第25話 束の間の平和

 ユウキは、サファイヤ三昧の日々を過ごしたあと、軍の仕事に復帰した。

 軍は、北部基地を撤収して、通常体制へと戻していた。目下の仕事は、被害地域への復興活動と、ネーロ本星進行への準備だった。


 ネーロ星進行については、センタームーンの基地で戦艦の整備、新造が行われていて、サファイヤ軍の全艦隊、五百隻が集結していた。艦隊としては少数であったが、ワンダー星の宇宙船の技術を、全艦隊に装備することで戦力アップを図っていた。

 又、戦闘服については、宇宙で戦うようには作られていない為、抜本的な改善が必要となり、ストレンジ博士の研究所は忙しさを極めていた。


 ユウキは、ステラとサファイヤを伴い研究所を訪問すると、博士の負担を少しでも減らす為に、研究所と月基地に、それぞれ十体の科学者ロボットをプレゼントした。このロボット達は、コスモの科学知識を共有している優れものである。


 博士は、サファイヤを見ると、苦虫を噛み潰した顔から一変して、本当の孫を見るような優しい顔になった。

 博士が、ステラからサファイヤを抱きとって、あやしながら、

「ユウキ、ムミョウを倒す力は手に入れたのか?」

 と聞いた。彼もまた、この戦争を如何に終わらせるかに心を砕く一人だった。

「はい。油断はできませんが一対一なら負けません。ネーロ星も下見してきましたが、戦力はこちらの数百倍はありそうです」

「そうか、次は、向こうも全力で来るじゃろう。しっかりした装備を兵士たちに持たせるからな」

「よろしくお願いします」

「博士、体調はいいんですか?」

 ステラが、お茶を勧めながら、顔色の悪いストレンジを心配そうに見た。

「うん、まずまずだ。心配はいらん。サファイヤの顔を見たので元気が出たよ」

「博士、くれぐれもお身体に気をつけて下さいね」

「ああ、分かっている。お前達もな」

 ユウキ達は、暫く博士と歓談して、研究所を後にした。



 それから二か月が過ぎ、花咲く春となった。女王アンドロメダは、皇位を、アトリアに譲り、自らは補佐役として宮殿に残ったが、時間に余裕が出来たせいか、ユウキの家に遊びに来る回数が増えていた。

「いい庭ね、心が落ち着くわ」

 アンドロメダは、庭園の花々を愛でながら、供の者に手伝わせ、花や木々の手入れをするのが楽しみとなっており、その顔は、女王だった頃と違い穏やかだった。

「お母さま、お茶が入りましたよ」

 花の手入れに夢中になっている彼女を、ステラが呼びに来た。

「ありがとう、本当に綺麗ね。時間の経つのも忘れるわ」

「あまり根を詰めると、疲れますよ」

 ステラが、母を急かせて休ませお茶を飲んでいると、不意に、新女王のアトりアがレグルスの妻で秘書のミラを伴ってやって来た。

「お母さま、此処にいらしたんですか」

「アトリア、何かあったの?」

「いえ。一度、皆で食事でもどうかと思ったものですから」

「あー、そうね。ネーロとの決戦を前に、一息つくのもいいかも知れないわね。話を進めて」

「分かりました。日程が決まり次第連絡します。ステラ、ユウキさんと来てね」

「お姉さま、ありがとう。楽しみにしているわ」

「お母さま、あんまり新婚の家に入り浸ると嫌われますよ。ステラ、これからまた会議なの、これで失礼するわ。ユウキさんによろしくね」

 アトリアは、そう言いながら背を向けると、庭の花々を楽しみながら帰っていった。

「お姉さま、気分転換に来たのね」

「議長職も大変なのよ。貴方も戦争が終わったら補佐してあげて」

「そのつもりでいます」

 アンドロメダは、笑いながら、母となって一段とたくましくなったステラの顔を感慨深げに見ていた。


 数日後、女王主催の晩さん会が街のレストランで開かれた。それは、近しいものだけの小さな集まりだった。

 アンドロメダ、女王夫妻、ユウキ夫妻、レグルス夫妻、サルガス、ストレンジ博士、カペラの面々である。長い大きなテーブルを囲むように座り、アトリアが挨拶に立った。ステラが動なら彼女は静、知的で気品あふれる美人である。

「皆さま、毎日の戦い、ご苦労様です。今日は近しい者だけの集まりですが、新しい家族のユウキ殿の紹介もかねて、日頃の労をねぎらいたいとの思いで持たせて頂きました。食事を楽しみ、歓談頂ければと思います」

アレク将軍の乾杯の後、ステージの方では楽団の演奏が始まり、食事をしながらの歓談となった。


「ユウキさんのご両親はお元気でいらっしゃるの?」

 アトリアが笑みを浮かべて聞いた。ユウキは、ステラとの出会いから、サファイヤ星に来たいきさつまでを、かいつまんで話すと、彼らも自己紹介をして、ユウキの知らなかった情報をたくさん教えてくれ、一気に親近感が湧いた。

 

 レグルスの妻、ミラとは初対面のユウキが、

「ご主人にはいつもお世話になっています」

 と、丁重に礼を述べた。

「いえ、こちらこそ。ユウキ殿のご活躍は、主人から伺っています」

「妻は、アトリア様の親友でもあるんですよ。彼女も、もとは戦士、私の教え子でした」

 レグルスが横から口を挟んだ。ミラは、ステラと共に戦ってきた女戦士である。結婚後、ステラの側近をしていたが、アトリアが女王になった時に、女王秘書となったのである。

「本当に、こうして家族揃って歓談できるなんて夢のようだわ。ユウキ殿に感謝します」 アンドロメダが、感慨深げに言うと、妹のカペラも、

「銀河を越えて愛し合うなんて、よっぽどの宿縁があるとしか思えないですね」

 と、目を細めてステラ達を見た。

「まったくじゃな。わしもそんな恋をしてみたいもんじゃ」

 博士が大声で笑うと、皆の笑いが弾けた。

「ところで、サルガス、お前は結婚の話は無いのか」

「博士、目下花嫁募集中です。研究室にいい娘はいませんか?」

「そうじゃな、心得ておこう」

 戦いの最中ではあったが、久しぶりに心の通った家族の対話が出来て、ユウキにとっても意義深いひと時となった。


 歓談も終わり、お開きにしようとした時、博士が、いきなりアレクに聞いた。

「戦争の話で恐縮じゃが、将軍、ネーロ本星への攻撃はいつ頃になりそうかな?」

「そうですね。あまり期間を置くと、敵に準備の時間を与えることになりますし、全体の準備はほぼ終わっていますので、出来る事なら一か月後の出撃を考えています」

「一か月か、それで、ユウキ勝算はあるのか?」

「ネーロ軍の勢力は、わが軍の数百倍、殆どは、機械化部隊です。大変な戦いになりますが、心が一つになった我が軍に勝機はあります。問題はムミョウです。彼は、何故か、コスモと同じ力を持っています。ムミョウは私が仕留めますが、どんな汚い手を使ってくるか知れません。犠牲者を出さない為の作戦が必要です」

「ステラ、お前も行くのか?」

 博士が、ステラの方を見て言った。

「最後の決着を付けるのが私の務めだと思っていますから」

「確かにな。じゃが、今はユウキがいる。お前は留守を守ってはどうなんだ」

 アレクも、それに頷きながら意見を述べた。

「前回の北極攻撃のように、今回も出撃後に、ネーロ軍が大挙して襲ってくる可能性は非常に高い。ステラは残るべきでしょう」

 話を聞いていたサルガスが口を開いた。

「では、艦隊を二つに分けなければいけないですね」

「そうだな。その事も検討してみよう」

 アレクが、ユウキを見ながら言った。

 

「それでは皆さんの健闘を祈ります。本日はありがとうございました」

 女王のあいさつで楽しいひと時は終わり、何やかやと雑談しながら、それぞれ帰途についた。


 後日、軍の最高会議でネーロ星攻撃の体制が、ユウキを隊長とした戦艦二百隻の陣容と決まった。そして、ステラが、残りの三百隻で、サファイヤ星の守りを担当する事になった。


 数日後、いよいよ出撃の日が来た。

「あなた、気を付けて」

「行ってくるよ、僕は不死身だから大丈夫だ。スペースを置いて行くから留守を頼んだよ」

 ステラとサファイヤ、多くの人に見送られて、ユウキ達が乗る二百隻の戦艦は、次々と出撃していった。


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