第12話 失踪

 あの夜。

 俺はスノウから提案を受けた。

 内容は。


「調印式が終わったら、デート、しませんか」


 ……。


 よし、普通ならここで舞い上がるところだ。

 なにせ前世の17年間、俺は彼女いない歴年齢の男だ。幼なじみも男しかいなかった。そいつはとっとと彼女作ってドヤってたので一生許さんと心に誓った。

 だけど。

 いや待て、別にスノウは俺の彼女じゃない。

 単なる俺の恩人で、俺が守ると誓った女の子ってだけだ。

 そこを勘違いして舞い上がるち後で泣きを見るのがお約束だ。前世で読んだマンガやラノベなんかでもそんなもんだ。

 そもそも、昨日の彼女の様子だって、責任感と罪悪感からきたものなんだ。彼女は優しい。だから俺を転生させてしまい、戦いに巻き込んだことを悔やんでいた。だけどそれはすっかり誤解は氷解したわけだ。

 俺は再び、あたらしい人生をこの宇宙で送ることを喜び、楽しんでいる。

 それをスノウも理解して喜び、安心してくれた。

 だから、もう負い目もなく、普通に接してくれる。だから、そのお礼とか、そういうのなんだよ。他意はないんだ。

 そもそもだ。

 デートって言うけど、俺のいた21世紀の日本でのニュアンスと同じとも限らないんだ。

 外国では友達が普通に遊びにいくだけでデートって言うし。

 陽キャパリピとか、付き合ってないのにデートしてたとか言うし。

 だから、結局はただそういうことでしかないわけだ。

 誤解はしない。

 勘違いもしない。

 オッケイ、俺は理解しているさ。

 だから……


「いよっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 抑えられなくて叫んだ。

 デート。でぇと。なんだその言葉。こういうのってモニターの向こう側にしかない言葉だろう!よーしよしよしよしよしよしよしよしよし落ち着けショウゴアラータ。とりあえず腕立て腹筋スクワットで高ぶった心と身体を沈めるんださーてそれからどうしよう。まずは着替えだ。そんなデートに着ていくような服持ってないと言うか、この宇宙での流行の服とかわかんねぇんたよな冒険者仲間に聞いてみるかいやだめだあいつら宇宙的に野暮で粗野な連中だしヴァークあたりに聞いたら裸ネクタイが正装だとホラねじ込んでくるに違いないしさっぱり役に立たない。ここは師匠に聞いてみるべきか師匠も年頃の女の子だしそういうのは少しは詳しいだろう俺よりも。あーいやだめだな師匠は男っけないってこないだ愚痴ってたからなあ師匠も可愛いのに。あの鬼のようなシゴキとかなかったら。アーシュはだめだな絶対にアドバイス代として大金要求してきそうだ、いや別に役に立つならお金払うのもやぶさかしせゃないけど、最近は仲良くなってきたからって宇宙エルフと宇宙ドワーフだからなあ相性も悪いし趣味とかもかなり違うんじゃないだろうかそう考えると普段通りか、いやしかし普段っていってもなあ。仕方ないなここは初心に返って……初心か、つまり出逢ったときの俺の学生服? ああそれ名案かもしれないな俺とスノウの出会いの時の思い出の服だこれ以上のチョイスはないんじゃないだろうか。あとはデートコースだけど正直この星やこの宇宙のデートコヘスに詳しくないんだよなあかといってスノウに全部任せるのは男としてどうよって思うしまあこういう時のために宇宙インターネットがあるんだありがちな剣と魔法の中世ファンタジー世界じゃない事に心から感謝するぜ、さっそくデートコースで検索をかけよう色々と調べないとそれに念入りにレイシャワーで身体を清めないとなおっと深い意味は特にないぜ?」


「うるさいよショウゴ君」


 師匠がドアを開けてやってきた。


「嬉しいのはわかるけど、途中から声に出てたよ?」

「……あ、すんません」


 出てたか。一生の不覚だ。


「まあ、別にいいけどさ。男勇者ってもてるし仕方ないよね」

「女勇者って……もてないんですか?」

「……」


 師匠は、


「女勇者のカップル成立率知りたい? 教えてもいいけど訓練の量が五倍になよ」


 と笑顔で言った。

 怖い。


「まあ女の子にはもてるけどね……」


 師匠はそうも言った。

 過去に何かあったのだろうか。深くは聞かないでおこう。


「……とりあえず。

 ボクは応援するよ、二人を」

「あ、はい」


 師匠は俺の部屋のベッドに座る。


「……正直。君には、勇者以外の道もあると思うしね」

「と、いうと?」

「君は、半ば巻き込まれた感じで、宇宙勇者になった。それは正体不明な君の、監視って意味もある。それはわかってるよね」

「ああ、それは……」


 理解している。

 膨大な宇宙魔力を持つ者が、何の知識も常識も枷もなく野放しになっていたら、それは爆弾と同じだ。


「でも君はボクの監督指導の元で色々と学んでがんばってきた。ボクはそれを見てきたからね。

 評議会の大勇者達も認めてるよ。『まあ殺さなくてもいいんじゃね?』って」

「雑な認め方っすね」


 まあそんなもんだろうけど。危険因子扱いが続くよりずっとマシだ。


「――だから、見習いの今なら、宇宙勇者を目指すのをやめるのも道の一つなんだ。

 今なら、評議会も認めてくれるよ。

 スノウ姫の入り婿になっていちゃいちゃするのもアリだと、ボクは思うよ」


 そう、師匠は。すこし寂しそうに言う。


 だけど……


「いや、そもそも俺とスノウはそんな仲じゃないですって。

 それに、俺はもう、自分の意思で宇宙勇者になりたいって思ってますから」

「……ふぅん、そうなんだ」

「はい。師匠に連れ回されて地獄の訓練でシゴかれていろんな星を回ったりしたけど、結構楽しかったですよ。

 スノウにも言ったけど、俺……宇宙や星が好きだったんで。

 実際にいろんな星を飛び回って冒険とか、ワクワクします」


 それは本音だ。師匠にも感謝している、すごく。


「……だから、そんなこと言わないでください。

 俺はずっと、ユーリ師匠の弟子です」


「……それはそれで、ちょっと複雑なんだけどなあ、あーあ」


 師匠は言う。どういう意味だろう。


「まあいいや。君がそういうふうに前向きなら、がんばってね。

 別に宇宙勇者って、恋愛禁止とか無いし。むしろエーテル値の高い子をどんどん作って次世代の勇者を育てろー、ってかんじだしね。

 なのになんで女勇者ってもてないんだろーね、あーあ。

 まあそれはてもかく、明日のデートがんばってよね、あはは。デートとか男女間のことに関してはボクは師匠面出来ないし。そういう経験ないし。むしろ君の方が師匠になっちやうかもね、あっはっは」


 笑いが怖いです。


 師匠はうふふふふふふ、と暗黒面のエーテルを垂れ流しながら、去っていった。

 ……師匠も大変なんだな……


 とにかく。

 俺は明日に備えて、準備を開始した。


***


 デートである。

 この俺、ショウゴ・アラタ17歳独身。

 生まれて初めてのデートである。

 スノウとの待ち合わせは、帝都の待ち合わせ場所、「フェンリル・エイト」と呼ばれる神獣の像の前だ。

 ……ハチ公前よ。


「うぉっ! でかいなぁ!」


 しかし思わず声が出てしまった。

 フェンリル・エイトとは、かつて五百年ほど前に皇帝が飼っていた宇宙フェンリルの事だという。

 当時の皇帝がまだ幼い頃、貴族の陰謀で宇宙船が墜落したとき、氷の惑星で宇宙フェンリルに助けられたらしい。

 そして十年を共に過ごし、帰還。宇宙フェンリル『エイト』と共に悪党貴族を倒し、皇帝の座についたという話が伝わっている。

 そんなフェンリルがモデルとなった像が目の前にあるのだ。

 いやー、凄いなぁ。……ってか、これ、何メートルあるんだ?

 30メートルくらいありそうだぞ?

 俺は見上げながらそう思った。

 忠犬ハチ公の像とは規模が違うな。流石宇宙。某ロボットアニメの立像なんて目じゃねぇでかさだ。


 さて、時間はそろそろである。俺は時計を見ながらそう思い、辺りを見渡した。


 ……スノウはまだ来ていないようだ。

 まあ当然だよな。だってまだ時間前だし……。……あれ? もしかして遅刻してる!? 俺は慌てて宇宙デバイスからログを確認した。

 時間はあっている。間違えて遅刻とかはしてないようだ。


 ほっと一安心しながら、俺はスマホをポケットにしまった。

 それから数分後、約束の時間ぴったりになった時だった。


「お待たせしました」


 背後から女の子の声が聞こえてきた。

 ――くっ、俺の背後を取るとは中々だな!

 振り返るとそこには、白いワンピースを着たスノウがいた。


「おお……。」


 思わず感嘆の声を上げてしまう。

 普段の格好もいいけど、こういう姿もまたいいものだ。

 透けるような白い肌に雪のような銀髪、そこに白い服。

 白一色と言ってもいい組み合わせだが、それが美しさと可憐さを際立たせていた。


「どうかなさいましたか?」


 スノウは不思議そうな顔をしながら訊ねてくる。


「いや、なんでもないよ。似合ってるなって思って」

「えっ?……ありがとうございます」


 俺の言葉を聞いたスノウは頬を赤く染めた。照れてるのか。可愛いな。


「それじゃ、行くか」

「はい」


 こうして俺たちの初デートが始まったのであった。


***


「わぁ?! これが帝都ですか!」


 スノウは初めて見る帝都の風景に興味津々といった様子だ。


「ああ、スノウの方が詳しいと思ってたけど」

「私は元老院の施設にだいたいこもっていますから。あとは各星の大使館や、他の星に行ったりで……帝都そのものはあまり」

「俺もそうだなー。宇宙冒険者、特に宇宙勇者っていろんな所に飛ばされるから」

「ふたりともおのぼりさんなわけですね」

「そうだな」


 俺達は街を歩きながら話していた。


「とりあえず適当に歩くか」

「はい。ところでどこに行くんですか?」

「そうだな……」


 俺は少し考えた後に言った。


「服屋とかアクセサリーショップでも覗いてみるか?」

「服……ですか?」

「ああ」

「これ……似合いませんか」

「いいやとても似合ってる」


 俺は即答した。


「だけどもっと色々見てみたいなあとか……あと、俺ももう少し服とかあったほうがいいかなとか」

「ショウゴさん、あのときの服ですものね」

「ああ、前世での学生服ってヤツだよ。正直、この宇宙のセンスとか流行とかわかんねぇし」


 その言葉にスノウはくすりと笑い、


「わかりました。では私がショウゴさんに似合うのを選んであげますね」


 スノウはそう言うと、俺の腕を組んできた。


「ちょっ、おい」

「ふふ、いいじゃないですか。せっかくのデートですし」


 スノウは悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 うーん、なんかテンション高いな。というかこんなキャラだったのか。いや、隠された一面か、それとも俺がそういうふうに見てなかっただけか……

 ともあれ、これはこれでとても可愛い。


「わかったよ。行こうか」


 俺はため息混じりにそう言って、腕を組んだまま歩き出した。



***


 それからしばらく街中を見て回った後、俺達は昼食をとるために宇宙喫茶店に入った。


「美味しいですね。この料理」


 運ばれて来た宇宙オムライスを食べながらスノウは言った。


「そうだな。ここ、結構人気みたいだからな」

「へぇー、そうなんですか。私も調べたんですよ。今日のために」

「そっか。ありがとな」

「いえいえ。喜んで頂けたなら幸いですよ」


 俺達の間に柔らかい空気が流れる。

 スノウとの付き合いはまだ短いが、それでもかなり仲が良くなったと思う。

 この調子だと、もっと仲良くなれそうだな。

 そんなことを考えながら俺はスノウと一緒に食事を楽しんだ。

 その後、街をぶらついたり、公園に行ってみたりした。

 そして夕方になり、俺達は夕食を食べる為にレストランへと向かっていた。


 ここを選んだのには理由がある。

 ここは、俺が何度か関わった店なのだ。


「ようこそ、ショウゴ様」


 宇宙シェフが俺に挨拶してくる。俺は答える。


「例のもの、お願いするよ」

「かしこまりました」


 シェフはわかっていたといわんばかりの笑顔で奥に引っ込んだ。


「馴染みなんですか?」

「ちょっと仕事で手伝っただけだよ。まあそれ以来時々、まかないとか食べさせてもらってる。

 変な宇宙食材欲しいって依頼を受けることもあるしな」

「変な、ですか……」

「まあ、今日は、ゲテモノはでないよ」

「今日は、ですか」

「うん。今日は、ね」


 そう話しているうちに、料理が運ばれてくる。

 見た目にはごく普通の、魚の宇宙ムニエルと、宇宙スープに、宇宙サラダだ。


 だが、スノウは気づいたらしい。

 この匂いに。



「これは……珍しい香りですね。なんでしよう」


「そう」


 俺は言う。この焼き魚にかかった、この宇宙では失われた、しかし俺にとっては馴染みの深い――


「醤油だ!」


 その調味料の名前を。



 ――この宇宙には、ぶっちゃけ醤油より美味い調味料は結構ある。

 俺のいち宇宙よりも遥かに進んでいるからだ。


 だが……


 シェフは言った。

 ショウユとミソはこの宇宙から失われた味だ、と。

 似たような話は、俺も前世で聞いたことがある。確か、醍醐だったか。古代の乳酸菌発酵食品。

 ヨーグルトに近いものらしいが、その製法は失われている。


 そして、同じように、この宇宙でも醤油と味噌は失われていた。

 だけど。

 俺はその味を知っている。そして、大まかだが製法も知っている。


 科学が発達した宇宙で、俺の現代日本知識なんて遅れまくっていて役に立たないと思っていたが……

 しかし、俺の古い知識を必要としてくれる人たちがいたのだ。


 ちなみに、シェフが俺が転生者だと知ったのは、師匠がお酒飲んで酔っぱらったときに話したからである。


 それはともかく、そうやって協力し、完成した時……シェフたちは言った。


「懐かしい味だ……郷愁を誘う。普通だけど」

「これは中々に深い……まあ、普通ではあるが」


 普通だった。

 もっと美味いソースはいくらでもあった。

 しかし……


「それでも失われた味というのは売りになるぞ」

「ベースにしたり、組み合わせればもっと美味しくなるな」

「超古代の料理……もっと教えて欲しい」

「次はミソだな!」



「……という感じで、俺が復活させたんだ」

「これが……醤油ですか」


 スノウはまじまじと料理を見る。


「この宇宙で一番近いのはブレズレンソースって奴だな」


 木の実から作るソースとのことだ。結構メジャーなソースである。


「確かに似ていますね」

「ああ。製法も似てた。醤油は大豆……この宇宙ではドゥワイズって言う豆を使って作るんだ」


 この宇宙の大豆は、人を襲ってきたけど。


「ドゥワイズの弾丸……ですか」

「ああ」


 まさに豆鉄砲だ。威力は鉄板に穴をあける。


「あれを煮て食べる宇宙人がいてね。

 彼らと協力して醤油と味噌を作ったんだ。彼らも喜んでたよ、自分たちの食料がこんなふうに化けるなんて、ってな」

「へえ……」

「んじゃ、食べるか」

「あ、そうですね。では、いただきます」


 そして俺たちは料理を口に運ぶ。

 ああ、懐かしい味だ……


「不思議な味ですね。私、これ好きです」

「それはよかった」


 顔を見るとわかる、御世辞じゃないな。

 よかった。

 その笑顔に、苦労が報われた。



***


「なあ、スノウ」

「なんでしょう?」

「今日のデート、楽しかったか?」

「もちろんです。とても楽しい一日でした。ありがとうございました」

「そりゃよかった。俺も楽しかったよ」

「また機会があれば、デートして下さいね」「おう。そうだな。今度は違う場所でもいいかもな。例えば……温泉旅行とか」


 俺は冗談交じりにそう言った。


「それは名案ですね。

 私も帝都では風呂に入れなくて寂しかったんです」

「宇宙エルフも風呂に入る習慣あるんだ……俺の宇宙、っていうか俺の国は温泉大国でさ」

「まあ、そんなんですか。火山の惑星?」

「火山のある国、かな」

「そうなんですか。では次はそういう星の温泉に、てぜすね。知っている星はあるので案内しますよ」

「それは頼もしいな」

「はい。任せておいて下さい」


 笑顔で答えるスノウ。

 俺もつられて微笑んだ。


 温泉か……いや。混浴とか家族風呂とか期待していない。だけど着衣混浴ぐらいならあるかもしれないし……


「あ、ショウゴさん、いやらしい顔してます」

「してません」


 即答した。


「ふふふっ」


 スノウは笑う。


 そして俺たちは、スノウの泊まっている元老院議員用の宿舎までやってきた。


「じゃあ、ショウゴさん。また明日」

「ああ」


 そして俺たちは別れる。

 また明日、そう約束して。


 ――その約束が果たされることはないと、この時の俺は、知る由もなかった。






***


 冒険者ギルドに併設されている宿の俺の部屋に、装甲に身を包んだ宇宙軍兵士たちが次々と押し寄せてきたのは、調印式から二日後の事だった。




「な、なんだなんだ!?」




 その数は二十人ぐらいだろうか。


 銃を構えてはいるが、敵意はなさそうだった。少なくともいきなり撃ってくるというようなことはなさそうだ。




「宇宙冒険者のショウゴ殿ですね」




 兵士の一人が言う。




「あなたがかつて救出した、宇宙エルフのスノウ姫の所在を知りませんか」


「いや、知らないけど……


 色々と式の後処理もあって、三日ほどしたら自由になるから一緒に冒険に、とは言われたけど」


「そうですか。


 実は、スノウ姫が行方知れずなのです」




 ……。




「ええええええええええええええええええええええ!!?」




 俺は驚く。


 いやいやいやいやいやどういうことだよ!?




「行方不明って……どういう」


「それが……非情に難しい状況なのです」


「難しいって……」




 詰め寄る俺に、別の声がかかった。




「なぁに簡単だ。犯罪者として疑われているのだよ」




 俺は声の方向を振り返る。


 そこにいたのは見知った顔。


 確か、ザナ味……いや、ザナージだったか。




「どういうことですか!?」




「ふん。言ったとおりだよ。


 かの姫様にはな、銀河帝国転覆を企んだ疑いがかけられているのだ。


 帝国に賛同し調印することで内部に入り込み、反帝国のエルフどもを呼び込んで破壊工作や政治的分断工作、ハニートラップ諸々を仕込んだと、な」




「な……!


 スノウがそんなことをするはずがないだろう!


 証拠はあんのかよ!」


「あるとも。姫の部屋から大量に出てきたわ。


 ああ、完璧すぎるほどに完璧な証拠が続々とな」




 そのザナージの言い方に、かっとなった頭が少し冷える。


 言い方にどうにも含みがあるからだ。・




「……あんた、疑ってるのか」


「さて、どういう意味でかな。


 スノウ姫が犯罪者であると疑っているかどうか、ならばイエスだ。当たり前だ。


 だがこの見事な証拠の山が疑わしいというのもまたイエスだよ。


 ああ、実に気に入らん」




 ザナージはカツカツと靴音を立てながら部屋を歩き回る。




「いいか、ショウゴ・アラタ。


 私は貴様が気に入らん」




 こないだは期待しているとか言っていたのに。いやそれはどうでもいいけれど、差ザナージはそんなことを言い出した。




「そして、このタイミングで、貴様の大事な姫が犯罪の証拠を残しで姿をくらませる。


 となれば当然、貴様を気に入らん私は、貴様にも嫌疑の目を向けるのが当たり前だ。


 ああ、当たり前すぎて気に入らんわ。まるで誰かが筋書きを書いているようではないか?」


「つまり、黒幕が別にいると……?」


「知るか」




 ザナージは吐き捨てるように言った。




「そういうのは調査をして真実を解明すればわかることだ。


 だがな、私は貴様が嫌いだ。


 だからここで貴様に変に嫌疑をかけて関わりたくないのだよ。誰が好んで宇宙ギコブリと顔を突き合わせて事情聴取したり監視したりするものか!」




 そう言って、ザナージは手をシッシッ、と振る。




「精々勝手にエルフの無実を証明しようと無駄足踏んで動き回るがいいさ。


 話は終わりだとっとと出ていけ臭いんだよ冒険者風情が!」




 いや、ここ俺の部屋なんだけど。


 だけど……




「ああ、そうする」




 俺はこの男の言葉に素直に従う事にした。


 なんだよ、ぱっと見傲慢で尊大な嫌な奴に見えるけどいい奴じゃないか。


 俺は閉まった扉の向こうに向かって軽く頭を下げると、下の酒場へと向かった。








「話は聞いたよショウゴ君」




 酒場ではユーリ師匠が俺を出迎えた。


 流石は宇宙勇者、もう情報が言っているようだ。




「……で、師匠もスノウを捕まえるんですか」


「うん、捕まえるよ。軍より先にね。


 もし軍や貴族たちに、スノウ姫を罠にはめた者がいるとしたら、軍に確保されたら危険だよ。


 だから、なんとしても」




 問答なんてする必要もなく、ユーリ師匠はスノウの無実を確信してくれていた。


 心強い。惚れちまいそうだ。




「問題は、どこにいるかだけど」




 話していると、ウェイトレス姿のアーシュが水をもってきながら言う。




「あの子一人で逃げ回れるとは私は思わないわね」


「……どういうことだよ、アーシュ」


「あんたや私と違って、あの子は荒事になんて全く向いてないお姫様よ。


 あんたと会った時も、追いかけられてすぐに捕まりそうになってたんでしょ。


 一度や二度逃げられても、そう逃げ続けられるわけないのよ。あの雪エルフ、魔法だって簡単な治癒とかぐらいしか使えないし」


「……確かに、な」


「私が思うのは、すでに捕まっているか、あるいは匿われているか、ね。


 どっちにしても、軍は見つけていないと思うけど」




 その言葉に、俺もユーリも頷く。


 見つけているなら探す必要はない。




「なら、スノウを別で狙ってそうな連中、そして匿ってそうな連中を手分けして……」




 俺がそう言ったとき、




「話は聞かせてもらった!」「及ばずながら力を貸そうか」




 と、ヴァークとメイグーが割り込んできた。




「お前ら……」


「おっと野暮は無しだぜショウゴ。


 お前の愛しい姫さんのピンチなんだろ。だったらここで俺らもお姫様に恩売っておこうと思ってな」


「というか、前に怪我した時に姫様に助けてもらった恩があるしな。


 仲間……とは言わんが、知り合いが困っているなら手を貸すのが冒険者だろう」


「貸しにしとくぜ。で、俺らはどうすりゃいいんだ?」




 二人の言葉に、俺は声を失う。


 こいつら……




「いい奴だな、お前ら」




「何言ってんだよオイ」


「いいから指示をよこせ。


 ……お前じゃらちが明かないか。


 どうすればいいのですか、勇者様」




 メイグーの質問に、ユーリは答えた。




「わかった。では手分けして探すよ」






 そうして、俺たちは街を駆け巡った。


 繁華街、下町、オフィス、スラム、様々な場所を聞き込みした。




 だが……




「だぁめだ」




 数時間後、集合した俺たちの成果はゼロだった。


 全員が疲労困憊である。




「宇宙港にもスノウ姫の出た痕跡はなかったよ、勇者の特権使って閲覧してみたけど……」


「港での聞き込みも駄目だったわ」




 ユーリとアーシュがテーブルに突っ伏す。




「冒険者仲間に聞きまわってみたけど駄目だったわ。


 ここ最近に姫さんと接触持った人間には全員当たってみたんだがなあ」


「こないだの貴族……ファットマンも卿も心配してたな」




 ヴァークとメイグー。


 メイグーは貴族たちにも探りを入れていたらしい。




「あの貴族か。


 そりゃ自分が必死に援助してたエルフとの交流がこのままだとご破算だしなあ……」




 あのさわやかイケメン貴族を思うと、同情する。いやムカつくけど。




「しかし手詰まりって感じだわなぁ」




 ヴァークが言う。 




「手分けして最初から姫さんの足取り追っても見当つかず。


 こりゃもうお手上げかもな。あとはもう宇宙エルフの星まで行くしか……」


「流石にそれは……いや、待てよ」




 そもそものその「足取り」が、この星……銀河帝国首都惑星セントラルーンに到着してからなら。


 俺とスノウが出会った時、そしてその前……




「宇宙海賊に、襲われていた……」




 そうだ、スノウは狙われていた!


 そしてそれがまだ続いていたとしたら。諦めていなかったとしたら……!




「こいつだね」




 ユーリがホログラフを出す。アーラフの手配書だ。




 宇宙海賊アーラフ・ヴォーロンド。


 賞金は宇宙金貨百八十枚。日本円換算で千八百万円って所か。


 こいつがまだスノウを狙っていて、そして捕まえたというなら……




「よし、こいつを探そう。 


 この星でスノウを攫ったなら、足取りを……」




「その必要はないぜ」




 俺たちの会話に、横から声がかかる。


 その声の主を見ると、見覚えのない冒険者だった。


 俺たちと同じかもう少し若い、いや幼い、少年だ。


 少女のような顔だちをしているが、粗野な目つき、表情がその気の強さを見せている。




「あんたは? てか、必要ないってどういう……」




「オレの名はサッサ。


 知ってるからな、そいつを。


 ずっと追ってるんだよ。そして見つけたからな、今準備進めてる所さ」


「なんだって……!?」


「エルフを連れてたのは珍しいからな、足取りはバッチリさ」




 その言葉は聞き逃せない。


 やはのスノウは、アーラフが!




「あんたらもあいつ追ってんなら、ちょうどいいや。


 こっちは手が足りなかったから依頼出そうと思ったのさ、冒険者ギルドに。


 それを直接あんたらに依頼するよ。


 宇宙海賊アーラフ捕獲に協力してくれ。あんたらも追ってるんなら利害は一致だ。金は山分け、どうだ?」


「申し分ない」




 こちとら藁をもつかみたいんだ。断る理由なんか何もない。




「よし決まった。43番区画の71番ドックにオレの船が停めてある、そこに集合だ」




 グラスを飲みほしてテーブルに置き、サッサは言った。






「行先はとある小惑星帯、そこにアーラフはいる。


 オレ達の獲物がな」

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