第16話 入隊
カペラのレストランから、更に郊外へ20分ほど走ると、基地の建物が見えて来た。隣接している空港からは、戦闘機らしき機影が頻繁に離発着していた。
基地の門を潜ると、戦地へ行くのだろうか、戦闘服を着た兵士達が輸送機に乗り込むところだった。ダグラスと共に彼らを見送った後、彼の部屋に通された。
「ユウキ殿、失礼ですが、ちょっと戦闘能力を試させてください。それで配属場所を決めたいと思いますので」
「分かりました」
空港の横には、五キロ四方はあろうかという整備された平地があった。ここで戦闘スーツの訓練をするらしい。
最初、何人かと手合わせしたが、当然のことながら、ユウキに指一本触れる事は出来なかった。
「十人でも、五十人でもいいですから、一度に掛かって来て下さい!」
ユウキの言葉に、ムッとした三十人ほどの兵士が、怒号を上げて襲い掛かったが、彼は、殺到して来る兵士達を、あっという間に拳だけで倒してしまった。
更に、素手では敵わぬと思った別の一団が、エネルギー弾の集中砲火を、ユウキに浴びせかけた。兵士達は、ユウキの姿が噴煙に包まれ見えなくなっても、何かに取り付かれたようにエネルギー弾を打ち続けた。彼らは、強すぎるユウキに、恐怖さえ感じ始めていたのだ。
ユウキは、噴煙の中で、彼らの攻撃をシールドで防ぎながら、軽いエネルギー波で応戦していた。やがて、兵士達の姿も煙に隠れてしまった。
ダグラス達が固唾をのんで見ている中、煙が晴れてみると、無傷のユウキが姿を現し、挑んだ兵士達は全て倒されていた。
「あいつは一体何者なんだ!?」
ユウキの強さに、ダグラスや兵士達は驚きを隠せなかった。この星、最強のステラやレグルスさえも勝てないのではないかと思った。
「ダグラスさん、戦況を詳しく教えて頂けますか?」
「分かりました」
ダグラスは、総合指令センターへとユウキを案内した。そこは、先ほどの訓練地の地下深くにある、サファイヤ星の対ネーロ戦の総合指令センターで、多くの学者、技術者、兵士達が忙しそうに働いていた。
そこの最高司令官が、将軍アレク、軍のトップである。ダグラスが、将軍にユウキを紹介すると、将軍は鋭い目でユウキを見た後、笑みを浮かべた。
「君がユウキか、カペラ様から全て聞いています。なかなか強いそうじゃないか、頼りにしているよ」
アレクは、ユウキと握手を交わした。
その後、アレクに連れられて作戦室へと向かった。各分野のメンバー50名ほどが、浅いすり鉢状の会議室に集っていた。末席に座ったユウキの顔を知らない者たちが、誰だろうとヒソヒソ話をする声が聞こえて来た。
「彼は、レグルスの配下でユウキ。今後、作戦本部の一員となりますので、お見知りおきください」
空気を察した将軍が、ユウキを紹介した。
「よろしくお願いします」
ユウキが、立ってペコリと頭を下げると、歓迎の拍手が会議室に響いた。
議題は、各地の戦況報告から始まった。
北部方面では、毎日のように軍施設や工場などにミサイル攻撃が続いているようだ。迎撃システムの設置で、九十九%の確率で防御できており、都会への被害は無いと報告された。極寒の北部に民家は無く、被害は軍施設のみに留まっているようである。
ユウキの横に座っていた将校が、
「ネーロ軍は、北極に基地を作り、そこから攻撃している。サファイヤ星の北極には大地があり、ネーロ軍は、北極を攻撃するなら、その氷を溶かして大洪水を起こすと脅している為、大々的な攻撃は出来ずにいるんだ」
と、教えてくれた。
会議では、諸々を検討した後、アレク将軍が挨拶に立った。
「現在、宇宙から北極への補給路は我々が断っている。痺れを切らした敵は、大挙してネーロ本星からやってくることも考えられる。又、北極からの戦闘機や、戦闘服部隊による攻撃が激化する可能性もある。それぞれ油断せず、準備に当たってもらいたい。諸君の健闘を祈る!」
ユウキは、会議終了後にアレク将軍から呼ばれ、彼の執務室へと案内された。
「この星の事は、どれだけ知っているんだ?」
ユウキがほとんど知らないと答えると、
「では、あらましを説明しておこう。十数年前、突然、ネーロ軍がこの星に攻めてきた事は知っていると思うが。彼らは、自分達の星の寿命が尽きた為、移住する星を探していた。そして、サファイヤ星に白羽の矢を立てたのだ。そのやり方は、有無を言わせぬ侵略だった。
我がサファイヤ軍は、ステラの父であるシリウス王を先頭に果敢に戦かったが、シリウス王は戦死し、首都は戦火に焼かれてしまった。
サファイヤ星もこれまでかと、皆が思った時、まだ十四歳のステラが修羅となって、戦いの先頭に躍り出たんだ。ステラの親衛隊である十拳士は、命を懸けて彼女を護り、サファイヤ軍の兵士達もステラを死なせるなと奮闘した結果、ネーロ軍を北極にまで追い払う事が出来た。以後、地上では大きな戦いは無く、小競り合いが続いている。
十年の間に、北部基地を中心に軍施設は大きな被害を被って来たが、民間人に被害が無かったのは不幸中の幸いだった。
一年前の宇宙での戦いでは、ステラを失い、サファイヤ軍は総崩れとなったが、不思議にも流星群が現れ、ネーロ艦隊は壊滅状態となって、サファイヤ星は守られたんだ。
ステラは現在、訳があって身を隠している。彼女の居場所は、私にも知らされていないんだ。レグルスの十拳士が護っているから心配はいらない」
「ステラは、王女なんですか?」
「ライト王国の、皇位後継候補の一人だ。ただ、この星は連邦国家で、王女といっても、この国だけの話だがな。ちなみに、女王アンドロメダはステラの母で、連邦国家の議長を務めている。そして私の妻アトリアは、ステラの姉で、カペラ様は、女王の妹だ。私と君は義理の兄弟になる訳だな」
「ステラは大丈夫なんでしょうか。出来る事なら、私に護らせてください」
「気持ちはわかるが、今は下手に動くと、敵にステラの居場所を教える事にもなりかねない。君には軍で頑張ってもらいたいんだ」
ユウキは、自分が来た意味を忘れてはならないと、将軍の言葉に従った。そのあと、今後の任務について意見交換し、兵器などの開発責任者である、ストレンジ博士を訪ねるように言われ、部屋を出た。
ユウキは、将軍の手配した車に乗って、研究所にストレンジ博士を尋ねた。
研究所では、色んな戦闘服が並べられていた。博士の部屋へ入ると、白髪頭に口ひげを蓄え、白衣を着た男性がユウキを出迎えた。年の頃は六十前後だろうか、顔のしわが苦労の年輪を思わせた。
「おーっ、よく来た。ユウキだね、わしがストレンジだ。ステラが世話になった、ありがとう」
「こちらこそ、お忙しい中申し訳ありません」
博士に促され椅子に座ると、早速だがと博士は兵器の説明に入った。
「色々あるが、宇宙船に関しては、ステラが持ち帰った球体を研究中だ。近いうちに高性能の艦が作られるだろう。ネーロ帝国の総攻撃の可能性も噂されているから、急がねばならんな。
ネーロ帝国との科学力は、ほぼ拮抗している為、イタチごっこを繰り返している。戦闘服の開発は、兵を死なせない為にも、わしが一番力を入れている分野だ。一年前に比べれば、シールドも、パワーも格段に上がっているんだ。ところで、ワンダー星のスーツはどうなった?」
「はい、素晴らしいスーツを作って頂きました」
ユウキが、コスモの性能のあらましを説明すると、博士は身を乗り出した。
「そいつは凄いな。恐らく、コスモは宇宙の働きに似せて作られたんだと思う。実戦で使う時は、パワーの加減が大変だろう」
「いえ、今はまだ、そこまでの力を出すことは出来ません。パワーも、戦闘力も、まだまだこれからです」
「コスモと話してみたいが?」
「分かりました。コスモ、博士と話してごらん」
ユウキの指示で分身スペースが現れ、ステラの姿に変身した。
「少し紛らわしいですかね。私も随分会っていないもんですから」
ユウキが博士を見て、いたずらっぽい笑みを見せた。博士は、しげしげと、ステラに化けたスペースを見た。
「博士、お久しぶりです」
それは、紛れもないステラの声だった。博士はステラの手を握りながら、
「こいつは驚いた、見分けがつかんな。手の感触も、ほらこんなに」
偽物だと分かっていても嬉しそうな博士は、手を取ったままスペースを椅子に座らせた。
「出来るものならば、あなたの科学力を、この星の為に使わせてもらう訳にはいかないもんだろうか?」
博士の目は真剣そのものだった。
「そうね、他ならぬ博士の頼みですものね。兵士を護る戦闘服の技術を提供してもいいわ。当然、絶対的なものではないので頼りすぎないで。それと、常に最前線で戦う、ステラと、十拳士には、特に高性能のスーツを作りましょう」
「そうか。ありがとう、ありがとう」
博士は深々と頭を下げた。
「博士、スペースは置いていきますので、よろしくお願いします。ステラの姿だと博士の 身が危ないので、他の姿に変えましょう」
ユウキは、スペースを普通の科学者の姿に変化させた。
「それでは、これで失礼します。お体を大切に」
「うん、お前もな。ステラを幸せにしてやってくれ、頼むぞ。あれは、今まで不幸すぎた。お前には感謝しているんだ。父親代わりとして礼を言う、ありがとう」
博士に送られ、研究所を後にしたユウキは、もう一人会っておきたい人物がいた。
それは、指導者ロータスだった。文明の繁栄の影には必ず偉大な思想があり、指導者がいる。ユウキは、この戦争に対する彼の意見を聞いてみたかったのである。ロータスは宮殿の傍らの、ヒューマンセンターという建物に居た。各国の指導者たちが、彼の意見を聞きたいと集まるそうである。ユウキは、アポイントも取らず行ったのだが、短時間ならと快く会ってくれた。
「遠いところよく来てくれたね。ステラからも聞いています」
ユウキを迎えたロータスは、五十前後で、逞しい身体をしていて、その目は限りない優しさと強さを湛えていた。
「忙しいところ申し訳ありません。早速ですが、ネーロ帝国との戦争について、先生のご見解をお聞かせ頂けないでしょうか?」
「分かりました。戦争は極悪ですが、今回のように一方的な侵略戦争ともなれば戦わざるを得ません。ネーロ軍には、攻撃をやめるよう毎日のようにメッセージを送っていますが、何の返答もありません。ともかく、善なる民衆を守るのが私たちの使命です。私は兵士ではないので銃は取りませんが、兵士や犠牲者の心のケア、ネーロ帝国への呼びかけ、被害に遭った地域への復興支援等、出来る限りの事はやっているつもりです。あなた方兵士には、ご苦労を掛けますが宜しくお願いします」
「今回のケースなら、ネーロ帝国をせん滅する事になっても、止むを得ないと考えてよろしいでしょうか?」
「止むを得ないでしょう。但し、和平交渉は常に続けるべきです」
ユウキは、戦いの中で止むを得ないとはいえ、人間を殺さねばならないという事に悩んでいたのである。
「戦う以上、中途半端では、かえって悪になってしまいます。出来るだけ殺さないで、相手を倒す方法を模索してください。貴方なら出来ます。例え出来なくても、貴方一人を地獄にはやりませんから安心して下さい」
ユウキは、心のつかえが取れて、気持ちが軽くなっていた。そして、師匠と呼べる人物に出会えたことで、この星でもやっていけるという確信が湧いて来た。
「ありがとうございました。元気を頂きました」
ロータスに送られ、ユウキは基地へと戻った。
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