第10話 第三章 プロキシマの誤算 (2)
第三章 プロキシマの誤算
(2)
ルテル星系攻略部隊総司令官ドリー・ロズウエル中将は、ウォルフ星系航宙軍旗艦の艦橋でスコープビジョンに映る、ルテル星系に侵攻したシリウス星系航宙軍とプロキシマ星系航宙軍の戦闘を見ていた。
シリウス星系軍のあの様はなんだ。前方に布陣している艦が邪魔で、後続の主力艦が主砲を撃てないではないか。それに比べプロキシマ星系軍は、戦術の基本通りに戦っている。勝負は見えたな。そう考えると口元にコムを持ってきて
「シュナーベル中佐、第二ステージは、なさそうだ。撤収の準備をしてくれ。シリウス星系軍が撤退を始めたら、我々もすぐにウォルフ星系に退却する」
ロズウエル中将の前に3Dで映し出されている狙撃特務隊長ボロン・シュナーベル中佐は、一瞬驚きを見せたが、ルテル星系侵攻前の作戦会議で、シリウス星系軍が敗退し、撤退を始めた場合、自軍も退却することを決めていた。
第二ステージは、あくまでシリウス星系軍が優位に戦いを進め、プロキシマ星系軍が後退を始めた時、逃げるプロキシマ星系軍の戦力を削り取る作戦で有った。
戦闘当初、プロキシマ星系航宙軍の思わぬ攻撃でスナイパー・ガンシップの半数を失ったが、射撃の正確性と速射能力を考えれば砲門数は十分だ。シュナーベルはロズウエル中将の言葉の意味を理解すると、シリウス星系航宙軍式敬礼をして3Dから消えた。
シュナーベルの映像が消えるとロズウエルは、艦長に向かって
「艦長、首都星に連絡。シリウス星系軍は、ルテル星系攻略に失敗。本作戦はBプランに移行。これだけ伝えてくれ」
「はっ」
司令官からの命令を復唱し、同時にテキスト変換された命令文をスクリーンパネルで確認すると、セキュリティレベルAとして通信管制官に送った。
我々が欲しいのは、マキシム星系だ。プロキシマ星系は目障りだが、マキシム星系を攻略すれば、交渉の場に引きずり出せる。睨む様な目で、口を少し吊り上げ含み笑いをすると、後はあいつらが旨くやれるかだと小さく独り言を言った。
思いを頭の隅に押しやると、司令官席に座り直して足を組みながら、まるで他人事のようにスコープビジョンに映るシリウス星系軍とプロキシマ星系軍の戦闘映像を見ていた。
スコープビジョンには、開戦当初数で勝るシリウス星系航宙軍が、数で劣るプロキシマ星系航宙軍に艦を打ち減らされ、後退して行く様子が映っていた。
「アッテンボロー中将、よくやってくれた。ルテル星系を守りきれたな」
「はい、シリウス星系軍がもろすぎたという気もします。途中から陣形、戦術も持たない素人集団のような気がしていました。しかし、ウォルフ星系軍があの後、再度攻撃をしてこなかったことが気になります」
「それは、シリウス星系の提督たちに失礼ではないか。事実では有るがな。ウォルフ星系軍は、スナイパー・ガンシップという遠射部隊は持っているが、正面から向き合える艦隊を持っていないのではないか。もし、持っていれば、当然参戦してきたはずだ。気にすることは無かろう。」
と言って二人は、笑うと
「第四艦隊の被害状況をすぐに調べてくれ。脱出した救命ポッドの捜索、回収も同時に頼む。第三艦隊と併せて、カレラ・ヘンセン大将とステファン・アレンバーグ大将に報告する」
「ルテル星系にはいかがしますか」
「ルテル星系航宙軍側から連絡が行くだろう。但し、救命ポッドの捜索回収は協力してくれ」
「はっ」
アッテンボローは、目の前に映る第三艦隊司令官ルテル星系防衛隊長マイケル・キャンベル中将の姿が3D映像から消えると、何かを忘れている気がした。シリウス星系軍は、確かにキャンベル中将の言うとおりかも知れないが、あのウォルフ星系軍が何もしないで撤退するだろうか。
腑に落ちないまま被害艦の修復や救命ポッドの捜索回収に当る分艦隊の姿をスコープビジョンで見ていた。
マキシム星系を防衛するプロキシマ星系第九艦隊第四分艦隊司令官ラミック・コンサドール少将は、ルテル星系ベストラの近くに布陣し、戦況を見ていたが、さすがキャンベル、アッテンボロー組というか、シリウス星系がもろすぎるのだな。いずれにしろ、これでシリウス星系も終わりだ、この戦い思ったより早い決着ですみそうだ。そう思うと、コムを口にして
「全艦マキシム星系に戻るぞ」
そう言って、収束しつつある戦火の後始末を見ていた。
「コンサドール提督、ルテル星系に進宙しているロズウエル提督から連絡が来た。シリウス星系軍は、ルテル星系の攻略に失敗したそうだ」
政府代表ガストン・バリクランドは、一呼吸置くと
「プランBに移行する。我々だけでマキシム星系を攻略する」
その言葉に、むしろ当然だろうという顔をすると
「分かりました。しかし、シリウスのやつら不甲斐無いですな。私の口から言うのは、はばかりますが、シリウスとの付き合い方、考えた方が良さそうですな」
マキシム星系攻略艦隊司令官アドリアン・コンサドール中将の言葉にバリクランド代表は、コンサドールの顔を見て、お前の言う言葉ではないと視線で送ると
「プロキシマが奢っている今がチャンスだ。すぐにマキシム星系攻略艦隊を出動してくれ。あそこを落とせれば、プロキシマ星系に対しても突破口を作ることが出来る。何日で出動可能だ」
「はっ、一ヶ月あれば可能です」
「では、すぐに取り掛かってくれ」
ウォルフ星系航宙軍の敬礼を行うとコンサドールは、政府代表バリクラントのオフィスを出ながら、マキシム星系は、近隣星系でも要衝だ。プロキシマ星系軍だけでなく、プロキシマ寄りの星系軍も出てくるだろう。我艦隊は、二個艦隊。だが、戦いは数ではない。
口元を少し吊り上げながら正面を睨む様に星系代表部が入っているビルの出口に向かった。
シリウス星系軍総参謀長室の壁には、ルテル星系攻略部隊として出撃したジョージ・ハウエル中将率いる第二艦隊、コンラッド・モリス中将率いる第三艦隊、カーネル・モートン中将率いる第四艦隊の無残な姿が映し出されていた。
出撃前は、先行した第二艦隊六四八隻と、後続で出撃した二個艦隊一二九六隻、総計一九四四隻の大艦隊が、今は、三割が未帰還になり残り七割の内、半数以上が傷ついているという状況だ。宙港に入港するする姿も気のせいか心もとない感じがする。
「なんということだ。十分な勝算が有って送り出した艦隊が、あのような無残な姿になって戻ってくるとは」
信じられない気持ちで壁に映る映像を見ていた総参謀長モンティ・ゴンザレスは、思うままに口走ると
「我星系軍が三個艦隊で戦闘を行うなど、シリウス星系開闢(かいびゃく)以来のことだ。詳細については、三提督から聞くことにしよう」
冷静を装う、統合作戦本部長ミル・ラムジー大将も動揺を隠せないでいた。
「モンティ・ゴンザレス大将閣下、ミル・ラムジー大将閣下。ジョージ・ハウエル提督、コンラッド・モリス提督、カーネル・モートン提督が、お着きになられました」
デスクのスクリーンパネルのスピーカから星系軍本部ビルの総参謀長室の入り口にある警備衛兵から連絡が入るとゴンザンレスは、ラムジーの顔を見て頷き
「通せ」と返答した。
ジョージ・ハウエルだけは無傷だが、コンラッド・モリスは、頭に包帯を巻き、腕を包帯で吊っている。カーネル・モートンも頭に包帯を巻いている。
その姿で敬礼をする三人に答礼するとすぐに腕を下ろし、
「三人ともご苦労だった」
それだけ言った後、三人の顔を見渡し何も言わない総参謀長に、ラムジー作戦本部長が助け舟を出した。
「ラムジー。三人を責めるな。作戦本部長である私も責任がある」
「ミル、君は作戦全体についての裁可は下すが、現場の対応は、現場にいた将官の責任だ」
そして、またモンティは、少し黙った後、
「ジョージ、現場で一体何が有ったのか説明してくれ」
そう言ってジョージ・ハウエルの顔を見て説明するように促すと、楕円形のテーブルの中央が少しせり上がり、シリウス星系、ルテル星系、ウォルフ星系が映し出され、三つの星系が、公式航路で結ばれた。やがてルテル星系がズームアップされる。
「ここから、私が説明します」
ハウエル第二艦隊司令官が発言すると、顎を引くようにゴンザレス総参謀長が頷いた。
「つまり、今回戦ったプロキシマ星系軍に一日の長があったと言いたいのだな」
作戦本部長ミル・ラムジーの言葉に
「それを認めます。我軍は、宙族の取り締まりは行って来ましたが、星系軍同士の戦いは、百年以上前に遡ります。またその頃は、戦闘艦の能力も今とは違いすぎ、参考になりません。数を武器に圧倒しようとしたことが敗因でした。ウォルフ星系が一回の攻撃で敗退したことも敗因として挙げられます。当てにする気には無かったのでしたが、今となっては、彼の遠射砲部隊が、もっと右翼艦隊を攻撃していてくれれば、結果は、違っていたかも知れません」
ウォルフ星系軍の言葉に総参謀長と作戦本部長は、目を少しきつくしたが、
「私もあのように腑抜けとは思わなかった。マキシム星系の一件で信用しすぎたのかも知れなかったな。所詮は、まぐれの一発だったのだ」
総参謀長の言葉にラムジー作戦本部長は、
「今後の対応を決めなければなるまい。一度の敗戦で引き下がるような我軍ではない。三人とも、今回以上働きをしてもらう。力を貸せ」
これだけの損害を出した責任を取り、予備役編入を覚悟していた三人は、目を輝かせ
「しかし、我々は・・」
ハウエル第二艦隊司令官の言葉に
「我星系の近代艦隊戦を経験した貴重な人材だ。勘違いしては困る。これからも我軍のために精進してくれ」
作戦本部長の言葉に三人は、かかとを合わせ、敬礼をした。その姿を見た総参謀長が、
「帰還したばかりだが、すぐに艦隊の修復と整備に掛かってくれ。その間、休めさせることの出来る将兵は、休暇を与えろ。特に傷病兵の対応を十分に行うように」
それだけ言って三人を退出させると、総参謀長は作戦本部長の顔を見て
「ミル、評議会議長への説明をする。一緒に来てくれ」
「分かったモンティ。だが民間人への対応はどうする。出撃した将兵全員の口を閉ざすことは出来ないぞ」
「大丈夫だ。その辺は、政府が旨くやるさ。あいつらの得意なところだ」
目の端をと口を曲げて小さく笑うと作戦本部長をドアの方へ促した。そしてシリウス星系首都星、星系評議会ビル星系評議会代表のオフィスへ足を向けた。
「総参謀長、話は分かったが、このまま引き下がる訳にはいくまい。ウォルフ星系のやつらの事もある」
その言葉に統合作戦本部長ミル・ラムジーが、
「艦隊の修復を終えるのに四ヶ月、一番被害の大きい第三艦隊を解隊して第二艦隊と第四艦隊に再編して稼動させるまでに二ヶ月。早く見ても半年後となります。」
「半年後、今度出撃できるのは、来年五月と言うのか」
「仕方ありません。次の出撃には、第五艦隊を加えます」
「第五艦隊。輸送艦の護衛をしているだけだぞ。我星系が、即時戦闘体制を取れるのは、第二、第三、第四艦隊だけだ。第五艦隊よりも星系内宙域防衛を行っている第一艦隊の方が良いのではないか」
ダン・セイレン防衛大臣の言葉に
「星系内宙域防衛といっても、実際には何をするわけでもありません。あの艦隊は、退役前の将兵が乗っています。そして航宙軍士官学校卒業したばかりの士官を教育する、第七艦隊研修部隊の教育を行う教導部隊でもあります。戦場に出向く艦隊では、ありません」
総参謀長の言葉に
「しかし、第五艦隊を引き抜いたら、輸送艦の護衛は第六艦隊のみになるぞ。輸送艦の護衛は、我星系の命綱でもある。引き抜くことは出来ないのではないか」
更に食い下がる防衛大臣に
「防衛大臣、今は戦時中です。前線に出向く艦隊、将兵だけで戦争をしている訳では、ありません。さらに、戦力の逐次投入は、いたずらに被害を増やすばかりです。この戦闘は、時間との戦いでもあります。長引けは、プロキシマ星系より戦力、経済力に劣る我星系が不利になります」
それを聞いていたジュッテンベルグ評議会議長は、
「セイレン、総参謀長の言う通りだ。ここは、航宙軍に任せよう」
「ありがとうございます。代表」
総参謀長の言葉にジュッテンベルグは頷くと諭すような目で防衛大臣を見た。
話の区切りがついたと感じた外務大臣ラオ・イエンが、
「ウォルフ星系の動きは、至急探りましょう。我星系が立ち直る前に好き勝手な事をされては、困りますからな」
そして内務大臣コール・ガーシュインが
「星系内には、シリウス星系攻略部隊凱旋、作戦は大成功。ルテル星系の攻略は、目の前。とでも広報しましょう」
「しかしそれでは、攻略に参加した将兵たちの口から洩れる事実と違うと騒ぐぞ」
「戦いに参加した将兵には、かん口令は強いて頂きます。宜しいですな、両提督。だが、洩れるのは途中経過であって結果ではありません」
他の全員が理解できないと言う顔をすると
「結果とは、次の出撃でルテル星系を攻略すれば、それが結果です」
「うまく言うものだな。ガーシュイン」
「これが私の仕事です。星系人民の心の安寧を作るのが仕事です」
評議会代表、外務大臣そして両提督は、あきれながらも仕方ないと言う顔すると評議会代表のジュッテンベルグが、
「総参謀長、統合作戦本部長、ご苦労だった。一日でも早く我星系の艦隊を立て直してくれ。まずはそこからだ。外務大臣、ウォルフ星系の動きを厳しく見張り、単独での攻略はさせないようにしてくれ。万一にも彼らが欲しがるマキシム星系を彼ら単独で手に入れられたら、我星系は、玄関をふさがれたも同じになるからな」
そう言うと散会を促した。
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