第15 第五章 シリウスの思惑 (1)

第五章 シリウスの思惑

(1)


プロキシマ星系、シリウス星系、ウォルフ星系のいずれの星系にとっても戦乱の年となったWGC三〇四六年が終わり、明けてWGC三〇四七年一月。

マキシム星系攻防戦から一カ月後、シリウス星系評議会議長ジョンベール・ジュッテンベルグは、評議会議長室に星系防衛大臣ダン・セイレン、外務大臣ラオ・イエン、内務大臣コール・ガーシュインの他、統合作戦本部長ミル・ラムジー大将、星系軍総参謀長モンティ・ゴンザレス大将を呼んで、マキシム星系でのプロキシマ星系軍とウォルフ星系軍の戦闘詳細を聞いていた。

「議長、ウォルフ星系軍は、マキシマ星系に到着後、帰還準備に入っていたプロキシマ星系軍第三艦隊、第四艦隊をそれぞれ後背から挟撃し、伴星ベータの陰に追い出した後、ウォルフ星系軍は、マキシム恒星とプロキシマ方面跳躍点との中間宙域に布陣しました。

その後、ルテル星系に駐留していたプロキシマ星系軍第八艦隊と第九艦隊がマキシム星系に進宙し、再びウォルフ星系軍と戦闘に入りました。当初プロキシマ星系軍第八艦隊が優勢でしたが、徐々にウォルフ星系軍が優位に立ち始めました。そこにプロキシマ星系軍第九艦隊がウォルフ星系軍の後背を攻撃し、ウォルフ星系軍は、伴星ベータ方向に敗走。それを待っていたように、プロキシマ星系軍第三艦隊、第四艦隊がウォルフ星系軍の前に立ちはだかりました。劣勢に立たされウォルフ星系軍は、二個艦隊を半個艦隊までにうち減らされ敗走。完全なプロキシマ星系軍の勝利です」

外務大臣ラオ・イエンは、一度言葉を切ると

「ウォルフ星系駐在大使からの報告ですと、マキシマ星系攻略艦隊総司令官アドリアン・コンサドール中将は敗戦の責任を取って自害、第四艦隊グルゾラ・ボルノスコフ少将は戦死となっています。

今回の戦闘、ウォルフ星系にとっては大きな損失なりました」

「なに、あのコンサドール中将が・・」

評議会議長ジョンベール・ジュッテンベルグは、ウォルフ星系軍最強と謳われた第三艦隊と第四艦隊の敗走以上に、アドリアン・コンサドール中将の死に驚いていた。

議長の無言にイエンは、

「ゴンザレス総参謀長、近隣星系の状況を軍立場から説明してくれ」

目下の様に自分を呼ぶ、イエンに腹を立ちながらも円形テーブルの前に3Dの長方形の形をした映像が浮かび上がって来た。最初にシリウス星系が現れると、近隣のウォルフ星系、ルテル星系が浮かび上がり、更にルテル星系から太い円筒が伸びてその先にマキシム星系が現れた。続いてプロキシマ星系、エリダヌス星系が円筒に結ばれるように現れると

「ジュッテンベルグ議長、現在近隣星系では、戦時体制を取っている星系はありません。マキシム星系内ルテル星系方面跳躍点付近にプロキシマ星系軍二個分艦隊が監視体制で駐留していますが、他の星系では、平時の活動が見られるだけです」

その言葉に星系防衛大臣ダン・セイレンが、

「ルテル星系も平時の体制か・・」

少し間を置くと

「我シリウス星系軍がルテル星系に進宙し、ルテル星系を領有星系と納め、プロキシマ星系にマキシム星系駐留の足掛かりを作るチャンスではないか」

「星系防衛大臣。何を言い出すかと思えば。そんなことをして見ろ。今度こそプロキシマ星系軍は、一挙にシリウス星系まで進宙して来るぞ。ルテル星系での我が軍の敗戦を忘れたのか。ウォルフ星系も立ち直っていない状況において、ルテル星系と戦闘を始めることが、なにを招くか分かっていないのか」

ジュッテンベルグ議長は星系星系防衛大臣ダン・セイレンを睨みつけ、きつい口調で言うと外務大臣ラオ・イエンは、星系内にしか目を向けていない輩が、これ見よがしに軽口をたたきおって、あざ笑うような目でセイレンを見た。

セイレンは、顔を赤くして下を向きながら

「議長閣下、失礼しました」

そう言って頭を下げたままにしてしまった。その姿に

「だが、星系防衛大臣の言葉に聞ける部分もある」

そう言いながら統合作戦本部長ミル・ラムジー大将の顔を見ると

「作戦本部長、プロキシマ星系軍と正面切って戦う愚を犯したくはないが、今のシリウス星系は、ルテル星系、マキシマ星系を通しての流通が出来ない事も事実だ。ルテル星系に一個艦隊程度で進宙し、ルテル星系軍と対峙した上で、強行だが、マキシム星系へ跳躍し、プロキシマ星系と外交を復活させる手立てを打ってみたい。プロキシマ星系との外交交渉を復活させる方法は、評議会と星系政府で行うが、ルテル星系軍が、我星系の交渉団をマキシム星系に向けて跳躍する事を妨害しないような手立てを星系軍で考えてくれないか」

ジュッテンベルグ議長の言葉に一理ありと考えたラムジーは、

「そういう事ならばすぐに検討に入ります」

そう言って、少しだけ目元をやわらげた。


 マキシム星系での戦闘が終結したWGC三〇四六年が終わり、翌年WGC三〇四七年一月同時期。プロキシマ星系では、シリウス星系軍、ウォルフ星系軍を打ち破った戦勝気分に沸き立っていた。

星系軍総参謀長室では、星系軍総参謀長ステファン・アレンバーグ大将が、星系軍作戦本部長カレラ・ヘンセン大将を呼んで話をしていた。

「ステファン、マキシム星系防衛艦隊第八艦隊と第九艦隊が奮戦し、マキシム星系に進宙したウォルフ星系軍を打ち破り帰還した。第八艦隊ゴードン中将から、マキシム星系内ルテル星系方面跳躍点宙域に監視の為、残した第四艦隊の二個分艦隊を帰還させるよう依頼が来ている。第三艦隊、第四艦隊もルテル星系にてシリウス星系と戦闘している。ここは、速やかに帰還させよう」

「カレラ、どの艦隊を駐留させる」

「ラウル・ハルゼー中将の第二艦隊が良かろう。ラウルなら、シリウス星系軍、ウォルフ星系軍のいずれが進宙してきても、受け流すことが出来る」

星系軍総参謀長ステファン・アレンバーグ大将は、プロキシマ星系軍の中で、星系内治安維持を目的とする王室航宙軍艦隊と星系間輸送護衛艦隊を除く第二、第五、第六、第七、第一〇艦隊の内、防衛戦闘の経験があり、好戦闘派ではない、ラウル・ハルゼー中将率いる第二艦隊を選択した。

「適切な選択だな」

「ところで、ここだけの話だが」

作戦本部長のカレラ・ヘンセン大将は、一度言葉を切ると

「今回の戦闘の論功だが、一番の功績は、第八艦隊のカール・ゴードン中将間違いないとして。第三艦隊と第四艦隊の評価だ。第三艦隊のマイケル・キャンベル中将、第四艦隊のガイル・アッテンボロー中将は、シリウス星系軍をルテル星系で打ち破った功績があるが、マキシム星系で各艦隊とも三割近い損害を出している。ルテル星系防衛戦に勝利を収め、マキシム星系にて帰還準備をしていた時とは言え、この損害は無視できまい。この二人の功績評価は難しいところだ」

「カレラ、私もそれは、頭の痛いところだ、いずれ星系評議会が、我々に意見を求めてくるだろうが、それまでに我々も裏を取った上で論功を説明しないと難しいことになる」

「ステファン。そうだな。すぐに手を打つか」


プロキシマ王室第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマは、王家宮中にアレクつろぎの間ではなく、王女マリアテレーゼのセキュリティ、王室航宙軍アレク・ジョンベール大佐(通称アレク)と共に、王室航宙軍星系内治安維持艦隊司令官公室に来ていた。今日は王室に王女の世話をする侍従などは、同行していなかった。

 マリアテレーゼは、宮中のくつろぎの間では、3D映像による詳しい説明は聞けない為、敢えて、設備の整った星系内治安維持艦隊司令官公室に来たのであった。

 本来、ここは治安維持艦隊司令官ガイル・ジョンベール中将が利用する場所で有ったが、王女が使いたいと言う、王室からの依頼で仕方なく提供していた。

「アレク、もう少し、詳しく話をしてくれ。なぜウォルフ星系軍はルテル星系にて我軍の第八艦隊、第九艦隊の監視網を潜り抜け、マキシム星系へ跳躍できた。航宙する為には、何らかの方法でレーダーを出さなければ、航路も分からないであろう」

王女の質問に

「申し訳ございません。航宙軍技術省は、まだ調査中とのことです。マキシム星系での戦闘でウォルフ星系軍捕虜を捕まえております。彼らからの証言も役に立つでしょう」

アレクは、説明をしながら、なぜ王女はこの様な事に興味を持たれたのか。以前であれば星系外の戦闘など興味も持たれなかった。やはりエリダヌス星系から帰還中の出来事が、王女の心を変えられたのだろうか。そう思いながらも、これ以上の深入りは軍事機密に入る為、この辺で話しを変えたかった。

「マリアテレーゼ様、ここに来てから、大分時間が経っております。そろそろ、宮中にお帰りになるのが宜しいかと」

王女の顔をきつく見ないようにしながら言うと

「分かった。アレク、今度、航宙戦艦の中を見たい」

王女の言葉に側に居たガイル・ジョンベール中将もさすがに、という顔をすると

「マリアテレーゼ様、航宙戦艦の見学は、いずれ」

暗にいけません、という気持ちを伝えたつもりが、

「私は、戦艦には入れないのか。どうしてだ」

「戦艦は、軍人の居場所。無粋なところです。王女の様なお方が、行かれる場所では、ございません」

ジョンベール中将は、王女の我ままを何とか止めないと、これ以降何を要求されるか分からないという思いで言うと

「ジョンベール。私はマキシム星系で私を守るために死んでいった人たちが、どのような場所で最後を迎えたのか、知りたい。少しの時間で良い。私の心が、そうしたいと願っている」

王室を守るのは軍人の仕事。守るべきお方を、死を以て守ったのだ。王女のお気持ちは分かるが・・・アレクはさすがに困った顔になると

アレクの表情にマリアテレーゼは、

「分かった。時を改めよう」

そう言って司令官公室の椅子を立った。星系内治安維持艦隊司令官ガイル・ジョンベール中将は、王女のセキュリティ、アレク・ジョンベール大佐の叔父でもあり、ほっとした顔で甥の顔をみるとアレクも軽く顎を引いた。

宮中に帰る車の中でマリアテレ―ゼは、

「アレク、エリダヌス星系の状況はどうなっている」

マリアテレーゼは、マキシム星系攻防戦の時、エリダヌス星系政府の中に反プロキシマ派がいることをプロキシマ星系政府が知り、エリダヌス星系がプロキシマ星系に対して以前とは異なる姿勢を見せ始めていた。


「アイランド内務大臣」

エリダヌス星系政府統合本部ビルの一階通路から外に出ようとしたエリダヌス星系内務大臣カートアイランドは、いきなり掛けられた聞覚えのある声に振り向いた。

「ダイヤビーズ代表、シドニー外務大臣。お揃いで何か私に」

アイランドは、二人の後ろに立つ武装警官達に目を遣ると、ダイヤ―ビーズは、自分の後ろに立つ武装警察マイグワット刑事部長に、アイランドを捕縛するよう目で合図した。

ダイヤビーズとシドニーの両脇から素早い動作でアイランドの後ろに立つとマイグワットは、アイランドの前に立ち、

「内務大臣、貴方をスパイ容疑で逮捕します」

「何だと」

一瞬逃げようとする仕草にアイランドの後ろに立っていた武装警官がすぐさま、手を後ろに回し、拘束バンドをアイランドの手にかけた。

「何をする。マイグワット。貴様は、私の部下ではないか」

「勘違いしないで下さい。内務大臣。私はエリダヌス星系の治安維持の為に働いています。内務大臣個人に仕えていたつもりは、毛頭ありません」

「スパイ容疑とは何だ。身に覚えがないぞ」

「既にカトレア・レイン副代表から貴方がウォルフ星系と内通し、プロキシマ星系軍不利な時は、我星系内にて攪乱を起こし、プロキシマ星系が不利な方向へ働くよう画策するようウォルフ星系政府と密約を交わしていると聞き出しています」

「何だと。レインの陰謀だ。私は関与していない」

「既に大臣の自宅からウォルフ星系政府との通信記録を押収しています」

アイランドは、ダイヤビーズとシドニーを睨みつけると

「私は、ただ、我星系の安寧の為に行ったことだ。星系を裏切る気など・・」

アイランドの言葉を切る様にダイヤビーズはマイグワット刑事部長に

「連れて行け」

と命令した。武装警官に引きずられるように連れ去られるアイランドの後姿を見ながら

「シドニー外務大臣。プロキシマ星系政府とプロキシマ王室への対応は宜しくお願いします。外務大臣は王室とも深く懇意にしていると聞いている。我が星系がプロキシマ星系政府と今後も安定した外交を続けて行けるようお願いします」

ダイヤビーズはシドニーの目をしっかりと見つめながら、両手を取り頭を下げた。

「ダイヤビーズ代表。分かっております」

そう言ってシドニーも頭を下げた。


「クレア、またプロキシマ星系に行くことになる。今度は私の娘としてではなく、プロキシマ星系王室との繋がりをより深くする為の訪問だ。お前は、マリアテレーゼ第一王女とも仲が良い。ぜひ王女からもプロキシマ王に対して我星系との安定した関係を続ける様に進言してくれ」

「分かりました。お父様」

そう言って頭を下げると

「いつ頃、行かれる予定ですか」

「二月には訪問したい。既にルテル星系防衛戦から四ヶ月、マキシム防衛戦からも二ヶ月が経つ」

「分かりました」

そう言うと外務大臣の長女クレア・シドニーは、半年前に来訪したマリアテレーゼとまた会える嬉しさが、自分の置かれた立場と役割を考えると徐々に心の中から消えて行くのを感じていた。



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