第35話 “咲夜御殿”とは何か(10)

 術を使えば使うほど、体の奥からジワジワと痛みを感じる。


「ヴ…………ガガガ…………ガ」


 舞人形は、内部で激しい機械音を立ててはいるが、体は全く動く様子はない。


 ツヨは舞人形の前でかがみこむと、横たわる舞人形の眼を見つめていた。


「………ガッ……ガガ」


 その眼光は、もう小さくなってはいるが、とても力強さを感じる。


「愛紗……もう大丈夫」


――ドサッツ!!!


 私は地面に崩れ落ちた。

 もう、終わりということでよいだろうか?






――――――――――――――――――――――――ッシン






 もう舞人形の機械音以外は、何も聞こえない。

 世界の改変は止まったと思うけど……外は一体どうなっているのだろう?

 さて、どうしたものか――


「――ありがとう、愛紗」


 ツヨの小声が、この静かな世界に響いた。


「初めてなのに、よく頑張ったね」


 ツヨは私の近くによると、そっと私の額をなでる。

 ツヨの髪がわずかに私の顔に触れた。


「………………死にたくなかっただけだよ」


 私は素直な気持ちを伝えた。

 

「そうだね…………………………でもやっぱり、ありがとう」


 だが、私の言葉を聞いてもツヨは、顔色を変えずに微笑んでいた。


「…………………………」


 ……確かに面白半分でついてきた自分も悪かった。

 でも、このまま”死の契(しのちぎり)”の死が近づくだけなら、私は次も同じように頑張るのだろう。

 なら”死にたくなかった”という自分だけの理由でもいいのかもしれない。






「……終わったんだねぇ」


 




 そんなことを考えていると、目を覚ましたツキカゲさんがこちらに向かって歩いてきた。


「全く、大したものだよ」


 その手には、動かない曲弦の姿があった。


「…………もう、逆らう気もねーよ」


 曲弦の声は弱々しく、消沈した様子だった。


「……ゥ…………ヴ」


 舞人形の機械音はさらに小さくなる。

 ツキカゲさんは、舞人形に背を向けたままだった。


「…………ねえ」


「ん?」


「何も言わないんですか?」


「え?」


 私は舞人形のほうを見つめた。


「………………母上……っていってましたよね?」

「……あぁ……覚えてたのかい」


 ツキカゲさんはため息をつくと舞人形の方を振り向いた。


「……………………お久しぶりです。母上」


――――ギッ、ギギ……ギ…………ギギ


 舞人形は視線を私とツヨから、ツキカゲさんの方に視線を移した。


「「「!!!」」」


 舞人形の鋭い眼光は、徐々に柔らかな温かな色になっていく。


「…………なぜこんな自らの体を機械にしたんだい?」


「え?」


 ツキカゲさんは、自分の母親が何をしたのか分かったような口調だった。


「私の一族の禁術なのさ。これは自身の体を痛みのないカラクリの体へと変え不死を得る…………その代わり、思考と視野が極端になってしまうのさ」


――ッガシッッツ!!!


 ツキカゲさんは舞人形の胸ぐらに強く掴みかかった。


「正直、ここ数百年会っていなかったから何があったかは分からない……母上が咲夜姫だといっても………………これはダメだ。許されるものじゃない」


 ツキカゲさんの手が震える。

 舞人形の瞳は目を細め、下の方を俯いていた。


「……私がこの世界で犯罪者になったから…………恥ずかしかったのかい?」


 ツキカゲさんの目には涙が浮かんでいた。


「”天外(てんがい)”のこと?」


 確かに違法なものだといわれていたけど……それほど違法なものなのだろうか?


「そうだね、愛紗。あれば他の世界を垣間見る薬。初めは他の世界を見ることで、この世界にもいい影響を与えられると思った…………けどあの薬は刺激が強すぎたのさ!」


「?」


「よく分かるよ……憧れたんだね。人間の自由な暮らしに」


 ツヨは気持ちが分かるような口調で答えた。


「……そう、僕のように」


 それは、シンに関係する出来事なのだろう。


「…………この世界は身分階級に固執した世界。知識や技術は一定の種族にしか知りえない特権そのものさ…………それは急には変えらえなかった」


 きっと新しい世界は、この世界――上流階級にとっては排除したものだったのだろう。

 商人の子は商人。それは今後も変わることがないということか――


「――てめえ、自惚れるんじゃねえっ!!!」


 突如、曲弦が声を荒げた。


「……なんだって?」


 それを聞いたツキカゲさんは曲弦を睨みつける。


「咲夜姫様の意思をお前の勝手な都合で捻じ曲げるなっ! あれは長年目指した我々の意思……それは決して変わらねぇよ」


「………………」


 舞人形(咲夜姫)は一体何を考えていたのだろう?


「……僕も彼女をどうするのか決めないといけない」


 ツヨは舞人形(咲夜姫)の体に触れた。


――キイイイイィイイイイイイイイイイィイイイイン


 ツヨの紫の瞳が静かに光った。

 

「始祖:宙の一(そらのいち)、深層共有(しんそうきょうゆう)」


 ツヨは小声で術の名を呟く。


「ツヨ様っ?! 何をっ?!!!」


 今回は光の渦が私たちの周知を取り囲んでった。


「――っ?!」


 周囲が白い世界へと変色されていく。


「このまま最後の別れをしないというのも……少し悲しすぎる。どうするかは僕に決めさせて欲しいっ!!!」


 ……意識が遠のいていく。

 私は、自身の体が舞人形の瞳に吸い込まれていくのを感じた。

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白のテルミヌス ~私は未来で何を約束したのか~ ゆずり @Inubanana

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