第4話 普通にすごい薬

 女神ルトゥータの策謀により懐に入られてしまった全身鎧の行商ちゃんは、しかし、依然マイペースである。


 本日の稼ぎを得るためにやる気のない呼び込みを続けるも、得体が知れなさすぎる全身鎧によって効果は半減、半減というよりかは既に無いに等しい。

 それに加えて怪生物の存在が益々客を離れさせる。商売をする気があるのであろうか。


「は~ん、お客さんがこない~」

「寧ろ、これでお客様が来る、と思っていること自体が凄いわ」


 これにはルトゥータもビックリだ。しかし、同時にチャンスだ、とも感じ取る。


「ねぇねぇ、その鎧、脱いでみない?」

「え~、やだ~」


 予想通りのが返答に女神はほくそ笑む。次なる言葉は既に用意してあった。


「まずは、現状を知ること。いい? 女性は何も痩せている者だけが美しい、というわけではないの。ふくよかさもまた、一つの美なのよ」

「うー」

「う~ん、それじゃあ、まずはその兜から外してみましょうか」

「そ、それだけなら……」


 女神ルトゥータは、しめしめ、と手応えを感じ取る。

 まだ出会ったばかりだ、功を焦るばかりに全てを台無しにするような行動は控えるべきである、と自分を諫め確実な選択肢を選んで行く。


 アマネが禍々しい兜を取り外すと、僅かにしか覗いていなかった可愛らしい素顔が明らかになる。


「あら可愛い」


 女神ルトゥータは素直にそのような感想を漏らす。

 恐怖の普通の普通じゃない転生者をなんとかしろ、そう言われ、デスクワークから外された彼女は実のところアマネの事をよく知らないでいた。


 美と節制の女神である彼女は、とにかく美しくなること、美しくさせること、だけを考える仕事を与えられていたのだから当然だ。

 しかし、神々は彼女の普通じゃない力に翻弄されて、それを抑え込むことで手いっぱいだ。


 したがって、やむをえなく、デスクワークに従事していた者たちの中で、比較的ましな者を選出し、アマネの下へと送り込んだのである。


「いらっしゃい、いらっしゃい、可愛い女の子が営む道具屋はここですよ~!」

「わわっ、とんでもない事を言ってる~!」


 女神ルトゥータは仕上げとばかりに客寄せを敢行。

 女神の力をふんだんに含ませた呼びかけは、男ならず女までをも魅了し、アマネの露店へと引き寄せることになった。


「さぁさぁ、お客様がいらっしゃったわよ」

「う、うん、頑張るっ!」


 ふんす、ふんす、と張り切るアマネ、その中身は五十歳のおっさんである。

 しかし、その時代の精神は十五歳のアマネの精神によって封じ込められている状態だ。

 したがって、今のアマネは正しく十五歳の少女である。


 だが、これは完全に封印が成されているか、と問われれば、そうではない、という答えを返さなくてはならない。

 表に出ていないだけで、源十郎はアマネであり、アマネは源十郎なのである。

 切っ掛けさえあれば、源十郎は表に出るし、内に引っ込みもしよう。


「らっしぇー、らっしぇー、色々あるよー」

「お~、色々あるね」

「あらやだ、あの兜の下って、こんなに可愛らしかったのね」


 がやがや、とアマネの露店に人だかりができて、それを見た者が何事かと更に集まってくる。

 かつてないほどの賑わいにアマネは大興奮し、無限リュックサックから商品を追加。

 それらは彼女が生成したポーション類だ。


「お薬のお店なのね」

「うん、僕のお父さんに教えてもらったお薬だよ。一口飲めば、どんな怪我も病気も治っちゃうんだから!」


 屈託のない笑顔を見せるアマネに対し、女神ルトゥータは微笑を以って応えた。

 だが、この対応は甘い、と言える。


 明らかにおかしい普通を備えるアマネが、普通のポーションを生成する、などと普通は考えない。

 そして、ここに並べられているポーションは、やはり普通ではなかった。


 異世界ラカで流通している標準的な回復剤は僅かに緑がかった透明に近いものである。

 これは量産するために原液を十倍に薄めたからであり、一度の服用も百ミリリットルが適量、と定められており価格も一本五百ヤンからとなっている。


 だが、アマネのポーションは銀色であった。

 しかも透明ではなく、且つ粘液質であり、まるでドロドロに溶かした銀のようであった。


「超凄いポーションっ、今ならたった千ヤンだよ~」


 だが、こんな怪しい薬を誰が購入するであろうか。女神ルトゥータもこれには困り顔を露呈する。

 しかし、中には変り者もいるもので、折角だから、とアマネ製の怪しい薬をひとつ購入する者が現れた。


 それは、酷く腰が曲がった老人だ。

 ゆったりとした衣服は上質な物を用いており、それなりに裕福であることが理解できる。


「おひとつ頂こうかの。腰が痛くて痛くて……」

「あ、それなら、こっちの方がお勧めですよ~。うちの村のお年寄りも、これ一本で野山を駆け回れるようになるんです」


 そう言って、アマネが無限リュックサックから取り出した物は、金色のこれまたドロドロした液体が詰められた小瓶であった。


「こっちはちょーっと高いです~。ひとつ、一万ヤン」

「構いはせんよ、効果があるのであればな」


 老人は余ほどに腰の痛みが煩わしいのであろう。一万ヤン魔紙幣を手渡すと、その場で怪し過ぎる薬を飲みほしてしまった。

 大した胆力を持つご老人である。


「まいどありー」

「ふう……うん? 案外、美味いじゃないか」


 尚、黄金のポーションは蜂蜜味である。材料に蜂蜜を投入しているから当然なのだが。

 だが、アマネ製のポーションの問題はここからだ。


 突如として、老人の身体からバキバキ、ボキボキ、と鳴ってはならない音が聞こえてくる。

 その度に腰を痛めている老人は「ほぎ」「ぐえ」などと呻き声を上げて目を白黒させた。


「ちょっ!? 大丈夫なの、あれ!」

「あ~、お薬が効いている証拠ですよ~。直ぐに治まりますから~」


 女神ルトゥータの焦りとは裏腹に、のほほん、と構えているアマネは、この症状を日常的に見てきたからだ。

 アマネの言うとおり、暫くすると老人の症状は治まり、きょとんとした表情を見せている。

 住民たちも彼が落ち着いたことで安堵のため息を吐いた。


 がしかし、彼らはその直後に驚くことになる。

 腰が曲がっていた老人が、何事もなかったかのように背を伸ばし、正しい姿勢を披露したのだ。


「痛くない……な、治った!」

「そりゃあ、お薬ですもん」


 雄叫びを上げながら自宅へと駆けてゆくご老人は、まったく年相応には見えなかった。

 唖然と見送る住民たちは、あの老人が長い間、腰痛、関節痛に悩んでいたことを知っている。それが僅かな時間で完治してしまった事に、いよいよもってアマネが本物であることを理解した。


 そうなれば、薬の争奪戦が始まるのは明白。アマネが作ったポーションは瞬く間に売れてゆく。特に金のポーションが飛ぶように売れた。


「うわ~、薬の在庫が~」


 普段はまったく売れない商品だったため、それほど数を作っていなかったため、あっという間に完売となってしまう。

 だが、住人たちは先ほどの老人の回復ぶりを見ているので、アマネに対してしつこく食い下がった。特に年配者たちはそれが顕著だ。


 体の不調さえ治れば、まだまだ働くことができる。それは同時に生き甲斐も戻ってくる、ということなのだから必死にもなろうというものである。


「お嬢ちゃん! 金のポーションを頼むよっ!」

「わしも関節痛さえ治れば、まだまだ働けるんじゃっ!」


 ご年配たちの迫力には流石のアマネも押されっぱなしとなった。

 この騒動の最中、女神ルトゥータはちゃっかりと金のポーションを着服。豊満な乳房の谷間へとそれを隠し、そのまま成分を分析し始める。


「(蜂蜜、キューアムの葉、蒸留水……なんの変哲もない材料だわ)」


 女神ルトゥータは疑問を抱くも、やはりというか未知の材料を確認した。

 しかし、それが何であるのか女神の力をもってしても判別できない。

 それは果たして、この世界の物質ではないのであろうか。


 だが、分からないでは女神の沽券にかかわる。したがって、少し強めの識別能力を使う、と金のポーションに含まれる未知の材質とほぼ同等の構造をした物が、すぐ傍にあることが判明する。


 彼女は、それがいかなる物であるか、を確かめるべく視線を向けた。


「てけり・り~」


 そこには、嬉しそうに身体をうねらせる怪奇生物の姿が。


「……きょうもいいてんき」


 彼女はこの件を綺麗さっぱり忘れるべく、死んだ魚のような眼で澄み渡る空を眺めたのであった。

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