第2話 星空と魔法
一
季節は巡りそれから二年。中学二年生になって両親が離婚することになった。わたしは母親と一緒に家を出る。窓際にちょこんと座るクリスも今日はなんだか悲しそう。成長するにつれてクリスで遊ぶこともなくなり、クリスはすっかり風景の一部になっていた。
どうして勝手に決めるの? また独りぼっちなの? わたしの気持ち、だれもわかってくれないの? わたしはいつの間にか泣き疲れて眠ってしまった。
目が覚めるとクリスがそこにいた。
「やあ! また来ちゃった」
「クリス、久しぶり」
「ユミちゃん大きくなったね。⋯⋯泣いてた? 」
目の周りが腫れたわたしの顔を見てクリスは尋ねた。わたしは涙をふいて笑ってみせる。
「ところでクリス。今日はどうしてここに? 」
「ユミちゃん、なにか悲しいことがあったでしょ? 」
わたしは、両親が離婚することを話した。わたしが父親と離れ、母親と二人で暮らすことも。結婚とか離婚の意味がわかってもらえるか心配だったけれど、「お互い好きで一緒に暮らしてたひと同士の仲が悪くなって離れ離れになる」と説明したらなんとなく理解してくれた。
「お父さんとお母さんのことは仕方ないと思うの。でもね、わたし引っ越さなきゃいけないの。友達ともお別れ」
「新しいおうちにいくの? 」
「うん。まだマコトに話せてないの」
「そんな⋯⋯。早く話さなきゃ」
「わかってる。わかってるけど⋯⋯」
「それが悲しいんだね。ショックでまだマコトくんに言えないんだよね」
コクリ、無言でうなずく。
トテットテットテッ、クリスは何も言わず近くにきてわたしの顔を覗き込んだ。モフモフしたその手で涙を拭いてくれた。わたしを抱きしめた。
「おもちゃの神様が言ってたの。ユミちゃんが大きくなっていつか大人になるころにはこの魔法が効かなくなるって。そしたらこうしてお話もできなくなるの」
「そうなんだ」
「僕はユミちゃん大好きだよ。だからユミちゃんが悲しいまんまじゃイヤなの。このままお話できなくなるなんてイヤなの」
クリスは泣きながらそう言った。
「ありがとう、クリス⋯⋯ これからもあなたのこと大事にする」
わたしはそう言ってもう一度クリスを強く抱きしめた。
「痛いよ、ユミちゃん」
「ごめん、ごめん」
クリスはふと外を見た。
「ねえ、屋根の上まで星空見に行こうよ」
「どうやって? 」
「僕に任せて」
そう言うとクリスは勢いをつけて飛び上がった。体が宙に浮いている。
「クリス、すごいっ! 」
「ユミちゃん、窓開けて! 」
「わかった」
「僕の手を掴んで。いくよ! 」
窓から飛び込んできた風がわたしを誘う。まるで生きているみたいに。次の瞬間、わたしの体もふわりと宙に浮かんだ。
わたしたちは空を飛んでる! わぁ、夢みたい!
「ねぇ、クリス。これ、ほんとに現実? 」
「そうだよ。今夜だけの特別な魔法さ」
屋根の上から夜空を眺めると
満天の星たちが生命を力いっぱい
悔いのないよう、光れ光れと
力の限り炎えろ炎えろと
プラネタリウムとは
比べものにならないほどの星の海
食い入るように見つめていた
二
夜なると、風はいっそう冷たくなる。空気も澄んでいる。いつもよりどこか蒼白い三日月にも魔法がかかっているみたい。なんか新鮮。そう思うわたしにぬいぐるみの彼が話しかける。
「ユミちゃん、笑顔になったね」
「ありがとう。クリスのおかげだよ」
「そろそろ戻ろう。魔法が解けちゃう」
一瞬、心がシュンッとした。もうすぐお別れ。もう会えない。そんなのイヤ。泣きそうわたしの手を取って、窓際まで下りた。わたしは膝を曲げて先に部屋に入り、クリスをあとから引き上げてあげた。
「泣かないで、ユミちゃん」
「ねぇ、わたしたちまた会える? 」
「わからない。でもね。おもちゃの神様が、純粋な気持ちを忘れない限り魔法は続くって言ってたよ」
「純粋な気持ち⋯⋯ 」
「僕もよくわからないんだけどね」
クリスがそう言うと部屋の時計が鳴った。午前零時だ。
「じゃあねユミちゃん。マコトくんにもちゃんと伝えてね。また会えるって信じてるよ」
「うん。ありがとう、クリス! 」
午前零時で切れる魔法。わたしきっと忘れない。今夜のこの奇跡を。
思い出がいつまでたってもきれいなのはきっと
そのときの気持ちを憶えているから
大切な人や大事なもの 感動した景色 その体温
何ひとつ忘れられないたからもの
すべて、わたしを育んでくれた小さな奇跡
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