第20話 赤ちゃんと新居

 北部基地での戦いから一か月が経ち、ネーロ軍のミサイル攻撃が再開されていたが、新しい迎撃システムのお陰で、被害は殆どなかった。


 ユウキは、そろそろ出産の頃かなと、ステラのことを思いやりながら、宿舎の窓からぼんやり二つの月を眺めていた。この星には、大きなセンタームーンがあり、その横に寄り添うように、小さなサイドムーンがある。此処が地球ではないことは、月を見ることで実感出来た。

 そこへ、室内に映像が投影され、明日、王立病院へ来るようにとの連絡が入った。


 次の日、ユウキが、はやる心を抑えながら病院へ行くと、見た目では分からないが、ステルスモードの兵士達によって重厚な警備体制がとられていて、ステラがいる事を直感した。

 ユウキ自身もチェックを受け、最上階の部屋へ案内されると、そこには、ステラがベッドの上で微笑んでいて、その隣に小さな赤ちゃんがスヤスヤと眠っていた。ユウキは、ステラの手を取って、ねぎいの言葉をかけてから、不思議なものでも見るように赤ちゃんの顔を覗き込んだ。

「かわいいね」

「女の子よ、名前を付けてあげて」

「うん、この星の名前を取って、サファイヤはどうかな?」

「サファイヤ、いい名前だわ。この子には、平和なサファイヤ星を渡してやりたいわね」

「ああ、そうだね」


 その日は、母アンドロメダ初め、多くの人がお祝いに駆けつけてくれた。彼らは、ステラとその子を見ると、皆一様に感動を隠せなかった。

 それは、青春も女であることも捨てて、民衆の為に戦い続けて来たステラが、自分の子供を抱く日が来るとは夢にも思わなかったからだ。彼らは、ステラにお祝いを言うと、「良かった、良かった」と、涙を流し、ステラと赤ちゃんを見つめるのだった。


 ユウキは、一日病院で暮らした後、昼間、女王に頼んで貰い受けた、宮殿の近くの土地を見学に行った。そこは、思っていた以上に広大な土地だった。

 ユウキには自分の家が無かった。だから、子供が出来た事を機に、新居を構えようと思ったのである。

 女王からは、東宮が空いているから使ってもいいと言われたが、ユウキは、住みやすい日本風の住居を作りたかったのだ。お金も無いので、コスモにお願いするしかなかった。コスモは、お安い御用だとスペースに命じ、ユウキの設計どおりの家を一晩で作ってしまった。


 翌朝、その広大な土地に、見慣れぬ御殿が建っていた。

 大きな門を入ると、五十m位奥に本棟がある。平屋建てで、瓦屋根の日本風の本棟を囲むように、各長さが五十mの警備棟、来客棟、職員棟がそれぞれ配置されていた。本棟との間には庭園が有り、有事には、全体が地下へ格納され、最高レベルのシールドも設置されている要塞のような新居だった。ユウキは、少し大きすぎたかと思ったりもしたが、ステラとサファイヤへの贈り物にふさわしいと納得した。


 ユウキが、王宮、軍、等と掛け合い、職員や備品などの手配を終えた頃、ステラは退院して、入居の日となった。

 黒い車が到着して、サファイヤを抱いたステラが降り立ち、ユウキにサファイヤを預けると、出迎えた職員たちに声をかけた。

「また、お世話になります。元気だった。よろしくね」

 職員達は、ステラを、数年前まで世話してくれたメンバーで、今回、女王が気を利かして、再結集したのである。懐かしい面々に、ステラの顔も綻んだ。

 建物の全体を簡単に見た後、本棟に入り、サファイヤを寝かしつけて、ユウキと庭園を望む縁側に座った。

「こんなに立派なお家をありがとう。いい庭園ね、地球の貴方の家を思い出すわ」

「陛下やアレクに資金や体制を組んで頂いたんだ。帰るべき家がなきゃ、頑張れないからね」

「そうね。それで、レグルス達はどうなるの?」 

「レグルスはじめ十拳士は、ここの警備と、ステラの警護を引き続き担当してくれるらしいよ」

「そう、彼らには、感謝してもしきれないほど世話になってしまって……」

「うん、戦争が終わったら、彼らに恩返ししようよ。それから、コスモに頼んで、サファイヤの守護ロボットを作ってもらったんだ。さっきのベッドがそうだよ。体調管理や、防御、それに、何にでも変化出来るから、サファイヤの、いいおもちゃになると思うよ。名前は“スピカ”と言うんだ」

「ありがとう。ネーロ軍に居場所を知られてしまったし、私も来月には軍に復帰しないといけないから、サファイヤの事が気になっていたの。助かるわ」

「暫く、サファイヤには寂しい思いをさせるけど、仕方ないね」

 二人は振り返って、サファイヤのいる部屋を見つめた。


 翌朝、ユウキとステラは、軍の作戦会議に出席した。ここでも皆からお祝いの言葉が飛び交い、喜びの輪が広がった。

「もう少しお休みさせて頂くけど、来月には合流するから、お願いね」

「姫様! この爺めも此度の戦いには、お供させて頂きますぞ」

「爺、無理をしないで」

「年は取ってもまだまだ戦えますぞ。姫様のお役に立ちたいのです!」

 ステラは困り顔で、老兵を見た。

 彼は、先王シリウスの側近ザウラクで、ステラを幼い頃からよく可愛がってくれた人物である。既に年齢も七十になっていて、隠居の身であったが、ステラがいよいよ復帰すると聞いて、居ても立ってもいられなくなり出てきたのだという。

「では、爺に任務を与えるわ。わが子、サファイヤの守護役を命じます。それならいいでしょ?」

「ありがたい、ステラ様のお子の守役をさせていただけるとは」

 彼は、ステラの手を取って、何度も何度も礼を言った。


 会議は、北極の氷を解かす爆弾を、どう処理するかという難題に話は移った。

「先日のユウキの調査では、北極全土の約千か所に爆弾が設置されているようだ。場所も分かっているので、あとはその処理方法だ。ユウキ何かないか?」

 アレクが期待を込めて、ユウキに聞いた。

「万が一、氷が溶けだしても、コスモなら再凍結することは可能ですが、北極にいるも の全てを凍らせてしまいますので、それは、最終手段になります。爆弾を取り除くなら、無人の爆弾処理ロボットを千体投入すれば、不可能ではないと思いますが」

「そのロボットを作るとして、ストレンジ博士。いつまでに完成できますか?」

 アレクの言葉に、腕を組み、眠そうにしていた博士が顔を上げた。

「そうじゃな、工場をフル稼働すれば、十日もあれば完成するだろう。実は、爆弾処理ロボットは、わしも、研究はしていたんじゃよ」

「それでは博士、この件、進めて下さい」

「うん、任せてもらおう」


 続いて、作戦参謀が作戦の内容を発表した。

「まず、北部基地からミサイル攻撃をかけます。この攻撃は、敵の目をミサイルに向けさせるのが目的です。その機に乗じて、爆弾処理ロボットを、北極大陸の反対の海岸から上陸させます。ステルスモードを装備すれば、発見されずに上陸できるはずです。爆弾処理が、八割方進んだ時点で総攻撃をかけます。これには、わが軍の八割の兵を投入する予定で、過去にない大決戦となります」

 参謀の説明が終わると、一人の将校が手を上げた。

「わが軍の戦闘服部隊は、約五万、万一、敵が首都を攻めてくれば、一万の兵で守れますか? ネーロ軍の残存兵力も完全には分かっていないんでしょう。半分は残すべきです」

 彼の言うように、主力の八割が出撃すれば、留守を守る者が手薄となってしまう事は、アレクも懸念していたのだが、この戦争を終わらせる為の八割投入だった。

 沈黙が流れ、ステラがユウキを見ながら口を開いた。

「だったら、ユウキ貴方が残れば?」

「エッ」と、驚いて、皆がステラに視線を向けた。

「ユウキ殿には、北極の氷が解けた時の対応がありますが……」

 先ほどの将校が不安げに言った。ユウキにとっても、意外な話だったが、ステラの顔は真剣だった。最大の戦力のユウキを残すことは、「北極は私達に任せて」とのステラの決意だとユウキは悟った。

「では、こうしましょう。ステラにスペースを纏ってもらいます。それなら問題ないでしょう」

「そんなことが可能なのか?」

「スペースはロボットですが、戦闘スーツにも変化できますし、北極を凍らせる力も持っていますから問題ありません」

「分かった。万一、大洪水が起こってしまったら星自体が全滅する。迅速な退避の体制と、冷凍のタイミングを考えてもらいたい。ステラ、北極奪還の隊長を頼むぞ。首都警備の隊長はユウキに任せよう。八月十日を目途に、それぞれ準備にかかってもらいたい。諸君!断じて勝って、この星に平和を取り戻そうではないか!」

「オーーッ!!」

 アレクの大号令に、皆の決意の勝どきが会議室に轟いて、作戦会議は終わった。


 ステラとユウキは、細かい打ち合わせを各部と行った後、久しぶりに二人して街を歩き、サファイヤの待つ我が家へと帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る