第25話 勇者は――
ショウゴ君を見送ったボクは、巨大なTキラー竜牙兵と対峙する。
相手は巨大だ。大きさにして20メートルはある。
こんなに大きな相手と、一対一で戦ったのはいつ以来だろうか。
「ふぅ……」
呼吸を整えて、意識を集中させる。
『キシャァアア!』
先に動いたのはTキラー竜牙兵だった。
ボクに向かって勢いよく腕を振り下ろす。
――ガキンッ! それを光刃で受け止める。
「くっ……!」
重い一撃に足が地面にめり込む。
強力な特殊なな材質なのか、それとも電磁バリヤでも流れているのか、光刃でも切り裂けない。
だけど、それでも受け止めることはできた。
そのまま力比べになるけど、単純なパワー勝負では負けない。
押し返そうと力を込める。――ギチィイイッ! Tキラー竜牙兵が、さらに力を込めてくる。
「……っ!」
さすがにちょっと苦しい。
このままだと押し切られてしまうかもしれない。
でも大丈夫。このくらいなら耐えられる。
それにしても……なんだろう? この違和感。なにか変な感じがする。
目の前にいる敵からは、何か嫌なものを感じる。
『キシャアアッ!!』
突然、Tキラー竜牙兵は口を大きく開けると、そこから黒い霧のようなものを吹き出した。
「うわっ!?」
慌てて飛び退く。
すると、吹き出された黒霧が渦を巻き始めた。
そして次の瞬間、まるで生き物のように動き出すと、空中へと舞い上がった。
『シャァアアア!!』
さらに別の方向から聞こえてきた鳴き声の方を見ると、そちらからも同じように黒い霧が飛び出していた。
二匹のTキラー竜牙兵の口から吐き出された二つの黒霧が絡み合い、一つになった。
それはみるみると大きくなりながら宙を漂う。
そして最終的に、一つの大きな塊となった。
「これは……?」
『シャァアア!!』
声と同時に、黒霧が弾けた。
中から現れたのは、先ほどよりも一回り大きいTキラー竜牙兵だった。
しかも今度は三体もいる。
「そんなことまでできるのか……。すごいね」
『シャァアア!!』
こちらの言葉なんて気にせず、Tキラー竜牙兵は襲い掛かってくる。
三体の巨体が一斉に襲いかかってきた。
一体だけでも厄介なのに、それが三倍だ。
正直言ってかなり厳しい戦いになりそうだ。……だけど、ここで負けるわけにはいかない。
だって約束したんだ。絶対に助けに行くって。だからボクも頑張らなくちゃいけない。
「いくよ!!」
気合を入れて地面を蹴った。
まずは一番近い位置にいた個体に向かって斬りかかる。
――ギィンッ!!
硬い音がして、光刃が弾き返される。
「はぁあああっ!」
そのまま連続で斬撃を叩きこむ。
『ギィッ!』
それでもまだ倒せない。
それどころか傷すらつかない。さすがにここまで硬いとは思わなかった。
仕方がない。ここは――
そう思った時だった。
『ギャオォオオオンッ!!』
遠くからドラゴンの雄叫びのような鳴き声が聞こえた。
直後、目の前にいたTキラー竜牙兵が急に苦しみ始める。身体の表面がボコボコと隆起し始め、徐々に姿を変えていく。
やがて全身が黒く染まると、完全に変化した姿が現れた。
その姿はまるで……ドラゴンそのものになっていた。
今までの、竜の骸骨ってだけではなく、肉と鱗がついた、ドラゴン。
「まさか、自分の体を変異させることができるのか……」
その事実に驚きながらも、すぐに気持ちを引き締め直す。
ドラゴンが三体。
強敵だ。だけど――もっと巨大な敵と戦ったこともある。
問題は。
相手が三体いるということだ。連携をされたらまずい。
しかしどれだけ嘆いたところで状況は変わらないんだ。
「一体ずつ――倒す!」
相手は強固だ。今の光刃の出力では傷一つつけられない。
だったら。
出力を上げればいいだけだ。
「はあああああああああ――――――!!」
手に持つアエティルケインにエーテルを流し込む。
リミッター、一段階解除。
『ギイッ……!?』
ドラゴンがひるむ。
ボクは巨大になった光刃を手に、一気に走って距離を詰めた。
「はああああああああああっ!!」
跳躍。
振りかぶり、そのまま叩き斬る。
『ギイイイイイイイッ!!』
ドラゴンの頭に叩きつけられた光刃は、そのまま――今度は、その外殻を砕き、
「いけええええええええっ!!」
ドラゴンを切り裂いた。
激しい音を立て、ドラゴンが倒れ、動かなくなる。
よし、一匹!
だけど――
「!?」
その残骸から、黒い霧が蠢き、宙を舞う。
そしてそれは、もう一体のドラゴンに取り付き――そして、一回り巨大なドラゴンになった。
「……あちゃあ」
キラーT竜牙兵にもどったそれは、もう動かない。
結局は、それが本体って事になるのかあ。
だとしたら……
斬っても意味ない、か。
「なら……!」
ボクはあきらめない。
みう一体の、小さい方のドラゴン。そちらにねらいを定め、そして斬る。
――結果は同じだった。
キラーT竜牙兵は倒せたが、しかし黒い霧は倒せない。そしてそれは、合体してさらに大きくなる。
もう、50メートルは越えている。
「でああああああああああっ!!」
再び走り、跳躍するが――
ギインッ!
通じない。巨大なんった光刃も、今度のドラゴンの外殻には通用しなかった。
リミッターをあと一段階――いや、だめだ。
それをしたら自滅しかねない。それは本当に最後の手段――諦めて自爆するも同義だ。
ボクは決して、諦めるわけにはいかないのだから。
「はあああああっ!!」
一撃、二撃、なんども叩きつける。
しかし――
『ギイイイイイイイイッ!!』
巨大な尾が横凪ぎに振るわれる。その尾はボクに直撃する。
「ぐうっ!」
ボクの身体が宙に舞う。
そしてドラゴンはその機を逃さず、大きく口を開け――
ボクはドラゴンに飲み込まれた。
「――これを、待っていたんだよ」
巨大な宇宙モンスターとは幾度も戦ってきた。
巨大なヤツらほど、皮膚も硬く、肉も厚い。
だけど、内部からなら。
「スターシュテルン……」
ボクは、全エーテルを集中し、放出する。
光球として撃ち出す攻撃ではなく――
焼き尽くす閃光として。
「グリッタァアアアアアアアアアアア!!」
そして、白い星光が、周囲を包んだ。
ボクは――
必ず――――
***
心臓部の大扉の前には、まだまだ竜牙兵たちがいた。
白血球と赤血球の竜牙兵。
運搬を使命としている赤血球竜牙兵たちは、無視する。だが、異物の迎撃を使命とする白血球竜牙兵たちは――
「なんだあいつ」
「知らねえ」
「異物だ!」
「俺らの敵!」
「排除しろ!!」
口々に言い、襲ってくる。
「やっぱり話通じねええええええ!」
赤血球竜牙兵が頭を抱えて右往左往する。
俺は彼に向かって放たれた銃を、光刃ではじき返す。
「大丈夫か!」
「創造主うううう! 一生ついて行きます!」
「それはいいから、とにかく進もう。あっちでいいんだな!」
「はい!」
俺は攻撃を受け流し、あるいは竜牙兵を切り捨てながら走る。
そして、心臓部へと続く扉辿り着いた。
「今開けるんでお待ちを」
竜牙兵がコンソールを操作する。
そして扉は開く。
そこには――
「スノウ!!」
美しい宇宙エルフが、磔にされていた。
***
スノウが、そこにいた。
全裸の彼女が、脈動する巨大な機械に磔にされている。
幾つものコードが、チューブが、パイブが、彼女の裸身にからまっていた。
「スノウ!!」
俺はスノウに駆け寄ろうとする。
だが――
金色の巨大な竜牙兵が下りて来て、立ちふさがる。
「あれは――マクロファージ竜牙兵です」
赤血球竜牙兵が言う。
そしてその掌に乗っているのは――
忘れもしない――
「ガリアード・ファットマン――!!」
俺の言葉に、ガリアードは満足そうに笑い、そして声を上げた。
「ザッツ――ライ!! その通りだよショウゴ・アラタ。
さあ私を称えろ!! 魔王の前に立ちはだかり、そして哀れに敗北する運命の宇宙勇者よ――!!
ああ、待っていた。きっと来ると思っていたよ!」
そして――
「さあ、決着をつけようじゃないか。我が愛しの宿敵よ」
ガリアードは、その手に持つ剣を、高々と掲げた。
「さらばだ宇宙勇者よ――【アジ・ダカーハ】の心臓が貴様の墓場となる。
愛する宇宙エルフとと共に眠るがいい――!!」
金色の竜牙兵の掌から飛び降りるガリアード。
そして、戦いが始まった。
「どうしたどうしたあ!! 宇宙勇者とはそんなものかねえ!!」
ガリアードが剣を振るう。俺はそれを受け流すので精いっぱいだ。
「どうだぁこの剣!! 勇者の光の剣、アエティルケインでぇも!! 断ち切れない名剣だろぉ!!」
奴の言葉通りだった。
何かのエネルギー場で守られているのか、それともそういう金属なのか。
光刃でもその剣は断ち切ることができなかった。
「スノウ!!」
剣戟のさなか、俺はスノウの方を見る。
スノウは動かない。やはり意識が無いようだ。
「くそっ……スノウ! このままじゃ……」
エーテルをどんどん吸い尽くされ、彼女は……!
俺は焦りながらも光刃を振るう。だが、ガリアードは余裕で身を翻して回避する。
「遅いよショウゴ・アラタアァ!!」
そして、俺の腹が切り裂かれる。
「ぐっ……!」
俺は膝をつく。血が流れている。
幸い内臓には届いていないが……
「この程度かい? 私の愛しい仇敵よ」
「そんなわけ……!」
そして、再び構えた時だった。
「ああ、そうそう。言い忘れていたよ」
「何が……!」
「私は君を愛しているんだよ。君の全てを知っているし、理解しているつもりだ」
こいつは、変なことを言い出した。
「な……なに言ってやがる。
ていうか、俺とお前は接点なんてほとんどないだろうに」
スノウに近づいて後援者ヅラしてた時と、冒険者に依頼してきたときぐらいだ。
だが――
「一目惚れだよ!!」
ガリアードは言う。
「確かに最初は君のことなどどーぅでもよかったさ。
私の目的は宇宙に少数しかいない宇宙エルフのハイエルフ種、それを手に入れてこの【アジ・ダカーハ】を起動させること、宇宙を私のものにすることだったからね。
だが!!
彼女を見つけ、捕らえようとした時に邪魔が入った。そう、君だ。
どこの誰とも知らない、しかし突如現れて華麗に彼女を救い、そして宇宙勇者となっていった。
ああ――私は思ったよ。
これだ。
これだ!!
私はね、仇敵が欲しかったのだ!!!」
「な、なに言ってやがる」
「わからないのかぁね!! ただ順風満帆にいくだけの人生に何の意味がある。
そもそも私が宇宙を欲したのも、艱難辛苦が欲しかったからのだ」
どこぞの武将みたいな事を言い出した。
くだらない。
そんなことのために……!
「私はね、貴族の家に生まれて欲しいものは手に入り、才能にも溢れ、なんでもできた。私にとって人生は退屈なイージーモードだったのだ。
だから、高いハードルを超えたかった。手に入れられないものが欲しかった。困難に打ち勝ちたかった。壁に阻まれたかった。
だから、帝国に反逆し、宇宙を支配しようという計画を立てた。
流石にそれなら私でも――無茶だろう?
だがね」
ガリアードは悲しそうに、大げさに頭を抱える。
「計画は順調だった。順調に進んでしまったのだよ。
古代宇宙の遺跡の座標も難なく絞り込めたし、その操作方法も見つかった、宇宙エルフのハイエルフ種の少女も見つかり、駒は全て容易に揃う所だった。
君が現れるまでは!!」
ガリアードは剣を振るう。楽しそうに笑いながら。
「感動したよ!!帝国を滅ぼそうとする私を阻む勇者!! エルフの姫を攫う私の邪魔をする王子様!!
ああ、ずっと焦がれていた敵が現れたのだ!!
強いだけなら他にもいるだろう。邪魔なだけなら多くいるだろう。勇者とてこの宇宙には沢山居る。
だが君だ。君なのだ。
私を阻んだのは君だ。
だから――これは恋なのだ。これは愛なのだ!!」
狂っていやがる。こいつは頭がおかしい。イカれてる。
しかし――
どれだけイカレてて理解できなくても、こいつが強いのは変わらない。
その剣の腕は確かに強い。
俺は防戦一方だった。
「だから――君はここで死ねェ!! 私の腕で息絶えて、私の伝説を飾り、永遠に銀河に名を遺すのだ!!」
俺は立ち上がる。そして光刃を構え、突進する。
「無駄なことはやめたまえ! 大人しく私を受け入れるのだ!」
俺は――
「うるせええええええええええええ!!!」
光刃を振り下ろした。
俺の放った一撃は――
「馬鹿な」
肩から胸まで、ガリアードを切り裂いた。
なのに――
「ああ――」
ガリアードは、吐息を吐く。
ガリアードは笑っている。
愛しそうに、その傷を指でなぞり、光刃をその手で掴んだ。
じゅう、と肉の焼ける音が聞こえる。
しかしガリアードはそれを意に介する様子はない。
「やはり――君の一撃は素晴らしいな。愛を感じるよ。
だが言ったろう。無駄だと――ね」
俺はガリアードの拳に殴り飛ばされる。
「うあっ!」
「はっはっはっはっはっはっ!!」
殴り飛ばされ、転がる俺をガリアードは笑う。
「ああ、そうだ」
何か思いついたように言うガリアード。「一つ教えてあげよう」
そして、奴は言う。
「私は――不死身だ」
そして、奴の拳が、俺の胸に突き刺さる。
「かはっ……」
俺は吹き飛び、倒れ込む。
「創造主!」
赤血球竜牙兵が叫ぶ。
「う……うわあああああああ逃げろ!!」
そして赤血球竜牙兵は一目散に逃げだした。
「くっ……不死身、だと」
「ああ。愛しの姫君が力を与えているのは、この【アジ・ダカーハ】だけではない。
その【アジ・ダカーハ】と繋がっている所有者である私にも、その恩恵はあるのだよ。
素晴らしいぞハイエルフの生命力は!!
だから、いくらでも回復できるのだよ!!」
そう言い、ガリアードは銃を取り出し、自らのこめかみを撃つ。
「なっ――!!」
そしてガリアードは笑っている。平然と笑っている。
「痛みも無し!! 苦痛も無し!! 素晴らしいなあ!!!!」
勝ち誇り笑うガリアードは、ぴたりと止まり、考え込む。
「だが……これでは私が大勝利すぎるなあ。
そうだ!! 君にもうひとついいことを教えてあげよう」
「いいこと……だと?」
「ああ。私を、この【アジ・ダカーハ】を止める方法だ。
実はだね、彼女を開放しても止まりはしないのだよ、これが」
「なん……だって!?」
「【アジ・ダカーハ】とスノウ姫の間にはすでにエーテルのパスが繋がっているのだ。たとえ宇宙の彼方に引き離したところで、彼女のエーテルは喰らい続けられ、やがて枯渇し死を迎える。
本当はね、適当なところで負けたふりして彼女を返し、その後に苦しんで死んでいく姿、それを成すすべなく見守り絶望していく君を見ることも考えていたのだ。
私は今や不死だからねぇ、死んだふりも簡単だしなぁ」
こいつ。なんて、趣味の悪い……!!
「だが、君にもうひとつの選択肢を提示しよう。
そう、引き離してもスノウ姫は死ぬ。そして宇宙は蹂躙される。
だが――彼女が死ねば、この【アジ・ダカーハ】は止まるのだよ!!」
俺は、ゆっくりと起き上がる。
「スノウが死ねば――この【アジ・ダカーハ】は停止する……」
「その通り!! さあ、私は君に選ばせてあげよう。愛する宇宙勇者、我が宿敵よ。
君は守れるのだ、宇宙か、一人の少女か、どちらかだけを」
残酷な選択を、笑いながら――ガリアードは告げた。
「彼女を殺す事は簡単だ。その君の手にある勇者の杖で、彼女の心臓を一刺しすればいい。首を撥ねてもいい。
ただそれだけで、【アジ・ダカーハ】は機能を停止するだろう。
私がこんなことを教えるのが怪しいかね? 言っただろう、これは愛だ。
私はただ困難に打ち勝ちたい。そのために君がいる。
だが、だからこそ君にもまた私のように、困難に、試練に打ち勝ってほしいのだよ!!!!
――狂っている。
こいつは間違いなく狂っている。
俺にスノウを殺すことなど、出来るはずが……!!
俺は、スノウを見る。
スノウは動かない。意識が無いままだ。
ただ――眠ったまま、エーテルを喰われ続けている。
「さあどうする? さあどうする!!」
ガリアードは笑う。
「宇宙勇者ショウゴ・アラタ!! さあ、選ぶがいい!!」
俺は――
俺は……!!
ゆっくりと立ち上がり、俺は。
アエティルケインの光刃を、改めて伸ばす。
そして、スノウの元へと向かう。
ガリアードは、笑いながら俺に道を譲った。
今、外では師匠が戦っている。
【アジ・ダカーハ】の外では、宇宙ではザナージや、宇宙トルーパーたち、アーシュが戦っている。
このままでは……
このままでは……!!
俺はスノウの前に立ち、アエティルケインを構える。
「それでいいのだな?宇宙の救世主よ」
「……」
「愛しい女を救えるのだぞ?そして世界を救うこともできるのだぞ? なぜ迷う必要がある」
「……」
言われなくてもわかってたいる。
だけど。
だけど。
俺は跳ぶ。
光刃を構え、そして――スノウに手を伸ばす。
彼女が、目を開いた。
「――」
スノウは、微笑んだ。信じているとでも、言うように。
「勇者は」
俺は――
「宇宙を――人々を、救うものだ」
そして、抱きかかえるように。
アエティルケインの光の刃が、スノウの胸を――貫いた。
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