【3週目】体育祭

【3週目】

デートも終わり、月曜の朝。


「土曜の体育祭に向けて、今週の昼休みは競技練習だ。さっさと弁当食えよ」


教室に入るなり、開口一番担任が言った。

あ~、もうそんな時期かー、とか、だるー、とか、色々な声が飛び交う教室。勿論私は、だるい側。

うちの高校の体育祭は縦割りだ。私のクラスは六組だから、三年六組、一年六組と同じ色。


「例年サボる奴もいるが、体育祭なんて高校生がラストだぞー。今のうちに青春しとけよ」


何に出るー?とか、球技は絶対ヤダ、とか、ガヤガヤ騒がしい。

ふと、赤松さんはどう思ってるんだろうと思った。赤松さんって、体育好きなのかな。行事とか頑張るタイプ?


四月から今まで同じクラスだったのに、全然気にしてなかった。っていうか、私が行事の準備に最低限しか出てなかったし…。


クラスの子達も、私が行事にやる気がないことを知っていたからそんな積極的に声をかけてくることもなかった。「まぁ、森丘さんは来ないでしょ」。多分そんな感じ。


どんな顔をしているんだろうと赤松さんの席に視線をやるけれど、出席番号が最初と最後の私たちの席は、丁度教室の対角線上にある。ここからじゃ、ギリギリ彼女の背中しか見えない。微妙な角度。


彼女が身じろぐと、横の髪が揺れるのだ。見えそうで見えない、彼女の横顔。時々鼻先と、ぷるんとした唇だけ見える。

そこで気づいた。私、もしかして結構赤松さんのこと見てる?


え、…見てるのかな?

………。見てるのかなぁ!?


動揺している私の耳に、少し離れた席で喋っているクラスメイトの声が入ってくる。

皆ガヤガヤ話しているはずなのに、声の質なのか彼女達の会話だけやたらハッキリと聞こえる。


「まー、でも今年は女子リレーいけるっぽくない?」

「確かに。赤松さんいるしね」

「赤松さん去年めちゃくちゃ速くてビビったもん」

「わかる~、ギャップやばい」


へぇ、赤松さんって運動神経良いんだ。っていうか、去年そんなに目立ってたんだ。陸上でもやってたのかな?

改めて思う。私、赤松さんのこと全然知らないんだな…。




_帰り道。

二人並んで、駅までの道を歩く。

ふと会話が途切れた時に、朝から気になっていたことを聞いてみた。


「赤松さんって、行事とか好きなの?」

「え?どうしたの、急に」

「体育祭、近いじゃん」

「あぁ…そうだね」


私の突然の質問に、赤松さんは一瞬目をパチクリさせた。

赤松さんがうーん、と唸りながら口元に手を当てる。


「どうだろう、あんまり好きじゃない…かも」

「そうなの?」

「うん、騒がしいのあんまり好きじゃないし…目立つとほら、色々言われるから」


赤松さんが、少し目を伏せた。彼女の長いまつげが、寂しそうに下を向く。

そうだよね、目玉競技のリレーに出て、しかも活躍しちゃったら否応なしに目立つよね。


「そっか。去年、リレー活躍してたみたいだったから」

「え!?見てたの!?」


今日の朝聞いた会話の受け売りでそう呟くと、赤松さんは途端に食いついてきた。


「え…っと、見てたっていうか…」


頬を赤く染めて目を期待に輝かせる赤松さんを見て、私は何も言えなくなる。こみ上げる罪悪感。


「と、とにかく、今年も何か出るのかなって聞きたかったの」


競技は玉入れでも棒倒しでも、何か一つに出るのは強制だ。ただ、リレーだけは各クラスから選手を決める。

大抵は普段の体育の成績を見て「この子が出るんだろうな」ってなんとなく雰囲気で決められちゃう感じだけど。


「…森丘さんが応援してくれるなら、頑張ろうかな」

「え、」

「応援してくれる?」


思わぬ言葉に動揺する私と、そんな私に上目遣いで迫る赤松さん。

私は彼女の上目遣いに弱い。こんな輝きで迫られてしまったら、もう頷くしか出来ない。


「う、うん…」

「やったぁ」


ふわり、と彼女が笑った。相変わらず可愛らしい。花が咲くように笑う、とはこういうことをいうんだろう。

隣を歩いていた赤松さんが、タタッと小走りで少しだけ前に進んだ。


そして、私を振り返る。


「頑張るから、見ててね」


笑顔で言うその姿は、“綺麗”という言葉がピッタリだった。

ふわふわとしていて、キラキラしていて、私の心臓がドキンと跳ねる。


「…もちろん」


そう呟くのが精いっぱいだった。

私の返事を聞いて、赤松さんが満足そうに笑った。

私はなんだかくすぐったくて、でも不思議と悪くは思わなかった。




_結局、体育祭で赤松さんは大活躍だった。

うちの色の全学年女子リレー、二年女子代表選手の一人は、やっぱり赤松さんになった。

全学年女子リレーの配点は、全行事の中で男リレーと並んで最高。今までテキトーに応援してた皆も、リレーだけは前のめりになって応援しだす。


かく言う私も、最前列に行く勇気はなかったけれど、走り出す赤松さんが見える場所を1つ前の競技から確保していた。だって、ほら、赤松さんの頑張る姿を見るって、約束したから。約束は守らないと。


全9色の内、4位で回ってきたバトン。1位だけ少し離れているけれど、後はほとんど団子状態だ。接戦に観客はおおいに盛り上がっていて、選手たちが各色の期待を一身に背負っている。


バトンパス、緊張の一瞬。

前の選手の子が、バトンを差し出しながら「赤松さん、お願い!」と絞り出すように叫んだ。

頷いた赤松さんが、真剣な面持ちでしっかりとバトンを受け取った。

上手くいった…と私が安心したと同時に、ふと赤松さんと目があった気がした。

どきん、と心臓が跳ねたと同時に、赤松さんがトラックの上でウインクした。

ざわつく観客席と固まる私をよそに、赤松さんが飛び出していく。

後ろで1つに束ねられたふわふわした髪の毛が、風になびいている。

4位、3位、2位…どんどん抜かしていく。湧き上がる歓声。

1位と並んだところで、次の子にパス。


走り終わった赤松さんはそのままふらふらとトラック内に歩いていって、倒れ込んだ。

走り終わった他の選手も次々と倒れ込んでいって、トラック内で待機していた保健委員が慌てて走り寄っていく。

大丈夫かな、結構すごい勢いで倒れ込んだけど怪我してないのかな_応援席で私は、心配の目線を送ることしか出来なかった。


手当されて応援席に帰ってきた赤松さんを、皆が拍手して迎えた。


「赤松さんおかえりー!凄かったね!」

「体ちっちゃいのに何であんな足速いの!?」

「マジで赤松さんヤバい」


…皆から浴びせられる歓声、祝福、労い。その全てに曖昧に笑いながら、赤松さんは「ありがとう」と言った。クラスの人達は他の選手の称賛に移って、赤松さんはふぅと一つため息を吐いた。


「おつかれさま」


赤松さんの周りに人が少なくなったのを見計らって、私も控えめながらに声を掛ける。

あまり人に自分から話しかけることがないから、慣れなくてどうしても腰が引ける。


何気にこれが、私から初めて赤松さんに声をかけた瞬間だった。


「ありがとう」


赤松さんが、いつものようにふわりと笑う。さっきまでの曖昧な笑顔よりも、それは随分可愛かった。


「見ててくれた?」


赤松さんが、上目遣いで伺うように聞いてくる。


「…うん。すごかったよ」


かっこよすぎたよ、赤松さん。

応援席にウインクして、1位と並ぶなんて。英雄だよ。ヒーローじゃん。


「やったぁ」


えへへ、頑張ってよかった、と照れ笑いする赤松さん。

彼女の白い肌は、さっきトラックに倒れ込んだからなのか少し砂で汚れていた。

それでもその笑顔はキラキラしていて、流石だなぁなんて思う。


「バトンパスの時ね。森丘さんの姿が見えたんだ」

「すごく嬉しかった。ありがとう」

「…どう、いたしまして…」


赤松さんの笑顔の輝きが直撃した私の頬は、多分赤くなっている。自分でもそれがわかる。


「あ、もう次の競技始まるね!」


赤松さんが大きい目をくりくりさせて、グラウンドの方に視線をやる。


「一緒に応援しよ!」

「…うん」


明るく誘ってくれた赤松さんに、私は腕で頬を隠したまま返事をした。

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