第3話 天より送られし者

 神々をことごとく疲労させたアマネは、今日も元気に禍々しい全身鎧を身に付けて商売に精を出す。

 せめてもの救いはフェイスマスクを解放して、その可愛らしい顔を覗かせていることであろうか。

 これが無ければ明らかに頭がおかしい鎧騎士にしか見えない。


 何故、アマネが全身鎧を纏って商売に精を出すようになったか。その理由はただ一つ。

 己のぽっちゃりにコンプレックスを抱いているからに過ぎない。


 彼女は自分がぽっちゃりであることを自覚して、尚も食欲を抑えることができない困ったちゃんであったのだ。それが、全身鎧を身に纏うただ一つの理由。


 神々としては、魔王が使用していた鎧をそのような理由で使ってほしくはない。

 しかし、魔王の鎧は呪われているので、一度身に付けてしまうと所有者が死ぬまで付き纏う、という迷惑極まりない能力を持っていた。


 一応はその呪いを解除できるのであるが、それを成し遂げることができるのは女神、そしてその神力に匹敵するだけの魔力を持つ聖女のみだ。

 しかし、聖女はこの世界に一人だけであり、聖都ホリウムから移動することは叶わない。


 したがって、神々が取る行動はただ一つ。


「らっしぇー、らっしぇー、安い感じがするよー、値段はてきとーだよー」


 商売をする気があるのかないのか、緩い声を上げながら道端で客寄せをする漆黒の全身鎧少女に近付く絶世の美女。


 メリハリのある悩ましいボディライン、それを誇張するほどにピッタリと張り付く不思議な衣服は純白。相当に自分に自信があるのだろう、過激なデザインである。

 艶めかしいほどに艶がある桃色の長髪は腰にまで届き、大きな目に納まる黄金の瞳は日の光に照らされて時折、七色に輝いた。

 そして、黄金の装飾品たちは人の手では決して到達できないであろう神秘的な造形美を湛えていた。


「しゃーせー、何か、いりよーで?」

「えぇ、困ったちゃんを一人都合してくれないかしら?」


 鈴が鳴るような美しい声に、彼女を遠巻きに眺めていた男どもが骨抜きになる。

 だが、それも仕方のない事であった。

 何故ならば、この絶世の美女は天に居を構える神々の一員であるからだ。


 彼女の名は女神ルトゥータ。美と節制を司る女神である。

 言い換えると【ダイエットの女神】と解釈することができようか。


 彼女こそ、神々が対アマネのために送り込んだ刺客その一。

 ダイエットを成功させて魔王の鎧を手放すよう諭すために送り込んだ切り札だ。

 ついでに、アマネの普通の能力を封印する役目も押し付けられている。


 神としてはまだ若く、要は使い走りのように扱われているのである。

 しかし、これは女神ルトゥータにとってチャンスでもあった。


 自分よりも上位の神々でも手を焼く存在、それをどうにかしてしまえば、自分の神格は確実に上昇。

 あわよくば、アマネを己の信徒にしてしまえば、一気に主神の座も夢ではない。

 そのような野望を秘めつつも、一切表情には出さずぽっちゃり全身鎧少女にコンタクトを取った。


「ほあ~、困ったちゃんですか~。お目が高~い」

「うふふ、よく言われるわ」

「はい、困ったちゃんです」


 それは、玉虫のように輝く皮膚を持った不定形の生物であった。

 無数の眼球、無数の口、そしてうねうねと蠢く多数の触手の先には鎌のごとく鋭い爪を備えている。

 それは時折、と赤ん坊のように甲高く、でも女性の悲鳴のようにも聞こえる声で「てけり・り」と鳴いた。


「そ、それは……うん、本当に困ったちゃんねぇ」

「今ならなんと、たったの五十ヤンですよ~」

「残念だけど、私の欲しい困ったちゃんはこの子じゃないかな~?」

「てけり・り」


 女神ルトゥータは、だらだらと冷や汗を流しながら、やんわりとテケリ・リをアマネに返却した。


 尚、この不定形生物はアマネがポーションを生成している最中に突然変異を起こして爆誕した存在だ。間違っても口にしないようにしていただきたい。


「そうですか~、いい子なんですけどね~」

「てけり・り~」


 妙に仲が良い様子を窺わせる両者であるが、アマネはそれを売り払おうとしていたことを忘れてはいけない。


「私が欲しいのはあなたよ」

「ほえ? 僕ですか~?」

「えぇ、あなたには、そう……資質があるわ。美しくなる資質がね!」


 びしり、とアマネを指差した女神ルトゥータは、ここぞとばかりに後光を発生させて神秘性を強調する。


「て~け~り~・り~!」


 しかし、これに何故か対抗しようとした怪生物に邪魔をされて台無しにされてしまう。

 これには彼女も青筋を立てて我が身を震わせるも、ここはなんとか耐えたもよう。


「僕が綺麗にですか~? またまた、ご冗談を~」

「いえ、冗談でもなんでもないわ。本当よ?」


 これは女神ルトゥータの言うとおり、事実である。

 アマネの余計な肉を削ぎ落した場合、ビックリするほどの美少女が爆誕するのだ。

 それはもう、美の女神であるルトゥータの存在を脅かすほどに。


 だからこそ、アマネのダイエット作戦は様々な意味で女神ルトゥータにメリットが生じる。

 そこまで美しくしてくれたのであれば、アマネが女神ルトゥータに心を開かない理由が存在しないではないか。

 必ずや無類の信頼を置いてくれるに違いない、と彼女確信していた。


「ふぁ~、僕が綺麗に~」


 女として生きて十五年。男として生きてきた五十年に比べれば日は浅い。


 しかし、その十五年は男の五十年と比べれば、実に充実しており重いものがあった。

 何よりも家族の存在が大きい。可愛い弟にも綺麗になった姉の姿を見せてやりたい、という気持ちも強かった。


 だが、ネックとなるのが歯止めの効かない食欲だ。

 こればかりは抑えつけることができない。


 そしてもう一つ、彼女が危惧していることがあった。

 だが、今はまだそれに縁はない。しかし、着実に近付きつつあることをアマネは理解していた。


 この二つが合わさった時、彼女の体重は危険な領域に突入する。

 そのためにも、痩せる方法を模索しておかなければならない。

 しかし、全身鎧を身に付けてカロリー消費作戦は、今のところ効果を発揮していなかった。


「綺麗になりたいです~」

「よろしい! では、今日から痩せるために頑張りましょう!」


 女神ルトゥータはしてやったり顔を覗かせる、がそれとは対照的にアマネの表情は見る見るうちに曇っていった。


「あら、どうしたの?」

「えっと~、よく考えたら、僕、あんまり持ち合わせが無くて~」


 女神ルトゥータはそんなアマネに対し、すかさずフォローを入れてきた。

 折角釣り上げた大物を逃すまい、と必死になるのも無理はないだろう。


「だ、大丈夫っ! あなたが綺麗になれば、私にも依頼者がたっくさん押し寄せてくるから! これはいわば、運命共同体! あなたは綺麗になって、私もお客さんがいっぱい! うっはうは、よ!」

「ほあ~、うっはうは~!」

「てっけり・り!」


 果たして、この怪生物は、いつまで出しゃばり続けるのであろうか。


 かくして、まんまとアマネに取り入った美と節制の女神ルトゥータ。

 彼女は下克上を達成することができるのか。

 そして、アマネは痩せることができるのであろうか。


 女神ルトゥータの地獄は今、ここから始まる。

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