさ過ぎる」


 死体どものそこに至った経緯を、女神の力によってこっそり覗き見たルトゥータは、ひくひくと表情を引きつらせつつ、絶対に力技ではアマネをどうにかすることなど不可能であることを悟る。


「(やっぱり、普通に今のアマネちゃんと、かつてのアマネちゃんを調停して、魂のぶれを無くさない限り、どうにもできないようね)」


 女神ルトゥータは深いため息を吐き出し、その問題の魂をどうするべきかを真面目に考え始めた。

 五十年もの間、男として生きてきたアマネ。今でこそ、表面上は可愛らしい少女であるが、その実態は【おっさん少女】である、と主神フォルモスから説明を受けていた。


 つまり、女神ルトゥータはおっさんを完璧な女性へと修正しなくてはいけないのだ。

 しかし、その逆があってはならない。それでは、アマネの未来があんまりになってしまう。


「(それは見たくないわよねぇ)」


 やはり、アマネが美少女になって幸福になってもらい、ついでに自分も幸福になるのが一番。そう結論付けたルトゥータは、アマネの材料集めを手伝い始める。


「遅れた分、手伝うわ」

「あ~、もう集まったから大丈夫~」

「あらそう? 他にやることはないかしら? バリバリ片付けちゃうんだから」

「ほあ~、それじゃあ、それの解体をお願いしようかな~」

「解体ね、任せてっ! かい……たい……?」


 使命感に燃える女神は勢いで解体を了承したものの、解体するものを把握してはいない。

 アマネが指差す先にあったものは、もちろん理不尽な死を迎えた魔物たちの躯だ。


「おっふ、ウンチしてきていい?」

「女の子が、ウンチって言っちゃだめなんだよ~」


 女神ルトゥータは逃げの一手を打つが、そうは問屋が卸さなかったという。


 結局、美と節制の女神ルトゥータは、解体をアマネに手伝ってもらいながら、全身を鮮血に染め上げ、美の欠片もない状態でアマドの町へと帰還したのであった。






 流石に血塗れのまま宿に泊まるわけにもゆかず、その日は宿に追加料金を支払って湯あみをおこなう事になった。


 大きな桶を部屋に用意して中に入り、バケツにお湯を入れたもので体を洗浄する、という味気ない作業は美の女神であるルトゥータに不満を覚えさせる。


「あ~、風呂に入りてぇ」


 地獄の底から出しているかのような声は、アマネにも聞こえている。経費節約のために二人部屋を取ったからだ。


「ほえ、ルトゥーさん、お風呂入りたいの?」

「まぁ、ね。こう見えても実家じゃ毎日入ってたのよ」


 この世界の文明レベルでは、毎日風呂に入れるのは王族や高位の貴族、或いは一流冒険者くらいなものだ。

 この発言にルトゥータはしまった、と表情を強張らせた。


「お風呂、いいよね~。僕も実家じゃ毎日入ってたよ~」

「そ、そうなんだ」


 アマネの入っていた風呂とは五右衛門風呂の事である。

 前世が日本人の彼女はどうしても風呂のない生活が嫌で、父親にせがんで五右衛門風呂を作らせてしまったのである。


 五右衛門風呂の構造は極めて単純、そのため器用なアマネの父親は二度目の挑戦で五右衛門風呂を完成させてしまった。

 また、アマネの村は水が豊富とあって、瞬く間に五右衛門風呂は各家庭に普及。

 その日の終わりに風呂に入る、という光景が普通になってしまったのである。


「お風呂、入りたいなぁ。作っちゃおうか~」

「ちょっ、ここには長居しないんじゃないの?」

「だって、お薬作るから一週間くらいは滞在することになるもん」

「あ~、そうなんだ。簡単に作れるなら、作ってもいいかもね」


 だが、この軽はずみな返答が、まさかの大騒ぎへと発展することになる、とは女神の目をもってしても見抜けなかったのであった。

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