第14 第四章 攻防マキシム星系(3)
第四章 攻防マキシム星系
(3)
「コチェレート艦長。第三艦隊旗艦ヤブラキルが爆沈する前に脱出した救命ポッドはないのか」
睨みつけるようにそして懇願するかのように、艦長を見るコンサドール中将に
「はっ、残念ながら一隻の救命ポッドの脱出も確認できておりません」
不必要な言葉を無くし、簡便に答えると
「そうか」
コンサドールはそれだけ言って、スコープビジョンを見つめた。第三艦隊司令ボルノスコフ少将は、航宙軍士官学校時代からの知合いだ。階級こそ違えだ。それだけにボルノスコフ少将が、死んだとは思いたくなかった。
理由は分からないが、プロキシマ星系軍は追って来ない。このまま伴星ベータまで行き、伴星の陰からカイパーベルト下方に進宙して、ルテル星系方面跳躍点に向かうとしよ。そう思いながら三〇分程過ぎた時であった。
「ビーッ、ビーッ」
艦内に緊急を知らせる警報が鳴り響いた。
「艦長、どうした」
「はっ、前方に敵艦隊。先の戦闘で敗退したプロキシマ星系軍です」
「何―。馬鹿な、どこに隠れていたんだ」
先の戦闘で敗退した時、プロキシマ星系には逃げられないと知って、エリダヌス星系にでも逃げたと考えていたが、甘かったか。そう考えると
「全艦に告ぐ。プロキシマ星系攻略部隊第二艦隊総司令官コンサドール中将だ。前方に敵艦隊が現れたが、あれは先の戦闘で敗退した、補給もままならない二個艦隊に満たない艦隊だ。このまま一気に蹴散らして伴星ベータまで進宙する。全艦、突撃」
コンサドールの言葉にウォルフ星系軍の残存艦隊から一斉にミサイルが発射された。
「ミサイル来ます」
レーダー管制官の言葉に第三艦隊司令官マイケル・キャンベル中将と第四艦隊司令官ガイル・アッテンボロー中将は、同時に自艦隊に対して
「アンチミサイル発射。敵ミサイル到達五秒光前にmk271c(アンチミサイルレーダー網)射出」
「短距離ミサイル発射」
前回の戦闘と違い、正面からの戦闘だ。二人とも狼狽えることはなかった。双方ともに前方に布陣している戦闘艦の被害を出しながらも三〇分が経った時だった。
「コンサドール総司令官。後方より艦隊接近。一〇分後、ミサイル来ます」
今度は後方にも哨戒艦を配置し、監視していた為、対応にも十分だったはずであった。
「後方にアンチミサイル発射。mk271c(アンチミサイルレーダー網)射出。こちらも短距離ミサイル発射」
しかし、ウォルフ星系軍から発射されたアンチミサイル。短距離ミサイルは、迫ってくる二五〇〇発を超える敵ミサイルに対してあまりにも少なすぎた。その映像を見ていたコンサドールは、
「ミサイル管制官、迎撃ミサイルが少ないぞ。どうした」
「総司令官、もうミサイルはありません。残存無しです」
「総司令官、主砲エネルギー三〇パーセントを切りました」
「何だと」
ミサイル管制官と主砲管制官から報告に愕然としている時であった。後方から迫って来た敵ミサイルが着弾した。
「第一〇分艦隊通信途絶、第九分艦隊壊滅です」
第一〇分艦隊と第九分艦隊は撃ち減らされた第三艦隊を編成し直した分艦隊で有った。
「第三艦隊が全滅」
あまりのショックにコンサドールは総司令官の椅子に崩れ落ちると
「艦長、全艦を右舷二時方向俯角三〇度に向かわせろ。カイパーベルトの下を通り、ルテル星系方面跳躍点に行くんだ」
「総司令官。しかしそれでは、左舷及び後続の艦が集中砲火を浴びます」
「構わん。このままでは全滅を免れない。補給も出来ない一個艦隊が、四個艦隊の挟撃に勝てるか。全艦を向かわせろ」
「はっ」
と言って前方を向いた時であった。いきなり後方からレーザーガンの発射音がした。ゲンゾール艦長は、とっさに後ろを向くと、身長二メール一五センチ。青白い肌に、金髪の髪、灰色の目が、疲労で赤くなっていたが、がっちりとした体をウォルフ星系軍の黒い軍服に包んだ姿が、仁王立ちしていた。頭を右から左に撃ち抜かれたマキシム星系攻略艦隊総司令官コンサドール中将の姿がそこに有った。
ゲンゾール艦長は、ウォルフ星系軍式敬礼をすると感傷に浸ることなく、再度前に向き直すと、
「全艦、右舷二時方向俯角三〇度に進宙。カイパーベルトの下を通り、ルテル星系方面跳躍点に行く」
とだけマイクに向かって冷静に声を出した。
「ウォルフ星系軍、敗退します」
レーダー管制官からの報告に
「ゴードン総司令官、追撃しますか」
「構わん。逃げさせる。我が方の損害も少なくない。艦長、第三艦隊キャンベル中将、第四艦隊アッテンボロー中将、第九艦隊ジェイソン中将を呼び出してくれ」
戦闘時より少し柔らかい顔で言う総司令官に、艦長は穏やかに
「了解しました」
と言って敬礼した。
五分後、三人の司令官の映像がゴードン中将の前の3Dに現れた。三人とも敬礼をしている。本来同格ならば、敬礼はしないが、状況が三人をそうさせていた。ゴードンも答礼を返すと
「キャンベル、大変だったようだな」
「ああ、今回はやられた。ゴードンが来てくれなかったら大変な所だった」
「アッテンボロー中将も健在のようだな」
「ああ、片腕をやられたが、たいしたことはない」
キャンベル中将とアッテンボロー中将の同じような言い回しに、少し苦笑いするとゴードンは、
「ウォルフ星系軍は、敗退した。全滅させる手も有ったが、二個艦隊が、半個艦隊にも満たなくなっている。追撃して味方にこれ以上の被害を出すこともなかろう。窮鼠猫を噛むという事もあるしな。それにプロキシマ星系軍は鬼ではないところをウォルフ星系兵士に思いこませたと考えている。それにこれから救命ポッド回収も行わなければならない。敵味方関係なしに全ての救命ポッドを回収する。敵軍の捕虜も十分だろう。彼らから情報は取れる。キャンベル、第三艦隊と第四艦隊をプロキシマ星系に帰還することが出来る艦隊に再編してくれ。修理の必要な航宙駆逐艦、哨戒艦は、監視艦を除き、全て救命ポッドの回収当たらせる。救命ポッドの回収と帰還準備が整った段階で帰還する」
一呼吸置くと
「ジェイソン中将。第三艦隊から二分艦隊をルテル星系方面跳躍点に向かわせ監視衛星を敷設し、監視に当たらせる。今回の戦闘で、ウォルフ星系軍のステルス機能は、跳躍中は、ステルス機能を低下させることが分かった。出現次第、プロキシマ本星に連絡を寄こすようにしてくれ。すぐに来るとは思わないがな。我々が本星に到着次第、マキシム星系防衛艦隊を寄こすように統合作戦本部長に要請する。以上だが、他に何かあるだろうか」
三人の司令官が、特に何もない事を表すと
「では、至急、かかってくれ」
そう言って三人の3D映像を消した。
ルテル星系内プロキシマ星系方面跳躍点付近に敷設している無人監視衛星が、三〇〇隻を越える艦艇の出現を感知した。
監視衛星は、ルテル星系首都星から跳躍点までの航路を中心軸として四元の宙域に監視衛星を敷設している。監視衛星間は通信中継衛星を配置している。ほとんどは無人監視衛星だが、カイパーベルトの外側宙域と惑星公転軌道に入る前の宙域に有人監視衛星を配置し、星系に入ってくる艦艇に事故が無いように指示を出す他、認識不明物体に関しては、有人監視衛星でその実態を早急に把握し、首都星に送る様にしていた。
カイパーベルトの外側宙域を警戒している監視衛星MA32を統括する監視管理官アキモト少尉に、跳躍点付近に敷設している監視衛星から三〇〇隻を越える艦艇が跳躍して来たと連絡が入った。
「三〇〇を超える艦艇だと。どこの艦艇だ」
「ウォルフ星系軍です」
「なにー。何故ウォルフ星系軍が、マキシム星系方面跳躍点から出現するのだ。どういう事だ」
アキモトが、跳躍点から出現して来るウォルフ星系軍の映像をスコープビジョンで見ていると
「監視管理官。詳細が分かりました。航宙戦艦二五隻、航宙巡航戦艦二〇隻、航宙母艦一五隻、航宙重巡航艦六五隻、航宙軽巡航艦六二隻、航宙駆逐艦八六隻、哨戒艦四〇隻、輸送艦六隻。総三一九隻です」
「監視管理官。損傷艦が半数以上です」
「これは、・・・」
アキモトは、スコープビジョンに映るウォルフ星系軍の無残な姿に絶句していた。三〇〇隻の大半が、損傷している。哨戒艦は、前方、左右に取付けられている直径三〇メートルのレーダーパネルが、無くなっている艦や半分が消えている艦。駆逐艦は、主砲部分に攻撃を受け、前方に開いている大きな穴を修復できずそのままの状態で進宙している。軽巡航艦や重巡航艦は、左右に腕の様に伸びたミサイル発射装置がもぎ取られた様になくなり、側弦を巨大な爪で引き裂かれた様な状態だ。航宙戦艦も無傷では無かった。側弦に大穴を開けられ気密用修復液で何とか進宙しているありさまだ。艦隊全体としてまさに落ち武者そのものだ。今攻撃を受けたら全滅はまぬがれまい。そう思いながら、しばし、スコープビジョンをにらむ様に見つめていた。
「ルテル星系の監視衛星に捉えられたか」
ウォルフ星系軍マキシム星系攻略艦隊旗艦ゲンゾール艦長ベッサーノ・コンチェレートは、既に司令官が居なくなった艦橋で、ルテル星系軍でさえも対応しきれなくなった自艦隊の姿に絶望とあきらめの感情を抱きながら、
「全艦に告ぐ。私はマキシム星系攻略艦隊司令官アドリアン・コンサドール中将の意思を継ぎ、艦隊司令官代理となった第二艦隊旗艦ゲンゾール艦長ベッサーノ・コチェレート大佐だ。我が艦隊は、ルテル星系の監視衛星に捉えられた。ルテル星系軍の出方は分からないが、予定通り、カイパーベルトの外側を反時計回りに進宙し、ウォルフ星系方面跳躍点を通り帰還する。もし、ルテル星系軍が我が艦隊に攻撃を仕掛けて来るなら、これを蹴散らし、自星系に戻る。我が艦隊は誇り高きウォルフ星系軍だ。ルテル星系軍などに負けはしない。全艦このまま前進する」
偉そうには言ったが、実際ルテル星系軍に戦いを仕掛けられたら、負けはしないだろうが、このありさまでは、無傷のままと言う訳にはいくまい。もっとも既に十分傷ついてはいるがな。頭の中で自嘲気味に考えると、スコープビジョンを真っ直ぐに睨んだ。
アキモトは、ウォルフ星系艦隊が、ルテル星系公式航路を使用せず、ステルスモードでカイパーベルトに入らずにマキシム方面跳躍点に入った為、ウォルフ星系軍が、往路にルテル星系を通ったことを知らないでいた。
だが、アキモトはスコープビジョンの光学映像が鮮明になってくると、ウォルフ星系軍が艦隊としての隊形をかろうじて保っているものの、これ以上の戦闘は不可能である事を明確に感じていた。どうする。少しの時間の後、
「通信、すぐに首都星に連絡。マキシム方面跳躍点よりウォルフ星系軍出現。数三一九隻。ウォルフ星系軍の半数以上は損傷艦。カイパーベルト外側よりウォルフ星系方面跳躍点に向かうと思われる。我が星系軍との戦闘意思はない思料する。この映像と共に送れ」
通信士官は、アキモト少尉の言葉を復唱するとすぐに首都星に送った。
「司令官代理。ルテル星系軍です。我が艦隊より左正横。カイパーベルト内側にて同行しています」
コチェレート大佐は、スコープビジョンに映るルテル星系軍が、戦闘隊形を取りながらもカイパーベルトを越えて自軍に攻撃を仕掛けてくる様子がない事を感じると、ルテル星系軍は、我々が跳躍点まで行くのを、ただ見ているだけか。ふっ、ルテル星系に借りが出来たな。そう思いながら、後五時間で見えてくるウォルフ星系方面跳躍点に向けて艦隊を標準隊形で進駐させていた。
「司令官、良いのですか。今ウォルフ星系軍を攻撃すれば完全に勝利できます」
「参謀、勝ってどうする。傷ついた艦隊を攻撃し、撃滅したところで、我星系に何のメリットがある。あそこにいるのは、傷ついた将兵の護送艦隊だ。我が星系に攻撃を仕掛けない限り、こちらから仕掛けることはしない」
ルテル星系軍司令官は、落ち武者同然の様相を示しながら、整然とした隊形で進駐するウォルフ星系軍に同情の念と畏怖を抱いていた。もし我が軍が同じ被害を受けたら、この様には出来まい。さすがだ。ウォルフ星系軍。そう思いながらスコープビジョンの右正横に見える艦隊の映像を見ていた。
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