第9話 呪縛

「私に、縛られて……ですか?」


 スノウが足を止め、静かに重く、そう言った。


「どういう……?」


「勇者評議会の方や、アーシュさんに調べてもらったんです。あの遺跡について。

 ショウゴさんが、この宇宙に転生したことについて」


 そんなことを調べていたのか。

 調印式までもうすぐで、忙しいだろうに。


「あの宇宙遺跡は、使用者の望む者を呼び寄せるということです」

「それは俺も聞いたよ。

 そして、スノウがピンチになってて、助けを呼ぶ声に俺が……俺の魂が、時空を越えて、とかなんとか」

「はい。

 でも考えてみてください。

 助けを求めて、強い力を持つ何かが現れた。

 それが、本当に使用者を、召還者を襲わないと断言でき?でしょうか」

「それは……俺がスノウを襲うと?」


 いや、そんなことは。

 そりゃ目の前にこんな美少女がいたら、襲いかかる不埒者もいるかもしれないけど、死ぬまで彼女いなかったような俺にそんなことは。


「召喚術の基本です。

 召喚された者は、召喚者に危害を加えないように、術式に支配の法則が組み込まれる」


 ……。

 それ、は。


「雛鳥の刷り込みにも似た洗脳です。

 召喚者に親愛を抱く。

 宇宙魔術師の方が言ってました、それが召喚術だと。

 そしてそれは……

 あの宇宙遺跡のシステムにも」


「……」


「ショウゴさんが、いきなり私を、命がけで守ってくれたのは。

 私が、あなたを縛っているからなんです。

 私のせいで。

 私の勝手な願いで、ショウゴさんを平和な世界からこの混沌と戦乱に満ちた宇宙に勝手に呼びつけて、そして戦わせた……」


「……スノウ」


「そんな身勝手な私に、ずっと縛られて……

 それは、とても残酷な……」


「……」


 俺は、黙ってスノウに近づく。

 そして、手を伸ばす。


「……っ」


 スノウは、びくっと身をこわばらせる。


「……で?」


 俺は、スノウの頭に手をのせて、そう言った。


「……え?」


 スノウがきょとんとする。


「衝撃の事実だな。驚いたよ。

 もう知ってたけど」

「……はい?」

「ユーリやアーシュからな。

 だけど、お前が知らないこともある」


 そして俺は言った。


「私のエーテル力は530000です」


「ごじゅっ……!?」


 スノウが目を見開かせる。そりゃそうだろう。

 ユーリ師匠の数倍だ。評議会の七元徳にも匹敵するらしい。

 もっとも、最大数値がどれだけ高くても、それはタンク貯蔵量がでかいだけのようなものだ。そのタンクに設置された蛇口が大きくないと、一度に使えるエーテルの量も強さも限られている。なので鍛えなければいけにいわけだが……


「そんな支配力、とっくに抵抗してるよ」


「えー……」


「あと、だ。仮にその召喚の際の洗脳支配が効果あっても、それはたとえるならこういうものらしい」


 初めて出会った男女が一目惚れして付き合った。

 だけど、最初は外見や雰囲気で恋に落ちたとしても、付き合っていくうちにやがて内面を色々と知っていく。

 そして幻滅して心が離れることもある。

 それどころか最初の好意が裏返って嫌いになり憎み合うことすらあるだろう。

 かと思えば、もっと好きになることだって当然ある。

 そう、第一印象のバフ効果のようなものなのだ。そうロード・ルヴァンの爺さんが言っていた。自分の甘酸っぱい兼愛経験を交えながら。


 吊り橋効果に似ているのかもしれない。召喚者はピンチで召喚された者はいきなり戦いの場に投げ出されたわけだし。


「……どっちにしろ、何も問題は無しだよ。

 俺は、俺の意志でスノウ、君を守りたいと思って戦った。

 そして、この宇宙を見てワクワクした。前の人生ではフィクションの中でしかなかった宇宙の冒険の世界に俺はいる。

 ……夢だったんだよ。

 好きだったんだ、星が。ずっと宇宙に出てみたかった。

 俺の知ってる宇宙とは違ってたけどそんなの些細な問題だね。俺にとって宇宙はとにかく未知と浪漫の塊だったんだ。むしろもっと遠くにはもっといろんな宇宙があったんだって知って……

 こんなの、燃えなきゃ嘘だろ」


 そう俺は笑う。嘘偽りない本音だ。

 そりゃ、困ったことや不便なこともたくさんある。前の世界に未練がないこともない。

 だけど、俺は前を向いて進む。


 笑いながら、俺はスノウの頭を撫でる。

 絹糸のような水色の髪の感触がとても心地よい。


「……ショウゴ、さん……」


「だから、俺はすげー感謝してる。

 だってさ、スノウが呼んでくれなかったら、今も俺、死んだままなんだぜ?

 死んでたからわかるけど、死語に幽霊になるとかありゃ嘘だな。だって死んでから意識無かったもん」


「……この宇宙にはアンデッドモンスターがいて、宇宙ゴーストも……実在します」

「マジでっ!? じゃあ俺の宇宙ではいなかっただけなのかな? あーいやともかく、だ。俺が今、第二の人生があるのはスノウのおかげだ。感謝してる、感謝しかねぇ。

 そして俺は洗脳されても縛られてもねぇよ。

 この俺、ショウゴ・アラタの意志で、スノウ、君を守りたい」


 ……なんか勢いですげぇこと言ってる気がする。

 スノウは、肩を振るわせる。

 ……あまりのクサさな笑ってんじゃないだろうな。

 

「ショウゴさん……わっ、わたし……はっ、わたっ……!」


 スノウは嗚咽しながら、俺の胸に飛び込んできた。

 俺は、ただ黙ってスノウを撫でる。

 ……こんなことで、こんなにも悩んでいたのか。

 だから、評議会やアーシュに相談していたのか。

 だから、俺を縛ってしまわないように避けていたのか。

 それをバカだなあと笑うことはできない。

 ずっとこの調子だったんだろう。

 宇宙エルフといえ、まだ小さな女の子だ。国の運命を背負い銀河帝国の中心までやってきて、宇宙海賊に襲われ宇宙ゴブリンにも追い回されて。

 どれだけの重荷を、この小さな肩に背負ってきたのだろうか。

 きっと、俺の安易な想像などお呼びもしないのだろう。

 俺にできることは、ただこうやって抱きしめて安心させてやることだけだ。気の利く言葉なんてかけられるほど頭も良くないし場数だって踏んでいない、ただのガキでしかないのだから。


 ただ俺は、スノウが泣きやむまで、ただ立ち尽くしていた。


 そのぐらいしか、出来なかった。




 ◇ ◇ ◇



 その光景を、ボク達は建物の陰から黙って見ていた。


「……ったく、見ちゃいられないわよね、エルフってのは」


 そうアーシュが言う。


「遺跡のギアス解除の方法をがんばって調べてたみたいじゃない、アーシュ」

「そっ、それはアレよユーリ様。あのエルフからお金むしり取ろうと思ってよ。結局なにもかも無駄足だったみたいだけど」


 そう、結局ショウゴ君はそのエーテル力で遺跡の支配力に抵抗していたと判明だ。

 うん、やっばり鍛え甲斐があるよね、彼。

 ともあれ、スノウ姫もこれで肩の荷がひとつ降りたと思う。気に病んでたもんね。普通の男の子を戦いに巻き込んだんじゃないかって。

 ボクが見た所、ショウゴ君は十分に宇宙冒険者向きだけど。 


「あとは、調印式が終わったらとりあえずは一件落着かな」


 ところが。


 そうはならなかったのだ。

 この宇宙は、とことんまでトラブルに満ちていた。


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