【4週目②】変わる自分/森丘佳南の独白

■■■

「えーっと、屋上へ続く階段ってどこだ…」


昼休み。

私は、呼び出し通りに屋上へ続く階段を探している。多分一番端の階段が屋上まで続いていたはずだ。

とりあえず行ってみるか…と思いつつ歩いていると、ふと廊下で話している男子の会話が耳に入った。


「なぁ、6組の赤松さんって知ってる?」

「あー、体育祭で足速かった人?」

「そうそう、あの子めちゃくちゃ可愛くね?タイプなんだけど」

「へー、ああいうのが好きなんだ」

「赤松さん、おっぱいもでかいんだよな~」

「最低すぎて笑う」


歩きながら、イライラがどんどん加速していく。

多分、前までならこんな会話聞こえてこなかった。他人がしてる会話なんて、どうでもよかったから。それでも今は、“赤松さん”という単語が聞こえてくれば嫌でも耳を澄ましてしまう。

なんなんだよアイツら。腹立つ腹立つ腹立つ!!赤松さんが可愛いのは事実だけど、それをコンテンツとして消費するな!!


人付き合いはこういうことも面倒くさい。その人に入れ込めば入れ込むほど、こうやって怒りを抱いたり感情を揺さぶられたりすることが増える。だから一人が好きだった。誰かと仲良くなると、その人が傷付けられると自分も辛くなる。その人が泣いていると自分も悲しくなる。だから嫌だった。


一人がよかったのに。

独りでよかったのに。

それなのに、私はどうして、今_



_屋上へ続く、階段。

対峙する私と、中尾くん。

かれこれ数分無言で向き合っているけれど、一向に中尾くんが口を開く様子は無い。言いにくそうにもごもごと口を動かしては唇を引き結んで、の繰り返しだ。


「えーっと今日は…どのようなご用事で…?」


しびれを切らして私が話を切り出すと、俯いていた中尾くんはバッと勢いよく顔をあげた。


「これをっ…!渡してほしいんだ…っ!」

「へ?」


ズイッと差し出されたのは、1通の手紙。今朝私の下駄箱に入っていたルーズリーフなんかとは違う、白い封筒に綺麗に入れられた手紙。


「赤松さんに…、その、仲が良いみたいだから…」


その台詞を聞いて、私の脳がスーッ…と冷めていく。

あー、なるほどそういうことね。

赤松さんにラブレターを渡したいんだけど、勇気が出ないから私に渡せって頼んでるのね。

はいはいはい。理解。

了解了解。

うん。

なるほど。

はいはい。


「……森丘さん?」

「あっ…えーっと…」


なんだか、喉がつっかえる。何を言えばいいのかわからない。ぐるぐる思考が回っているようで、何も考えられない。


「ダメかな…?」

「あー、いや…」


何故か言葉が出なくて、頭を掻く。

不安そうに眉を下げた中尾くんが、「いや…」という私の言葉を聞いて、安心したように息を吐いた。


「よかった。ありがとう」


じゃあ、よろしくね。そう言って、中尾くんは私に手紙を渡した。

差し出されたそれを私は無抵抗に受け取ってしまって、中尾くんは会釈をしてそのまま階段を下りていく。


残された私は、しばらくそこに呆然と立ち尽くしていた。

昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、ようやくハッと意識が戻る。

何も考えられないまま、私はふらふらと教室に戻った。



_私はずっと、“好き”がわからなかった。


私は中学生の時、一度だけ男の子から告白されたことがあった。

女の子は、赤松さんが初めてだったけれど。


「好きです、僕と付き合ってください…!」


頬を真っ赤に染めながら、それでも私の瞳を見つめて真っ直ぐに、彼は気持ちを伝えてくれた。真剣な想いが伝わってきた。彼は遊びでも罰ゲームでもなく、心から“好き”だと言ってくれているのだとわかった。


ただ彼の想いが真剣であると伝われば伝わるほど_私はそれを受け入れることが出来なかった。


わからなかったのだ。

誰かを“好き”になるということが。

“好きな人”という概念が。


小学生でも時々あった、恋愛を話題とした会話は、中学に上がると格段に増えた。中学生になって、突然「男」と「女」という性別の壁が出来たことを感じていた。


私も中学に上がって最初の頃は、いわゆるグループに所属して常に行動を共にしていた。放課後に遊ぶことさえあった。それが女子の“普通”で、暗黙の了解であることを肌で感じたからだ。


共感を軸にした女子の会話はついていくのがやっとで、「そうだね」「わかる」としか言えなかったし、女子のノリに参加することは出来なかったけど。私と彼女達の間には、まるで透明なアクリル板があるかのようだった。


教室で花咲く恋バナ。グループの内の一人の恋路の進捗についてひとしきり盛り上がった後、話の矛先は私に向いた。


「佳南ちゃんは、好きな人いるの?」

「あー、私、そういうのよくわかんないんだよね…」

「へー…」


そういう受け答えをする度、場の空気が冷めていくのがわかった。

「恋愛がわからない」、そういう人間のことを周りは「わからない」と感じているのだと悟った。


そんなことが重なるうちに_奇怪なものとして見られているような気がして、少しづつ周りと距離を取るようになった。


傷つかないように。

場の空気に水を差さないように。

そもそも誰とも話さなければ、恋愛について話を振られることも無い。

誰かに告白されて、断る罪悪感を感じることも無い。


私は、一人で良い。


そう、本気で思っていた。

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