第26話 光刃

 勇者の杖の光刃が、スノウの心臓を貫く。

 それに応じるように、彼女を拘束している【アジ・ダカーハ】心臓部はその光の明滅を止め、【アジ・ダカーハ】そのものの内部照明も暗くなっていった。

 ――止まった。

 止めて、しまったのだ。


「ふっはっはっはっはっはっ!! やはりそうきたか!!」


 ガリアードは高らかに笑う。

 この結果に、この決断に。

 奴はたいそう満足したようだ。


「そう!! それが正解だ!! 君は正しい!! 宇宙を救った英雄だ!!」


「――違う」


 俺は呟く。


「なに?」


 ガリアードは笑みを崩さない。


「何が違う。

 ああ、君は後悔しているのだろう、愛する少女を切り捨てて宇宙を救ったことに、深い深い罪悪感を、自責の念を抱いている!

 だが、何度だっていってあげよう。君は悪くない、正しい事をした。英雄足るにふさわしい決断をしたのだ!

 私の仇敵として君はまた一歩成長したのだよ――

 私の野望を見事に砕いた。そして私は挫折した! ああなんという甘美な悲劇。

 だが私は負けない、ここから立ち上がってまた新たな野望を、宇宙征服を行うのだ。

 だからぁ、わかるね?

 君も立ち上がらねばならぬ。そして再び私の前に立ちはだかるのだよ――」


「ああ」


 俺は答える。


「そうかもしれない。

 だが、それでも……違う。

 確かに俺は間違っていないかもしれない。だが、それは結果論にすぎない」


俺は続ける。


「俺は、自分の感情に従っただけだ。俺は――俺は――!!」


 俺は叫ぶ。

 スノウの胸に突き刺さったアエティルケイン、それを握る手に力を込める。


「俺は――どちらも救う!!」


 そして、光刃を引き抜いた。

 磔にされたスノウが、解き放たれ、俺の腕の中に落ちる。

 そして――


「!! バカな……!!」


 ガリアードが目を見張る。


「ショウゴ……さん。痛い、です……体が動かなくて」

「大丈夫。すぐに戻る」

「なんで……」


 スノウが、泣きそうな顔で言う。

 なんで、か。

 スノウは――スノウの言いたいことは、わかる。

 自分を責めているのだ。

 きっと、そういう娘だ。自分のせいで、と。

 だから――俺は言う。


「君のせいじゃないよ、スノウ」


 ただ、利用され、動力源にされただけの女の子に罪があるはずがない。


「でも――でも……!」

「それでも、君に罪があるというのなら――」


 俺は、スノウを強く抱きしめる。


「俺が、一緒に背負う」

「……」


「だから生きよう。あいつを倒して、ここから出て。みんなの所に帰って」


「……はい!」



 俺は、そう言った。スノウは、答えてくれた。

 腕の中のスノウを、しっかりと抱き抱えながら。

 俺は――しっかりと、立つ。



「なぜだ!! 何故だ!! 今確かに、貫いた!! 殺したはずだろお!! お前が、その手で!!」


 叫ぶガリアードに、俺は静かに言う。


「勇者の杖、アエティルケインには、ふたつのモードがある。

 ひとつは、熱と光で、物理だろうがエネルギーだろうが切り裂くモード。

 もうひとつが――」


「まさか……」


「エーテルスタンモード。練習や、敵を生きたまま捕縛する時に使用される非殺傷のための刃。

 切り裂き貫いた相手の、エーテルの流れを一時的に断ち切り、無効化する」


 それで貫かれた相手は、体に力が入らない。動かない。

 エーテルの流れは、一時的に仮死状態のようになる。

 そう。


 だから、【アジ・ダカーハ】とスノウとのパスの繋がりも――断ち切られたのだ。

 


「そんな……馬鹿な……」


 ガリアードはよろめく。


「これで――終わりだ」

「ふ、ふははははは、はぁははははははははは!!!!!」


 だが、ガリアードは笑う。


「まだだ。まぁだだよ!!

 衛星サイズ、月ほどの大きさの宇宙要塞にエネルギーを巡らせていたのだ、その余剰を!! 全て集中すればぁ!!

【アジ・ダカーハ】はすぐには止まらない!!」


 再び、周囲の照明が明るくなる。

 そんなことだろうと思った。

 苦難だ挫折だとほざいておきながら、自分が有利になるように保険は打っておいたということだ。

 本当に――くだらない男だ。


「そしてぇええ!!!」


 後ろに控えていた、巨大な金色の竜牙兵、その胸からチューブの触手が伸びる。

 それがガリアードに巻き付き、そして引っ張り、格納――いや、ガリアードを取り込んだ。


「今ここでお前を倒し、再びその娘を取り込めば!!!

 何も問題はないのだぁよ!!」


 マクロファージ竜牙兵がその剛腕を振るい、攻撃してくる。


 俺はスノウを抱きかかえたまま、回避に専念する。


「くそっ!!」


 だが、避けきれない。

 一発、二発、三発、四発。

 拳が、蹴りが、放たれる砲撃が俺を襲う。直撃は免れるものの、この攻勢は――


「ぐあっ!!」

「きゃあっ!!」


 衝撃が全身を貫き、俺達は吹き飛ばされた。

 床に転がった俺達に向けて、巨体のマクロファージ竜牙兵はゆっくりと歩み寄る。


 そして俺達の目の前に立ち止まり――大きく息を吸い込んだ。

 ブレスが来る! 俺は咄嵯にスノウを守るため抱き抱える。

 そして――


「創ぉぉぉぉ造ぉぉぉぉぉ主ぅぅ――――――!!!」


 そう叫びながら、竜牙騎兵がマクロファージ竜牙兵に体当たりした。

 あの声は……赤血球竜牙兵か!? 乗っているのか!!

 マクロファージ竜牙兵は、その攻撃を受けて体勢を崩し、倒れる。


「助けに来ました!! さあどうぞ乗ってください!!」


「ああ!!助かる!!」


 俺たちは乗り込む。三人だとかなりせまいが、乗れないことは無かった。


「さぁて一気に逃げましょう!」

「ああ、もうスノウは切り離した。このまま待てば――いや、だめだ」


 まだこの要塞は稼働している。

 奴の言ったとおり、残ったエネルギーを集中されたら――ここからどうなるかわからない。

 確実に、ここでケリをつけないと!


 マクロファージ竜牙兵は立ち上がり、その目が赤く輝き、口から赤い光線が放射される。


「うんぎゃあああああ!?」


 赤血球竜牙兵は驚きながら避けるが、その背中に被弾し、火花を散らす。


「うわああああああああああああ」


 そしてそのまま、壁に叩きつけられる。

 赤血球竜牙兵は、もう無理です、と言って力尽きた。


「ちくしょう!!」


 俺は叫ぶ。

 竜牙騎兵のコクピットの中で、赤血球に代わりがむしゃらに装置を動かすが、動かない。


「これじゃあ……!!」


 その時、俺の手にスノウの手が重なった。


「ショウゴさん。……私も、力を貸します」


 スノウが囁くように言う。

 その手の平から光があふれ出し、俺の中へ入ってくる。そして、身体が燃えるように熱い。


「……行けるか?」


 俺の言葉にスノウが静かに首肯した。俺はもう一度コンソールに指を這わせる。今度は――動いた。

 竜牙騎兵の全身に光のラインが走り、もう一度立ち上がる。


「無駄なんだよぉおおお!!!!」


 襲い掛かるマクロファージ竜牙兵。

 その腕を、俺たちは受け止める。


「何い……っ!! たかが量産型の骨董品がぁ!!」

「そうくさすもんでもないさ。なかなかのもんだ。

 それに……こっちには勝利の女神がついてるんでね!!」


 俺は操縦桿を力づく押す。

 竜牙騎兵の腕が、マクロファージ竜牙兵の腕を砕いた。


「ぎゃあああああああ!!!痛い、いたぁあいいいいいいいいい!!!!!」


 ガリアードが叫ぶ。

 どうやら、取り込まれて感覚もリンクしているらしい。


「ばかな、私は不死身だ、苦痛も感じなかったはずぅああああ!!!!!!

 そうかぁ、エルフが引き剥がされたからぁ、その力も……あがあああああああああああああ!!!!

 それは私のだ、クソがああああ!!!!」


 マクロファージ竜牙兵が、腕をグロテスクに再生させながら、迫ってくる。

 

 対して俺たちは、渾身の一撃を喰らわせようと腕を振りぬく。

 俺の動きに、同調するように――機体が大きく跳躍した。

 そして。


 俺はコクピットから、アエティルケインを放り出す。

 弧を描いて宙を舞うそれを、竜牙騎兵の手が掴む。

 それは竜牙騎兵の手にはあまりにも小さい。だが――

 そこから、巨大な光刃が生まれた。


「なんだとぉおおおおおおおお!!」


 そしてその一撃は。

 ガリアードを取り込んでいた、マクロファージ竜牙兵を貫いた。

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