第7話 第二章 嵐の前触れ (3)

第二章 嵐の前触れ

(3)


銀河標準歴GGC三〇四六年八月五日

プロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマは、父であるプロキシ王カントゥーリスの名代としてエリダヌス星系を訪れ、プロキシマ星系とエリダヌス星系間のシリウス星系軍事侵攻阻止の条約を取付け、七月二五日にエリダヌス星系を出発した。エリダヌス星系からプロキシマ星系に跳躍し、マリアの一行はマキシム星系内をプロキシマ星系方面跳躍点に向かっていた。

恒星マキシム。赤道半径八二万四千キロメートル。伴星としてアルファ、ベータ、ガンマの三つの星を伴い、真っ赤に輝く若々しい姿をスコープビジョンに映し出している。

プロキシマ航宙軍恒星連絡艦アトリアの艦橋にあるオブザーバ席でマキシム星系の姿を見ていたプロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマは、ここまでくれば大丈夫。プロキシマ星系は、もう目の前ね。そう思うと

「アレク、私は、自室で少し休みます」

そう言って、席を立ち艦橋の出入口のドア方向へ歩いて行った。

「はっ」

王女のボディガードを兼ねるプロキシマ王家航宙軍アレク・ジョンベール大佐は、王女の言葉にすぐに反応しながら、その後を沿う様に艦橋を出て行った。

「アレク。エリダヌス星系政府との会見は、上手く行ったわ。これで、シリウスが、我が星系と領域に攻め入ろうとしても、このマキシム星系は、彼の星系を加えた艦隊で防衛すれば良い。父上には既に連絡を入れてあるが、さぞお喜びであろう。私は、少し横になる。マキシム星系は我が領域。何もないとは思うが、緊急の際は起こしてくれ」

「はっ、解りました」

身長は一九〇センチを超え、特殊コマンド部隊長として鍛え上げられた体を軍服の中に隠しながら敬礼をすると、体を回して王女のロイヤルルームから出て行った。

王女は、あの様に思われているが、エリダヌス星系政府とて、我星系が、今の力を誇ればこその協力だ。万が一、領域内にシリウス星系軍の侵攻を許せば、どう出てくるか分からない。しかし、王女は変わられた。母星系を出発する時までは、お嬢様と思っていたが、エリダヌス星系との交渉が進むにつれ、プロキシマ王家第一王女のお立場を理解する自我が芽生えられたようだ。ジョンベール大佐は、そう思いながら艦橋に戻る通路を歩いた。

シリウス星系からプロキシマ星系に行くには、ルテル星系を介して更にこのマキシム星系を通らねばならない。両星系に通じる跳躍点を持つだけに経済、流通だけでなく、軍事においても要衝の星系であった。

 既にシリウス星系政府とは、シリウス星系評議会議長の長男アンドリュー・ジュッテンベルクとプロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマの結婚が、エリダヌス星系政府(実際には王女マリアの友人クレア・シドニー)からの情報によりプロキシマ星系強奪の為の政略結婚だったと分かって以来、プロキシマ王家は、シリウスとの星系間交流を断絶。更に途中まで進んでいたルテル星系における通商問題も決裂し、プロキオシマ星系とシリウス星系は、一触即発の状態であった。

その様な中、プロキシマ王家第一王女マリアテレーゼは、自星系領域の安定の為、エリダヌス星系政府からシリウス星系軍事侵攻阻止の条約を取り付ける為と、友人クレア・シドニーへの礼も兼ねてエリダヌス星系に行った帰りの航宙で有った。

エリダヌス星系からマキシム星系を経てプロキシマ星系に戻るという長旅になる為、今の時期、プロキシマ星系軍の最高責任者であるプロキシマ王が行う訳には行かず、王女マリアテレーゼの行幸となった。

マキシム星系は、通商問題となったルテル星系からは近いが、シリウス星系からは、ルテル星系を通って来なくてはならず、既にルテル星系には、マイケル・キャンベル中将が指揮する第三艦隊とガイル・アッテンボロー中将が指揮する第四艦隊の二艦隊がシリウス星系航宙軍を迎え撃つべく駐留している。

更にマキシム星系には、カール・ゴードン中将が指揮する第八艦隊、リュー・ジェイソン中将が指揮する第九艦隊の二艦隊が駐留している。プロキシマ王家も安心しきって、王女マリアテレーゼが乗るプロキシマ航宙軍恒星連絡艦アトリアに護衛艦として軽巡航艦四隻、駆逐艦一二隻を付けただけであった。


 第一王女マリアテレーゼが、睡眠に入って五時間後、突然艦内に緊急警報を知らせるが鳴り響いた。

「どうした」

プロキシマ航宙軍恒星連絡艦アトリアの艦長コウメテウス大佐の声にレーダー管制官が

スコープビジョンの右舷二時方向を指差し、

「艦長、敵味方不明の艦隊が急速に我々に向かって進宙してきます」

その姿を艦長が見ると

「馬鹿者、味方艦が連絡も取らずに急速に接近するか。あれは敵だ」

「どこの」

事情を理解していないレーダー管制官に王家航宙軍アレク・ジョンベール大佐が

「あの艦隊はシリウス星系の強行偵察艦隊です。まさかこんなとこまで出来ているとは。艦長、私はすぐに王女の元に行きます」

「頼みます」

ジョンベール大佐が急ぎ足で王女のロイヤルルームに行き、胸に掲げているバッジを壁の横にかざすとパネルが赤からブルーに変わり、

「王女様、緊急事態です」

その声を待っていたかのように、パネルの色がブルーからグリーンに変わるとドアが開いた。

「今の緊急警報は何ですか」

既に着替えを終えてベッドの反対側のソファに座っていたマリアテレーゼが言うと

「シリウス星系航宙軍の艦隊です」

プロキシマ航宙軍恒星連絡艦アトリアに乗る王家航宙軍アレク・ジョンベール大佐は、王女がロイヤルルームでソファに座りながら壁に映し出されている映像を不安そうな顔で見ながら、右舷前方から迫り来るシリウス航宙軍艦の今にも発砲しそうな姿を厳しい目つきで捉えていた。


「左舷一一時方向俯角三〇度だ」

艦長コウメテウス大佐の言葉に航宙長は、

「左舷一一時方向、俯角三〇度。全速」

プロキシマ航宙軍恒星連絡艦アトリアと護衛艦一六隻が、艦長の意思に従う様に急激に艦首を左に向け潜る様に進宙する。

 本来ここは、シリウス星系軍と正反対の二〇時方向に逃げるべきだが、それでは、航路を見失う可能性が有り、プロキシマ星系方面跳躍点からも遠ざかることになる。艦長コウメテウス大佐は、あえてシリウス星系軍よりも遠ざかりプロキシマ星系方面跳躍点に迎える一一時方向を選択したのであった。


「逃がすか」

既にスコープビジョンの光学映像に既に捉えている、プロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマが乗る艦とその護衛艦が逃げる映像を見ながら、腹の中で怒鳴った。

 マキシム星系に到着してから一〇日間。カイパーベルトと伴星アルファを利用してマキシム星系の監視体制と防衛体制を調査しつつ、プロキシマ方面跳躍点まで後三日と迫った時、シリウス星系総参謀長モンティ・ゴンザレス大将の名で緊急電が届いた。

「宛:マキシム星系方面強行偵察艦隊総司令官 ベノス・ゴンザレス少将

   マキシム星系内プロキシマ星系方面跳躍点に向け、プロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマが、護衛艦一六隻に守られ航宙中。マキシム星系方面強行偵察艦隊は、これを捕捉し、プロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマを拘束せよ。

発信:星系軍総参謀長 モンティ・ゴンザレス大将」

 最初、ゴンザレスは、この電文をマキシム星系に進駐しているプロキシマ星系軍の罠と考えたが、星系内に進宙して既に一〇日が経っていること、もし、我々を捕まえるならば、とうに捕まっているはずだと考えると、偵察隊に調査を中止させ、プロキシマ星系方面跳躍点に向けさせた。強行偵察艦隊のレーダーがパッシブモードで捕らえたのは、二〇時間前だった。既に、マキシム星系方面跳躍点は目の前。マキシム星系の監視体制に捉えられるのは承知で、全艦を第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマが乗艦するプロキシマ航宙軍恒星連絡艦アトリアへ向けさせた。

「あれだけの護衛艦で我々を止められると思っているか」

シリウス航宙軍マキシム星系方面強行偵察艦隊司令官ベノス・ゴンザレス少将は、マキシム星系外縁部のプロキシマ星系方面跳躍点に航宙するレーダーが捉えたプロキシマ星系の艦を追っていた。


アトリアの後ろには、王女が乗艦する恒星間連絡艦を後ろから包む様な隊形にしながら後部砲塔が射程に入り次第、撃つ構えを見せて避退する四隻の護衛軽巡航艦ムンディ、アルビオ、エリアポ、シャルナクの他、一二隻の航宙駆逐艦がいた。

「ミサイルの射程に入り次第、発射しろ。目標は護衛艦だ。主砲は、命令あるまで撃つな」

シリウス星系航宙軍マキシム星系方面強行偵察艦隊は、重巡航艦四隻、軽巡航艦八隻、駆逐艦一六隻だ。

「まさか、王家の乗艦する恒星連絡艦が、こんなところをあれだけの護衛艦でうろついているとは、プロキシマも状況を分かっていないらしい」

口元を歪めながらスコープビジョンを見ていると

「ゴンザレス司令官。ミサイル射程内まで後、二光秒です」

航宙長からの報告に頷くとコムを口元に持って来て

「強行偵察艦隊全員に告ぐ。こちら総司令官ゴンザレス少将だ。今我の目の前にいる艦隊は、プロキシマ王家の艦だ。あれを捕えることが出来れば、戦局が大きく我々に有利になる。何が何でも捕まえろ」


「司令官、緊急電です」

通信管制官の報告に何だという目をしながらプロキシマ航宙軍第八艦隊マキシム星系防衛艦隊総司令官カール・ゴードン中将が自席の前にあるスクリーンパネルを見ると

「この報告電は、本物か」

「はっ、暗号識別、紋章識別、ウィルスチェックを行いました。本物です」

司令官はコムを口元にすると

「こちらプロキシマ航宙軍第八艦隊マキシム星系防衛艦隊総司令官カール・ゴードン中将だ。現在、このマキシム星系よりプロキシマ星系方面跳躍点へ向かっている恒星連絡艦と護衛艦艇一六隻が、シリウス航宙軍に追われている。恒星連絡艦に乗艦されている方は、第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマ様だ。これより我が艦隊は、王女を助けるべく五分後に全艦緊急航宙に入る。全員、シートホールド。急げ」

 司令官の命に、艦橋にいる全員が、自席のシートに座りホールドモードに移行した。

「航法管制、緊急航宙モード」

「レーダー管制、進宙方向確認」

「航路管制、目標宙域マキシム星系外縁部、プロキシマ星系方面跳躍点航路」

「主機関長、推進出力をリバースサイクロンモードに切り替え」

次々と艦長が指示を出していく。五分後

スコープビジョンに映る宇宙の映像が流れる様に早くなった。全艦が、〇.五光速の最大速度で進駐し始めたのだ。星系内は、艦同士の衝突事故を防ぐ為、〇.一光速以下で進宙することが、決められているが、ゴードンは緊急対応として、〇.五光速を指示した。

王女ご無事で。心に思いを祈りながらゴードン中将は、通常航行とは違う映像を映し出すスコープビジョンを見ていた。


「ミサイル来ます」

レーダー管制官の声に

「アンチミサイル発射。mk271c展開。防御シールドを艦後方に最大」

艦長コウメテウス大佐は、恒星連絡艦アトリアの後方に展開する一六隻の護衛艦が、自艦に出した命令と同じ動きを取っていることにほっとしながらも、これだけの艦であの艦隊を防ぎ切れるのか。跳躍点まで後一五光分。まだ、大丈夫だと心の中で自分自身の不安を消すようにロイヤルルームにいる王女の事を思った。


「王女の艦隊は今どの辺だ」

「まだ、マキシム星系プロキシマ方面跳躍点から六光分の宙域です」

「あと一二分か」

マキシム星系防衛艦隊プロキシマ航宙軍第八艦隊司令官は、リバースサイクロンを使用し、〇.五光速という速度で進宙しながら苛立ちを隠せないでいた。一二分あれば、戦闘は終わってしまうかもしれない。間に合ってくれ。心の思いとは裏腹に、まだ恒星間連絡艦もシリウスの艦隊も見えないでいた。


「敵、主砲射程内に入りました」

「よし、目標護衛艦。撃てっ」

マキシム星系方面強行偵察艦隊の重巡航艦四隻、軽巡航艦八隻、駆逐艦一六隻の主砲が一瞬周りに浮かぶデブリを吸込むかのようにオレンジ色に輝くとその砲門から一斉に荷電粒子エネルギーが放たれた。

「後方より高エネルギー波来ます」

言うが早いか、プロキシマ航宙軍恒星連絡艦アトリアを守るように四隻の護衛軽巡航艦と一二隻の航宙駆逐艦が重なる様に展開している防御シールドが激しく輝いた。瞬時にスコープビジョンが輝度を落としたが、目では捉えられない程の輝きだった。

輝きが収まると、一番後ろを守っていた駆逐艦一隻がまるで白いガスの様に蒸発し、先程までいた位置には、何もなくなって。

「そんな、航宙駆逐艦は、全長二五〇メートル、全幅五〇メートル、全高五〇メートルもあるんだぞ」

レーダー管制官の声に誰も反応しなかった。その消えた航宙駆逐艦の両脇にいた僚艦もまるで鋭い刃物で削り取られた様にそれぞれの左舷と右舷が被害を受けていた。

「全艦後部砲塔より応戦。ありったけのミサイルを撃て」

「全艦、敵を攻撃しつつ、全速で避退しろ。何が何でも王女をお守りするんだ」

プロキシマ航宙軍恒星連絡艦アトリアの艦長コウメテウス大佐は叫ぶようにコム向かってに言うと

「もうすぐ、味方が来援する。何が何でも持ちこたえるんだ」

自分自身に叱咤するように言いながら、スコープビジョンの両側に映る護衛艦を見た。

一時間後、既にプロキシマ航宙軍恒星連絡艦アトリアを守る艦は軽巡航艦二隻、駆逐艦四隻までうち減らされていた。

この時点までベノス・ゴンザレス少将は、自分の手柄を疑わなかった。こちらも被害を出したが、軽巡航艦二隻と駆逐艦四隻だ。プロキシマの第一王女を捕まえれば、プロキシマ星系とその周辺星域は、我々シリウスの宙域になる。そうなれば俺自身も・・。もう少しだ。


「右舷四時方向より高エネルギー波接近」

言うが早いか、自分が乗艦する重巡航艦バイアスが大きく揺れた。

「何だ、どうしたというのだ」

「敵です」

「何、敵だと」

飛ばされそうになった体を元に戻しながらスコープビジョンを見ると重巡航艦四隻、軽巡航艦八隻、駆逐艦一六隻の内、右舷側にいた重巡航艦二隻、軽巡航艦四隻、駆逐艦四隻が、右側弦から左側弦に向かって、哨戒艦が入るような大きな穴を開けられ、回転しながら遠ざかって行く。

「ばかな」

「二射目来ます」

「追跡を中止。敵の攻撃を回避。全艦展開」

追撃戦を行なっていた為、艦隊は、紡錘陣形の様に密集し、やや細長くなっていた。それを斜め後ろから攻撃されたのだ。敵から見れば一番広範囲に攻撃できる隊形だった。

三射目は、回避できたが、二射目でも同数の艦が失われた。

「敵の艦数分かるか」

「はっ、プロキシマ星系のマキシム星系防衛艦隊と思われます。艦数約六五〇隻」

「何だと。全艦左舷二〇度。全速でこの宙域を離れる」

勝負にならない。こちらは既に半数近くが破壊され、重巡航艦二隻、航宙軽巡航艦四隻、駆逐艦一二隻しか残っていない。戦いにならない。

ゴンザレスは、もう少しでという思いと、ここまで打ちのめされた悔しさが相まって、自分の握った拳から血が流れ出ている事を忘れていた。


「敵、退却します」

「王女の乗艦するアトリアは」

「健在です。少し被害を受けていますが、航宙に問題ありません」

「そうか。残ったのは軽巡航艦二隻と駆逐艦四隻か。良く守った」

「追跡しますか」

「必要ない。王女をお守りすることが重要だ」

目元をほころばせながらスコープビジョンに映る恒星間連絡艦と六隻の護衛艦を見た。



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