第5話 第二章 嵐の前触れ (1)
第二章 嵐の前触れ
(1)
プロキシマ星系統合作戦本部の会議から二〇日後、銀河歴標準時GGC三〇四六年七月八日。
「重力補正良し。重粒子風補正良し。恒星風補正良し。重力アンカー固定(宇宙空間錨)。粗点固定。攻撃管制システムオールグリーン。いつでも撃てます」
スナイパーガンシップ主砲攻撃手ガーミン・ホイル大尉からの報告に狙撃特務隊司令官ボロン・シュナーベル中佐は、
「主砲発射」
突然、何もない宇宙空間が、オレンジ色に染まった。二秒程その場が、輝くと消えた。
そして荷電粒子エネルギーの図太い束が、ルテル星系惑星公転軌道方向に向かっていく。
「左舷方向より高エネルギー波接近」
言うより早くルテル星系に物資を届けるべく、ルテル星系の第三惑星から一五〇万キロ離れた宙域を航宙していたシリウス星系の商用輸送艦マテリアが、いきなり遠方から荷電粒子砲の攻撃を受け、左舷前方に大穴を開けられた。
艦橋にいた全員は、既に星系内で有り、星系内巡航速度で航行している為、安心しきってシートホールドをしないままシートに座っていた為、したたかに自分のデスクやコントロールパネルに叩きつけられた。
数分後、艦長は額の右から血を出しながらも
「艦首スラスタ全開。速度落とせーっ。レーダー管制。左舷レーダー走査範囲最大。主推進機エンジンスロー。ルテル星系航宙管制センターに緊急連絡」
口元にあるコムに向かって艦長が怒鳴る様に叫んだ。
商用輸送艦マテリアは、第三惑星方面に星系内巡航速度で航宙していた速度を急激に落としながら、ルテル星系航宙管制センターに向けて救難信号を送ったが、その直後、左舷後部、主推進機室に二発目の攻撃を受けた。
今度は、艦橋にいる艦長を含め主だった者が、壁やコンソールに叩きつけられた。
核融合炉の爆発は免れたものの主推進機エンジンと推進ノズルが粉々に破壊された為、自立航宙は完全に不可能になった。
ルテル星系惑星公転軌道から左舷八時方向へ三〇度、商用輸送艦マテリアより二〇〇万キロ離れた場所で、通常の航宙艦とは違う形状を持つ艦が三隻、商用輸送艦マテリアを攻撃した方に艦首を向けながら停止している。まるで宇宙空間に固定されているかの様だ。
「いつもながら腕がいいな」
狙撃特務隊司令官ボロン・シュナーベル中佐の言葉に
「はっ、この辺は重力不安定な上、恒星風をまともに受けますが、補正範囲内でした」
主砲攻撃手ガーミン・ホイル大尉が答えると
「ふふっ、上手く行ったようなだ。しかし、シリウス星系の人間は、自分達の利益の為に同胞も傷つけることをいとわないとはな」
青色の肌にグレーの目、金髪の髪を持つ男が、多元スペクトル分析と遠距離光学スコープによって、ルテル星系緊急援助隊が、自分達が攻撃をしたシリウス星系商用輸送艦マテリアに到着する状況を見ていた。
「よし、我々の任務は終わった。帰還するぞ」
シュナーベル中佐の言葉と共にルテル星系第三惑星周回軌道より左舷八時方向二〇〇万キロの位置に駆逐艦程の大きさがあり、主砲が艦中央から突き出て二重の冷却リングがついている独特の形をしたスナイパーガンシップ三隻は宇宙空間に溶ける様に消えた。
ルテル星系政府は、航宙管制センターからの報告を受け、緊急救助隊を派遣し、商用輸送艦マテリアの維持に努めると共に被害者の救護に当たった。
同時に周辺宙域に哨戒艦隊を派遣し、攻撃された宙域から左舷方向を徹底的に探索したが、攻撃を行った加害者は、見つからなかった。
分かったことと言えば、商用輸送艦マテリアが攻撃された位置から二〇〇万キロ付近に核融合エンジンから噴出したと思われるエネルギー残存曳航流と荷電粒子砲エネルギーが進行したと思われる宙域にデブリが何一つレーダーに反応しない事だけが分かった。捜索隊は仕方なく引き返した。
「カルロス・グリーン主席部員。シリウス星系政府は、今回の件何と言って来た」
「はっ」
手に持ったパッドのスクリーンを軽くタッチすると、自分の前のデスクの椅子に座る男に手渡した。無言で読んだ後、顔をカルロス・グリーン星系政府外交部主席部員の顔を見て「これは、どういう事だ。艦隊の派遣だと。貴様何を交渉していた」
パッドには、
-ルテル星系政府の調査報告、不十分極まりなく誠に遺憾である。度重なる再調査要求にも応じない為、我シリウス星系政府代表部は、安全確保を考え、一個艦隊を貴星系に差し向け、調査を行うと共に我が星系の輸送艦の護衛に当たる事とする。調査開始期日は、改めて連絡をする。調査期間は調査状況に依る為、未定とする。
「これでは、シリウス星系航宙軍が、我星系に侵攻し、駐留するも同じではないか。すぐにプロキシマ星系政府と連絡を取れ。それを理由にシリウス政府には、艦隊派遣を思いとどまらせるよう再度交渉しろ」
「はっ」
ルテル星系政府外務大臣ボーヤン・コマリーの言葉にグリーン主席部員は、踵を返して大臣室を出て行った。その後姿を見ながら
「シリウスめ。これを機に何か仕掛けてくる気だな」
膨らみすぎた頬、弛んだ顎に似合わない、突き刺すような鋭い眼光が、プロキシマ星系領有星域となりながらもその自主独立を守って来た男を物語っていた。
「どういう事だ」
プロキシマ星系政府外務大臣アキラ・コードウェルは、隣にいるプロキシマ星系軍総参謀長ステファン・アレンバーグ大将には気にもせず、ルテル星系に駐在する大使に烈火のごとく怒った。壁に映る委縮しきったルテル星系駐在大使カリーナに
「なぜ、もっと早く、情報を入れなかった。シリウスと我星系の事を考えれば、事故が起こった時点で、すぐに一報を入れるべきだろう」
ルテル星系に駐在させている大使は、無能ではない。ただ事故が起こった時、駐在大使はシリウス星系より侵入させた諜報員の色香にかかり、骨抜きにされていた。
実際の事情は言えず駐在大使カリーナは、頭を下に降ろしたまま
「商用輸送艦の事故なれば、日常の事故と思い、特に気にも留めなかったのでございます。申し訳ございません」
「馬鹿者、商用輸送艦が未確認の艦から荷電粒子砲の攻撃を受けたのだぞ。何が、日常の事故だ。お前は、代わりの大使が、ルテル星系に到着するまで、寝る暇もなく情報を私に伝えろ」
これだけ言うと一方的にコードウェル外務大臣は通信を切った。
通信が切れると映らないようにして、同じ部屋にいた妖艶な女性が
「カリーナ、あんな男の事など無視をして。今回の事が終われば、あなたは、私と一緒にシリウス星系に戻ればいい。外務大臣の席が用意されているわ」
ブランディを左手に持ち、怯え切ったルテル星系駐在大使カリーナの耳元で囁くと
「しかし、私の変わりが、もうすぐここに来る。奴はどうすれば」
「我々に任せて。あなたは何も心配しなくていい」
そう言って、ブランディをテーブルにおいて両腕をカリーナの首に巻き付けた。
ルテル星系でシリウス星系の輸送艦マテリアが襲撃された二日後の銀河歴標準時GGC三〇四六年七月一〇日、総参謀長のモンティ・ゴンザレス大将は、シリウス星系軍総参謀長室に統合作戦本部長ミル・ラムジー大将を呼んでいた。二人は星系軍士官学校時代からの同期でシリウス星系軍をこの二人が握っていると言っても過言ではない。
「ミル、ウォルフ星系は、期待通りの成果を上げてくれたようだ」
「モンティ、その様だな。あの連中は、戦う為に生まれて来たような種族だ。今度の事は連中にとっては、他愛無いことだろう。しかし、全長一八〇〇メートルある大型貨物艦とはいえ、二〇〇万キロ先から、一撃も漏らさず、艦首を攻撃し、低速に入った所を、核融合炉を避けて、主機室だけを破壊するとは、我々からすれば、信じられない腕だ」
「彼らは、狙撃専用のスナイパーガンシップという艦を持っているらしい。それもスナイパーガンシップらしくステルス状態のまま主砲を発射したようだ。敵には回したくないな」
「だからこそ、一.二光年という近さから、昔から彼の星系とは友好関係を維持すべく腐心してきたのさ。姿が見えないまま首都星に来ていきなり核弾頭を打ち込まれては、たまらないからな」
「さてラムジー作戦本部長、本題に入ろう。強行偵察部隊の件はどうなっている」
本題に入ったからには、軍公用語に変えた方が良いと考えたゴンザレス総参謀長は、
「総参謀長、抜かりなく。それを担ってくれる男がもうすぐここに来ます」
二分と経たずして、デスクのスクリーンが点滅すると、映像の向こうで衛兵が敬礼をしながら
「ベノス・ゴンザレス少将が、参りました」
「通せ」
ラムジー作戦本部長の声にドアが開き、入って来て、敬礼をした男を見たゴンザレス総参謀長は、
「作戦本部長、この役目をまさか、この男に」
「いけないかね」
「いや、そんなことはないが」
含み笑いをしながら声を出すゴンザレス総参謀長に同じく笑顔を出しながら
「ベノス・ゴンザレス少将に今回のマキシム星系方面強行偵察艦隊司令官を命じた。別に総参謀長に気を使ったわけではない。今回の役目、この男なら確実に実行してくれるだろうと思ってな。ゴンザレス少将、作戦の概要を説明してくれ」
「はっ」
相手は義父とは言え、シリウス星系軍総参謀長だ。軍の礼儀を逸せずに、手に持っていたパッドを操作すると総参謀長室のデスクの前に大きな3Dスクリーンが浮かび上がった。
シリウス星系からルテル星系その奥にマキシム星系があり、さらにその先にエリダヌス星系。マキシム星系の向こう側にプロキシマ星系が浮かび上がった。各星系間には、公式の通路となる跳躍点とそれを結ぶ白い線が描かれていた。
ゴンザレス少将は、
「マキシム星系方面強行偵察艦隊の編成は、旗艦を重巡航艦バイアスとし、他重巡航艦三隻、軽巡航艦八隻、駆逐艦一六隻で構成します。今回は、足の速さが重要な為、艦速の遅い戦艦、巡航戦艦、航宙母艦は随伴しません。最初、シリウス星系よりルテル星系を介し、マキシム星系のルテル星系方面跳躍点に到着した時点で、岩礁帯を時計回りに航宙しながら星系内の航宙軍艦隊の編成、規模を調査します。その結果を見て、航宙軍の手薄な星系内宙域に侵攻し、軍施設の配備状況を調査します。出来れば攻撃能力も探ります。マキシム星系軍が手薄で有れば、軍施設にゲリラ戦を仕掛け、戦力を削いだ後、帰還します。航宙艦は作れますが、それを作る施設を壊した方がより効果的ですので」
義弟、ベノス・ゴンザレス少将の言葉に耳を傾け、強行偵察内容に納得の行った星系軍総参謀長モンティ・ゴンザレス大将は、
「ベノス、頼むぞ。この任務が成功すれば、次の戦いの結果次第では、お前を更に引き上げることも出来る。期待しているぞ」
義弟を思う義父の気持ちはどこも変わらないな。そんな事を思いながら
「ゴンザレス少将、今回の作戦は、プロキシマ星系に侵攻する為の重要な要衝マキシム星系の現状を調査することだ。施設への攻撃は二次的なものと考えてくれ。戦いはこれからだ」
作戦本部長の言葉に納得の行った総参謀長は、義弟の手を取り
「ベノス、気を付けてな」
義父の握った手を優しくほどきながら二人の大将に敬礼をするとドアの方へ向かった。
「あいつなら、失敗しないだろう。うん、大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように言う総参謀長に
「モンティ、そんなに心配なら他の者に変えても良いが」
「とんでもない。あいつに取っても良いチャンスだ。ぜひやらせてくれ」
「お前も人の親だな。さて、私は、今回の作戦発動で忙しくなっている。もう作戦本部長室に戻るぞ」
そう言って、軽く敬礼をすると総参謀長室を出て行った。
銀河標準歴GGC三〇四六年七月一五日、ベノス・ゴンザレス少将を司令官とするマキシム星系方面強行偵察艦隊は、シリウス星系航宙軍第一宙港から発進した。
奇しくも同日、プロキシマ星系軍航宙軍六個艦隊が各領有宙域への派遣された日でもあった。
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