【4週目①】波乱の幕開け
【4週目】
体育祭も終わって、いつもと変わらない朝がきた。
…そう、思っていた。
学校に来て、下駄箱を確認すると_
_折りたたまれた、一枚のルーズリーフが上履きの上にのっかっていた。
なにこれ、と取り出すと、表面に「森丘さんへ」と明らかに男子の字で書いてある。
きょろきょろと辺りを見渡して、誰もいないことを確認してから四つ折りにされたその紙を開いた。
手紙の内容は、こうだった。
“森丘さんへ”
“今日の昼休み、屋上に続く階段へ来てくれると嬉しいです”
そして最後に、差出人と思われる男子の名前が記してあった。なんとなく見覚えがあるな…そう思って、ハッとした。
これ、隣の席の中尾くんからじゃん!!
え、ど、どうしよう。これ、他の人に見られたり知られたりしたらダメなやつだよね。だから、わざわざ隣の席なのにこうして手紙にしたんだろうし。思わぬ出来事にアワアワしていると、後ろから声を掛けられた。
「おはよう、森丘さん」
「あ、ああ赤松さん…!おはよう!」
咄嗟にまだ手に持っていたその紙を後ろに隠す。あからさまに動揺しながら何かを隠した私を不審に思ったのか、赤松さんが眉を顰める。
「…今、何か隠したでしょ」
「えーっと…」
隠しました。
目を泳がせる私。ここまでバレバレだと、「隠してない」なんて言うのも白々しい。でも、中尾くんの名誉を考えると多分この紙の存在は誰にもバラさないほうがいい。
「その、赤松さんは全然気にしなくていいから!!」
「それじゃ答えになってないじゃない」
不満そうに迫る赤松さん。さらに目が泳ぐ私。そして、間近に迫る赤松さんの顔に赤くなる私。
ダメだ。このままじゃ押し切られる。
「いやホント大丈夫だから!! またね!!」
またねって、向かう先同じ教室だろ_そう自分に突っ込みつつ、赤松さんを振り切って走り出した。
無理やり振り切ったことに罪悪感を感じて、少し進んでからチラリと振り返る。
そこには、悲しそうに下駄箱の前で突っ立っている赤松さんがいて。
ごめん、というジェスチャーをして、私はそのまま階段を上がった。
胸が痛い。ごめん、赤松さん。ごめんね…。
■■■
森丘佳南が去った下駄箱で、赤松翠は一人立ち尽くしていた。
私_赤松翠は、森丘さんが何を隠したのか本当は知っていた。
というか、察していた。だって、下駄箱に何かが入っているだなんて、手紙くらいしかありえないし。
内容は呼び出しか、ダイレクトに告白かな。まぁ、告白だったとしてもきっと紙の上で全部を済ませることはないだろうから、いずれその差出人と森丘さんは会うはずだ。
差出人は誰だろう。森丘さんのことは私が一番よく見ているはずだから、恐らくこの予想は割と当たる。
森丘さんと話しているのを見たことがある男子を思い出してみる。隣のクラスの前野くんとは廊下でぶつかってお互い謝っていた。サッカー部の神崎先輩がグラウンド外に蹴っ飛ばしたボールを拾ってあげていた。同じクラスの中尾くんが日直の時、もう一人の日直が勝手に帰ってしまっていたから掃除を手伝ってあげていた。
……中尾くんかな。思い出した中では、一番森丘さんと距離が近い。羨ましいことに、席も隣だし。森丘さんの横顔を眺めていられるなんて、特等席以外の何物でもないと思う。
内容も、多分告白じゃなくて呼び出しだろう。だって、身近な人からの告白だったらもっと動揺しているはずだから。
…いやどうだろ、問い詰めた時に赤くなっていたから告白の線もある。頬を赤くしたってことは、満更でもないんだろうか。
恋人期間のリミットは、もうすぐそこまできている。今はまだギリギリ彼女の恋愛について関係者だけれど、この一週間が過ぎてしまえばもう私は部外者だ。只のクラスメイト。
もし本当に告白で、森丘さんがそれを受け入れるつもりだったとしても、何も言う権利はない。
正直、この一か月だけで十分幸せだと思っていた。四週間も彼女の恋人でいられたのだ。
彼女は男とか女とか関係なく、そもそも恋愛に興味が無さそうだった。だから、そんな脈ゼロの恋を成就させられたことは、例え期間限定であっても奇跡だと思っていた。二度と振ってはこない奇跡。私の人生における最大の幸運。
ほとんど毎日一緒に帰って、デートもして、体育祭では応援もしてもらった。得られるはずが無かった思い出を、彼女から沢山与えてもらった。もう満足だ、この思い出だけを大切にすれば私は生きていけると、そう思っていたのに。寂しいけれど、噛み締めるように残りの日々を過ごそうと思っていたのに。
森丘さんが誰かの想いを受け入れる可能性を目の前に突き付けられて、心が無様にも大きく揺れた。
彼女が他の人の隣で幸せそうに笑う姿を想像するだけで、心に暗い靄が立ち込める。その手を離せと叫びたくなる。
嫌だ、イヤだ、いやだ__
こんな風に、私の心を揺さぶるのは彼女だけだ。
隣にいるだけで幸せを感じられるのなんて彼女だけだ。
奪われたくない。ずっとこのまま彼女の恋人でいる権利が欲しい。
「赤松さん?何してるの?」
後ろから声を掛けられて、ビクッと肩が跳ねた。意識が無理やり現実に引き戻される。
振り返ると、クラスメイトの女の子だった。
「あ、あぁ…ごめん、ちょっとぼーっとしてたみたい」
「大丈夫~?」
呆れたように笑った彼女に、私も曖昧に笑いかえす。
「うん、寝不足なのかも」
「あは、あたしも」
流れで、そのままその子と教室へと歩き出す。
数学の課題がやばくてさー、なんて彼女の話を聞きつつ、私は完全に心ここにあらずだった。
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