第8話 第二章 嵐の前触れ (4)

第二章 嵐の前触れ

(4)

シリウス星系軍統合作戦本部長ミル・ラムジー大将は、星系軍総参謀長室でモンティ・ゴンザレス大将と会っていた。二人ともシリウス星系航宙軍士官学校時代からの友人であり、出世を競った中で今に至っている。二人だけの時は、お互いファーストネームで呼び合う仲だ。

「ミル。ゴンザレス少将は、第一王女の拘束には、失敗したものの、マキシム星系のルテル星系方面跳躍点側の監視体制と防衛体制は、調査できたという訳だな」

「第一王女の件は、おまけのようなものだ。本来の目的は十分に達したと考えていいだろう。私もこれで、彼を行かせた結果を出せた」

ミル・ラムジーの言葉に少しだけ含み笑いをすると顔を元に戻して、

「それでは、第二ステージに入るとするか」

ミルは、二人が座る星系軍総参謀室の大きなテーブルの前のパネルにタッチしてルテル星系宙域図を映し出した。

「第一弾として、商用輸送艦マテリアの調査という名目でルテル星系にジョージ・ハウエル中将の第二艦隊を差し向ける。ルテル星系には、既にプロキシマ星系より二艦隊が進出し、ルテル星系防衛の為、ルテル星系航宙軍と一緒に防衛体制を敷いている。しかし、今回はあくまで、マテリアの事故調査が目的だ。ルテル星系に第二艦隊進宙後、プロキシマ星系航宙軍方向から彼の星系を利用して第二艦隊のダミー艦に攻撃を加えさせる。一時的に第二艦隊をシリウス星系方面跳躍点宙域まで後退させた後、コンラッド・モリス中将の第三艦隊、カーネル・モートン中将の第四艦隊が急行し、第二艦隊と合流のルテル星系防衛隊と対峙させる。そこにウォルフ星系航宙軍を進宙させ横からルテル星系防衛軍を攻撃させる。我星系軍も呼応して攻撃を加えた後、ルテル星系の攻略はウォルフ星系航宙軍に任せ、マキシム星系へ三個艦隊で進宙する。という手はずだ」

星系軍総参謀長モンティ・ゴンザレス大将は、テーブル上に映し出された3D映像を、ポインティングしながら説明する統合作戦本部長ミル・ラムジー大将の顔を見ながら、これなら旨く行くだろうという思いで聞いていた。


 ルテル星系政府外務大臣ボーヤン・コマリーは、自室のスクリーンパネルに映し出されるシリウス星系方面跳躍点の一番近くにある無人監視衛星から有人監視衛星を通して送られてきたシリウス星系航宙軍第二艦隊の姿を見ながら、腕組みをしていた。

「この艦隊が、二ヶ月前のシリウス商用輸送艦マテリアの調査隊だというのか」

「はっ、一週間前にシリウス星系外交部から正式ルートを通じて送られてきたシリウス航宙軍ジョージ・ハウエル中将の第二艦隊です。艦隊の構成ですが、パネル右側に映し出します」

外交部主席部員カルロス・グリーンは、コマリー外務大臣の質問に自分の前にあるパネルにタッチして艦隊の陣容を映し出した。

・航宙戦艦   四〇隻

・航宙母艦   三二隻

・航宙巡洋戦艦 四〇隻

・航宙重巡洋艦 六四隻

・航宙軽巡洋艦 六四隻

・航宙駆逐艦  一九二隻

・哨戒艦    一九二隻

・高速補給艦   二四隻

・輸送艦     三〇隻

・工作艦     三〇隻

「なにーっ、これでは、戦闘時の正規一個艦隊ではないか。これがこのまま星系内に進宙してくるというのか」

「はっ、その件ですが、星系内での航宙航路も分からない為、道案内が必要だと言ってきております」

「当たり前だ。すぐに向かわせろ」

「はっ」

コマリー外務大臣の声に反応するようにグリーン主席部員は、大臣室を後にした。


シリウス星系航宙軍第二艦隊がルテル星系に到着する一ヶ月前のWGC三〇四六年八月二〇日、プロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマは、マキシム星系での難を逃れ、無事にプロキシマ星系に帰還してから一〇日が経っていた。

知らせを聞いたプロキシマ王カントゥーリス・アレクサンドル・プロキシマは、王女を襲った犯人を逃した第八艦隊司令官カール・ゴードン大将を厳しく叱咤しようとしたが、王女のセキュリティガードである王家航宙軍アレク・ジョンベール大佐と恒星連絡艦アトリアの艦長コウメテウス大佐から、当時の状況の説明を受けると共に星系軍総参謀長ステファン・アレンバーグ大将と星系軍作戦本部長カレラ・ヘンセン大将からの説得もあり、その矛先を収めていた。

「ステファン、カレラ。シリウス許すまいぞ。マリアへの仕打ち断じて許さん。これを気にシリウスを攻め落とす。良いな」

「カントゥーリス王、お言葉ではございますが、我プロキシマ星系は、王のご威光の元、近隣星系とは、自治権を許すことでお互いの反映と共存を図って来ました。シリウス星系においても主謀犯を捉え、彼の星系の安寧を図るのが得策と愚考する次第であります」

総参謀長アレンバーグ大将の言葉に

「そのような甘い考えで、彼の星系は他星系との共存が出来るのか。ウォルフ星系とかいう如何わしい星系との交流もあると聞いているぞ」

「ウォルフ星系は、身を知る星系。シリウス星系の首班が変われば、おのずと身を引くと考えます。もし、それが出来ないのであれば、プロキシマ星系航宙軍全軍で二度と王のお耳を汚らわすことのない様に致す所存でございます」

今度は作戦本部長ヘンセン大将が答えた。

カントゥーリスは、二人の顔を見て頷くと

「よかろう、その言葉を信じよう。頼むぞ、ステファン、カレラ」

「ははーっ」

二人の返事に左隣に座る王妃マーガレット・アレクサンドル・プロキシマを連れて謁見の間から近衛兵に守られ退座した。

謁見の間からプロキシマ王が出て行かれるのを見計らって二人とも立ち上がると、目を合わせるだけで、その場は何も言わず謁見の間を後にした。


 ルテル星系は、恒星ルテルを中心に七つの惑星が公転軌道上にある。恒星から五光分の位置にある第一惑星ロゲ、一〇光分の位置にある第二惑星スコル、一五光分の位置にあり一つの衛星を持つ第三惑星ベストラ、二〇光分の位置にあり二つの衛星を持つ第四惑星スルト、三〇光分の位置にあり三つの衛星を持つ第五惑星テルクシノエ、八〇光分の位置にあり四つの衛星を持つ第六惑星テレストそして一五〇光分の位置にあり五つの衛星を持つ第七惑星ディスノミアである。

 首都星を第三惑星ベストラに定め、第四、第五惑星が資源惑星、第五惑星と第六惑星の間に小さな岩礁帯があり、第六、第七惑星は、ガス惑星である。そして惑星軌道を大きく取巻くように大きなカイパーベルトがある。

 跳躍点は惑星公転軌道水準面から見て、左上にウォルフ星系方面跳躍点、右上にマキシム星系方面跳躍点、そして左下にシリウス星系方面跳躍点があった。どの跳躍点も外側のカイパーベルトから二光時の位置になっている。


WGC一〇月一二日、シリウス星系方面跳躍点が揺らぎ始めると次々と戦闘艦が現れ始めた。シリウス星系航宙軍コンラッド・モリス中将率いる第三艦隊とカーネル・モートン中将率いる第四艦隊である。商用輸送艦マテリア調査の為、進宙したジョージ・ハウエル中将の第二艦隊を合わせると、シリウス星系航宙軍は戦闘可能な全勢力三個艦隊をこのルテル星系に派遣したのであった。

プロキシマ星系よりルテル星系防衛の為に派遣されている第三艦隊と第四艦隊の艦橋にブザーが鳴り響いた。

ルテル星系防衛隊総司令官マイケル・キャンベル中将は、艦長に向かって

「どうした」

と冷静に言うと

「はっ、シリウス星系方面跳躍点付近に配置しているルテル星系航路監視衛星より、連絡の受けていない艦隊が現れたとのことです。総艦数一三五六隻です」

「なにーっ、一三五六隻だと」

先程まで冷静を装っていたキャンベルは、その多さに声を荒げると

「すぐにルテル星系と本星系にいる第四艦隊及びプロキシマ星系と他星系に布陣する各艦隊に緊急通信を送れ。シリウス星系軍、ルテル星系に侵攻。全艦数およそ二〇〇〇隻。ルテル星系防衛隊は、ルテル星系航宙軍と共に戦闘体制に移行するとな」

「全艦数二〇〇〇隻ですか」

疑問を投げる艦長に

「そうだ、既に七〇三隻の一個艦隊が首都星付近に布陣している」

意味を理解した艦長は、すぐに自席の前にあるスクリーンパネルに音声で入力するとそれを通信管制官に送った。

「すぐに第四艦隊ガイル・アッテンボロー中将を呼び出してくれ」

プロキシマ星系方面跳躍点から進宙してきたキャンベル中将率いる第三艦隊とアッテンボロー中将率いる第四艦隊は、商用輸送艦マテリアの調査の為にルテル星系に進駐したシリウス星系第二艦隊ににらみを利かす為、ルテル星系惑星公転軌道を上から見て首都星第三惑星付近にルテル星系航宙軍 -と言っても艦数三〇〇隻ほどの艦隊だが- と布陣していた。

「アッテンボロー提督、どう思う。我々の目の前にいる一個艦隊を合わせるとシリウス星系航宙軍のほぼ全艦数だ。このまま、我々と戦闘になった場合、自星系の流通に支障をきたすと思うが」

「そうですね。我々は、負けないままに友軍の支援を待って、攻勢を掛ければ、数の勝負で終わります。それを知らないシリウス星系軍とは思わないのですが」

「いずれにしろ、新たに現れたシリウス星系軍とは、五光時もある上、二つの岩礁帯に阻まれて早々に攻めては来れまい。ここは様子を見ることにしよう」

3Dに映るアッテンボローにそう言うと

「キャンベル総司令。了解しました。シリウス星系軍の動きを待つことにしましょう」

そう言ってプロキシマ星系航宙軍式敬礼をすると3Dが消えた。


それから二日間何も起こらなかった。調査の為に先行して来ていたシリウス星系航宙軍第二艦隊の哨戒艦と駆逐艦が首都星ベストラから二〇〇万キロの位置を商用輸送艦マテリアが襲われた方向にゆっくりと航行している時であった。

この二艦の左舷前方、まさにルテル恒星と首都星の間、プロキシマ星系航宙軍が布陣している方向が突然輝いたと思うと哨戒艦の左舷側面にその光が突き刺さり、一瞬にして哨戒艦をガスへと変えた。同じように駆逐艦の左舷側面もシールドを展開していなかった為、装甲に直接ぶつかり、耐えるまもなく右舷へ突き抜けた。ほぼ中央付近を突き抜かれた為、艦橋にいた人間は全員が痛みを感じることも無く消滅した。

「どうした」

シリウス星系航宙軍第二艦隊司令官ジョージ・ハウエル司令官は、口元のコムが吹き飛ぶように向かって叫ぶと

「プロキシマ星系航宙軍発砲」

「なにーっ」

「全艦そのまま後退。調査に出ている全哨戒艦は、全速で退避。全戦闘艦艇は、主砲をプロキシマ星系軍に向けろ。まだ撃つな」

この言葉をあざ笑うかの様に第二射が到達すると先程の哨戒艦と駆逐艦は、完全にデブリと化した。

 これはプロキシマ星系航宙軍も驚かせた。

「どうした」

第四艦隊アッテンボロー中将は、コムに叫ぶと

「シリウス星系の艦艇が攻撃を受けました」

「攻撃だと。どこからだ」

「分かりません」

「分からないとはどう言う事だ」

「はっ、発砲方向は、我艦隊方向からですが、だれも発砲しておりません。射点は、我艦隊の前方五〇〇万キロ先からです。攻撃した艦艇の姿、確認できません」

「なんだと。すぐにキャンベル総司令官を呼び出せ」

3Dに映るアッテンボロー中将の姿に

「アッテンボロー提督、どういうことだ」

「我艦隊からの発砲ではありません。また、射点は、我艦隊から前方五〇〇万キロの位置です。但し、姿が確認できません」

「なにっ」

キャンベルは、少し考えた後、ウォルフ星系いう名前が浮かび上がった。ウォルフ星系、やつらならやれる。しかし、ウォルフ星系航宙軍が、シリウス星系側に加担したとなると面倒だ。

「アッテンボロー提督、標準戦闘隊形のまま様子を見る。第四艦隊は右舷二時方向に艦隊を展開してくれ。ウォルフ星系の連中が気になる」

「ウォルフ星系ですか。しかし我艦隊が右舷前方に向きを変えれば、目の前の艦隊に対して防衛できません」

「大丈夫だ。もし、我艦隊からの発砲だと思っているなら、既に敵も我艦隊に対して発砲している」

アッテンボローは、キャンベルの意味を悟ると

「はっ、了解しました」

と言ってプロキシマ星系航宙軍式敬礼をして3Dスクリーンから消えた。

「シリウス星系第二艦隊。後退していきます」

やはりな、と思うと


「ふむっ、幕は開けたな」

金色の髪に青色の肌をし、黒色の軍服を身に付け、左胸に数々の徽章が並んでいる人間が、目の前にあるスコープビジョンをにらむ様に見ながら言った。

「シリウスの第二艦隊が、シリウス星系航宙軍の他の二艦隊と合流した後、全艦が前進する。プロキシマ星系航宙軍に向かって双方二光秒まで迫ったら、第二幕をあけるぞ」

周りから見ても、一際大きな体を持つルテル星系攻略総司令官ドリー・ロズウエル中将が言うと

「はっ」

周りにいる部下たちがいっせいに返事をした。その中には、商用輸送艦マテリアを攻撃したボロン・シュナーベル中佐もいた。今度は、遠射砲大隊の隊長としてだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る