第3話 暗夜の先
そして僕達は大学四年目の春を迎えた。
その頃になると僕の演劇サークルのメンバーは就職活動のため、ひとり、ふたりと顔を出さなくなり、夏前には実質的に解散状態となった。
やがて周りの友人達が徐々に内定を獲得する頃になっても、僕は作品を書いては持ち込みやコンテストに応募する日々を送っていた。
就職活動が佳境に入っていた紗英とはもう一ヶ月くらい会っていなかったが、八月の初めごろ偶然に大学の図書館で顔を合わせたことがあった。
紗英は見慣れない黒のスーツ姿だった。
ぎこちない会話をいくつかかわした後、紗英は地元の企業への内定が決まったことを告げた。
僕は「おめでとう」とだけ伝えてその場を去った。
季節は更に進み、年が開けた。
僕は相変わらず作品を書き続けていた。
次こそは。次こそは。
呪文のように呟きながら、ただひたすらに文章を紡いでいた。
三月。
僕達は卒業を迎えた。
僕はボロボロの成績ながらも、かろうじて単位の数だけは間に合った。
卒業式が終わり、皆が飲み会へと繰り出すのを背にして僕と紗英は2人で駅へと向かっていた。
こうして紗英と並んで歩くのはいつ以来だろうか。
昨夜、紗英から久しぶりに電話があった。
紗英は明日の卒業式が終わったら、その足で故郷へ帰るつもりだと告げた。
僕が見送りに行きたいと伝えると、紗英は承諾してくれた。
新幹線のホームは、同じように門出を迎えた人達で溢れていた。
僕と紗英は人混みを避けられる場所を見つけて向かい合う。
僕達は無言のまま立ちつくしていた。
何か言いたいのだが、それが言葉にならない。
紗英も同じようだった。
やがて、紗英の乗る列車の発車を告げるアナウンスが響いた。
「また、連絡するから」
「……うん」
それが、紗英と交わした最後の言葉だった。
ドアが閉まると、列車はゆっくりと動き始める。
車窓の奥に一瞬、紗英の姿が見えた。
その姿は背を向けたままで二度と振り返ることはなかった。
――結局、その後僕は一度も紗英に連絡をしなかった。
紗英からも連絡が来ることはなかった。
※※※
ふう……。
日ごろ運動不足の身にはなかなか堪える行程だが、もう半分くらいは歩いただろうか。
夏の頃ならば、きっとこの辺りは稲穂や作物で緑溢れる風景が広がっているのだろう。しかし今はとうに収穫も終わり、寒々としたむき出しの土の大地がどこまでも続いている。
僕は肩に掛けたバッグを背負い直すと、再び歩き始めた――。
※※※
大学を卒業後、僕は学生時代を過ごしたアパートにそのまま残りアルバイトをしながら作品を書く生活を始めた。
しかし、一年、二年と時間が過ぎても目に見える結果には結びつかず、更に三年、四年とあっという間に時間は過ぎていった。
その後も僕はアルバイトと作品を書き続ける日々を重ね、気がつけば二十八歳の誕生日を迎えた。
いくら作品を書いても、誰かの目に留まるわけでもなくただ打ち捨てていくだけの生活にさすがに疲れを感じ始めていた。
その頃の僕は、ある時は取り憑かれたように何日も眠らずに作品を書いたかと思えば、逆に何日もベッドにただ横たわる、といった生活を繰り返していた。
――もう、このあたりが限界なのかな。
気がつくと、まどろみの中で何度も同じことを自問していた。
そんな明けることのない暗夜のような暮らしを変えたのは、一本の電話だった。
電話の主は以前何度かシナリオの持ち込みをした映像製作会社の関係者だった。
当時は殆ど相手にされなかったように思うが、なにか機会があればと覚えてもらえていたらしい。
それは、あるテレビ番組内で使われる視聴者の体験談を元にした短い再現ドラマの脚本の1つを書くという内容だったが、僕は是非もなく引き受けた。
資料を受け取ると、僕はすぐに初稿を書き上げて担当者に送った。
もちろん一回で通るほど甘くはなく、何度か書き直しを経てようやく採用された。
仕事の執筆料はささやかなものだったが、そんなことはどうでもよかった。
やっと僕の書いたものが形になり、大勢の人達に見てもらえる。
そう考えただけでと、これまでの長い年月が無駄ではなかったと思えた。
その日は、何か久しぶりに陽の光を見たような気がした。
それからも同じような小さな仕事を続けていると、今度は深夜枠の単発ドラマの脚本コンペへの打診があった。
幸い、その仕事もなんとか上手くいき、それをきっかけに僕の元には少しずつではあるが依頼が舞い込むようになった。
そして一昨年、企画から参加した深夜の連続ドラマがまずまず成功したことで、ようやく僕は自分の職業を「脚本家」と名乗れるぐらいにはなった。
長年住み続けた安アパートを引き払い、少しだけ広いマンションへと引っ越したのはその頃だった。
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