第20話 アジ・ダカーハ


 その男は名乗る。


 銀河帝国騎士侯、ザナージ・ヴァハルーヒ。


 かつて、スノウが銀河帝国を裏切った可能性があるので追っている――と、わざと俺たちに情報を流した男。

 この宇宙貴族が、俺を助けてくれたってわけだ。

 俺はもう一度、ザナージの顔を見る。


「……えっと、感謝します。助かりました」


 俺は頭を下げる。だが――


「フン。勘違いしないでほしいものだ」


 彼は言った。


「貴様などを助けたわけではない。勘違いするなよ宇宙勇者見習い殿」


 彼は軍を率いる軍人だ。宇宙貴族の居住エリアが襲われているってのに、助けに来ない理由は無い。だが、それでも――


「はい。それでも、ありがとうございます」


 俺は再度礼を言う。


「ふん」


 ザナージは鼻で笑う。


「とにかく、話はあとだ。要はあの魔法陣を潰せばよいのだろう。

 解析の結果、あれはこの地に設置された基点と、軍勢の出てくる大本を繋いでいる。つまり――」


 宇宙戦艦の砲門がこちらを向く。

 ――俺たちではなく、ファットマン邸に。だがあんまし変わんない気がする。


「ちょっ――」

「時間がないぞ、早く退避するがいい」


 そう言って通信は切れた。おいおいおいおいおい。


「えーっと……」

「勇者どの!」


ベイが叫ぶ。


「退避しましょう!!」

「あ、ああわかった!!」


 俺達は走り出す。



 次の瞬間。


 宇宙戦艦の砲塔が火を噴き、ファットマン邸は吹き飛んだ。



 ***



「ふう……ひどい目に会った」


 俺はため息をつく。

 あのあと、俺たちは爆風に吹っ飛ばされたが、それで済み、無事に生きていた。


 宇宙竜牙兵は全滅。

 周囲への人的被害は零で済んだ。宇宙トルーパーに負傷者は出たものの、概ね成功だ。



「いや~しかし、よくご無事で!」


 宇宙戦艦の一室。そこに通されると、宇宙貴族の一人がやってきた。


「なんとかね……」


 俺は言う。


「いえ、本当に……」


 宇宙貴族の一人が言う。


「宇宙勇者殿がいなければ、どうなっていたことか。私の屋敷はちょうど近くに会ったのです。

 あなたには、いくら感謝してもしたりませんよ!」


 そう言われてもな……。


「勇者殿!」


 アルとベイもやってくる。二人は俺の手を取り、


「本当に助かりました!」「勇者どのにはなんとお礼を申し上げればよいのか!」


 と言う。

 そんなこと言われても、困るんだけどな……。

 ていうかこの二人めちゃくちゃ強かったし、二人がいなかったら見習い勇者でしかない俺は確実に死んでいた。

 助けてもらったのは確実に俺のほうだ。


「いや、別に……」

「謙遜なさらずとも結構ですよ!」

「勇者どのの勇気ある行動がなければ、今頃どうなっていたか!」


 なんか大げさだな……というか、俺ってかなり持ち上げられてないか……?


「いやいやいやいや!」俺は首を横に振る。「俺は見てただけですって! 全部、この二人の手柄ですよ!」


 俺は二人の肩に手を置く。だが――


「何を仰いますか!」

「そうです! 全ては勇者どののおかげです!」


二人に否定される。


「いや、だから……

 俺にできることをしたまでだし、あんたらも自分にできる事をした。

 だからなんとかなったんだろ」


 そう言うと、二人もようやく納得してくれた。

 まったく、何度言わせればわかるんだか……


 俺がいたから勝てたなんてことはありえない。

 俺は所詮、見習い勇者でしかないのだから。


「それより、これからどうするかだよな……」


 俺は考える。

 

「そういえば、勇者どの」


 ベイが言う。


「あの大きな宇宙竜牙兵ですが…………」


 ファットマン邸で戦ったあれか。


「ああ、あれならば回収したぞ」


 そう言ってきたのは、ザナージだ。


「屋敷は綺麗に吹き飛んだが、地下に落ちていたあれは無傷だったのでな」


 回収したのか。まあ確かに解析したなら、敵の分析に役に立つだろう。


「それで、あれはどこにあるんです?」


 俺が聞くと、ザナージ卿は答える。


「今は、この艦の中だ」

「なるほど」


 俺はうなずく。


「さて、今回の首魁であるガリアード・ファットマンだが……

 屋敷にはいなかったわけだな?」

「はい」

「ではどこにいるかだが……」

「おそらく、俺の仲間が向かった……」



 その時――

 俺のリストバンドに通信が届いた。


「これは――」


 まさに今話に出ていた、仲間。ヴァークとメイグーだ。


「どうした」

『おお、ショウゴか!! 大変だ!!』


 その映像はかなりノイズが走っている。だが、声だけははっきりと聞こえる。


『やべぇぞ、こっちは当たりだった、だが大外れだ!! いいか、ガリアードのクソ野郎――――』


 それだけ言い残して、通信は切れた。


「おい、どうした!?」


 俺が尋ねるが、返事はない。

 一体、何が起こったっていうんだ……。


「おい、宇宙勇者!!」


 ザナージが叫ぶ。


「今の通信はなんだ!!」

「わからない、だが――」


 嫌な予感がする。

 そして、


「勇者殿!! ザナージ様!!」


 宇宙トルーパーの一人が叫ぶ。


「これを」


 映し出された映像は――心当たりがあった。遺跡のあった惑星だ。正しくは、惑星の月に遺跡がある。


「これは……ここに俺の仲間が行っていたんだ」

「なんだと?

「さっきの通信も、ここから――」


 だが。その言葉を最後まで言えなかった。


 その映像が――映像に映し出された月が――

 ゆっくりと――


「月が……砕けて……」


 そして。

 卵が割れて中から雛鳥が出てくるように。

 月を砕きながら、それは産まれた。


「月サイズの――宇宙竜牙兵――」


 それは。

 ファットマン邸の、石碑データに刻まれていた――



「【アジ・ダカーハ】……!!!」



 古代宇宙の遺産、巨大な宇宙要塞が、産まれた。



「クソッ! 遅かったか……!!」


 その光景を目の当たりにし、俺は思わず悪態をつく。


「勇者どの」


 ベイが言う。


「我々はどうすればいいのでしょう?」

「どうすればって……」


 俺は考える。ファットマン邸を吹き飛ばしたことで、敵の戦力を削ぐことができた?

 否。

 本体は魔法陣を通じて送られてきていた。

 そしてそれはおそらく――あの月サイズの巨大な竜の要塞。【アジ・ダカーハ】。

 ファットマン邸の転移魔法陣の基点を潰した以上、直接セントラルーンにこれ以上の竜牙兵の軍勢は送られてこないだろう。

 あくまでも、『転移』による攻勢は当面は防げる――程度でしかないが。


 ならば、今のうちに対策を練るべきだが……。

 俺はザナージの方を見る。

 彼は目を閉じて腕を組んで座っていた。


「ザナージ卿」


 俺は彼に話しかける。


「あんたは、あの巨大要塞【アジ・ダカーハ】について何か知っているか? あれがいつ頃からあそこにあったのか、とか……」

「知らぬな」


 即答かよ……。まあ、知ってたらとっくに言っているし手は打っているよな。

 ファットマン邸で得たデータしか、現状での情報は無い、ということか。

 正直、何も思いつかない。


「とにかく、まずは状況を整理するしかあるまい」


 ザナージはそう言った。


 俺たちはブリッジに集まる。 

 そこで、現在の状況をまとめる。


「つまり、あの宇宙竜牙兵要塞【アジ・ダカーハ】は、あの星の衛星軌道上に存在している、ということだな?」


 ザナージは全員に向かって言う。


「はい、間違いありません」


 宇宙トルーパー、アッテンボローが答える。


「だが、その位置が問題だな……」


 俺は悩む。

 今、俺達は宇宙戦艦に乗っている。ここから、【アジ・ダカーハ】がいる宙域までかなり距離があった。

 現在、艦隊は宇宙転移魔法航法にて移動しているが、それでも時間はかかる。

 この距離が吉と出るか凶と出るかだ。

 まだ、【アジ・ダカーハ】は動いていない。衛星軌道上に静止している。

 だが、惑星から観測された限りでは、その周囲には多くの宇宙竜牙兵――竜牙騎兵の軍勢がいるとのことだ。

 もし、それらが一斉に、セントラルーンへと進行してきたら――


 いや、それよりなによりも。

 俺は思い出す。あの石碑に会った言葉を。


 ――兵器【アジ・ダカーハ】の起動には、ハイエルフの生命力が必要である。汚れを知らぬ乙女だとなお好ましい。その命を捧げることで、竜は蘇る――


「スノウ……!!」


「なるほど」


 宙に投影されていたデータ資料を見ていたザナージ卿が言う。


「スノウ姫の行方不明はこういうことか。

 全てはガリアードの企み。してやられたわ。

 だがこれでもはや奴は帝国への反逆者であることは決まった。

 お手柄だな、勇者殿」


「――!!」


 その言葉に、俺はザナージの襟元を掴み上げる。


「何、が――!!」


 だがザナージは平然としている。


「落ち着け、宇宙勇者。まだあの兵器【アジ・ダカーハ】は完全に起動していないのだろう。ならば姫は救えるということだ」

「だが……!!」

「それに」


 ザナージは言う。


「あの兵器の起動を止める方法はある」

「なに?」

「簡単だ。あの兵器を動かしている動力源を止めればいい」

「動力源……」

「トルーパーが回収し送ってきた資料によると」


 ザナージ卿は映像を開く。


「スノウ姫は動力源に組み込まれ、生命力――エーテルを吸収され、そしてそれを変換して要塞は動く。

 つまりその動力源を破壊あるいは停止させ、スノウ姫を助け出せばよい。

 勇者が姫を竜から救い出す。フン、なるほど実に陳腐ではないか。

 だがそれだからこそ、確実だ」


 ザナージ卿はそう言って笑った。


「…………」


 確かにそうだ。だが――俺はザナージの胸ぐらを掴む手に力を込める。

 しかしザナージはその手を掴み、胸ぐらから離す。

 力は無いのに、その仕草は何より強かった。


「貴様は貴様の仕事をしろ、勇者。艦隊はもうすぐ該当宙域に到達する。そこから戦いが始まる。

 我らが求めるみのは勝利だ。

 勝てば私は逆賊を屠り首都を――帝国を救った栄誉が。

 貴様には美しい姫が。その手に入る。それだけだ。何もおかしいことはない。

 やるべき事をやるだけだ、互いにな」

「ザナージ……卿……」

「そろそろ宇宙転移が終わるぞ」


 その時だった。


『緊急報告です!!』


 オペレーターの一人が叫ぶ。


『敵竜牙兵部隊接近!! 数三百!!』

「来たか」


 ザナージ卿が呟く。


 空間モニターに映し出されたのは、宇宙に浮かぶ大型の宇宙竜牙兵の大群だった。


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