第9話 第三章 プロキシマの誤算 (1)

第三章 プロキシマの誤算

(1)


 プロキシマ星系航宙軍第八艦隊マキシム星系防衛隊長カール・ゴードン中将は、ルテル星系防衛隊長マイケル・キャンベル中将からの連絡にシリウス星系三個艦隊にウォルフ星系か。どう見ても守りきれまい。今から行っても跳躍日程を考慮すれば、戦いは終わっていると考えてよい。むしろここマキシム星系のルテル星系方面跳躍点を包囲する方が良かろう。ここは第九艦隊のリュー・ジェイソン中将にも聞くか。そう考えると

「艦長、第九艦隊のジェイソン中将と連絡が取りたい」

艦長が、右後ろを振り返り返事をすると、すぐにゴードン中将の前にジェイソン中将の3D映像が現れた。

「ゴードン総司令。お呼びでしょうか」

ジェイソンは、同じ中将とは言え、ここマキシム星系防衛艦隊の総司令官であるゴードン中将に礼を正して答えると

「ジェイソン中将。ルテル星系の事だが、どう考える」

ゴードン総司令の言葉の意味を少し考えた後、

「敵の布陣に対して圧倒的に不利な状況です。我方、二個艦隊とルテル星系軍。それに対して敵は、シリウス星系航宙軍正規軍三個艦隊と見えない敵ウォルフ星系軍。シリウス正規軍だけであれば、我々が応援に駆けつけるまで持ちこたえることが出来るでしょうが、ウォルフ星系軍まで加わるとなると、残念ながら、我々が応援に駆けつける前に決着が着いていると考えます」

ジェイソンの言葉が自分の考えと同じ方向に流れている事に満足しながら頷くと

「私もそう考える。だが、ルテル星系防衛艦隊を見殺しにも出来ない。もし残念なことにシリウス星系軍が勝っていたとして、ルテル星系をどうするかも確認する必要がある。また、残兵の収容が出来るなら、それもしなければならない。星系一つだ。全宙域を完全監視下に置けるわけでもなかろう。交戦状態に入るには、シリウス星系軍が、五光時航宙した後だ。

シリウス星系軍が現れたという連絡のタイムラグを考えても、まだ二日半はかかる。ここは先遣隊を出して状況を確認させたほうが良いだろう。どうだ、ジェイソン中将」

「了解しました。至急第四分艦隊をルテル星系へ向かわせましょう」

そういうとジェイソン中将の3D映像が消えた。

 マキシム星系防衛艦隊がルテル星系に戦況確認の先遣隊を派遣した頃、ルテル星系防衛の為、ルテル星系首都星第三惑星ベストラより少し前に布陣していたプロキシマ星系航宙軍第三艦隊マイケル・キャンベル総司令官は、スコープビジョンに映るシリウス星系航宙軍三個艦隊を見つめながら第四艦隊ガイル・アッテンボロー中将に、

「アッテンボロー中将、シリウス星系航宙軍は三個艦隊だが、平凡な布陣だな。艦隊戦を知らないのではないか。個々の艦隊が立方体の頭を並べる様な隊形で横一列に並んでくるなど素人の極みだ」

「確かに、これから隊形を変えるには時間が有りません。戦闘中に隊形変更を行えるほどならば、このように撃って下さいと言わんばかりの隊形は組まないでしょうから。あの隊形では、我が軍を攻撃できるのは前衛の艦だけです」

「数が多いだけのようだ。油断せずに戦力を削り取り戦闘意欲が無くなって貰えば、こちらもいらぬ犠牲は出さずに済む。さて始めるか」

シリウス星系軍が後二〇光秒と迫り、キャンベルは、口元のコムにミサイル発射の命令を出さんとしていた時、突然右舷側が光り輝いた。

「右舷二時方向から高エネルギー波接近」

言うが早いか、スコープビジョンが輝度を落としてもまぶしい位に輝くと第三艦隊第三分艦隊の右舷側にいた航宙重巡航艦四隻と航宙軽巡航艦八隻、航宙駆逐艦一〇隻が、激しい光と共にデブリと化した。

「どうした」

キャンベル総司令官の声に

「分かりません。いきなり右舷側二〇〇万キロ先の宙域が輝いた瞬間、エネルギー波襲って来ました」

レーダー管制官の声に、ウォルフ星系軍か。右舷回頭は、出来ない。後退すれば、第四艦隊が同じことになる。くそっ、どうすれば。仕方ない第三分艦隊に対応させるか。そう考えると口元のコムに向かって、

「アドサドール少将。右舷側二〇〇万キロ先にウォルフ星系軍がいる。うわさのスナイパー・ガンシップだろう。戦艦と巡航戦艦で弾幕を張った後、中距離ミサイルを発射してくれ。射点宙域に攻撃を集中すれば、牽制にはなるだろう」

「はっ、右舷ウォルフ星系軍の牽制に当ります」

その後、牽制攻撃を行うまでに二回の攻撃を受けたが、右舷側シールドを最大にしたこともあり、航宙重巡航艦、航宙巡航戦艦、航宙戦艦、航宙母艦が傷つくことはなかった。

第三分艦隊は、航宙戦艦八隻、航宙母艦八隻、航宙巡航戦艦一二隻、航宙重巡航艦一六隻、軽巡航艦三二隻、航宙駆逐艦四八隻の戦闘艦が所属している。これらの内、六百万キロ以上の主砲射程を持つ航宙戦艦、航宙巡航戦艦、航宙母艦、航宙重巡航艦が、一斉に主砲を発射した。一七六本の収束型荷電粒子エネルギーの束が、肉眼では捉えきれないかなたに進んで行く。射点を〇.〇〇五度ずつ、ずらしながら扇状に三連射の後、航宙軽巡航艦以上が装備する二千発を超える中距離ミサイルが二度に渡って発射された。


「高エネルギー波来ます。正面です」

レーダー管制官の声に、第二射ポイントにスナイパー・ガンシップのグラビトンアンカーを打っていたウォルフ星系遠射砲大隊は、思わぬ攻撃を受けた。

グラビトンアンカーを固定する工作艦が直撃を受け、一瞬にして消滅し、スナイパー・ガンシップが大きく傾いた。運悪く後部についているエネルギーパックを直撃され、大爆発を起こすガンシップや、冷却を行う二重リングを持つ独特の砲身に直撃を受けて前方部分が消えたガンシップなど散々たる情景が繰り広げられた。八〇隻のスナイパー・ガンシップの内、一五隻が、荷電粒子エネルギーの餌食になったのだ。

これにより、連鎖型で前面に展開していたステルスグリッドの一部が損壊した。そこに四千発を超える中距離ミサイルが打ち込まれたのである。攻撃ポイントが分からない為、扇状に広範囲に射ち込んだ。被弾率は低かったが、それでも大きな損害を被った。

だがこれだけでは済まなかった。この時、プロキシマ星系第三艦隊第三分艦隊のレーダーに映し出されたウォルフ星系遠射砲大隊に、航宙戦艦や航宙巡航戦艦から放たれた荷電粒子エネルギーが殺到した。

「第四遠射分隊被害甚大です」

「第六遠射分隊壊滅です」

「第五遠射分隊被害甚大」

 次々と入ってくる報告にドリー・ロズウエル中将は苦りきっていた。プロキシマ星系軍を甘く見ていた。独り言のように言うと口元にあるコムに向かって

「シュナーベル中佐。被害を報告しろ」

「はっ、中央から左翼に布陣させていたガンシップ中隊が攻撃を受けました。中央の第四、第五、第六分隊は、壊滅です」

「使用可能なガンシップはどの位残っている」

「右翼第一、第二、第三分隊の三〇門、第七分隊五門、第八分隊五門です」

「一回の攻撃で半数が、やられたというのか」

ステルスグリッドを利用する為、ガンシップを集中させていたのが原因だ。しかし個艦毎にステルスを機能させるとエネルギーが持たない。そう考えると

「第七分隊、第八分隊を集約。第七分隊として第三分隊の左翼に布陣させろ。ステルスグリッドを集中させるんだ」

何も言わないままシュナーベル中佐が、ロズウエル中将の顔を見ると

「そうだな。被害を受けた分隊の救助も平行して行え。攻撃隊形準備が優先だ。戦闘は始まったばかりだ」

「はっ、分隊集約を優先し、被害分隊の救助も平行して行います」

ウォルフ星系航宙軍式敬礼をした後、シュナーベル中佐の3D映像が消えた。ロズウエルは、一瞬考えたが、何も言わずスクリーン・ビジョンに半数に打ち減らされた遠射砲大隊の状況を見ていた。


「キャンベル総司令官、右舷側からの攻撃が止みました。シールドの強力な航宙巡航戦艦、航宙重巡航艦、航宙戦艦を右舷側に配置し、右斜線陣隊形でウォルフ星系軍の攻撃を流しつつ、シリウス星系軍に対応します」

アッテンボロー中将の言葉に、ウォルフ星系軍の攻撃が、今後の憂いを残さないことが分かると、キャンベルは顎を引いて頷いた。

「アッテンボロー中将、第三艦隊はそのまま、シリウス星系軍の左翼側を反時計回りに進宙しながら攻撃を加えてくれ。第四艦隊は、正面をルテル星系軍と攻撃しつつ、右翼側に回り込む。敵陣の後背まで左翼と右翼の脇をえぐる形で攻撃を仕掛ける。ルテル星系軍は、徐々に後退しながらシリウス星系軍を誘い出し、我々、第三、第四艦隊が一気に後ろから再度攻撃を加える。同時にルテル星系軍も反撃に出てもらう」

「キャンベル総司令官、了解しました。敵はすぐ目の前です。直ちに第一戦闘隊形に入ります」

アッテンボロー中将の3D映像が消えるとキャンベルは口元にコムを持って来て、

「ルテル星系防衛艦隊全艦に告ぐ。こちら総司令官キャンベル中将だ。五分後、航宙巡航戦艦、航宙重巡航艦、航宙軽巡航艦から中距離ミサイルを発射。航宙戦艦、航宙巡航戦艦、航宙重巡航艦、航宙軽巡航艦、航宙駆逐艦は、各艦主砲射程に入り次第、攻撃を開始。敵からのミサイルに対しては、アンチミサイル、mk271c(ミサイル防衛網)で対応しろ」

言い切るとコムを口元からはずし、スコープビジョンを見つめた。五分後、攻撃管制システムが敵艦隊との距離を認識し、アクティブモードの中距離ミサイルを発射した。

「敵ミサイルすぐに来るぞ」

艦長の声にスコープビジョンに数え切れない数の光る点が映し出された。シリウス星系軍三個艦隊から発射されたミサイル群だ。

そのミサイル群に全艦艇から発射されたアンチミサイルが向かって行く。半分は打ち落とされたが、残りのミサイルが、mk271cに捉えられ消滅する。しかし一度開いた穴に別のミサイルが突入すると何の反応のないまま艦隊の前方を守っていた航宙駆逐艦、航宙軽巡航艦に当り始めた。航宙駆逐艦の装甲に接触すると、ぐっと先頭を押し込むように内部に入り込み爆発した。航宙駆逐艦クラスで中距離ミサイルに攻撃されると、ミサイルがぶつかった部分に反対側の装甲が見えるのではと思うくらいの大穴を空けられ、ミサイルとは反対方向に回転しながら戦闘宙域から離れて行く。運悪くミサイルが推進エンジンにぶつかると、二五〇メートルはある航宙駆逐艦が、一部を残し完全にガスとなり消える。

 やがて主砲同士の攻撃が始まった。目には見えない遠距離から光の束が近寄ると各艦が前方に最大強度で展開しているエネルギー中和シールドにぶつかりまばゆいばかりの光を発して中和される。

 シールドで中和できないエネルギーは、やがて装甲を突き破り、真っ赤に燃えた鉄の棒が発砲スチロールをえぐるように反対側装甲まで抜けていった。

そこかしこで光の輪が、光り輝いている。

その頃、シリウス星系軍第二艦隊ジョージ・ハウエル中将、第三艦隊コンラッド・モリス中将、第四艦隊カーネル・モートン中将は、信じられない顔付きでスコープビジョンを見ていた。

「どういうことだ。我軍の方が、数が多いのだぞ」

左翼に位置する第三艦隊は、左翼側が一方的に削られて行くように打ち減らされる光景に驚いていた。

プロキシマ星系軍が、航宙戦艦、航宙巡航戦艦、航宙重巡航艦を前面に出し、シリウス軍の前方に布陣する航宙駆逐艦や航宙軽巡航艦から放たれる荷電粒子エネルギーをシールドで防ぎながら、一方的に打ちのめしていた。更に航宙戦闘機を繰り出し、後続する航宙母艦に攻撃を加え、シリウス軍は手も足も出なかった。

 中央第二艦隊は、プロキシマ星系軍左翼よりルテル星系軍に攻撃を集中し、やや突出する陣形になっていた。

 そして右翼第四艦隊は、右舷側から攻撃を仕掛けるプロキシマ星系軍に対して、第三艦隊同様に手も足も出ず、一方的に打ちのめされていた。

中央第二艦隊を指揮するジョージ・ハウエル中将は、このままでは、まずいぞ。両側から削り取られて行く。ここは、正面ルテル星系軍を突破し、背面展開で敵軍ともう一度正対するしかない。そう考えるとコムを口元にして

「艦長、モリス中将とモートン中将を呼び出してくれ」

「はっ」

右後ろに振り向いて返事をすると、すぐに自席のスクリーンパネルにタッチした。艦隊が展開している為、一〇秒ほどかかると、3D映像に二人の姿が現れた。二人ともやや疲れた顔をしている。

「モリス中将、モートン中将、敵軍の中央が薄い。あそこに砲火を集中して突破した後、背面展開して、再度三艦隊を敵軍と正対させる」

他に手も持っていない二人は、すぐに了解すると、3D映像が消えた。

やがて、長方形のような陣形をしていたシリウス軍三艦隊が、陣形の薄いルテル星系軍に砲火を集中するとルテル星系は、前方に布陣していた航宙駆逐艦、航宙軽巡航艦だけでなく、航宙重巡航艦までが、爆沈して行く。そしてその砲火に耐えられず、徐々に後退して行った。

その姿を見たハウエル中将は、

「今だ。全艦全速前進。敵の正面を突破しろ。反撃だ」

作戦が思い通りに行ったと確信したハウエルは、今までの鬱憤を晴らすかのように敵艦に放火を浴びせながら進む自軍の姿をスコープビジョンで見ながら、満足した面持ちでいた。ルテル星系軍が蹴散らされたかのように首都星ベストラ方向に逃げ散ると

「今だ、背面展開。一挙に後背の敵も討つぞ」

自信満々に自軍が艦首を振りながら向きを変えた時だった。敵艦隊に対して真横になった艦に、突然、数えきれない程の巨大な荷電粒子エネルギーの束が、向かって来た。

「第三艦隊第二分艦隊壊滅」

「第四艦隊第三分艦隊壊滅」

「第三艦隊第一分艦隊壊滅」

「第一分艦隊だと。モリス中将はどうした」

「旗艦より避退し、別の航宙戦艦に移乗しています」

「くそう、図られた」

思いを口にすると拳を指揮パネルに叩きつけた。

プロキシマ星系軍は、シリウス星系軍が中央突破背面展開をするようにおびき出し、自軍はプロキシマ星系軍の左翼と右翼の端を削り取りながら敵陣の後背に突き、航宙戦艦、航宙巡航戦艦、航宙重巡航艦の順に、シールドが強力で、装甲の厚い艦を前面に出し、V字陣形を取っていた。敵は三個艦隊とは言え、直方体が三つ固まったような陣形だ。V字で囲むような隊形で、全艦が一斉砲火を撃てるようにしていた。その罠に、はまったのである。

 プロキシマ星系軍が、前進を始めると、もろいまでに前方に布陣していた艦が打ち減らされた。直方体の陣形をしていた為、後方に布陣した戦艦、重巡航艦が、撃てないでいたのである。今から陣形を変えたら余計攻撃が出来なくなる。

 その隊形を見ながらアッテンボローは、こいつら本当に戦ったことがあるのか、宙族程度ならまだしも、艦隊戦だぞ。陣形も戦術も何も無いではないか。直方体の隊形が三分の一に撃ち減らされ、軽量の艦がデブリと化した時、最前方の艦は重巡航艦になっていた。艦数は既に半分以下だ。

 手から血がでるほどに悔しさを滲ませながら、第二艦隊ジョージ・ハウエル中将は、コムを吹き飛ばすような声で

「全艦俯角三〇度、右舷二〇度。潜れー」

ルテル星系内シリウス星系方面跳躍点は、惑星公転軌道水準面の下にある。今は潜るしか逃げ道が無かった。


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