第11話 第三章 プロキシマの誤算 (3)

第三章 プロキシマの誤算

(3)


プロキシマ星系航宙軍ビル総参謀長室に星系軍総参謀長ステファン・アレンバーグ大将と星系軍作戦本部長カレラ・ヘンセン大将がいた。

「カレラ、随分あっさりとシリウスもウォルフも引き下がったな」

「ああ、シリウスは元々宙族相手の航宙軍だ。我艦隊に対抗できるはずも無い。しかし、ウォルフは、解せないな。連中は戦いを好む種族だ。一回の戦闘、それも遠射砲部隊の一部がやられた程度でおめおめ引き下がる輩ではない」

「私もそう思う。今回はシリウスの不甲斐無さに呆れて退却しただけだろう」

「ところで第六部(財務会計担当)から各星系に派遣している艦隊の駐留費が馬鹿にならない。いつまで掛かるのだ。と言って来た」

「確かにな。七月に出動してから既に半年が経っている。ルテル星系に向けた二個艦隊はともかく他の四個艦隊は何もしていないからな。内部の士気も落ちていると聞く。ここは再編も含めて引き上げられる艦隊は、引き上げさせるか」

作戦本部長の言葉に総参謀長は、

「引き上げる艦隊と言うが、策はあるのか」

「ああ、まずマキシム星系にいる二個艦隊は、動かせまい。エリダヌス星系軍は、引き上げてよかろう。

ルテル星系にいる第三、第四艦隊をマキシム星系に戻し、補給と修復を兼ねて休ませる。その間、マキシム星系に駐留している第八、第九艦隊をルテル星系に行かせよう。四個艦隊ならば第六部も文句は言うまい」

「しかし、それで大丈夫か。シリウス星系軍が再度攻勢をかけてきたりした時、対応できるのか」

「問題は無い。今、マキシムにいるのはゴードンとジェイソンだ。再度シリウスが攻勢を掛けて来たら、かわいそうなのは、シリウス軍だ。キャンベルやアッテンボローのようにあの二人は、優しくないからな」

「それもそうだな」

二人で顔を見合わせて含み笑いをすると

「それでは、俺の方から各艦隊に指示を出そう」

とヘンセン作戦本部長が言うとアレンバーグ総参謀長が

「プロキシマ王には、私の方から伝えておく」

と言って、総参謀長室のドアへ向かった。


ルテル星系よりはるか遠くにあるエリダヌス星系。本来はシリウス星系とプロキシマ星系との間の争い事には、関係ない立場にあるが、プロキシマ星系との間に交わされた相互防衛支援条約によりマキシム星系内エリダヌス星系方面跳躍点付近に一個艦隊を派遣している。

 理由は、マキシム星系に侵攻したシリウス星系軍が、万一逃げ場としてエリダヌス星系方面に逃れようとした場合、プロキシマ星系航宙軍と共同でこれを殲滅するという条約だ。

 エリダヌス星系としては、自分達がシリウス星系と正面でぶつかる事も無ければ、自星系内で戦闘になることも無いことを考えれば、断る理由が無かった。むしろプロキシマ星系との関係を深める為にも重要な事であると考えこの条約を結んだ。


「クレア、プロキシマ星系駐在武官より吉報が入った。ルテル星系に駐留していたルテル星系防衛艦隊がシリウス星系航宙軍三個艦隊を破ったそうだ。シリウス星系軍は自星系に撤退し、シリウス星系を支援したウォルフ星系軍もガイル・アッテンボロー中将率いる艦隊に壊滅させられ、どこぞに消えうせたそうだ」

「お父様、本当ですか」

エリダヌス星系外務大臣エンゲージ・シドニーを父に持つクレア・シドニーは、我事の様に喜んだ。

エリダヌス星系にプロキシマ王名代として来訪した友人プロキシマ第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマが、プロキシマ星系への帰還途中マキシム星系にてシリウス星系の武装偵察艦隊(フォース・リーコン)に襲われ一命を取り留めたと聞いた時には、この戦い、どうなることかと思ったが、ルテル星系に侵攻したシリウス星系軍が初戦にて敗退したことを聞いて、心の中にあった重い感情が吹き飛んだ気がした。

「お父様、これでシリウス星系とプロキシマ星系との戦いは終わるのですか」

娘の哀願するような目を見つめながら少し考えたエンゲージは、

「いや、一度の戦いに敗れたところでシリウス星系軍が引き下がるとは思えない。戦いの途中でどこかに消えたウォルフ星系軍の動向も気になる。もう少し構えて用心しないといけない。プロキシマ星系航宙軍作戦本部からは、ルノー星系に駐留している我艦隊の引き上げを言ってきているが、戦況がはっきりするまでルノー星系から帰還することは出来ないだろう」

ウォルフ星系軍と言う言葉が軽くなった心に、また重いしこりを残した事を気に掛けながら

「分かりました」

「クレア、私はこれから星系代表部に行ってくる。今後の対応をせねばならない」

玄関に向かう、父の後姿を見ながら、憂鬱な風が吹き戻って来た心の中が、重くクレアに圧し掛かってきた。


「マリアテレーゼ王女様」

シリウス星系との星系間の戦闘が始まったとはいえ、プロキシマ星系プロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマは、プロキシマ王家の居住する宮殿のくつろぎの間でいつものように出窓から外の景色を見ていた。

声の主の方に目をやり、いつもの調子で

「カプヌーン、静かな午後の日は、お前の声に鳥たちも驚きます。もう少し何とかならないのですか」

「失礼しました」

いつものことと思いながら、プロキシマ王家主席侍従長カプヌーンは、

「星系軍総参謀長ステファン・アレンバーグ提督より、プロキシマ王にご報告がありました」

「報告」

怪訝な顔でカプヌーンを見ると

「はい、ルテル星系防衛艦隊が、シリウス星系三個艦隊とウォルフ星系軍を打ち破ったそうにございます。シリウス星系軍は、自星系に逃げ、ウォルフ星系軍も消えてなくなったそうにございます」

「本当かそれは」

マリアテレーゼ王女のセキュリティで王家航宙軍大佐アレク・ジョンベールの顔を見るとアレクは静かに頷いた。その態度に

「アレクは知っていたのか。なぜ、私に言わぬ」

「はっ」

そう言って下を向くと

「ジョンベール大佐は、マリアテレーゼ様をお守りするのが役目でございます。このような事は、私カプヌーンの仕事にございます」

助け舟が入ったと思ったアレクは顔を上げると

「今度は、早く教えてくれ。これは命令だ」

困った笑い顔をしながらアレクは

「はっ」

と言って王女の視線から目をそらした。


ルテル星系攻防戦から二ヶ月が経ち、エリダヌス星系もマキシム星系より自星系に帰還し、それぞれの星系の航宙軍が、自星系の警戒をする程度まで緊迫感は落ちていた。

ルテル星系、マキシム星系に駐留しているプロキシマ星系軍も完全に帰還ムードが漂い、時折訓練を含めた艦隊整備は行うものの自星系と変わらない気の緩んだ気分が蔓延していた時であった。

マキシム星系にあるルテル星系方面跳躍点が揺らいだ。跳躍点の近くにある有人監視衛星内では、

「軍曹、跳躍点揺らぎ始めました」

「何、この時間に跳躍してくる艦など連絡が来てないぞ。跳躍の質量は」

「急激に大きくなってきます。これは・・」

「どうした」

「艦隊クラスです」

「何だと」

跳躍点から突然一隻の艦が現れたかと思うと怒涛の様に数え切れない艦艇が現れた。

「何だ。あの紋章は」

戦闘艦に付いている紋章にレーダー管制官が、照合を始めると、顔が青ざめた。

「ウォルフ星系軍です」

「なにー。すぐに駐留艦隊に連絡。ルテル星系跳躍点方面よりウォルフ星系軍が出現。その数およそ一二〇〇。すぐに遅れ」

「はっ」

通信管制官が返事をして、電文を送ろうとした時だった。突然ウォルフ星系軍より放たれた荷電粒子エネルギーが、監視衛星を包み込むと一瞬にしてその姿が消えた。

 ウォルフ星系軍二個艦隊は、ルテル星系方面跳躍点から出現するとウォルフ星系のマキシム星系攻略艦隊総司令官アドリアン・コンサドール中将は、艦長ベッサーノ・コチェレート大佐を見て

「艦長、第三艦隊のボルノスコフ少将を呼んでくれ」

第二艦隊旗艦ゲンゾール艦長コチェレート大佐は、

「はっ」

と言うとすぐに前を向きスクリーンパネルにタップした。やがて3D映像で第三艦隊司令官グルゾラ・ボルノスコフ少将が現れると

「コンサドール司令官閣下。お呼びでしょうか」

その言葉にコンサドールは顎を引くと

「ボルノスコフ。プロキシマ星系軍は、だらしない布陣で伴星α(アルファ)とマキシム恒星の近くにいる。お前がマキシム恒星を時計方向に回り、敵の後背に火をつけてやってくれ。こちらは伴星アルファを時計周りに進駐しマキシム星系の間にいる艦隊を攻撃する。やつらは合流すべく逃げるだろうから、それを追いかけ、合流宙域で隊形を整える前に挟み撃ちをして打ち滅ぼす」

「はっ」

と言って少し目に笑いを出すと3Dが消えた。コンサドールはそれを確認するとコムを口元に持って来て、

「全艦に告ぐ。こちらマキシム星系攻略艦隊総司令官アドリアン・コンサドール中将だ。第二、第三艦隊は、星系内に入らずこのまま、時計方向に伴星α(アルファ)の影に行く。その後、第二艦隊は伴星の影に隠れ、第三艦隊がマキシム恒星の裏側を通り、プロキシマ星系軍の後背を突ける位置まで進宙した後、同時にマキシム艦隊に対して攻撃を仕掛ける。

それまで監視衛星を潰した後、監視を欺瞞させながらプロキシマ艦隊に気づかれないように進宙する。以上だ」

それから一〇分後、二個艦隊はカイパーベルトの外側を第二級戦闘隊形で大きくマキシム恒星と伴星を迂回するように進み始めた。


「ビーッ、ビーッ」

艦橋に緊急を知らせる警告音が、鳴り響いた。

 ルテル星系防衛を第八艦隊、第九艦隊と交代し、プロキシマ星系に帰還する為、マキシマ星系にて艦隊の補給、修復を行っていた第三、第四艦隊は、平穏な時間を過ごしている時だった。第三艦隊司令官マイケル・キャンベル中将は突然の警報に

「どうした」

「はっ、伴星α(アルファ)の影から突然艦隊が出現しました」

艦長の言葉に

「艦隊だと。どこの艦隊だ」

「ウォルフ星系軍です」

「なにーっ」

いつもは冷静なマイケル・キャンベル司令官が声を上げたことに驚きながら、

「後二〇分で交戦範囲に入ります」

「二〇分だと」

哨戒艦やレーダー管制官の怠慢に怒りをあらわにしながらも

「よし、すぐに第四艦隊のアッテンボロー中将に連絡しろ。戦闘態勢を整えつつ、我艦隊と合流するようにしろと。敵に対しては最大戦力で立ち向かうのがセオリーだ。我艦隊も第四艦隊と合流する為に発進する」

「はっ」

その頃、第四艦隊も同じ状況になっていた。マキシム恒星の影から突然飛び出したかのようにウォルフ艦隊が現れ、第四艦隊の四時方向から迫っていた。

「艦長、敵との距離は」

「はっ、後二〇分で交戦範囲に入ります」

「後二〇分か。体制を整えて反転迎撃するだけの時間はないな」

アッテンボローは、一瞬だけ考えると

「キャンベル中将に連絡。敵艦隊を発見。第三艦隊と合流し、敵を迎え撃つ為、貴艦隊へ向かうと連絡してくれ」

それを艦長に言った時だった。通信管制員より

「アッテンボロー司令官。第三艦隊キャンベル司令官から緊急連絡です。電文送ります」

キャンベル中将から緊急連絡。一抹の不安が頭をよぎる中、その電文を自分で司令官デスクにあるスクリーンパネルで見た」

何だと。第三艦隊もウォルフ星系軍と遭遇したか。やはりこれは合流し、体制を整えて対峙したほうが、よさそうだ。そう考えると

「艦長、先程の電文訂正。我艦隊にもウォルフ星系軍が現れた。第三艦隊と第四艦隊は合流し、敵艦隊と交戦することを具申する。すぐに送ってくれ」

「はっ」

艦長は、アッテンボローの言葉を復唱すると、テキスト電文に変換された内容をセキュリティレベルAで通信管制官に送った。

アッテンボローは、その様子を見た後、コムを口元にして

「第四艦隊全艦に告ぐ。こちら司令官アッテンボロー中将だ。我艦隊は、後方よりウォルフ星系軍に攻撃されようとしている。体制を戦闘隊形に変えて反転迎撃したのでは、手遅れになる。ここは第三艦隊と合流し、敵と交戦する。全艦時計回りにマキシム恒星を迂回し、恒星の裏側に行く。全艦発進せよ」

アッテンボローの指示に前方にいた艦から順次発進し始めた。

何とか間に合いそうだな。スコープビジョンに映るウォルフ星系軍との距離を確認しながら動き始めた艦隊を見ていた。


「司令官閣下。プロキシマ星系軍が、逃げ出しました」

艦長ベッサーノ・コチェレート大佐からの声にウォルフ星系マキシム星系攻略艦隊総司令官アドリアン・コンサドール中将は、

「ほう、艦隊を合流させて戦うつもりか」

独り言のように言うとコムを口にして

「全艦、目の前のプロキシマ星系軍を追え。逃がすな」

黒に近いグレーの色をした戦闘艦の群れが、獲物を追う狼のように加速し始めた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る