第16 第五章 シリウスの思惑 (2)
第五章 シリウスの思惑
(2)
WGC三〇四七年に二月中旬。エリダヌス星系政府を代表してエリダヌス星系外務大臣エンゲージ・シドニーと娘クレア・シドニーは、政府代表レイモン・ダイヤビーズ、通商代表部キトリア・テルンゼン次官を含む三〇名に及ぶ政府関係者を連れてプロキシマ星系に来訪していた。
シドニー外務大臣は、ダイヤビーズ代表、政府関係者と共にプロキシマ星系政府外務大臣アキラ・コードウェルと会い、その後、プロキシマ王カントゥーリス・アレクサンドル・プロキシマに謁見する予定でいた。
一方、クレア・シドニーは、プロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマと半年ぶりの再会をしていた。
「クレア。久しぶりね。私がエリダヌス星系にお父様の名代として訪問して以来だから、半年ぶりかしら」
マリアテレーゼの明るさに、マキシム星系での出来事は、もう大丈夫かしらと思いながら
「マリア、久しぶり。また会えて嬉しいわ」
くつろぎの間で友人を迎えたマリアは、テラスに出ているソファに座りながら、テーブルを挟んで座る友人クレアと、いつもの様に外の景色を見ながら話していた。
マリアは、エリダヌス星系政府が、プロキシマ星系への訪問と一緒に自分の友人クレアを同行させ、敢えて星系政府要人とは切り離している事。私に会いに来させた事に、目的は、はっきりしていると理解しながらも、決して自分からは、その話に切り出さないようにしていた。ただ、友人のいつもと違うぎこちない対応に
「クレア、見て」
そう言ってプロキシマ・ケンタウリの伴星アルファとベータを見ながら、
「私たちの星があるプロキシマ星系は、私たちの住むプロキシマとあの輝く二つの星が、宇宙の摂理によってバランスよく保たれているの。決して、どの星もそれぞれに干渉せずに、ただ相手を思いやる様に。プロキシマ星系は、エリダヌス星系だけでなく、ルテル星系、コーテル星系、ルノー星系とも、お互いの未来の安寧の為に、協力しつつ生きていくわ。やがてシリウス星系も自分達の過ちの愚かさに気付き、この我星系に、また手を結びに来るでしょう」
「マリア」
そう言って自分の顔を見つめる友人に
「シリウスの事もエリダヌスの事も、皆、男の人達の世界の事。私がマキシム星系でシリウス星系軍に襲われた時は、恐ろしく、怖くてたまらなかった。でも私は助かった。そして今こうして、クレアと話をすることが出来ている。でも先の戦闘で敵味方に多くの死者が出たわ。あの人たちは、もうこの景色を見る事も出来ないし、家族を失った遺族の方は、寂しさに打ち勝って生きていかなければならない。だから、私は決めたの。プロキシマ王家第一王女の立場として、役目として行わなければならない事を曖昧にしないで、積極的に行っていく。お父様に話した時は、驚かれていたけど、流石我が娘第一王女と喜んでくれた」
一度言葉を切ると
「でも、クレアとはずっと昔ながらの友達よ。二人の中に政治は無いわ。でもお父様には、クレアが来訪すると聞いた時、目的が分かっていたから、先に話しておいた。お父様は、私と同じ考えだったわ。エリダヌス星系とは、良き絆で今後も深い関わりを持って行くと言ってくれた。心配ないわ。クレア」
そう言って笑うマリアを見て、変わったな。やはりあの出来事は、マリアの心をここまで変えてしまう出来事だったか。たった半年でこんなに変われるものかしら。私は、一星系の外務大臣の娘、マリアとは違うけど。そう思いながら
「マリアありがとう。そう言って頂けると私も嬉しい」
「クレア、お茶にしましょう」
マリアは、主席侍従長カプヌーンをちらと見ると
「既に用意してあります」
と言ってカプヌーンは、後ろに控える侍従達に目配せをした。
ルテル星系内シリウス星系方面跳躍点が揺らいだ。一隻の哨戒艦が現れると同時に次々と艦艇が出現した。ジョージ・ハウエル中将率いるシリウス星系軍第二艦隊だ。
「監視衛星よりルテル星系首都星に連絡。跳躍点よりシリウス星系方面跳躍点よりシリウス星系軍出現。第一報送れ」
次々と現れる艦艇を監視衛星の多元スペクトル分析と光学レーダーが表示し始めた。
「シャルンホルスト級航宙戦艦四〇隻、エリザベート級航宙母艦三二隻、テルマー級航宙巡洋戦艦四〇隻、ロックウッド級航宙重巡洋艦六四隻、ハインリヒ級航宙軽巡洋艦六四隻、ヘーメラー級航宙駆逐艦一九二隻、ビーンズ級哨戒艦一九二隻、ライト級高速補給艦 二四隻。総数六四八隻。正規一個艦隊です」
レーダー解析報告に
「すぐに詳細を首都星に送れ」
そう言うと監視衛星司令官は、
「どういうつもりだ。シリウス星系軍は。しかし、強襲揚陸艦を伴っていない。我が星系の攻略と言う訳ではなさそうだ」
レーダー解析されたとは言え、まだ監視衛星まで二光時ある。第一級戦闘速度で進宙しても二〇時間ある。そう思うと監視衛星司令官は、すぐには何も始まらないだろう。ここは首都星からの指示を待つかと考えていた。
ルテル星系政府は、輸送艦護衛の為の艦隊と星系内治安維持艦隊の二艦隊しか持っていない。先の戦闘で星系内治安維持艦隊の半数が被害を受けた為、今回のシリウス星系軍の侵攻に対して、自軍では半個艦隊しか出すことが出来なかった。小破以下の戦闘艦を合わせてもこれが限度で有った。
「ルテル星系軍は、どういうつもりだ。あれでは、簡単に勝負がつくぞ。それにカイパーベルトの内側だ。星系内の被害を最小限に抑えるならば、カイパーベルトの外に出て戦うのが常識だ」
独り言の様に言うとヘッドセットのマイクを口元に持って来て
「第二艦隊全艦に告ぐ。私は第二艦隊司令官ジョージ・ハウエル中将だ。艦隊をカイパーベルトの外側一〇光分の位置まで進める。隊形は標準戦闘隊形だ。ルテル星系軍が発砲しない限りこちらから、絶対に打つな」
ハウエル中将の言葉に前方左右に布陣する哨戒が後ろに下ると駆逐艦を先頭に進宙し始めた。
「司令。シリウス星系軍進宙を開始しました」
その言葉にスコープビジョンに映る映像を見ると
「おかしい。あれは標準戦闘隊形だ。意思が有って戦闘しようと言う隊形ではない。進宙速度も戦闘速度ではない」
戦闘を行う場合、第一級戦闘速度で進宙する。〇.五光速の艦速だ。但し、これでは、攻撃管制システムが、目標を捕えられない為、〇.二光速まで落とす。しかし、この艦速でも〇.五光速まで加速された荷電粒子エネルギー波に艦速を加えることにより亜光速で撃つことが可能だ。
主砲による双方の戦闘距離は通常五百万キロから始まる為、まず、目標としてターゲットされたら、避けることが出来ない。唯一敵主砲エネルギーより強いシールド張る場合を除いては。
それだけにルテル星系艦隊司令官は、シリウス星系軍の動きを理解できないでいた。
シリウス星系軍第二艦隊司令官ハウエル中将は、
「通信。首都星に連絡。第二艦隊は作戦計画通り、ルテル星系カイパーベルト一〇光分手前にて布陣。プロキシマ星系政府への連絡艦を出動されたし。送れ」
通信管制官は、司令艦の言葉を復唱するとすぐに首都星に向けて電文を送った。
それから十時間後、
ルテル星系軍は、シリウス星系軍の行動に理解出来ないまでも、攻撃を仕掛けてこない限り、戦端を開くつもりはないままに監視していた。
「司令官、シリウス星系方面跳躍点が揺らぎました。艦艇が現れます」
その言葉に艦橋にいる誰もが、シリウス星系軍は援軍を待っていたのだと考え、緊張した思いでスコープビジョンを見ていると
「司令官、艦艇識別確認。航宙重巡航艦四隻、航宙軽巡航艦八隻、航宙駆逐艦一六隻、輸送艦三隻です。隊形から見て、戦闘艦は輸送艦の護衛の様です」
レーダー管制官から報告にますます、理解できない状態でいると
「司令官、シリウス星系軍より通信が入っています。如何しますか」
通信管制官の言葉に、ルテル星系司令官は理解の紐解きになるかもしれないという気持ちで
「通信つなげ」
と指示を出した。艦橋司令官席前方に3D映像が現れた。
「ルテル星系司令官。初めまして。私はシリウス星系軍第二艦隊司令官ジョージ・ハウエル中将です」
そう言って、シリウス星系軍式敬礼をするとルテル星系軍司令官も同様挨拶をした。
「ハウエル中将、この度のルテル星系への侵攻と今跳躍点から出て来た艦艇群の説明をして頂きたい」
「勿論、その為に通信を開きました。我々はプロキシマ星系政府に対して外交使節先遣隊を送るつもりです。我が星系は、貴星系を通らないとプロキシマ星系への道が開けない。このまま、外交使節先遣隊をマキシム星系方面跳躍点まで貴星系内を航宙させて頂きたい。カイパーベルト内側には入らない」
「ハウエル中将、私の一存では決められない。首都星の判断を仰ぎたい。一応聞くが、もし、外交先遣隊の我星系内の航宙を許可しない場合、如何する」
「我艦隊の武力を以て、外交先遣隊の貴星系内航宙を守る」
はっきりとした言い様に
「分かりました。それ故も合わせて伝えましょう」
そう言うとルテル星系司令官席の前からハウエル中将の3D映像が消えた。
「シリウス星系が、プロキシマ星系と外交の復活交渉に入ったと」
ウォルフ星系政府代表ガストン・バリクランドは怒鳴るような大声でウォルフ星系外務省外交部一等書記官ランズ・ガブリエルに言った。
「はっ、在シリウス星系一等書記官付駐在武官モンドレールからの報告です」
「シリウスめ。我々が先の戦闘の傷を癒していることをいい事に、勝手な行動を取り追って」
バリクランドの目がガラショを呑んだ時の様に赤く染まり始めた。ウォルフ星系人は、興奮すると、いつもは灰色の瞳が赤く染まり、青い肌と相まって凄まじい形相になってくる。
「ガブリエル書記官、プロキシマ星系政府の動きはどうなのだ」
「はっ、シリウス星系に先の戦闘の損害賠償を求めるようです。但し、シリウス星系政府の責任は追及しないと」
「なんだと。それでは、シリウス星系は今までの政府要人体制のままだと言うのか。プロキシマはどういうつもりだ」
あまりにも鷹揚すぎるプロキシマ星系政府のシリウス星系政府に対する対応に、バリクランドは怒りが増していた。
「それでは、我星系が何のためにシリウスに付いたのか。まったく意味がないではないか。挙句第二艦隊アドリアン・コンサドール中将、第三艦隊グルゾラ・ボルノスコフ少将を失い、艦隊も壊滅状態だ。これではシリウスの裏切りだ。許さんぞ」
だが、駐在武官モンドレールは、もう一つの肝心な事をガブリエル書記官には言わないでいた。
ウォルフ星系は、その技術力と武力で近隣の星系との外交を強引に進めていた。だが、潤沢な資源を持たないウォルフ星系は、シリウス星系の今回の提案に乗り、マキシム星系をプロキシマ星系と割譲し、プロキシマ星系を通じて資源獲得を進めるつもりでいた。
現在、ウォルフ星系軍は、星系内治安維持艦隊、輸送艦護衛艦隊、新星系開拓の為の広域調査派遣艦隊、そして対外的な戦闘に対して三個艦隊を有していたが、第二、第三艦隊が半個艦隊までに撃ち減らされ、多数の優秀な兵士、特に第二艦隊司令官アドリアン・コンサドールを失った事は、この星系に取って致命傷とも言ってよかった。艦は生産すれば良いが、経験があり優秀な兵、士官を早急に育成することは困難で有った。新たな艦隊を構築し、兵を教育するだけでも二年、宙賊退治を経験させ、戦闘が出来るまでに育成するとなると、現存の第四艦隊の経験者を配置転換しても、後数年は、戦闘できる状況では無かった。
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