第14話 宇宙スライムは服を溶かす

「上手く行ったな」


 モニターで、バカどもの詰まったコンテナが小惑星体に消えていくのを確認する。

 コンテナには、一応多少の推進装置は付いてあるが、それだって外からしか操作できない。本来は宇宙空間での作業用パネルだからだ。

 そして宇宙服は、コンテナの中に入れていない。

 奴らはそのまま小惑星にぶつかっておしまいだ。

 バリヤーも張ってないからな。すぐにおじゃんだ。

 そうならなくとも、コンテナの中に四人、すぐに酸素が尽きる。


「……終わった」


 オルー=アが戻ってくる。よくやってくれたよ、妹は。

 心なしか残念そうな顔をしてやがる。あの勇者の杖か。まあそのためにビーコンはつけたから後から回収できるけどな。


「最近、兄様を狙う連中、多くなった」

「だな。まあ、逆にオレらの獲物が増えたともいえるけどよ。

 勇者の杖が二本だぜ。コンテナ台なんて余裕で戻るわ、はした金だわこれ」

「片方のは、私のコレクションに……したい」

「ま、一本でも宇宙金貨百枚は余裕だしな、勇者の杖はよ。宇宙勇者の一行だ、他にもお宝もってんじゃねーか」

「……でも、ちょっと残念。

 もっと色々はなしておきたかった」

「やめとけ。情が移っちまったらやべーぞ。ただでさえお前は優しい女の子なんだからよ。

 オレたちゃ宇宙海賊だ」


 宇宙海賊はただの強盗や殺戮者じゃもぇ、仁義ある無法者だ。

 だから獲物に情けをかけることも往々にしてあるし、人助けだってる。だが、自分や仲間を倒そうとしてくる連中にかける情けは無い。

 だというのに、この優しい妹はそういった情が深いんだ。だから獲物には極力話しかけるなと言ってあるが、今回はあの骨董品の勇者の杖の魅力に負けたらしい。マニアだからなあ、こいつ。

 おかげであいつらに情が移っちまってる。

 早めに切り上げて正解だったぜ。


 爆発音が聞こえた。


 コンテナの反応も消えている。爆発したらしいな。

 オルー=アが勇者の杖に取り付けた追跡装置は作動しているから、座標はわかるが。


「安らかに眠りな、ハイエナども」


 そう哀悼の意を示し、船の進路を変える。

 爆発したのは残念だが、まだ何か残っているだろう。少なくとも勇者の杖は回収できるはずだ。


 近くにいく。

 オルー=アは宇宙服に着替え、船外にでる。


 しかし、妙に漂ってる残骸が少ないな。

 この宙粋にはもっとあったはずだが……


 そう思っていたら、ふと外の光景に、嫌なモノが見えた。

 浮遊している、ゼリーのような粘液。


 ……!


 やべぇ、まさか……宇宙スライム!!


「オルー=ア!! すぐ離脱するぞ、ここは……!」


 あわてて船のエンジンをかける。

 しかし、動かない。

 モニターを見たら、すでにノズル部分に……宇宙船の後ろ半分を、巨大な粘液の固まりが包んでいた。

 それがどんどん進入し、溶かしていく。


 コイツか!

 コイツが残骸を食ってたのか!!


「姉……さん!」


 通信が聞こえる。

 モニターを見ると、宇宙スライムに包まれたオルー=アの姿。宇宙服も溶かされ始めている。

 しかも、最悪なのは、ケーブルが溶かされ、ちぎれていた。そのまま船から離れていくオルー=ア。


「オルー=アぁぁあ!!! くそっ、畜生!! なんで、なんでこうなった!!」


 離れていく。

 だけど、宇宙スライムにとらわれた船はどんどん溶かされていき、エンジン部分はもう駄目だ。船は動かない。

 場寝るやスイッチをとにかく片っ端からたたき、動かすがどうにもならねぇ。それどころか、電気系統も死んでいく。


「ひっ……!」


 足下にぬるりとした、魂も凍らせるかのように冷たい感触。

 なんてこった、すでにここまで入り込んできやがった!


 オレは腰の宇宙レーザーガンを抜き、撃つ。

 衝撃で多少はスライムが飛び散るが、しかし無駄な事だった。スライムは触手を延ばし、オレの腕を捕らえ、そして全身にまとわのつく。


 宇宙スライムが迫ってくる。

 宇宙スライムの粘液の中から、巨大な眼球がせりだし、オレを見る。

 宇宙スライムは粘液だけの生物ではなく、核が存在する。その核や内蔵を粘液が包んでいるのだ。

 だから、宇宙スライムにも弱点はある。

 だけど……


 それを撃ち抜くための銃が、すでに溶かされて意味をなさない。

 オレの装備がどんどん溶かされていく。


 宇宙スライムは生き物を殺さない。金属や樹脂などの無生物、無機物を食べるからだ。

 だけど、宇宙空間でそれらを食われたらどうなるか。

 なにもない全裸で放り出されたら、死は免れない。

 そしてそれはもうすぐだ。いやそれとも、スライムに全身飲み込まれて窒息死するのが先だろうか。


 イヤだ。


 死にたくねぇ。

 海賊なんてやってんだ、殺される覚悟はしてきた。

 してきた、つもりだった。

 だけど。

 死ぬときは、兄妹三人一緒だって誓ったんだ。

 アニキを残して死にたくねぇ。

 イヤだ……!


「助けて……アニキ」



 その時。


 天井から光が延び、宇宙スライムの眼球を貫いた。


「アニキさんでなくて残念だったね。だけど、助けにきたよ。

 宇宙勇者ユーリ、星の輝きに導かれてただいま到着!!」


 宇宙船の外から、宇宙船を包む宇宙スライムの上に立ち、勇者の杖でスライムの核を貫いた、勇者が立っていた。


 ……なんで。

 なんであいつらが助けにくる?


 いや、どうだっていい。そんなことは今はどうだっていい!!


「……た、頼む。さっきのことは謝るし何でもする、たから妹を、オルー=アを……!!」


 オレが叫ぶ。

 宇宙勇者は、そのオレの言葉に、黙っ後方を指さした。

 そこには、エーテルのバリヤーに包まれた、無傷のコンテナ、そして。

 その上に、ほぼ全裸の妹にマントを羽織らせて抱き抱えている、勇者見習い未満の小僧……ショウゴの姿があった。


 ……無事だった。


 どうして生きているのかわかんねぇが、宇宙空間で普通に立っている。宇宙勇者のスキルか何かか?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 よかった、本当に……


「さあて」


 勇者ユーリが言う。


「お話ししないとね……って、その宇宙船、無理そうだね。

 いや空気はなんとかなるのかな?

 まあいいや、とりあえずコンテナはドッキングさせるね。あと、服着といた方がいいよ。ボクはともかく、ボクの連れはみんな男だし」


 ああ、そうだ。

 オレが女だって、もうバレちまったか。



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