第10話 葛葉小路商店街の怪(5)
時間は20時少し前。私とツヨは肉屋に向かって歩いていた……彼岸 斬玖(ひがん きりく)の画集を持って。
「ねぇ、ツヨ。あの画集から何か感じたの? 零因子とか」
「ううん、何も。だから不思議なんだ」
私は、歩きながらもう一度あの画集を開く。50ページ程度の大半は第237霊界の風景のようだった。全ての風景までは分からないが、大地が青く描かれていることから、この世界のものではないことが分かる。残りのページはこの葛葉町の風景が描かれている。だが、その色は、実際よりも暗く、たまに補色で塗られていた。例えば、これから行く環奈(かんな)さんの肉屋の壁面はさわやかな黄緑のはずだが、画集では紫で描かれている。街並みは現在に近いものがあるが……。
そんなことを考えていると、肉屋の前に着いた。肉屋は店舗と住居が一体の3階建ての建物で、1階のみ店舗となっている。店舗はすでにシャッターが閉まっていたので、私たちは肉屋の脇にある玄関の扉に向かって歩いた。
そして、環奈さんに会う前に、ツヨと少し打合せをすることにした。
「ツヨは料理とかしたことあるの?」
「ううん、ない。だから、愛紗が頭の中で指示してくれる? 僕が心の中を読むから」
「分かった……でも、霊界では普段何を食べてたの?」
ふと疑問が沸いた。ツヨは、樂満屋敷でのお昼や、肉屋のコロッケを思い出すと、好き嫌いなく食べているように思える。神獣だから誰かが作ってくれるのだろうか?
「神獣は霊界の零因子だけで生きていけるから食べなくても平気……。たまに人間のような下位の存在が供物をくれたからそれを食べてたよ……シンはお酒が好きだったなぁ……」
「供物?」
「この世界の食べ物に近いものだよ。お米とかお酒とか……霊界では名前が違うけど」
「ふーん」
ん? ふと疑問が沸いた。
「なんでこの世界のこと詳しいの?」
思えば、おいなりさんや油揚げなんて、日本特有のものだろう……。それをこの世界に来た日に知っているのは不思議だ。
「神獣鏡(しんじゅうきょう)のおかげかな」
「神獣鏡?」
「うん、別の世界とつながる鏡だよ。その鏡をとおして、今までシンを探してたんだ。割とこの世界の様子は結構見てたよ……零因子までは感じ取れないけど……五感は伝わるから」
なるほど、神獣鏡ねぇ……それで油揚げの味を覚えたのか。味は分かるのにお腹が膨れないなんて……成長期の私には地獄だと思う。
「……とにかく、私は頭の中でツヨに料理を伝えればいんんだね。分かった」
私は気を取り直し、肉屋の脇の扉を叩いた。
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「はーい。よく来たね」
暫く待つと、環奈さんが扉を開けた。
「ささ、こっちこっち」
「「お邪魔します~」」
私は玄関で靴を脱ぎ、2階の住居に向かう階段を上っていった。
環奈さんは、父親(じいちゃん)と2人暮らし。母親は、2年くらい前に亡くなっていると聞く。その父親(じいちゃん)も、昼間に腰を抜かしたので自室でゆっくり休んでいるだろう。これで、集中して零因子を探せるというわけだ。
環奈さんは2階の台所に案内してくれた。台所にはコロッケを作る材料がそろっている。
「じゃあまず、手を洗ってエプロン付けて。次に、じゃが芋の皮を剥こうか」
「はいっ!」
ツヨは元気に声をあげると。環奈さんの指示通りに作業を進めていく。
私はツヨの後ろで様子を見るふりをしながら頭の中で指示を出した。
「……じゃあ、次、塩ゆでしようか――」
「……玉ねぎ、みじん切りね――」
ツヨは零因子の間隔を探りながら、作業を進めていく……その調理姿は可愛い若奥さんそのものだ……肉屋のじいちゃんがいなくで本当によかった。
コロッケは次第に出来ていく。
「……じゃあ、次、合いびき肉を炒めて~。色が変わったら、その調味料を加えてね~」
「はい!」
ツヨも料理が楽しくなってきたようだ。
「……もうコショウ入れて~」
「はい!――」
――だが、コショウに手を触れた瞬間。
ツヨの顔に少し曇りが感じられた。
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