第8話 宇宙冒険者 


 あれ? 俺また何かやっちゃいました?



 この宇宙に来て二ヶ月。

 宇宙冒険者ギルドセントラルーン支部の食堂にて、俺は普通に食事をしていただけなのに、周囲が静まりかえった。


「おい、ショウゴ」


 宇宙冒険者のヴゥーク・アーナヤッツが神妙な顔で言う。


「どこの星の風習かしらねぇがな、ここじゃスープはストローで飲むもんだ。スプーンで飲むなんて恥ずかしいぞ」


 やはりまたやっちゃっていたか。

 別の時代別の世界には現代日本の風習はなかなか通じない。

 郷に入りては郷に従え。これは全宇宙共通だ。

 俺はヴァークに手渡されたストローでスープを……


「ぶわっちぃいいい!?」


 口の中を火傷した。


「ぎゃーっはっはっはまただまされてやんの!」


 指を指して笑うヴァーク。

 よし、殺そう。


「てめえ! なにやってんだバカ野郎!」

「騙される方がバカなんでーす! ほら残さず飲めよストローで!」

「ふっざけんなよ食い物で遊んじゃ駄目なのはどこの星でも共通だ!」

「食い物であそんでねぇよおまえで遊んでんだよ!」


 うん、やっぱりこいつ殺そう念入りに。


「いいぞやれやれー!」

「よっしゃ俺はヴァークに宇宙ビール一杯賭けるぜ!」

「やっちまえショウゴ! 田舎者の力を見せてやれ!」


 周囲の冒険者達も盛り上がる。

 でもな、おまえ等も確実にグルだからな。このバカの計画を黙って見てただろうが。


「やれやれ、まったく食事時ぐらい静かにできないのかおまえたちは」

「うるせー四つ目!」


 宇宙冒険者のメイグ・アーネストが肩をすくめながら言う。ヴァークが言うが、この宇宙でもメガネ野郎へのスラングは同じらしい。普通に四つ目種族もいるのにな。


「だいたいなあ、てめーは最初から気に入らなかったんだよ!

 どことも知らねー宇宙のどっかからやってきたと思ったらお姫様だの勇者っ娘だのとイチャコラしやがって! 俺なんかあの四つ目ヤローと田舎から一攫千金夢見て出てきたはいいけど女っ毛ねーんだよ! 死ね!!」

「知らねーよ!! つかさんざ俺を田舎者田舎者言ってるがオメーも田舎モンじゃねーか!!」

「うっせー超古代宇宙語喋れるからって頭いいと思ってんじゃねーぞこの字幕野郎!」

「これしか喋れねーんだよ! いやだいぶ共通語がんばって覚えてるけど!」


 片言だけど簡単な日常会話ならなんとかなるようになった。

 前の人生でもこんだけ勉強したことなかったぞ俺。


 そして一触即発の喧嘩になりそうになったその時、


「はいそこまで!」

 

 ぱこーん、と俺とヴァークの脳天を宇宙アルミのトレイが盛大に殴りつけた。


 殴ってきたのは、俺の知ってる女の子、例の宇宙船の操縦士をやってた宇宙度ワーフの少女。アーシュだった。

 なぜかメイド服、いやウェイトレスの服を着ているのだが。アーシュは暇なときはここで働いているらしい。働き者なのはいいことだ。口の悪さと手の早さを

どうにかすればもっといいんだが。


「痛ってぇ……」


 俺とヴァークは頭を抱える。


「ここは喧嘩する場所じゃないわよ。あんたら血の気多すぎなのよ」

「おまえが言うな!」


 ヴァークが反論するが、


「あ゛?」


「はいすんませんでした」


 すぐにそそくさと意見を撤回した。

 こいつ……


「ったく、これだから冒険者は」

「いやお前もそうじゃないのか、アーシュ」


 宇宙船乗りこなしてたし。


「私はね、あくまでユーリ様に雇われた操縦士よ。冒険はしないの。そりゃユーリ様の指示なら暗黒星雲だろうと小惑星軍だろうと彗星だろうと突っ走るけど」

「へえ、信頼してるんだな」

「金払いいいもの、勇者様はね。私はね、お金次第ならなんでもやるもの」


 そういうアーシュに、ヴァークが言う。


「えっ、じゃあ金出せばヤらせてくれんの!?」

「いいわよ。宇宙白金貨を五千那由他枚ね」

「なゆ……?」

「十の六十乗が五千」

「天文学的!! 払わせる気ねぇな!?」


 ちなみに宇宙白金貨は日本円に換算してだいたい百万円だ。

 宇宙金貨が十万円、宇宙銀貨が千円、宇宙銅貨が百円といったところだ。


「あんたは特別価格よ」

「嬉しくねえ!!! つーかお前にそんな価値ねぇよこのクソドワーフ!! ロリ巨乳!! ちくしょー!!」


 そう叫びにがらヴァークは走り去っていった。

 まあいつものことだ。


「ったく、本当にあのバカは。冒険者って」

「それはもう聞いた」

「あっそ。

 いいから早く食べなさいよ。スーブ冷めてるわよ、新しいの持ってこようか?」

「いやいいよ、無駄にしちゃだめだしな」

「そう」


 なんだかんだいいながら、このアーシュは口は悪いが優しいんだよな。

 ここの看板娘と呼ばれるだけはある。

 いやここの連中がロリコンなだけかもしれんが。


 ちなみに冷えたスープはこれきこれで美味い。

 脂分が多いタイプではなかったので冷製スープとしていける。


「そういやあのエルフ最近一緒じゃないのね。フラれたの?」

「フラれてねえよ」


 アーシュが言ってくる。

 ……いや、確かに最近なかなか会えないんだけど。

 スノウがここにいる目的の、帝国への参加調印式までもう期日が迫っていて、準備もあるのだろうけど……

 少しずつ宇宙共通語が喋れるようになってきているのもあるのだろうか。いや、それにしても確かに寂しいものがある。

 一方で地獄の特訓は続いているし。


「……ふぅん。別にいいけど。

 修羅場持ち込むのはやろてよね。間違っても私の船で三角関係の刃傷沙汰とかごめんだから」

「ねぇよ」


 俺とスノウはそんなんじゃないし、ユーリはただの鬼師匠だし。

 ……だけどそれはそれとして、どうにも気になるんだよなあ。スノウ、会ってもよそよそしいし。





 今日のクエストは、ラヴァクーンと呼ばれる話くらいに存在する宇宙遺跡の調査だった。

 といっても、俺たちに調べる知識や技術はないので、担当したのは遺跡の周辺に生えている宇宙薬草の退治だ。

 薬草の退治ってなんだよと思うが、実際に薬草が村を襲っていたのだから仕方ない。

 俺とヴァークとメイグーがそのクエストを請負い、師匠に頼んでスターサファイア号でその星まで送ってもらったのだが……


「船に入らないで、臭い」


 アーシュが船に宇宙バリヤーを張りやがった。

 いや、宇宙薬草の消化液や樹液がすっげぇ臭いのはわかるけど。でも入るなとはあんまりだろう。

 仕方なく川で男三人で川で体を洗う。

 水に使って体を洗うのは随分と久しぶりだ。


「あー、くそ。普通ならここで水浴びしてるかわいい女の子と会う流れなんだが」


 ヴァークが言う。


「この星の民は宇宙リザードマン型が主だからな」

「……趣味じゃねぇんだよな。オスはかっこいいんだけどよ、宇宙リザードマンって」


 メイグーの言葉にヴァークが涙する。

 事実、そういったイベントは何もなく、服を着替えた俺たちは乗船を許され、セントラルーンへと帰還した。


「ご苦労」


 冒険者ギルドで俺たちを出迎えたのは、神経質そうな男だった。

 ザナージ・ヴァハルーヒと名乗る男は、見下したような顔で、


「想定以上の働きをしてくれたな。おかげで別働隊の調査チームが安全にたどり着けたとの報告を受けた。報償は色をつけて一人につき宇宙金貨五枚にしておこうではないか。是非ともまた貴様等に頼みたいものだ、優秀な冒険者はすばらしい」


 なんか絶賛してきた。

 というか宇宙金貨五枚って……日本円に直したら五十万円だぞおい。


「何の遺跡だったのです?」


 メイグーがザナージに聞く。


「ふん、冒険者風情が知る情報ではない」

「ああ、守秘義務ですか」

「いや、私も知らんからな。宇宙貴族のガリアード・ファットマン伯爵が趣味で調べているものだそうだ」


 古代宇宙語で「テブ」か。

 ひどい名前だ。一般的な言語でなくてよかったな。


「遺跡としての危険度はランクC程度なのだがな。まったく貴族の道楽というのは、手に追えぬ。金払いがいいから付き合ってやってはいるが」

「あんたはその貴族の手下かよ?」

「いいや、私は単なる軍人だよ。

 全く軍人になどなるものではないわ、貴族の道楽にも笑顔で付き合わねばならんからな。

 全く、自由な冒険者があらゆましいわ。私は残念ながらけいてはいないが」


 ヴァークの問いにザナージが答える。


「ともあれ、貴様等の名前は覚えておこう、ショウゴ、メイグー、ヴァーカ。

 ではさらばだ冒険者達よ」


 一人覚え損なっているが、気にしないでおこう。



「お疲れさま、三人とも」


 報奨金を受け取り、手続きを終えた俺たちをユーリ達が出迎える。


「だいぶ強くなったよね、ショウゴ君は」


 ユーリが俺を見て言う。


「あの宇宙薬草、五人に一人は死ぬんだよね、青銅ランクだと普通に。三人に一人だったかな?」

「マジで?」


 そんな強敵だったのか。いやまじで危なかったけど。俺たち三人とも装備ほぼ溶かされたし。残ったのは下着と宇宙スマートデバイスぐらいだった。

 あとメイグーの宇宙メガネ(宇宙ミスリル製)。

 そりゃザナージ氏も褒めてくれるな。


「そんなの相手にてたの俺ら!?」

「……ヴァーク、もしかして知らなかったのか」

「いや薬草採取だし楽勝と思ってよ」

「ショウゴをバカにできないぞお前。ちゃんと依頼書を読め、ど阿呆が」


 ヴァークとメイグーが言い合う。

 つーかお前も知らなかったんか、ヴァーク。


「危なかったらボクが手助けに入ろうと思ってたけどね。うんうん、しっかり成長してるよね。

 ヴァーク君とメイグー君もだよ。キミ達も強くなってる」

「はいっ光栄っす!」

「恐悦至極です、勇者様!」


 二人がかしこまる。 

 メイグーはおろか、女と見ればすぐコナかけるヴァークすらユーリに対しては態度が違う。冒険者として、戦士として尊敬している感じだ。宇宙勇者ってやはり違うんだな。

 俺にとっては単なる地獄のスパルタ鬼教官でしかないが。いや、尊敬はしてるよ?



「いっやー、お前とマブダチでよかったぜ!」


 ユーリが評議会に顔を出すということで俺たちと別れた後、ヴゥークが言う。

 いつからマブダチになったよ。


「勇者と接点なんて中々できねぇからな!」

「言っとくけど知り合ったからって便宜なんてはかってくれないぞ」

「わぁってるよ。勇者は高潔だからな、コネうんぬんは期待しねー。

 色々と見て学べっからよ」

「だな。君と違って直接指導を受けられなくとも、強い冒険者、勇者の近くにいられるという事はそれだけで己を高める機会に恵まれる」


 ……。

 驚いた。こいつらこういう所はまじめというか向上心はすげぇんだよな。俺もそこんところは尊敬できると思う、冒険者の後輩として。

 しかし高潔、か。

 ……そうか?

 俺のみる限り、単なる猪突猛進爆発少女って感じだが。

 いや、尊敬はちゃんとしてるよ?


「おい」


 メイグーが俺の腋腹をつつく。

 見てみると、スノウが廊下を歩いていた。こちらには気づいていないようだ。

 ……。

 俺は少し逡巡して、声をかけることにする。


「よし玉砕してこい、骨は埋めてやぐえっ!」


 ヴァークの野郎はとりあえず足を踏んでおいた。


「スノウ」


「……! し、ショウゴさん」


 俺を見て、声を詰まらせるスノウ。


「ひ、久しぶりだな」

「そうですね。えっと……」

「一週間ぐらい、だっけか」

「え、ええ。

 ……随分と、宇宙共通語が上達しましたね」

「ああ。もう字幕もほとんど必要ないよ。

 必要は発明の母って言うが本当だったんだな」


 英語を使えない日本人をアメリカにたたき込んだら数ヶ月でペラペラになってしまうという話を聞いたことがあるが、実際にそうなんだろうと実感した。

 今じゃ宇宙暮雲者の酒場で連中とバカ話、もとい世間話もこなせるようになった。


「教師がよかったからな」

「そんな……ショウゴさんの頑張りのおかげですよ。

 ……もう、私も必要ないですね」


 スノウがさびしそうに言う。


「そんなことないって。

 たとえばヴァークの野郎が宇宙共通語の教師だったら三年かかっても無理だなむ

「いろんな意味でそうかもですね」

「三日で殴っとるわ」


 お互い笑う。


 なおユーリが共通語の教師だったなら……

 考えたくはないな。



「この星は、空に星が多いですね。地上にも」


 歩きながら、スノウが言う。

 帝国の首都惑星と言うだけあって大都市だ。摩天楼も立ち並び、町の灯で空は明るい。

 なのに夜空に星が輝いているのは、銀河の中心にあめからだろう。


「私は、もう少し暗い夜空が好きです」

「うん、わかる」


 こういった不思議な夜空も乙ではあるが、やはり故郷の、それも郊外や田舎から見える夜空が好きである。


「ショウゴさんは、もう……この宇宙には慣れましたか?」

「うーん、どうだろう。

 前の俺の住んでた世界はさ、人間は自分の星の外にやっと出られた程度なんだ。自分たちの太陽系から出られていないし、他の星なんて知らない。

 異星人はいるかもしれない、いやいるだろう。だけど地球に来ているかどうかはわからないし、確認も出来ていなかった。

 そんな、狭い星の、狭い国で生きてたからな。

 スケールのでかさ、技術の高さなんかに色々と驚きっぱなしだよ。

 驚くことには、慣れたかな。

 あと、戦うことにも」

「前の星では……戦いはなかったんですか?」

「戦争はあったよ。同じ星の中で、同じ人間同士で戦ってた。

 まあ、それでも一般人が殺し合いすることはなかったよ。猟師が熊や猪なんかの害獣と戦うことはあったけど」

「ショウゴさんは……」

「喧嘩をしたことがあるぐらいだな。あとはゲームで」


 ゲームも下手の横好きだったけど。


「……そうですか」


 スノウが少し黙る。そして、沈黙の後に言う。 



「戻りたいとは、思いませんか」


 ……。

 それは。


「無理だろう、な。

 だって俺、死んでるんだぜ?

 異世界転移とかでもなく、タイムスリップとかでもなく」


 そう、俺はよく覚えて無く自覚もないが――

 一度死んだ。

 この世界でもそうだが、死んだ人間は生き返らない。

 その姿のままで転生し、記憶も自我も引き継いでいるというだけで、あり得ないほどの奇跡だ。


「戻ったら、そりゃもうゾンビだろ。居場所なんかねぇよ」


 元々、そんなに居場所があったわけでもない。


「……それは、つまり。

 戻れるものなら、戻りたい……と」


「時間は、どうあっても戻らねぇよ」


 スノウに、俺は言った。


「過去は思うものであって、縋るものじゃない。

 大事なのは今と、未来だ。

 俺はこの世界で、この宇宙で生きていく。お前がくれた新しい人生を」 


 その言葉に、


「私に、縛られて……ですか?」


 スノウが、重く冷たい言葉で言った。

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