第11話 皇帝
会場に荘厳華麗なファンファーレが鳴り響く。
調印式の式典が開始された。
鼓笛隊が音楽をならし、兵士、騎士が行進する。
そして、スノウをはじめとした各星系の代表者が、調印する。
今回は、四つの星系、11の惑星が帝国に帰属したということらしい。
なお、俺のいた地球と違い、一つの惑星の人口は数十万から数百万が平均的とのこと。もっと少ない人口の惑星も多いが、人口が増えすぎると他の惑星に移住するらしい。
なお、式典に皇帝は不在だった。
代理として皇子であるレオン・ン・リギューラが演説を行っている。まだ俺と同じくらいに若いのに立派なものだと思う。
「銀河帝国が侵略戦争に明け暮れていた時代を、私は知らない」
皇子は壇上で大きな身振り手振りで演説する。劇場型というのだうか、中々様になっている。
「当たり前である、三百年も前だからな、帝国が方針を変えたのは。
当時を知っているのは皇帝陛下か、あるいは長寿種族ぐらいりものだ。宇宙エルフのような、な。
彼らにとって、帝国とは邪悪な集団、恐怖と嫌悪の象徴であろう。力によって宇宙を支配しようとした邪悪なる帝国!!
にも関わらず、今回、北の宇宙エルフ星系連合が帝国への帰属を決意してくれた。これは大変なことである。
帝国の属国となるということは、最大限の自由を尊重されるとは言え、支配と変わりない。
古き誇りのある星々が、その支配を受け入れる理由は何だ。
様々だろう、自らの星が危機に陥っている。戦争、侵略。自然破壊や星の寿命。人工増加あるいは減少。病の蔓延、資源の枯渇。
だが、宇宙の歴史においては、他者との迎合を良しとせずに滅びた星々もいくつもある。
では何故か。帝国の属国となった星々、人々に誇りがないか等か?
――違う。
彼らに帝国が、共に在る事を許容できる共同体として、あるいは友として、主として、認められたからにほかならない。
その事を我ら帝国は、重く受け止めねばならない。大いなる義務と責任を持って、帝国の一員を迎えねばならぬのだ。
彼らの参加により、帝国はさらに栄えるだろう。そして帝国は、彼らに庇護と援助を与え、共に問題を解決し、発展していくのだ。
このような重大な式典に、皇帝陛下が姿を表さないのを不快に思われる方もおられるだろう。
なんといっても三百年以上も生きておられる方だ、体調も芳しくなく、公の場に出られぬ事を私が代わって深く謝罪を……」
皇子が頭を下げようとしたとき、別の声が響いた。
『その必要はない』
会場がざわつく。
「この声は……皇帝陛下?」
レオン皇子のそばに、巨大なホログラム通信が現れる。
それこそが……
『まずは大切な場に映像での参列、および遅参を謝罪させていただこう。
余が、皇帝である』
銀河帝国皇帝、その人だった。
それは、生命維持装置の管でつながれた痛々しい老人の姿だった。
だが、鋭く輝く威厳に満ちた眼光は皇帝の威が健在だと物語っている。
これが、銀河帝国を支配する男……。
『といっても、皇子が余の言うべき事はあらかた言ったようだがな。これでは余も引退すべきかもしれぬわ。
しかし、まだ余は働かねばならぬ。
この宇宙は未だ混沌としておる。
終わらぬ戦い、貧困、魔物達の恐怖……噂では宇宙魔王の復活が近いという流言まで飛び交っておる。
これでは引退してのんびり茶を啜る事も出来ぬわ。
現に此度も、宇宙エルフが宇宙海賊に襲撃されたという話もある。
だが』
皇帝はしばし瞠目し、そして力強く言う。
『英雄も生まれておる。
そのエルフの大使が宇宙海賊に襲撃されその命が、そして盟約が失われようとした時に、宇宙兵士でも宇宙冒険者でもない少年が、姫君を救出したという。
聞いたとき、余は心躍ったわ。
余がまだ若き青年だったころ、帝国を変えようと戦っていた頃、似たようなことがあったわ。
宇宙を駆け抜け、理不尽と、邪悪と戦い、人々を、自由を守るため戦った英雄達。
その英雄は決して過ぎ去った過去の伝説、ではい。
意志は!!
……受け継がれておる。芽吹いておる。
今、この瞬間に。若き英雄が、まだ見ぬ英雄達が生まれておる、そう思えば――余は心が踊り。若返るわ』
皇帝は、悪戯っぽく笑った。
『臣民を、新たな同胞を守るためにも、帝国はより結束を固めていかねばならぬ。
そして新たなる英雄の誕生を見守り、育てていかねばならぬ。
帝国に栄光在れ。
臣民同胞に栄え在れ。
帝国よ、永遠なれ!!』
「帝国よ永遠なれ!!」
「帝国万歳!!」
「帝国万歳!!」
「銀河に栄えあれ!!」
「結婚してくれ陛下!!」
「帝国万歳!!」
貴族、兵士、騎士、様々な宇宙人達が熱狂の声をあげる。
その声に見送られるように、皇帝のホログラムが得た。
「さて……
皇帝陛下のお言葉も賜ったことであるし、次に表彰に移りたいと思う。
今回、一つの星系、六つの星を勧誘に成功した功労者だ。
銀河帝国が宇宙軍の騎士、ザナージ・ヴァハルーヒ候」
「はっ」
名前を呼ばれて出てきたのは、あの神経質そうな男だった。尊大な笑みを浮かべている。
他にも、何人かの者が、星と星の仲立ちを評されていた。
そして……
「そして、宇宙冒険者ショウゴ・アラタ」
「は?」
俺の名前が、不意に呼ばれた。
そして、俺の行る場所にスポットライトが当たる。
えっ、なに?
「彼は宇宙エルフの皇女を救出された、先ほどの皇帝陛下の言葉にもあった冒険者だ」
……。
いやいやいやいやちょっと待て、なにこれ?
なんでいきなり名指しで紹介されてんの俺。
俺の困惑をよそに、周囲から喝采が起こる。
やべぇ、超恥ずかしい。逃げたい。
「さあ、壇上へ」
呼ばれる俺。
えー、いかなきゃなんないの?
だけどここでいやいいですと逃げられるほど神経ず太くないわけで。流された方がマシです。
仕方なく俺は言われるままに壇上に。
……うわぁ、泣きてぇ。
「君のおかげで帝国はさらなる発展を遂げるだろう。よくやってくれた。
もし君の働きがなければ、銀河帝国と北の宇宙エルフ星系……いや宇宙エルフという種族そのものとの関係が最悪のものになり、戦争すら起きていた可能性がある」
……別に俺がてなくても、宇宙勇者ユーリがどうにかしてた気もすごくするんだけど。
でもまあ、それ言うのはやぼなんだろう。
こういう場で主語大きく言うからには、政治的意図もあるんだろうし、一市民の俺は黙ってはいはい言ってた方が賢明だな。
こういうのを、作られた偶像とか言うんだろうな。
……だけど、まあ。
俺はこの壇上に居る、スノウの姿を見る。
誇らしそうに嬉しそうに微笑んでくれている。拍手してくれている。
……スノウが喜んでくれているのなら、悪くないのかもしれない。
「期待しているよ。君が宇宙勇者となり、真の英雄となる日を」
なんか利用する気満々だど、この皇子様。ぜったいにそんなパターンだこれ。
まあ、いいか。
◇ ◇ ◇
「なんだあれはぁああああ!! あれでは! この! ザナージ・ヴァハルーヒが! まるで前座ではないかあああ!!」
床に酒がこぼれないように飲み干してから、銀のワイングラスを床に叩きつけるザナージ。叩きつけた後、すぐに拾って床やグラスに傷が無いか確認するのも忘れない。
「私から仕事を請ける下請けの冒険者風情が、なんだあれは! ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!!」
歯ぎしりするザナージ。
見ていて飽きない。
これだからオレは、この男を重宝するのだ。
「まあ落ち着け、ザナージ」
頃合いを見て、オレは声をかける。
「……レオン、皇子殿下。なんだいたのか」
「ああ」
騎士風情が皇子に対してこの口の利き方。他の臣下が見たら慌てふためくだろうが、しかしオレは特に気にしない。
こいつとは、古くからのそういう付き合いだからな。
「私は怒っている」
「見たらわかる」
「誰のせいだと思っている!」
「オレのせいなら頭を下げたが、いかんせんあの男に目を付けたのは皇帝陛下だからな」
「くっ……、おのれ先代め」
先代、か。
この面白い古代妄想狂は、自分を次代の皇帝だと思っている。
オレ以外には吹聴しないところがまた面白い。これが所かまわず吹聴するただのバカならとっくに胴と首が離れているだろうが。
そしてなにより、こいつはこいつで優秀なのがまた面白い。
言動だけ見たらただの誇大妄想の三文悪役にしか見えないんだが。
「皇帝陛下の言葉通り、宇宙は英雄を求めている。
タイミングとして丁度あの小僧が都合よかっただけだよ。ザナージ。
それだけの話だ。
積み重ねた功績はお前の方が遥かに高く、そして重い。
ならばこそ勝者の余裕をもってどんと構えていればいい。お前は次期皇帝になる男だろう?」
オレはそんなもの、頼まれても嫌だが。
上に立つというのは苦労が多し責任も重い。
オレのような命令をこなすだけの小市民には荷が重すぎるというものだ。
そんな重責を好んで背負おうとするバカは、見てて面白いが。
「ふ、ふんそうだな。
この私はいずれ銀河帝国を支配する男だ。
クククク見てるがよいショウゴ・アラタよ!
私が皇帝になった暁には、貴様を宇宙チンドン屋に任命して一人パレードさせてやる! たった一人で帝国の大通りをパレードする恥ずかしさは並大抵のものではないぞ!! ふふふ、ふはははははは、ぎゃーーーっははははははは!!!!!!!」
なんだその発想。
あのショウゴと言ったか、彼もめんどくさいのに目をつけられたものだ、同情するよ。
だが……
「実際、どうなのだろうなあの小僧は。
皇帝陛下が言及したのは、果たして本当に、ただタイミングが良いからだけだったのか、それとも……
オレの知らぬ何かがあるのだろうか。
英雄としての素質が。
もしそうだとしたら……」
オレはわざとらしく、ザナージに聞こえるか聞こえないかという感じでつぶやく。
「また楽しみが増えたかもしれんな」
これだから、この宇宙は面白い。
ああ、楽しませてくれ。
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