第15話 サファイヤ星

 ユウキは、ワンダー星から地球へと進路を取った。

「コスモ、地球までは、やはり十時間ほどかかるのかい?」

『ワープすれば、四時間ほどです。天の川銀河なら、その日の内に何処へでも行けますよ』

 天の川銀河は直径十万光年あるという、気の遠くなるような距離を、たった一日で飛ぶことのできるコスモの能力に、驚くばかりのユウキだった。今、そのコスモと一体になった自分を思うと、今更ながら体が震えた。

『じゃあ、ワープに入りますよ!』

 周りの景色が瞬時に変わると、そこは、時空が歪み、七色の光が躍る無音の世界になった。暫くして気分が悪くなったが、すぐにコスモが銀河の映像に切り替えてくれたので快適となった。


 ユウキは、銀河を突っ切って地球に帰ると、サファイヤ星への出発の準備の為、会社を退職し、四国の両親の許に趣いた。

 母は、「どないしたん?」と、急に帰ったユウキの顔を心配そうに見た。

 ユウキは、居住いを正して、外国に行くので挨拶に来たと切り出した。ユウキは地球以外の星に行くとも言えず、イギリスで働くという事にしたのである。せめてもと、ステラと撮った写真を見せて、結婚した事を報告した。

「外国の人なんやね」

 最初は驚いていたが、綺麗な人だと父母は目を細めて写真に見入っていた。

 ユウキは、母の手料理をご馳走になりながら、束の間の一家団欒を楽しんだ。半日ほど両親の傍で過ごし、名残は尽きなかったが、暇の時間がやって来た。

「今度はいつ帰ってくるね?」

 との、母の問いに、

「いつか必ず、ステラを連れてくるよ」

 と、いうのが精いっぱいだった。

「それじゃあ……」

 ユウキは、両親に別れを告げた。

 父と母は、ユウキの車が見えなくなっても、その残像をいつまでも追っていた。

 もう二度と会えないかもしれない。そう思うとユウキの眼に涙が溢れ、胸が締め付けられた。彼は、車を路肩に止めて、オイオイと一人泣いた。



 ユウキは故郷から帰ると、家の整理をして外に出た。カチャッと家の鍵をかけ、植木鉢の下に鍵を隠すと、門の所まで下がり、我が家を仰ぎ見た。

「いつか、帰ってくるからね」

 ユウキは、そう呟いて、大地を蹴った。


 宇宙へ飛び出すと、コスモに身を委ねた。

「コスモ、サファイヤ星迄の所要時間は?」

『二時間と掛からないでしょう』

「ステラの星に着いたら、まず、どうしたものかな?」

『状況が分からないと動きようがありませんから、街に降りて、情報を集めましょう』

 ワープから抜けて、太陽の横を通り、しばらく行くと青い惑星が見えてきた。

『あれが、サファイヤ星です』

 更に近づくと、青い海に白い雲、そして大陸と、確かに地球によく似ていた。サファイヤ星の付近に、宇宙艦隊らしきものは見えなかった。

 ユウキは、ステルスモードで大気圏を抜け、首都らしき街の郊外に下り立った。


 コスモがデータ収集すると、この星は、一日が二十六時間、一年は、三百七十五日だと分かり、時計を合わせると昼の十二時だった。住宅街なのか大きな建物は無く、未来っぽい球形やドーム型の白い家々があり、緑は多かった。又、レンガ作りの家等、ヨーロッパを思わせる、古風で風情のある家もあちこちに見受けられる。道路は綺麗に整備されていて、交通機関が充実しているのか、戦争の為なのか、人通りも車も少なかった。

 よく見ると車にタイヤは無く、自動運転なのか、ハンドルも無かった。衣服は、地球とそう変わらないように見え、木々に新芽が吹き出している事から、季節は春だと分かった。ユウキは普段着のまま、その辺りを見て歩いた。

 すると、レンガ作りの茶色い建物に目が留まった。レストランのようである。お金も持たぬユウキはどうしたものかと、その前で考えていると、ドアが開いて中年の綺麗な女性が顔を出した。

「いらっしゃい。さあ、どうぞ」

 女主人らしい彼女は、笑顔で、戸惑っているユウキを奥の方の席へと案内した。店内はこじんまりしていて、昼頃なのに客は少なかった。

「すみません。田舎から出て来て何も分からないものですから、少しお聞きしたいことがありまして。……実は、お金も持ってないんです」

 ユウキの所へ水を持ってきた彼女に、ユウキが頭を掻きながら話すと、

「お腹がすいているんでしょう。お金の心配はしないでいいから、おすすめのランチをご馳走するわ」

 彼女は、見ず知らずのユウキに、何故か親切にしてくれた。


 美味しそうに平らげるユウキを、彼女は息子でも見るように目を細めて見ていた。

「お幾つ?」

「二十六に成ります」

「そう、私には子供はいないから、若い人を見ると、自分の子供のように思ってしまうのよ。それで、どちらに行かれるの?」

「実は、軍に入って戦おうと思うんですが、戦況はどうなんでしょう?」

「まあ、軍に? この辺りはまだ大丈夫だけれど、北の方では、北極からのミサイル攻撃が続いているらしいわよ。皆、いつ此処へ敵が来るのかと、その話ばかりしているわ」

 と、顔を曇らせた。

「それと、人を探しているんですが、ステラという女性を知りませんか? 軍の幹部だと思うんですが」

 ステラの名を出した途端、彼女の目が光り、周りにいた客が一斉に彼を見た。

「貴方は何者なの?」

「私は、ステラの夫です」

 ユウキは信頼できそうな彼女に、そう答えてみた。

「貴方が、ステラの……」

 彼女は、まさか、というような顔をしてユウキを見た。

「私はユウキ、地球からやって来ました。ステラに会うにはどこへ行けばいいですか?」

 地球から来たというユウキの言葉に、彼女は特に驚く素振りも見せなかった。彼女は、少し考えていたが、

「……奇遇ね、本当に。私は、ステラの叔母のカペラです。貴方の事はステラから聞いています。ステラを無事に帰していただいてありがとう」

 彼女は、そう言って深々と頭を下げた。

「とんでもありません」

 ユウキは、慌てて、頭をあげるように促した。

「今、ステラに会うことは出来ません。敵のスパイも暗躍していますので……」

 と、カペラは多くを語らなかった。

「又、怪我をしたんじゃ……。 元気なんでしょうね?」

「元気です」

「何か訳があるんですね。連絡が着くなら、私が来ていることを伝えておいて頂けますか?」

「分かりました。それから、軍に入るのなら、私の知り合いに軍の幹部がいますので紹介しましょう」

 彼女が何処かへ連絡すると、三十分ほどして、軍服を着た恰幅の良い男が現れた。カペラがユウキを紹介し、男は、自分は近くの基地の責任者でダグラスだと自己紹介した。

「この人は、私の知り合いなの。軍に入りたいと言うんだけど、お願いできない?」

 カペラが言うと、

「戦闘訓練は受けているのですか?」

 ダグラスが、ユウキを観察するような眼で、言った。

「受けています。自前の戦闘服もありますので、いつでもお役に立てます」

 ユウキは、そう言ってステラにもらったスーツ姿になった。

「それは!?」

「レグルスに貰ったスーツです」

「レグルス様を知っているんですか?」

「期間は短いですが、お世話になりました。レグルスは、今、何処に居るんですか?」

「それは答えられませんが……」

 ダグラスは、不審げにユウキを見た。

「レグルスかサルガスに聞いてもらえれば、私の素性が分かると思いますが」

「実は、私にも彼らの所在は分からないのです。でも、カペラ様の紹介ですので信用します。よろしければ基地の方に案内しましょう」

 軍の幹部までが、レグルスの居場所が分からないと聞いて、ユウキは、ステラ達に何が起きているのだろうと、謎は深まるばかりだった。

 カペラに丁重に礼を述べて、ユウキはダグラスと共に基地へと向かった。


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