【2週目】デート…?
【2週目】
「ねぇ」
「なに?」
いつもの帰り道。あの勉強を教えてくれた日から、私たちは毎日一緒に帰るようになっていた。
「今週の日曜、空いてる?」
「うん。空いてるよ」
休日は大体家でゴロゴロタイムだ。暇だと思われるかもしれないが、ゴロゴロすることはれっきとした用事である。他人には大抵認めて貰えないから、こうして「空いてる」と返事をするしかないのだけれど。
隣を歩く赤松さんが、体を前に傾けて私の顔を覗き込む。くりくりキラキラした瞳と目が合う。
「デートしない?」
「へっ?!」
「だから、デート」
「あっ、はい……」
デート、デートね、その単語は知ってる。聞いたことある。ただその、馴染みが無さすぎて……。
思わず、「はい」なんて敬語で返事してしまった。
「はいってことは、OKってことだよね」
「え、」
「楽しみだなぁ」
にこ、と笑顔を浮かべる赤松さん。非常に可愛らしい。……ではなくて。デ、デート……?!
人生初のイベントが発生しようとしている現実に、私は冷や汗をかくしかないのであった_
__日曜日。
……ちょっと、早く着きすぎちゃったかな。
待ち合わせ場所に着いたはいいものの、まだ集合時間の30分前だ。遅延や乗り遅れに備えて早めを意識したら早すぎてしまった。
まぁいいや、本でも読んでよ。
電車で読もうと持ってきていたミステリー小説を開く。栞を外そうとしたところで、頭上から声が聞こえた。
「お姉さん、1人?」
「……そうですけど」
声の主を見ると、見知らぬ男だった。自分より少し大人びているから、大学生くらいだろうか。
「今俺も待ち合わせしててさ、暇なんだよね」
「はぁ」
「このままちょっと喋ろーよ!ね、今日はどこにいく予定なの?」
何だこの人……グイグイくるな……。
変に無視して大事になったら困る。この状況の解決策は何も思い浮かばないのに、もし拒否して怒鳴られたり暴力を振るわれたりしたらどうしようという思考だけはよく回る。
「ショッピングモールとか……?」
そういえば今日、何するんだろう…。
俯いた私の顔を、男が覗き込む。胡散臭い笑顔が気持ち悪い。
っていうか、本当に怖い_
「俺達もそこ行くんだよね!よかったら一緒に」
「何してるんですか?」
_聞きなれた声に、思わず顔を上げた。
「赤松さん……」
「えっ、友達ー?!めっちゃ可愛いじゃん!」
「彼女から離れてください」
男を無視して、赤松さんが私の手をとる。そのままグイッと赤松さんの方へと引っ張られた。
「ちょ、怒ってる〜?」
ヘラヘラ笑う男の前で、赤松さんが引き寄せた私の肩を抱いた。
「今から私と彼女でデートなんです__邪魔しないで」
冷たい声。固まるナンパ男をギロリと一瞥して、赤松さんが私の手を引いて早足で歩き出す。
私の手を掴んでズンズンと進む彼女の背中は小さくて、あんな知らない年上の男に噛み付くのなんて怖いはずなのに。
何も出来なかった自分の情けなさと、あの男から逃げられた安心感と、助けてくれた彼女の優しさに_胸が、ギュッと締め付けられた。
お礼を、言わなくちゃ。
「あ、赤松さん…!」
私の声に、くるりと赤松さんが振り返った。
「あの、ありが_」
「大丈夫!?」
「え、」
振り返った赤松さんが、私の両肩をガシッと掴む。
「何かされなかった!?怖かったよね、ごめんね_」
「あ、あの」
矢継ぎ早に話しながら申し訳なさそうに眉尻を下げる彼女に、圧倒される私。
「その、大丈夫だよ。赤松さんが助けてくれたから…」
「本当に!?無理してない!?」
「う、うん、その」
言わなきゃ。こんなに心配してくれる彼女に、お礼を。
「ありがとう、赤松さん」
言えた、よかった…。
そんな安心感で、頬が緩んだ。
「…赤松さん?」
突然黙り込むからどうしたのだろうと顔を覗き込むと、フイと逸らされてしまった。
…髪の間から覗く耳が、赤い。
「え…」
「…そんな可愛く笑うなんて、反則だよっ」
上目遣いで、不満そうに頬を膨らませる赤松さん。いやいや、可愛いのは貴方でしょ。
お互いに数秒見つめ合って、どちらからともなくプハッと吹き出した。
「ふふっ…じゃあ、行こっか」
「うん!」
私が促すと、赤松さんが私の手を掴んだ。
驚く私を引き寄せて、するりと私の指と指の間に自分の指を滑り込ませる。
いわゆる、恋人繋ぎ。
白くて細い、彼女の指。
「“デート”、再開だね!」
にこっと笑う彼女の笑顔は、キラキラ輝いて見える。
そんな笑顔を直にくらった私の頬は、否応なしに赤くなった。
それから、彼女と二人で駅前のショッピングモールに行った。
赤松さんが好きだという洋服のブランドを見に行って、試着させられそうになって必死に抵抗したり。300円均一のアクセサリーショップに行って、安さに驚きつつ、私はよく分からないので「可愛い」とはしゃぐ赤松さんを見守ったり。
パンケーキを食べに行こうと誘われて、パンケーキみたいなふわふわしたスイーツは赤松さんに似合うなぁなんて思っていたら、その美味しさに思わず感動してしまったり。夢中になって食べつつ、ふと前を見ると赤松さんがニコニコとこちらを見ていて、「美味しい?」「う、うん」「よかった」なんて会話をして恥ずかしくなってしまった。
ペットショップに行って、可愛い犬猫を見て癒されたりもした。子どものトイプードルが本当に可愛くて、思わずショーケースの前から動けなくなってしまった。赤松さんも虜になっていたけれど、赤松さんはそのトイプードルになんとなく似ていると思った。それを伝えると、「…褒めてる?」と訝し気に言われてしまった。「褒めてる、褒めてる」と慌てて取り繕いつつ、頬を膨らませる彼女が可愛くて思わず口元が緩んだ。
_帰ってからお風呂に入り、ベッドでゴロゴロしていると、「今日はありがとう」というLINEが赤松さんから届いた。
細やかだなぁ、と感心しつつ私も「こちらこそ」と返信する。すると、赤松さんから今日食べたパンケーキや、ペットショップにいた子どものトイプードルの写真が送られてきた。私はあっという間に過ぎた今日に浸りながら、送られてきた写真をぼーっと眺めた。
楽しかったな。なんだか最初はドタバタだったけど、それも含めてなんだか忘れられない思い出になった気がする。
恋愛友情関係なく、こんな風に家に帰ってから誰かに思いをはせたのは久しぶりだった。というか、そもそも学校外でクラスメイトと遊んだのなんていつぶりだろう。中学に入学して最初の方は、まだそんなことしてたっけ。
まぁ、私友達少ないからなー。
そんなことを考えて、ふと思った。そういえば、最近赤松さんが一人でいる姿を見ることが増えた気がする。
今まで、というか今も、誰が誰とどんな行動をしているかなんてあまり意識していなかったから定かではないけれど。移動教室の時とか、一人で歩く彼女の背中を見ることが増えたような。
どうしてだろう、と考えつつ_
_もしかして、私と一緒にいるから?
最近は毎日一緒に帰っているけれど、きっとその前は他の人と帰っていたはずだ。もしかすると、わざわざグループの人の誘いを断ってまで私と帰っているのかもしれない。それで気まずくなったんだろうか?
…いや、その程度で気まずくなるものなのか…?
……逆に、その子達と上手くいかなくなったから私と帰るようになったとか?
今まで、そういう女子のノリにちゃんと参加したことがないからよくわからない。
答えの出ない問いをぐるぐる考えていると、今日の疲れも出てきて、ふわぁと欠伸が出た。
もういいや、今日は睡魔に任せて寝よう…。
私は思考を放棄して、眠りの世界に旅立った。
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