第4話 第一章 プロキシマ・ケンタウリ (4)

第一章 プロキシマ・ケンタウリ

(4)


六月二五日にプロキシマ星系を発進してからちょうど二週間。七月一〇日。マキシム星系を経由してエリダヌス星系に到着したマリアテレーゼ一行は、エリダヌス星系航宙軍第一宙港で友人クレア・シドニーの出迎えを受け、その足でクレアの父であり、エリダヌス星系政府外務大臣エンゲージ・シドニーの屋敷に向かった。

「クレア。又来れたわね。前に来たのはいつかな」

「そうね、マリアが、まだ一〇歳位の時じゃない。ご両親と一緒に来られたわ」

「あれからもう一二年か早いわね」

重防弾装甲の大型ヘリが、前後二機ずつのエリダヌス星系治安維持総本部のマークをつけた保安ヘリに守られ、航宙軍第一宙港から外務大臣邸まで飛び立った。工程は一五分だ。

一般商用宙港では、万一に備えたセキュリティが追いつかない為、時勢を考慮し、航宙軍の第一宙港を利用したのだ。

「マリア、あれよ。我が家。今日は、ここでゆっくりしてもらって、明日は、朝から政府高官との会談よ。明日から大変だから、今日はゆっくりして」

「ありがとう、クレア」

マリアは、自分が乗ったヘリの窓からマリアの家を見た。クレアも政府高官の娘。それなりの大きさの家だろうとは思ったが、そもそも人の家を空から見たマリアは、比較する知識が自分の屋敷しかないので、こんなものなのかな。と思いながら降下して行く景色を見ていた。

 やがて、マリアが乗ったヘリがヘリポートに着くと護衛の保安ヘリは、完全に着陸を見届けると警戒飛行に移行した。

 結構厳重だな。空に飛び交うヘリを見ていると、それを感じたクレアの父、エンゲージ・シドニーは、

「王女様、耳をお煩わせし、申し訳ありません。普段はこのようなことが無いのですが、時勢柄故、厳重警戒を敷かせて下ります。ご配慮頂けますようお願いします」

前回来た時に、会った記憶のあるマリアの父の言葉に、まだ挨拶も終わらないマリアは、

「あっ、済みません。気を使わせてしまい申し訳ありません」

二か月前に会った時は、外交として行った為に、マリアをほとんど見ることはなかった。一二年ぶりに見る、成長した第一王女の優しく美しい姿と、決して自身の地位を鼻にかけない平易な言葉に驚き

「ご配慮痛み入ります。早く屋敷の中へ。入ってしまえば、もう聞こえません」

外務大臣であるクレアの父に進められ、マリアとボディガード兼セキュリティを兼ねるプロキシマ航宙軍大佐アレク・ジョンベールと政府高官は、外務大臣の屋敷に入った。


次の朝、食事終わると少しして、迎えのヘリが来た。行き先はエリダヌス星系政府統合本部ビル。マリアはヘリが着陸すると、まだフローターが止まっていないヘリの窓から、ヘリポートに三人の男と、後ろにセキュリティらしき男性と女性が、立っているのが見えた。誰だろうと思いながらヘリを降りると一人の男が近付いて来て

「プロキシマ星系王室第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマ様。お待ちしておりました。私は、エリダヌス星系政府代表レイモン・ダイヤビーズです。向こうに立っている二人は、副代表のカトレア・レインと星系軍統合本部参謀総長ラリー・カートリッジです。まずはビルの中にお入り下さい」

その言葉にマリアは、後ろに立つセキュリティのアレク・ジョンベールに目配せすると、素早く入口へ行き、状況の確認をした。その態度に星系政府代表レイモン・ダイヤビーズが、むっとした表情をすると、マリアは、ダイヤビーズに向かって

「彼は、私のセキュリティのアレクです。常に私の側にいます。彼が私の側を離れることはありません」

相手に有無を言わさない音(おん)と言い様にダイヤビーズは、腹の中で腹立たしく思いながらも

「分かりました。部下の者にもそのように伝えます」

そう言って再度、ビルの入口の方へ行くよう促した。実際、ビルの側に有るヘリポートで第一王女にもしものことが有れば、自分の首だけでは済まない事を知っているだけに仕方ない対応だった。

マリアは、ビルの中に入ると天井が高く広いレセプションルームに、別の意味で呆れながらも、ダイヤビーズにエリダヌス星系政府統合本部ビルの大会議室に案内された。既に中には、エリダヌス星系政府高官、内務大臣、通商大臣、昨日宿泊したクレアの父、外務大臣エンゲージ・シドニーや主だった閣僚と作戦本部長が座っていた。

第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマが入室すると、全員が深く頭を下げ、プロキシマ王カントゥーリスの名代として来訪したマリアテレーゼに礼を正した。


会議室のテーブルに右手上座に座るマリアテレーゼは、エリダヌス星系政府高官の顔を一通り見渡すと、自分の左に座るプロキシマ星系政府外務大臣アキラ・コードウェルの顔を見て頷くと言葉を口にした。

「私は、プロキシマ王カントゥーリス・アレクサンドル・プロキシマの名代として、貴星系に参りました、プロキシマ王室第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマです」

はっきりした口調で話すマリアにエリダヌス星系政府高官は、一瞬驚きの顔を現した。外務大臣エンゲージ・シドニーは、昨日見た時は子供だと思っていたが、いやはや、なんともプロキシマ王の名代を名乗るだけのことはある。プロキシマ王からの親書を読むマリアの声の芯の太さに感心していた。

「・・戦時中の出費に関わる一切の費用は、貴星系自身が負担して頂くものとするが、今回のシリウス星系の愚考を防ぎ終えた後、戦後保障としてシリウス星系の全ての領有権を貴星系に譲り渡すものとする。 貴星系の協力に感謝する。 

プロキシマ星系第一五代カントゥーリス・アレクサンドル・プロキシマ」

マリアは、手に持つ背面にプロキシマ王室の紋章が入ったタブレットから目を離すと、出席者一同の顔を見た。ほとんどの出席者の顔に満足感が浮かんでいる。だが、エリダヌス星系政府側に座るテーブルの一番端にいた者だけが納得の行かない顔をしている。

エリダヌス星系通商代表部次官キトリア・テルンゼンだ。エリダヌス星系政府代表レイモン・ダイヤビーズが、顔をほころばせて声を出そうとした時、

「第一王女様、質問をお許し頂けますでしょうか」

私が何も言わない前に言葉を発するとは何事だ。と言わんばかりにダイヤビーズの顔が紅潮したが、マリアは、代表に視線を合わせ頷くと

「テルンゼン通商代表部次官、どのようなご質問でしょう」

一瞬驚いた顔をしたが、すぐに取り直すと

「我星系の貴星系に対する支援体制は、よく理解しました。親プロキシマ星系としては当然の支援と考えております。しかし、戦時中の支出を我星系自身で全て負担せよというのは、虫が良すぎる話ではないですか。いくら戦後のシリウス星系領を全て頂けるとしても、戦後すぐに彼の星系から糧を得れるわけではありません。ここは、戦費の半分は負担して頂きたい」

マリアテレーゼは、想定していたかのように

「通商代表部次官ともあろうお方が、ずいぶん弱気な発言ですこと。戦後の戦火の収拾と占領地からの権益の吸上げは、テルンゼン次官の得意とするところと聞いていますが。それとも他に何か目的があっての発言でしょうか」

マリアの即答に目を反らし、返答しきれないテルンゼンを見たダイヤビーズ代表は、

「テルンゼン通商代表部次官、何を言うかと思えば。それは我星系の器量を自分自身でおとしめることだぞ。口を慎みたまえ」

エリダヌス星系政府代表からの言葉に、その通りだという顔で他の政府高官がテルンゼンの顔を冷ややかに見ると、テルンゼンは顔を紅潮させて下を向いてしまった。

エリダヌス星系政府外務大臣エンゲージ・シドニーは、若造が、大方自分を誇示したい為に打った博打だろうが、第一王女にしたたかに言われて返せないとは情けない。人事部門もどうかしている。それにいくら内務大臣の甥とは言え、大臣しか列席できない所に次官レベルを出席させるとは、内務大臣の内輪可愛さか。と思いながら次官に向けていた冷たい目線を自星系の代表に戻すと

「方々、プロキシマ王からのご要請。承ろうと思うが、ご意見ありますかな」

ダイヤビーズ代表の言葉に異を唱えるものはいなく、むしろシリウスの横柄な態度に嫌気が差していたエリダヌス星系政府高官達は、近隣星系では圧倒的な軍事、経済力をもつプロキシマ星系が、シリウス星系を討つ、それもシリウスの愚考を懲らしめる為と思えば、もろ手を挙げて喜ぶのが道理であった。戦後のシリウス星系の事等、戦後処理でしかないと考えていたのである。

間を置いて誰からも何も意見が無い事が分かるとダイヤビーズ代表は、

「プロキシマ第一王女様、今回の貴星系からの要請。エリダヌス星系政府としてご協力させて頂くことに決定しました。ついては、どのような協力体制をとれば良いか貴星系からの要望をお聞きしたい」

その言葉にプロキシマ星系政府外務大臣アキラ・コードウェルは、

「それについては、私の方から説明させて頂きます」

そう言って、手に持つパッドからテーブルの自分の前にあるセンサーに信号を送った。やがてテーブル上に3Dでプロキシマ星系、マキシム星系、エリダヌス星系そしてシリウス星系と近隣星系が現れると

「貴星系航宙軍は、マキシマ星系に進宙して頂き、マキシム星系内貴星系方面跳躍点の防衛に当って頂きたい。これは、我星系航宙軍が、マキシム星系にてシリウス星系航宙軍を追い詰めた時、マキシマ星系から貴星系に逃げる可能性があります。その時、貴星系に戦火が及ばない様に貴星系方面跳躍点を守ってほしいのです」

「我星系は、貴星系軍と共にシリウス星系と正面から戦うわけではないのですか」

ダイヤビーズ代表の言葉に

「我星系航宙軍は、二個艦隊をマキシム星系に配備します。ルテル星系にも二個艦隊を。マキシム星系までシリウス星系軍が来れるとは思いませんが、戦いは何が起こるか分からないのが世の常です。その為の保険とでも考えください。」

「そんなに」

どこからとも無くあがった声に、満足が言ったかのように笑みを浮かべたコードウェル外務大臣は、

「シリウス星系航宙軍は全七個艦隊。内一個艦隊は、星系内防衛、二個艦隊は商用輸送艦の随行警備、一個艦隊は教導艦隊であることを考えると、出動できる艦隊は三個艦隊。それに兵站維持輸送の護衛を裂くとすると実際正面に出てくることが出来るのは二個艦隊と考えます。この二個艦隊が、ルテル星系もしくはマキシム星系に向かうとしても、我星系航宙軍は、星系間の相互支援を持って打ち破ります。更に我航宙軍には、太い兵站が限りなく続きます」

コードウェル外務大臣の説明に

「まさに戦う前に勝敗の帰趨は見えていますな。さすがプロキシマ星系航宙軍」

エリダヌス星系内務大臣カート・アイランドが、世辞を込めて言うと

「まだ、油断は出来ません。戦場では何が起こるか分からないのが世の常です。気を引き締めて望みたいと考えています。更なる詳細は、作戦本部長レベル会合で調整を行います」

一時間近くに及んだ政府高官級会談も収束を迎えると

「プロキシマ星系政府の方々。本日は、ささやかですが夕食の宴を用意しています。それまで御緩りと。これにてプロキシマ星系政府と我エリダヌス星系のシリウス侵攻防衛会議を終わらせて頂きたいと思います」

エリダヌス星系政府副代表カトレア・レインの柔らかい声が会議を終了させた。

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