第13話 コスモ

 ワンダー星の研究所では、ユウキの戦闘スーツの開発が、急ピッチで進められていた。ユウキは、自分も何か手伝いたいと雑用係を買って出て、アンドロイド達と共に働いた。

 研究所に隣接している工場では、戦闘スーツの他に、四体のロボットらしきものも、並行して作られていた。

「あれは何ですか?」

 不思議に思ったユウキが、開発責任者のフラルに聞いた。

「あれは、スーツを護る守護神達です。無敵のスーツはさすがに作れないので、ピンチに陥った時に、彼らがあなたを護ります」

 ユウキは、思いの外、スーツの製作が大掛かりになっている事に気をもんでいた。労力や資金も半端では無いはずだ。何故、見ず知らずの自分たちの為に、ここまでしてくれるのだろうと。

 


 戦闘スーツの製作が始まって、既に半年が経った。 

 ユウキは、日にちが経つほどにステラ達の事が心配になり、落ち着かない日々を送っていたが、もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせるしかなかった。

 そんなある日、フラルが笑顔でやって来た。

「ユウキ、今日からテストに入ります。心の準備はいいですか?」

「もちろん、いつでも行けます!」

 待ちに待った日が来たと、ユウキは意気込んだ。渡されたのは小さな黄金の指輪だった。

「この小さな指輪の中に、スーツも、守護神達も、全て収まっているんですね」

「その通りです。一つ断っておきますが、このスーツはユウキの身体と一体になりますから、一度装着すると死ぬまで離れることはありません。それでもいいですか?」

「死ぬまで離れないって、お風呂とかどうするんです?」

 ユウキは、スーツを着たまま生活するのだと思ったようだ。

「それは大丈夫です。本体というのは液体のようなもので、細胞に溶け込んでいきます。それが、一つの人工生命を形成して、主の命令を実行するんです。あなたが指令を出せば、この世界の物質を集めて、戦闘スーツは瞬時に具現化されます。心で命令すれば、脱着は自由ですから、安心して下さい」

「痛みとかはありませんか?」

「最初は多少あります。身体に順応するまで、数日は違和感があるかも知れません」

「分かりました」

「では、その指輪を着けて下さい」

 科学者たちが見つめる中、ユウキが、黄金の指輪を指に着けると、スッと身体の中に溶け込んでいって、直後に、何かが身体中に染み渡るような感覚になった。その内、痛みと共に身体が熱くなって来たかと思うと、彼は、気を失ってしまった。


 ユウキが目を覚ました時には、既に痛みは消えていて、フラルが心配そうな顔を向けていた。

「体調はどうです?」

「身体に何か入った違和感は少しありますが、問題ありません」

 ユウキは起き上がると、手足を動かし、飛んだり跳ねたりして見たが、特に身体能力に変化は無かった。

「身体能力も多少はアップしますが、もう少し時間がかかるでしょう。コスモに話しかけてみてください」

「コスモ?」

「すでに、スーツの核である人工生命は起動しています。名前をコスモと名付けました」

 ユウキは心の中で「コスモ」と、呼び掛けてみた。すると、

『私は、コスモ』

 ユウキの頭の中で、誰かの声が響いた。若い男性の親しみやすい声だった。

『私は、ユウキと一体化しています。君が死ぬまで、私達は運命共同体で離れることは出来ません。私の力を引き出すのは、君の心次第です。例えて言えば、他者を慈しむ限りない優しさが君を神にし、邪心や悪心が君を無力にするという事です』

 そこまで説明するとコスモの気配が消えた。

「では、これから訓練に入ります。スーツを着用して下さい」

 フラルに言われるままに、ユウキは、戦闘スーツをイメージしてみた。瞬時に彼の身体を包んだのは、ステラから貰ったスーツだった。

「貴方のイメージ通りの物が具現化されますから、どんな形にもなれます。ノーマルタイプを選択すれば、私が考えたデザインのスーツになります。スーツの形状に関係なく、戦闘能力は同じですから心配は要りません」

 ユウキがノーマルモードを選択すると、黄金に光るスーツに変わった。それは、今までに見た事も無い、洗練されたデザインの戦闘服だった。

「流石にプロですね。かっこいいです」

「ありがとうございます。あとは、コスモと相談しながら訓練を進めて下さい」

「了解!」


 ユウキは屋外に出ると、コスモに話しかけた。

「コスモ、何処でやる?」

『じゃあ、月へ行きましょうか』

 その刹那、彼の身体は大空へと舞い上がっていた。風は感じない、呼吸も問題なかった。ステラのスーツのような映像や表示も無い。スーツは身体の一部となって、五感と心で全てを感じ取るのだ。グングンと加速して大気圏を抜け、宇宙に飛び出した。振り返ると、ワンダー星が青く輝いていた。

 このワンダー星には、小型の衛星が三つあった。彼は、その中でも一番大きな月に向かって進路を取り、加速した。今までのスーツとは、スピードもレベルが違った。月のクレーターが見る見るうちに鮮明になり、視界いっぱいに月が迫まる所まで来るのに、数秒しか掛からなかった。

 彼は、月の裏側へと回り、月面に下り立った。


『此処なら誰にも邪魔されないでしょう。重力制御しましたから、ワンダー星の地上と同じように動けます』

 ユウキが試してみると、地上と変わらない動きが普通に出来た。

『スーツが高速で動いても、ユウキの身体の負担にはならないから安心して下さい。昨日も言いましたが、人の為に尽くそうという強き善心が私の力を高めますから、ユウキの心次第でパワーはいくらでも出せます。その反対に、悪心や怒りで自分を見失ってしまうと、私の力は失われます。それが、私とユウキの唯一の弱点です。これは、暴走や悪用を防ぐ為の安全装置ですから、くれぐれも注意して下さい。では、戦闘訓練に入りましょう。私の分身がお相手します』

 目の前で何かが光ったかと思うと、プラチナのボディのロボットが瞬時に具現化された。

『彼の名前はスペース。僕と同じ力を持っています。呼べばいつでも現れ、命令に従います』

 その言葉が終わらぬ内に、スペースがフッと消えたかと思うと、次の瞬間にはユウキのすぐ傍に現れ、蹴りや突きで攻撃して来た。その動きは、ステラ達の比ではなかった。だが、不思議な事に、ユウキには高速で動くスペースの動きがよく見えて、自然に体が反応して、攻撃を悉く防いでいたのだ。

「これが、自動防衛というやつか?」

 ユウキは戦いながら呟いたが、それは、防御のみで、自動的な攻撃は出来なかった。

 ユウキが懸命にスペースの動きに集中し、その隙を探して蹴りや突きを繰り出してみたが、スペースには届かなかった。

 それから、五時間ぶっ続けに戦っても、スペースの身体を捉えることは出来なかった。

 ユウキは、疲れを感じて休憩を取った。コスモと一体化した彼は、前の様に激しく疲れる事はなかった。コスモは、彼の肉体までも強化していたのだ。


 休憩後も、スペース相手に、エネルギー波やエネルギー弾の攻撃と防御を体感した。月の地形が変わるほどの、凄まじい閃光、飛び散る大地。防御されているとはいえ、その激しさにユウキの気持ちが怯んだ。これ以上続けると月が壊れるからと、コスモが止めた。


『最後に、怒りに任せた心が、どういう結果を招くかを体感しましょう』

 コスモが言うと、空から誰かが降りてきた。それは、此処に居るはずもないステラだった。ユウキが歩み寄ると、ユウキの名を呼んで、その緑の大きな瞳が輝いた。

 ユウキが彼女を抱きしめようとした時、いきなり、スペースがユウキを突き飛ばし、彼女を攻撃し始めた。

「やめろ!」

 ユウキが、それを止めようとスペースに組み付いたが、スペースはユウキを振り払い、ステラのみを執拗に追いかけて攻撃し続けた。ステラも懸命に応戦するのだが、スペースの動きが速すぎて勝負にならなかった。次の瞬間、スペースがビームサーベルを取り出すと、容赦なくステラ目掛けて振り下ろした。

「ああっ!」

 ステラは、シールド毎スーツを破壊され、血飛沫を上げて倒れ伏した。それでも、スペースは攻撃をやめようとしない。最高レベルのエネルギー波をステラに浴びせると、彼女の身体は見る間に炎に包まれた。

「ユウキ、助けて!!」

 ステラの悲痛な叫び声が響いた。

「ステラ!!」

 ユウキがフルパワーのエネルギー弾で、スペースを吹き飛ばして、彼女を抱き上げ名前を呼び続けたが、返答はなかった。彼は、ステラの胸に耳を当てて心音を確かめた。すると、ステラの弱々しい心音が聞こえて来た。だが、それは徐々に小さくなり、やがて、鼓動は止まった。

「…… ステラーーッ!!」

 その瞬間、ユウキの心を怒りが支配した。元通りに再生したスペースを睨みつけると、怒りのレーザービームを連続で放った。しかし、ビームは途中で力なく消え、スペースに届かなかった。

 ユウキが、「どうしてなんだ!」と、もがけばもがくほどに力は弱まり、そのうち、ビームが撃てなくなり、ついには、身体までも動かなくなってしまった。

 ユウキの心は、ステラを亡くした怒りで炎上していた。スペースの攻撃を受けながら、彼は、自分をどうする事も出来ずに、地獄の業火に焼かれるばかりだった。



『ユウキ! ユウキ!』

 コスモの声で、ユウキは我に返った。まだ怒りの収まらぬユウキは、肩を落とし、ガックリと膝を折った。

「コスモ、今のは夢だったのか? ステラは?」

『私が見せた幻です。今のあなたなら、ステラが殺されたらあのようになります。心を不動のものに鍛えておかないと、いざと言う時、大事な人を護れませんよ』

 ユウキも、先ほどの経験は決して夢ではなく、今の自分なら必ずそうなると確信出来た。あの場面でいかに平常心を維持できるか、それが課題だと肝に銘じ、その日の訓練は終わった。だが、ステラの悪夢はユウキの頭から消えなかった。


 次の日も、また次の日も、懸命に戦闘訓練に励んだ。ユウキはメキメキと腕を上げて、スペースと互角に渡り合えるようになると、訓練を終えた。

 彼は、この太陽系を一回りして銀河を楽しんだ後、ワンダー星へと帰った。

 

 ワンダー星に戻ると、ユウキは訓練の状況をフラルに報告した。

「特に問題はありませんでしたので、これでスーツのテストは終わりです。あとは、守護ロボットのテストのみですから、順調にいけば明日には終わるでしょう」

「ありがとうございます!」

 フラルとユウキは、ガッチリと握手を交わして、お互いを労った。


 その時、都市全域に聞きなれぬ警報音が鳴って、フラルとユウキは顔を見合わせた。

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