プロキシマ・ケンタウリ 箱庭の中の宇宙戦争
@kanako_01
第1話 第一章 プロキシマ・ケンタウリ (1)
第一章 プロキシマ・ケンタウリ
(1)
「王女様、いずこにおわしや」
主席侍従長カプヌーンが、広大な屋敷の中で声を掛けて探している女の子は、プロキシマ王家第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマである。
「もうマリアテレーゼ王女様は、いずこに」
カプヌーンが従える侍女達が探す姿を見て、
「お前達、屋敷南お迎えの間も探しなさい」
「はい」
侍女達が、ドレスの裾を両手で軽く摘まむようなしぐさの急ぎ足で、屋敷の南側にある迎えの間の方に行った。
ここは、プロキシマ王家が居住する宮殿の一番奥深くにある屋敷の中の大広間だ。ここからは、南側の迎えの間、北側の王家が住む居室。西側のくつろぎの間、そして東側の謁見の間に行ける。
主席侍従長カプヌーンは、既に西側のくつろぎの間を探し終えていた。たとえ、プロキシマ王家主席侍従長といえ、王家の居室に勝手には入れない。後は、この大広間と南側の迎えの間と謁見の間しかなかった。しかし、今謁見の間は、プロキシマ王カントゥーリス・アレクサンドル・プロキシマが、自星系領域内にある他星系、ルテル星系、マキシム星系、の高官を謁見している所であった。
残るは、この大広間と南側の迎えの間しかなかった。
「もう、王女様は、いずこに。もうすぐシリウス星のジュッテンベルグ様が来られるというのに」
困り果てた顔で大広間を取囲む様にある休憩室を一つずつ見て回った。誰も使っていない時は、鍵は掛かっていない。だが休憩室と言っても、その数は五〇を超え、更に各休憩室には、専用のリビング、寝室、バスルーム、トイレまで付いている。簡単に探せるものではない。
その頃、カプヌーンの心配をよそにマリアテレーゼ王女は、エリダヌス星系から特使である父親と一緒に来ているクレア・シドニーと一緒に、屋敷の南側の迎えの間の一室で屋敷の庭に広がるピンク、オレンジ、レッドそしてブルーの美しい花々を見ていた。空は、澄み切っている。
屋敷の中から少し出ているポーチが梁のない窓で覆われている。マリアテレーゼは、その窓を開けて澄み切った空を見上げた。右手を空に上げて
「いつ見ても綺麗だな。一番輝いているのがアルファA、オレンジ色に輝いているのがアルファB、赤くちょっと弱々しく輝いているのがアルファC、普段はプロキシマ・ケンタウリって言うの。小さい頃お父様が、そう教えてくれた」
「そうなの。マリアはいいわね。いつもこんな美しい景色を見られて」
「今日は良く晴れているから。雲で空が覆われている時は、見えないわ」
友達の少し世間ずれした言葉を聞きながら、とてもかわいい横顔が、昼でも見える見飽きない星の空を見ていた。
遠く大広間の方から侍女たちの声が聞こえてくる。耳でそれを受け流しながら空にポッカリと浮かぶ雲を見ていた。
もうすぐ春だな。そんなことを思いながら窓から突き出ているバルコニーの手すりに両の肘を付け、手を両の頬に当てて大きな瞳で外を見ていた。
やがて侍女たちが、近付いてくると三メートル以内には近寄らない距離で、片膝を付き、
「マリアテレーゼ王女様、主席侍従長が、お探しです。もうすぐお客様がいらします。どうかご準備を」
侍女の中でも最上位の者が深々と頭を下げながら申し上げると
「いやよ。シリウスの誰だか知らないけど、私は、ここでお外を見ている方がいいわ」
更に足音が近づいてくると主席侍従長のカプヌーンが、膝を折り深々と頭を下げた後、顔を上げ、
「マリア様、そのような事をおしゃって、御父上様を困らせるつもりですか」
マリアが母であるマーガレット・アレクサンドル・プロキシマ王妃のお腹にいる時から、マリアの世話をしてきたカプヌーンだけが言える言葉で、父の名前を出されると少し困った顔をした。そしてカプヌーンの顔を見ると
「分かったわ。クレア一緒に」
と言って大広間の方へ歩き始めた。
「シリウス星系評議会議長ご子息アンドリュー・ジュッテンベルク様のおなりです」
控室の入口を警備する近衛兵が、謁見の間の入口を警備する近衛兵に連絡し、近衛連隊長が静かにドアを開け、恭しく数歩進み、ひざまずきながら言葉を発すると、部屋の中央奥に鎮座するプロキシマ王カントゥーリス・アレクサンドル・プロキシマは、軽く右手を上げた。
自分の左には、王妃マーガレット・アレクサンドル・プロキシマが、その衰えぬ美しさを誇りながら座っている。
王と王妃の前には、長い大理石のテーブルが置いてあり、既に左側には、第一王女マリアテレーゼ・アレクサンドル・プロキシマ、王家一族とエリダヌス星系外務大臣であり、今回特使として来ているエンゲージ・シドニーと娘クレア・シドニーが座り、王女のすぐ後ろには、セキュリティの王家航宙軍アレク・ジョンベール大佐が立っていた。その横に更に数人の王家政府高官が座っている。
そして、その人たちの後ろ、テーブルの両脇には一騎倒千の屈強の近衛兵一〇人ずつが腕を後ろに組み並んでいた。
王の右手の仕草を謁見許可と受け取った近衛連隊長は、膝を起こし起き上がると静かにドアの外へ消えた。
やがて、近衛連隊長の後に付いてシリウス星系評議会議長子息アンドリュー・ジュッテンベルクが入室すると、その後ろから更に二人の男が入って来た。
近衛連隊長は、そのまま近衛兵が居並ぶ右の列の王のそばに来ると、三人はひざまずき、ジュッテンベルクが王への挨拶の声を出した。
「あーっ、疲れたわ。全く。顔は良いけど、お父様と仕事の話ばかり。つまらなかった」
謁見が終わり星系間の協定や通商の話になるとマリアテレーゼは、クレアと一緒に謁見の間を後にした。
謁見の間から自室に戻る長い廊下を歩き、宮殿西側にあるくつろぎの間に入ると、いきなり、足を投げ出してソファに座る第一王女マリアテレーゼに
「そのようなお言葉を言われては」
主席侍従長カプヌーンがたしなめるように言うと
「私は、あんな男は嫌いです。シリウス星系なんて野蛮なところと聞いているわ」
「誰が、そのような事を。シリウス星は、近隣星系でも治安が安定し、豊かな星と聞いていますよ」
ソファに座ったまま、後ろを向き、
「アレク、あなたはシリウス星系に行ったことがあるでしょう。どうなの。どんなところ」
突然、振られた話題に、少しだけ黙った後、
「マリア王女様、シリウスへ航宙したことは、ございません。我が領域内の星系だけです」
「なーんだ。アレクも知らないんだ」
さっき自分が言ったことは、どこかに消え、適当に言った言葉を主席侍従長カプヌーンとジョンベール大佐から簡単に返されると、口をとがらして窓の方を向いてしまった。
それから二カ月後の良く晴れた銀河標準歴GGC三〇三四年五月一〇日の事、
「マリアテレーゼ王女様」
主席侍従長カプヌーンが、急ぎ足でくつろぎの間に入って来て、マリアテレーゼに言うと、ソファに座り紅茶を飲みながら外の景色を見ていたマリアテレーゼは、声の方に振り向きながら
「どうしたのですか。午後の安らかな一時(ひととき)がお前の声で台無しです」
「はっ、申し訳ございません。ただいま、エリダヌス星系のご友人クレア・シドニー様から、緊急のご連絡があり、マリア様と直接お話がしたいとのことです。既にお部屋の方に準備が整ってございます」
「えっ」
クレアとは、二か月前にシリウス星系のアンドリュー・ジュッテンベルクを謁見する時にエリダヌス星系政府特使のお父様と一緒に来たばかり。そのクレアが、なんで。周りにいる衛兵が王女の声に驚きながらも顔に表情を出さないように努めていると
「分かりました」
そう言ってカプヌーンの案内も無視して自分の部屋に戻った。セキュリティを務めるプロキシマ王家航宙軍アレク・ジョンベール大佐(通称アレク)は、いつもの事だが、もう少しご自重頂かないと、と思いながら王女の二メートル後方をしっかりと付いて行った。
「クレア。どうしたの。急な用事でも出来たの」
エリダヌス星系外務大臣の娘クレア・シドニーからの緊急連絡に驚いた顔で、スクリーンに映る友人の姿を見ると
「マリア、落ち着いて聞いて。この話は、我が星系内でも代表部の一部しか知らない」
少しだけ躊躇した後、
「シリウスに派遣している諜報員が手に入れた情報だけど、とんでもない内容なの。マリアと結婚の話を進めているシリウス星系評議会議長の息子アンドリュー・ジュッテンベルクとの縁談の事なのだけど。・・あれは、結婚後、マリアの父上を亡き者とし、プロキシマ王家を操ってプロキシマ星領有宙域をシリウスのものとする為の陰謀よ」
「そんな」
クレアの話に言葉を失い、口に手を当てて友人の顔を見返すマリアは、少しの間黙っていた。
「マリア、驚かせてごめんなさい。でも一刻でも早く耳に入れた方が良いと思って。まだこの話を知っているのは、私の星系でも私と父上と側近のものだけよ」
マリアは、シリウス星系のアンドリュー・ジュッテンベルグの紳士としての対応に疑いの芽は、芽生えなかった。シリウス政府が、我星系に近寄ってきたのは、我星系の国力を味方にしたいからだろうという程度の考えは、あると思っていたが、まさかプロキシマ星系そのものを乗っ取る為の婚姻だとは、思っていなかった。
今すぐにすべきことは、お父様にお伝えすること。お母様は、心の準備して頂いた後でないと。そう考えたマリアは、
「クレア。ありがとう。とても重要な事を教えてくれて。いずれ近いうちに会わなければいけないようですね。その時にまたゆっくりと」
「そうね。そうなるわね。では、また」
そう言ってスクリーンからクレアの姿が消えるとテーブルにあるパネルをタップした。ドアが開きアレクが入ってくると
「アレク、お父様と至急話さなければいけません。すぐに連絡を」
「はっ」というと腕についているリストバンドを口元に持ってきて、プロキシマ王家主席侍従長カプヌーンを呼び出した。
プロキシマ王家王カントゥーリス・アレクサンドル・プロキシマは、自分とマリアテレーゼだけで話したいという突然の言葉に驚いたが、王女の真剣な目を見ると、
「カプヌーン、全員を下がらせなさい」
そして目でアレクを見ると、彼は何も言わず頭を下げて部屋を出た。アレクは第一王女のセキュリティであり、王女のいるところ、アレクがいることが許された。だが、今回は、それもままならないと思い、出すことにした。
部屋に二人だけになった事を確認すると、マリアテレーゼは、ゆっくりと口を開いた。
目の中に入れても痛くない第一王女マリアテレーゼの言葉に少しの間、左手を顎の下に持ってきて、なでるようなしぐさをして考え込むと、低く響き渡るような声で
「マリア、お前の友人の言葉を疑うつもりはないが、情報の出所に信頼は出来るのか」
「それは、・・・。ですがお父様。クレアが、至急で連絡をしてきた事です。安易な気持ちで私に伝えてきたとは、思えません」
王女のしっかりと自分を見据える目を見ながら
「マリア、我星系とシリウス星系政府とは、経済面における関係が強い。我星系に与している星系からも情報入れさせよう。その情報を待って決断する」
「わかりました」
「シリウスも我々が調べ始めたらすぐに気づく。もしこの情報が、根拠無いものであれば、シリウスは、誤解を解くために使者を送ってくるだろう。もし、送ってこなければ、根拠の無い話ではないということだ。その時は、残念だが、アンドリュー・ジュッテンベルク殿との婚姻も無かったことになる。良いな」
「お父様」
初めて会った二か月前のアンドリューは、紳士的な物腰の裏に何かを感じていた。故にマリアも初めは乗り気ではなかったが、その後もジュッテンベルグのマリアに対する思い入れは熱く、とても表面だけでは無いと受け取れるようになってから、マリアの心も少し揺らぎ始めていた。
今回の件は、その心の揺らぎを笑うかの如き出来事で有った。
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