第3話 ステラの正体

 ステラは、人が困っていると黙っていられない性分のようだ。近所のもめごとなども親身に相談に乗っていて、地域の情報はユウキよりも良く知っていた。

 ある日の午後、地域を震撼させる事件がこの街で起きた。三人組の銀行強盗である。しかも、警備員二人を射殺して逃走中、民家に押し入り、家族二人を人質にして立て籠もったのだ。

 その家の周りを警官隊が取り囲み、説得する様子を、テレビはライブで伝えた。

「許せないわ」

 ステラがテレビを見ながら、怒りを押し殺すように呟いた。

「絶対行くんじゃないぞ。いくら君が強くても拳銃には敵わない。君に、もしもの事があったらどうするんだ!」

 ユウキが、ステラなら行きかねないと危惧して、語気を強めた。

「あの人達に、何かあったらどうするの!」

 ステラが、食って掛かった。

「警察が対応しているのだから素人が手を出す話ではない。君が介入することで人質に危険が及ぶかもしれないだろう。それに、今は、あまり目立つ事をしない方が君の為じゃないのか?」

 ユウキが諭したが、ステラは納得いかない風だった。


 犯人は、警官隊目掛けて拳銃を数発撃ったりしていたが、それ以降は大した進展もなく夜になった。犯人を刺激しないようにと照明は落とされた。

 翌朝、事件は解決していた。

 犯人達はボコボコにされて、近くの電柱に縛り付けられていたのだ。逮捕された犯人の話では、覆面の男が入って来たと報道された。

「ユウキ、早く起きて」

 ステラに起こされて、顔を洗い食卓に着くと、テレビはその事件一色だった。彼はステラを見たが、涼しそうな顔をしてご飯を食べながら、普通に話しかけて来た。

「お前なんだろ?」ユウキは、そう言おうとしたが、言っても無駄かと言葉を飲んだ。


 それ以降、近場で凶悪事件が起きる度にステラは姿を消したが、朝には帰っていた。

 だが、ある日の事、彼女は、何時まで経っても帰らなかった。携帯も電源が切れて連絡がつかず、次の日も、帰らない。ユウキは心配で眠れない日が続いて、止む無く警察に捜索依頼をしようとした三日目の夜、玄関の扉が開く音がした。

「ステラなのか?」

 声をかけながらユウキが玄関まで急ぎ、「いったい今まで何処にいたんだ!」と怒ろうとした時、そこには、いつもとは全く違うステラが立っていた。


 彼を見る目がよそよそしく、近寄りがたい威厳の様なオーラを出していた。

 ユウキは、その時、彼女の記憶が戻ったのだと直観した。

 「お帰り」と、ユウキは、立ち尽くすステラの手を取って居間のソファーに座らせ、お茶を入れながら彼女を見ると、服が破けて怪我をしているようだった。

「病院へいくかい?」

「かすり傷だ。問題無い」

 ステラが、初めて口を開いた。話し方が男のようである。とりあえず、傷の治療をしようと、ユウキが薬箱を用意して服を脱がそうとすると、

「自分で出来るから良い!」

 彼女は、ユウキの手を払いのけた。

「記憶が戻ったんだね?」

 ユウキが聞くと、彼女は無言で頷いた。

 ユウキが一番恐れていた事。それは、彼女が記憶を取り戻すことで、今迄の愛するステラが消えてしまう事だった。ユウキは、変貌したステラを見つめながら、十カ月に渡る彼女との生活が、音をたてて崩れてしまうような気がした。


 今後のことは明日話そうと、風呂に入り傷の手当をするようユウキが促した。

 彼女は、風呂から上がると救急箱を手に、ユウキの寝室に顔を出した。ユウキは、少しホッとして傷の手当を手伝った。

「どうして遅くなったんだい?」

 ユウキが、ステラの顔色を伺いながら聞いた。

「……実は、強盗犯を追って山中を捜索している内、道に迷った事に気が付いた。山を下りようと焦って彷徨っている内、足を滑らせ、崖から落ちて気を失ってしまったのだ。目が覚めた時は、丸一日経っていた」

「そうだったのか。でもよく帰って来てくれたね」

「私の帰る場所は、この星では此処しかない。貴方には感謝している」

 ステラが伏し目がちに言った。

 ユウキは、今までの事を彼女が忘れていない事が分かると、嬉しくて抱きしめたい衝動にかられたが、彼女の雰囲気がそれをためらわせた。治療が終わると彼女は自分の部屋へ入っていった。


 翌朝、彼女は、よっぽど疲れていたのか、まだ寝息をたてていた。ユウキは、そっと起きだすと、朝餉の支度をしてステラを待った。

 しばらくして、

「すまない、寝過ごしてしまった」

 と、慌てた風にステラが顔を見せた。二人で朝食を済まし、ステラが後片付けをした。その後ろ姿は、今迄のステラと違いは無かった。


「じゃあ、話しの続きを聞かせてもらおうか」

 ユウキが言うと、彼女は、少し考えるような表情をしたあと、意を決したように口を開いた。

「最初に、今までの恩義に心からのお礼を言う」

 そう言って彼女は頭を下げた。ユウキも頭を下げて、それに応じた。

「私は、地球から数千光年離れた太陽系にあるサファイヤ星からやって来た。地球と酷似する青い星だ。私たちの星は、十年余り前からネーロ帝国の侵略に遭い、戦争状態が続いているんだ。

 地球へ来たいきさつだが、宇宙でネーロ軍と交戦中、敵のロボットの攻撃に遭った。私達はそのロボットを振り払うために緊急ワープし、この太陽系の火星空域迄来たんだが、結局、敵のロボットを振り払うことは出来ず、艦は破壊され、私達一部の乗組員は脱出ポッドで地球へと避難した。後は、貴方が知っている通りだ。あの流星は、私達の戦艦の残骸や脱出ポッドだったんだ。私は戦士、戦闘能力が高いのはその為だ」

 彼女は、そこまで言うと言葉を切った。

 ユウキは、SF映画のような話に驚きはしたが、エイリアンではないかと薄々感じていただけに、それほどのショックは無かった。

「そうだったのか、それでこれからどうするの?」

「そうだな。一日でも早く故郷へ帰りたい、戦況が心配なんだ。だが、この星の科学では星間航法は不可能だし、救援を待つしかないが、それも当てにはできない……」

 ステラの焦りの様なものが、言葉の端に滲んでいた。


 ユウキが一番聞きたかった事、それは、「結婚しているのか?」ということだった。彼女にとって、それどころでは無いことは百も承知していたが、聞かずにはいられなかった。

「結婚はしていない。でも婚約者ならいる」 

 何とも言えぬ返事に、ユウキは更に聞いた。

「今後その人と結婚する可能性はある?」

「その人は、幼い頃に親が決めた許婚だ。付き合う前に戦争になってしまったから、自然解消みたいなものだが」

 ユウキは、とりあえず安堵したが、思い切って言いたい事の核心に触れた。

「記憶が戻って気持ちの整理も出来ていないと思うけど、僕は今も心から君を愛している。ステラのことを、これからも妻だと思っていいかな?」

 これまで夫婦と言っても、二人は最後の一線は越えていなかった。ユウキが、あえて妻と言ったのは、ステラの本当の気持ちが知りたかったからである。

 ステラは、困ったような表情になった。彼女は、地球に来るまでの戦士としての本来の自分と、記憶を無くしてユウキを愛した自分との葛藤が、心の中で渦を巻いていて、自分の本当の気持ちが分からなくなっていたのである。

「気持ちは有り難いが、今はそんな気持ちになれない……」

 彼女はそう言って口をつぐんだ。ユウキは、仕方のない事かも知れないと思った。彼女の人生を思えば、自分との思い出は、一年にも満たない短いものだったからだ。


 しばらく沈黙が続いた後、ユウキが話を変えた。

「あの脱出ポッドに、何か必要なものは無いのかな。沈んでいる場所なら大体わかるけど」

「教えて欲しい。それと、私のブレスレットを知らないか?」

「ああ、ちょっと待って」

 ユウキは外へ出ると、車の中から赤いブレスレットと腕時計を持ってきた。病院で外したものをユウキが保管していたのだ。ステラは、目を輝かして受け取ると、赤いブレスレットを手首につけた。すると、それが彼女の全身を包んだかと思うと、赤い戦闘服(スーツ)へと変形した。驚くユウキをよそに、マスク部分の装着、格納などを試した後、その身体が、ふわりと浮いた。

「ありがとう、壊れてないみたいだ。これで行動範囲が広がる。この腕時計は脱出ポッドの遠隔操作も出来るんだ」

 彼女は、うれしそうに微笑んだ。久しぶりに見たステラの笑顔にホッとするユウキだったが、その後、ひらめいたように言った。

「あの時の流星は、アマゾンと太平洋にも落ちたそうだ。もしかしたら君の仲間も地球のどこかで生きているかも知れないんじゃないか?」

「そうなんだ。ポッドに通信機があるから早急にコンタクトを取ってみるよ」

 ステラがスーツのまま外へ出ようとするから、ユウキが呼び止めた。

「そんな恰好で外に出たら……」

 言い終わらないうちに、ステラの姿がフッと消えた。

「ステラ、ステラ!」

 ユウキが、瞬間移動もできるのかと驚き、キョロキョロとステラの姿を探した。

「目の前にいるよ。ステルスモードにすると消えることが出来るんだ。お昼までには帰るから」

 ユウキは、玄関のドアが自動で開き、閉まるのを見ながら、姿なきステラを見送った。

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