第2話 第一章 プロキシマ・ケンタウリ (2)

第一章 プロキシマ・ケンタウリ

(2)


シリウス星系とプロキシマ星系とは四.七光年しか離れていない。重力場を利用したジャンプポイント(跳躍点)からの航行であれば、一〇〇光年単位を一日で移動できるが、この二つの星系の間には、短距離ではあるが、双方の間、二光年先にマキシム星系が存在している。

マキシム星系は、エリダヌス星系、ルテル星系にも跳躍出来るため、両星系間のみならず交易の要衝(主要ハブ)になっていた。

従っておのずとここを通らなければならず、双方からの跳躍も二度行わなければならなかった。ルテル星系、マキシム星系は、プロキシマ星系の領有宙域でもある。


銀河標準歴GGC三〇三四年五月二〇日

シリウス星系代表部委員長室への廊下を歩きながらアンドリュー・ジュッテンベルグは、父親から呼び出された理由を図りかねていた。

 何用だろう。プロキシマとの話は、その後もうまく進んでいる。このまま旨くいけば、プロキシマ星系は、あの可愛い王女と共に俺の手に入る。そうすればこのシリウス星系の大いなる発展にもつながる。考えているうちに委員長室の前に来た。

自分の胸ポケットに入れてあるIDを取り出し、目線の右斜め前にある赤いランプがついているパネルにかざすと、赤いランプが何回か点滅した後、グリーンに変わりドア枠あたりから“カチャ”という音がした。そのまま入れるが、一応来たという意味も兼ねてノックし、ドアにタッチするとスーッと壁の中へ引込まれて行った。

大きなデスクの向こう側、窓側に視線を向けて立っている父親の姿があった。背は高いが痩せている。

「父上、アンドリュー、ただいま参りました」

体を来客者の方に向き直し、その奥深く緑色の眼球が、じっと来客者を射抜くように見つめると

「アンドリュー、どうも気づかれたようだ」

無言のまま立っている息子に

「お前とプロキシマ星系第一王女との結婚が、別の意味を持つことを知られたようだ。・・しかし、どうして洩れたのだ。今回の件は、私とお前、統合作戦本部長、星系軍総参謀長、星系防衛大臣そして外務大臣しか知らないはずだが」

少なからず驚きの表情を出しながらアンドリューは、

「父上、残念ながら、いずれかが些細なことで口にしたことを盗まれたのでしょう。今のうちに捜し出しておかないと今後の計画に支障をきたす恐れがあります」

息子の顔をじっと見据えながら

「そうだな。しかし、ここで関係者同士の感情を疑心暗鬼にすれば、今後の計画に返って影響が出る。むしろ、見過ごしながら、事有る毎に各人を見張ればおのずと分かるだろう」

「分かりました。では、プロキシマへの対応はいかがします」

「ここまで知られた以上、今更知らない振りをして、あの小娘との関係を進めても苦しかろう」

アンドリュー・ジュッテンベルグは、頭に浮かんだ可愛さと綺麗さを兼ね備えたプロキシマ王家第一王女マリアテレーゼの事を思い出し、父親の言葉に一瞬の曇り顔を出すとそれを見透かしたかのように

「アンドリュー、あの小娘に惚れたか」

「いえ、そのようなことは」

息子の顔を見ながら、まあいい、この気持ちをいずれ利用出来るだろう。気持ちをおくびにも出さずに

「公式には、プロキシマ星系とシリウス星系の関係を恨んだ輩の根も葉もない作り話だと、在プロキシマ星系大使館からプロキシマ星系政府に入れさすとして、我々は、次の計画を早倒しして行かなければならない。航宙軍の艦隊派遣の準備をさせる。プロキシマ星系領有宙域にある各星系を占領する。その為に先行して強行偵察部隊をルテル星系、マキシム星系に出動させる。エリダヌス星系へは、諜報員を侵入させて、我星系とプロキシマ星系の動きにどう対応するか調べさせる。もし、我星系に不利な態度をとるようなら、内部攪乱をしてプロキシマへ援軍を出させないようにしよう。各星系への艦隊派遣は三か月後、強行偵察部隊の派遣は二か月後とする。その前に種も蒔いておこう」

そんなに早く。父親の言葉に驚きを隠せないでいると

「我が星系の後背にあるウォルフ星系には、大使館を通じ公式に協力を依頼する。援軍は多ければ多いほどよいからな」

「ウォルフ星系ですか。しかし、彼の星系は、何を考えているか分かりません。寝首をかくかもしれませんぞ」

「だから、先制するのだ。ウォルフ星系が我星系を裏切ることの無いようにな」

そう言って口の右端を少し上げるように小さく笑った。父親の考えを分かりながらもかつて、ウォルフ星系が近隣星系に取った行動を思い出すと、素直に喜ぶ気には慣れなかった。


「お久しぶりですな。ミチガサキ大使」

青い肌に白い髪、目はダークグレー。一八七センチあるミチガサキより顔半分背が高い。ウォルフ星系人は、同じ人類ながら独特の肌の色、文化、技術を持っている。

航宙技術は、シリウス星系より上と言ってよい。そういう意味からも、まったく自分と同じ姿をしているウォルフ星系人は、慣れるという言葉が必要な種族だ。

自分が始めてウォルフ星系駐在大使付武官として来た時は、その容姿の違いに驚いた。今では、それも懐かしいことだが。

伸ばされた右手に自分の右手を出しながら、思い出すように握手を交わすと

「貴星系では、プロキシマ王室との婚姻の話も進んでいるというではないですか。あの星系と婚姻関係を結ぶということは、目の間にあるプロキシマ星系領有宙域が貴星系のものとなったのも同じ事、ますますのご発展ですな」

その風貌からは、想像もつかない物腰の低い言い様に、内心、何を掴んでいると思いながら

「ガブリエル一等書記官。貴星系こそ、益々ご清栄の事、お喜び致します」

「まずは、お座り下さい」

ガブリエル一等書記官の言葉にミチガサキは、二人の横に置いてあるテーブルの右側のソファに腰を下ろすと、少し沈むような感覚とお尻から腿にかけて包み込むような上質な座り心地を感じた。

二人が座った後、入口とは別のドアから一等書記官の部下らしき女性が、二人の前にあるテーブルに琥珀色に染まる液体の入ったグラスをそれぞれの前に置いて、また元のドアに消えた。その様子を見た後、

「今回、貴殿が私に会いに来た理由をお話頂けますかな」

相手をじっと見据えながら言うと

「貴星系と我シリウス星系の絆をより強くしたいと思いましてな」

「ほう、貴星系と我ウォルフ星系とは、経済、文化、技術において協力してきました。今でも十分に強い絆で結ばれていると思っています。それともこれは、私の独りよがりでしたか」

ガブリエルは、テーブルの前にあるグラスに入っている琥珀色の液体を半分ほど口に含み、舌の上で少し楽しいんだ後、喉を通した。

相手が飲んだ以上、ミチガサキも飲まなくてはいけない。この星系の礼儀だ。グラスを手に取るとバラの様なやらかい匂いが鼻に感じる。だが、それを口に含むと全く別の匂いが鼻の奥に拡がる。強烈な魚の腐ったような匂いだ。我慢しきれずに一気に喉を通すと今度は、胃が焼けるのではないかと思う程の熱さが、体全体に広がる。

「ガラショは、上手い。やはりこれでなければ」

ウォルフの人々はアルコールが体に入ると、肌の色ではなくグレーの瞳に赤みが増す。まるでそのままか噛み付くのではないか、と思うような風貌に変わるのだ。

強烈な熱さと胃が戦いながら

「とんでもありません。貴星系と我星系の経済、文化、技術交流は、益々発展してきています。ガブリエル一等書記官のお考えに間違いはありません」

 普段は、対等以上に見下す姿も見せるミチガサキが、こんなに腰が低いとは。何を考えているこの男。ガブリエルは、そう思いながら

「それでは、より一層の絆とは、具体的にどのような事を指していられるのか。プロキシマ星系との婚姻後の話ですかな。それともその前の話ですか」

 見据えたような言葉に

「前の話です」

その言葉にガブリエル一等書記官は、グラスに半分残っている琥珀色の液体を、ぐいっと一気に飲み干すと、ミチガサキも舌の味覚を殺す気持ちで一気に飲み干した。胃の中が騒ぎまくっている。

 その姿に目を少し細めながら、

「ミチガサキ大使もガラショに強くなられましたな。もう一杯行きましょう」

まるで話を聞いていたように先程の女性が、換わりのグラスを持って来ると、ガブリエルは、また半分ほど飲んだ。

目の色の赤みが強くなり、肌の色と合わせると恐ろしい表情ともとれる容貌になって来た。さすがに同じことは出来ず、四分の一ほどミチガサキが飲んだところで、その姿を見たガブリエルは、

「婚姻前の話とは、あまり穏やかな内容ではなさそうですな」

「我が星系は、プロキシマ星系及びプロキシマ星系領有星系を手に入れようと考えています。まずはマキシマ星系を」

ミチガサキ大使の言葉に驚きもせず、口元を歪め赤みが強くなったグレーの目で、突き刺すようにミチガサキ大使を見ると

「我星系に何を望んでおられる」

ガブリエル一等書記官の冷静な対応に、この男どこまで掴んでいると思いながら

「我が星系が、マキシム星系に攻勢をかける時、貴星系には、ルテル星系を落としてほしい。プロキシマ星系の戦力の分断を図りたい」

「ほう、その見返りは」

「ルテル星系の領有権」

「それだけですか」

「それだけとは」

ガブリエル一等書記官の言葉に、この男何を望む。自分で取った星系を差し出すというのだ。それ以上の望みはなかろうに。そう思いながら黙っていると

「マキシム星系の領有権の割譲」

「何ですと」

さすがの要求に冷静さを押し殺しながらも目線で物を言うと

「ガブリエル一等書記官。貴星系がもぎ取った星系をその手中に出来るというのです。それ以上の望みは欲が深いのでは。ましてマキシム星系の領有権の割譲とは」

マキシム星系は、交通の要衝であり、ここを抑えることが出来れば、武力の弱い近隣星系などどうにでもなる。

「それが叶わないならば、我が星系は、貴星系の今回の行動は一線を画させて頂く」

決して中立とは言わないガブリエル一等書記官の言葉に、腹黒さを感じながら

「私の裁量を超えています。本星系政府の判断を仰ぎます」

話終えて部屋を立ち去る後姿を見ながら、ガラショを残すとは失礼な輩だ。と思いながら自分の前にある、グラスに残った琥珀色の液体を一気に飲み干した。グレーの目が完全に赤くなり、青い肌色と相まってもの凄い形相を呈していた。

ソファから立ち上がりデスクの側に行くと、デスクに埋め込まれているスクリーンパネルにタッチした。すぐに同じ肌色の人間が映し出された。

「モンドレール。すぐに私の部屋に来なさい」

スクリーンに映る真っ赤な目になった、ガブリエル一等書記官の顔に驚きながらもモンドレール一等書記官付駐在武官は、

「はっ、すぐに伺います」

と言ってガブリエルのスクリーンから消えた。三分もしない内に部屋に現れたモンドレールを見ると

「モンドレール、プロキシマ星系に対しシリウス星系が不穏な動きを見せている。お前は、諜報員を使い、プロキシマ星系政府、シリウス星系代表部から情報を取れ。何もなくても毎日報告をさせろ。どの様な些細なことでも良い」

赤みが柔らかくなって来たとはいえ、鋭い眼光で自分より一〇センチ以上背の高い一等書記官に目をしっかりと見られるとモンドレールは、

「はっ、プロキシマ星系政府、シリウス星系代表部からどのような小さな情報でも入手し、毎日、閣下に報告を入れます」

「よし、分かったらすぐに掛かれ」

その言葉にきっかけにモンドレール一等書記官付駐在武官は、ドアに早足で向かい部屋を出て行った。

ガブリエルは、窓のから外を見ながら

「あのプロキシマ星系と一戦を交えるというのかシリウスは。上手く行けばよし。上手く行かなければ、その時は」

口を歪ませながら笑うと、またデスクに向き直りもう一度スクリーンパネルにタッチした。


在ウォルフ星系駐在シリウス星系大使アキラ・ミチガサキは、大使館に戻ると、駐在大使の顔と姿に驚きながらも敬礼する衛兵の挨拶も無視して、急いで大使自室に戻った。

部屋に入った後、右側のもう一つの部屋に入り、鏡で自分の姿を見ると情けない程、顔が赤い。胃はまだ焼け付くようだ。自星系から持って来ている、強アルコール分解酵素錠を二つ口に含むと側に有ったコップに水を汲み一気に飲み干した。

「これで一〇分もすれば元に戻る。しかし、この星系のガラショは、体に合わない。ウォルフ人は良くあんな酒を飲めるな」

ガブリエル一等書記官の青い肌に真っ赤になった目、白い髪の毛が、恐ろしく思い出された。やがて顔も元に戻り胃も収まってくると、元の部屋に戻り、デスクの上にあるスクリーンパネル右上をタップした。

 壁が両方に開き大きなスクリーンが出て来た。更にデスクのスクリーンパネルを何回かタッチすると、壁にあるスクリーンにシリウス星系評議会議長ジョンベール・ジュッテンベルグの姿が現れた。



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