第2話 異宇宙転生
「あ、流れ星」
この俺こと新田祥吾は、コンビニからの帰りに夜空を見てそうつぶやいた。獅子座流星群だったか。
俺は星が好きだ。夜空を見上げるのが好きだ。それだけで心が躍る。
いつか宇宙に行ってみたい。それが俺の夢だ。多くの少年たちが一度は胸に抱く、陳腐な夢だと言えば――全くもって反論のしようがないのだが。しかし陳腐だということは言い換えれば王道だ。決して馬鹿にされるようなものじゃない。、嘲笑するヤツがいるとしはたら、そいつは心から他人に誇れる夢を抱いたことのないつまらないヤツだね。
ほら、手を伸ばせば。
星が近い。
まるで、手に届くように、星がかがやいて――
ん?
ちょっと、星がでかくね?
あきらかにでかい。
星というか、車のヘッドライトが突っ込んでくるような、それも空から。いやもう太陽みたいな?
真夜中の太陽。なんとも心躍るフレーズだ。俺の好きな「真昼の星」という言葉に近いロマンを感じる。
っていやそういうことじゃなくて。
ちょ、ちか――――
うぉっ、まぶし――――――
そして、閃光と轟音。それが落ちてきた流れ星だ、と理解する前に、俺の意識はあっさりと閉ざされた。
……。
…………。
…………………………。
夢も見ずに、長く長く眠っていたらこんな感じだろうか。
意識が戻っても、目が開かないし、肉体の感覚もない。まるで意識だけが浮遊しているようだ。
――怖い。
そもそも、俺は誰だ。記憶が曖昧で、自分自身すら茫洋としている。
このまま瞼を閉じれば――いやそもそもなにも見えないし目が開いているか閉じているかもわからないのだが――また永久の眠りに落ちてしまいそうな不安感が体を包む。
しかし、落ちようとしている意識を押しとどめるとっかかりが何もない。
何もないまま、俺は闇に――
「……て……」
ふと、声が聞こえた。
俺の考えているものじゃない。確かに、どこからか聞こえてくる、雪の音のように微かな、消え入りそうな声。
だが、確かに……
「……すけ、て……!」
それは、俺の耳に届く。そうだ、耳だ。俺は音が聞こえる。声が聞こえる。
その声に、答えようと、俺は――
「――助けて!」
手を――
伸ばしたら、やわらかいものに触れた。
ふに、という感触だ。
大きくはなく、むしろ薄くて小さい。だが決してごつりと堅いというわけではない、触れると手のひらの熱で溶けてしまいそうな、儚い――
そんな感触が、最初に感じたものだった。
今まで17年生きてきた中で、決して触れることのできなかったもの、しかし男としての本能が、目がまだみえない状態でも、それが何かを理解している。本能と言うより、魂とでもいうべきか。
その、女の子の胸の感触が、俺の全身の感触を、全ての細胞、全ての神経を活性化させ、見えなかった瞳を見開かせ、視覚すら取り戻させた。
――だって俺、男だから――
「……」
その視線の先にあったのは、小さな女の子だった。
年の頃は13、4ぐらいだろうか。水色に輝く髪にアーモンド型の大きな耳をしている。そして、特徴的なとがった耳……
ん?
とがった耳? ファンタジーに出てくるエルフのような……というか、エルフだこの娘。
そんなエルフの娘が、涙を浮かべて俺を見ている。
……やばい。エルフ幼女の胸を揉んで泣かせてしまった。
この新田祥吾、一生の不覚だ。寝ぼけて性犯罪してしまいましたとかしゃれにならん。
ここは俺の華麗な土下座で――
そう思った瞬間、
「{+{`lpi`o+{{pokid!!」
俺には理解不能な言葉を少女が叫び、そして、爆音が響いた。
「うわっ!?」
その爆風に煽られ、吹き飛ぶ俺。
あわてて手を伸ばし、とっさに彼女を抱き抱えて爆風から守ったのは、自分で自分を誉めたい。そのまま転がって、岩に頭を打ち付けたりはしたが。
「ってー……」
頭をさすりながら周囲を見回す。ここはどこだ?
岩肌ばかりだ。どうやら洞窟のようだ。明かりはある。たが、その明かりは電灯や松明のようなものではない。
壁にはりついている、大きな水晶の結晶が光っている。といっても、今にも消えそうな感じではあるが。
あるのはそんな岩と、そして――
SFに出てくるような、巨大な……なんといえばいいだろうか。
「ゲート……?」
そんな言葉がふと俺の口をついて出た。うん、それっぽい。
めっちゃ門っぽいけど、扉自体はなく、その奥に何があるわけでもない感じとか。ああ、めっちゃこうワクワクするわ。
そう思っていると、ズン……とまた爆音が響く。
「}*+X?Z|CC!!」
エルフの女の子が俺にしがみついてくる。
えっわ何このシチュエーション。17年生きてきてこういうの初めてだよ。
「{`+0$'(&X#~=0???」
……しかし何を言っているのかわからない。
これがエルフ語というやつだろうか。
よし、オーケー。状況を整理してみよう。
道中、いきなり何か強い光が墜落してきて、俺は意識を失った。
気がついたら、見知らぬ場所で、言葉の通じないおる付の女の子がいる。
……。
これっていわゆるあれじゃなかろうか。マンガやラノベでよくある、異世界転移、あるいは異世界召還、もしくは異世界転生ってやつ。
……マジか。いや、状況考えるとそうとしか思えない。
しかしこういう場合、ふつうは都合よく言葉が通じるものだろう。なのにこの子の言葉は全然わからん。
そして彼女は不安そうに俺を見ている。
さて、どうしたものか……
まあ、言葉は通じなくても、最高級の笑顔と身振り手振りでどうにか通じるかもしれない。少なくとも何もしないよりはマシだろう。
「ド、ドーモお嬢さん。こんにちは?」
にちゃあ、と擬音がにじみ出そうな笑顔を向ける俺。向けてしまう。
いかん、気が動転している。
こんなんじゃ通じるわけも……
「……あなた、超古代宇宙語が喋れるんですか!?」
通じた。というか喋ってきた。
「超古代……宇宙語?」
というかこの子は何を言ってるんだ。ふつうこういうシチュエーションで宇宙と言う単語が出るか?
「かつて今の銀河文明が発展する前の宇宙で、古代アーシアンと呼ばれる宇宙人が使っていた言葉とされています。
宇宙古代史の研究者や、私たち宇宙エルフの一部はその言葉を伝えているんですが……」
……うん、何言っているのかよくわからない。
言葉の端々に宇宙と言う単語が出てくるが……
ここはいわゆるファンタジーな世界ではなくて、宇宙文明なSF世界なのか?
というか、宇宙エルフって何だよ。宇宙でエルフって。
……まあいいや。目の前にエルフの美少女、いや宇宙エルフの美少女がいるってだけでいまの俺にはそれだけでいいや。深く考えるのは昔から苦手なんだ。
「わかった、ひとまず言葉とかのそろはおいとこう。
俺は祥吾。新田祥吾だ。祥吾が名前な」
「私は……スノウです。スノウ・エル・フューン・エーデルヴァイス」
「長いな」
「スノウでかまいません、アラタ様」
「ショウゴでいいよ。様づけもいらない」
「はい、ショウゴさん」
そう言って、スノウは笑う。
その透き通るような可憐な笑顔に、俺はどきりとする。いかん、頬が熱い。
「そ、それで結局、一体全体どういう状況なんだ? ここはどこなんだ」
ごまかすように俺はスノウに質問をする。
「と言われても……私も初めてきた場所なんです。
私は銀河帝国に帰属するための宇宙エルフ諸連合の代表として調印するために銀河帝国の宇宙首都惑星セントラルーンへと向かっていたのですが……
乗っていた宇宙船が突如、宇宙海賊の襲撃を受けたんです。
それで脱出ポッドに乗せられて射出され、この星に落ちたというわけです」
「それはまた……大変な事になってたんだな」
「……はい。幸いこの星は生命が住める星ではあるようですが……ポッドから出たら宇宙ゴブリンに襲われて」
「宇宙ゴブリン」
そんなのまでいるのか。
「逃げ出したら穴に落ちてしまって……怪我は無かったんですけど出られなくて。そして洞窟を歩いていたら、あれがあったんです」
そう指さした先には、先ほどのゲートとしき形容できないものが。
「あれに触ったら、動きだして……そしたら」
俺が出てきた、と。
ふぅん、なるほど。
これはつまりあれか、まさしくゲート、召喚システムって感じか。
「古代宇宙文明の遺跡だとは思うのですが……」
「遺跡ねえ……」
改めて近づいてみる。
なんというか、完全に機能停止している感じがする。
俺が目覚めたときに光っていた細部も、水晶もその光を失っていた。
ちょっと蹴ってみる。
「ちょ、ショウゴさん!?」
「いや、古い機械とかって叩いたりしたら動いたりするから」
だが、蹴っても叩いてもうんともすんとも言わない。
「……おそらくエネルギー切れでしょうね。
ショウゴさんを呼び出した事で、残っていた力を失ったのかと……」
「ふうん。このエネルギーって何なんだ?」
「宇宙魔力……エーテルです」
スノウがいうには、エーテルとは万物に宿る力だという。
宇宙の万物を結び付ける力。あらゆるものを動かす力。人や動物に不思議な力を与える力。
俺たちの世界で言う所の、創作物や伝説にある魔力のようなものだろう。というか、宇宙魔力って言ってるし。
「それはどうやって充填するんだ? 魔力って言うならこう、当てて力を注入するとか?」
「それは……無理ですね。
エーテル力はある意味電気と同じなんです。電線を直接機械に当ててもそれで充電されるわけではないですから。
収束させ変換させ同調させる必要があり、熟達した宇宙魔法使いなら充填できるでしょうけれど……古い遺跡ですからね」
なるほど、エルフといえどもお手上げという事か。
まあ、今この遺跡についてあれこれ調べたり試したりは無理、ということのようだ。
「しかし困ったな。
結局何もわからないまんまか……
これからどうするかね」
「とりあえずは……この遺跡の出口を探さないとですね」
「だな……行くか」
そう言って俺は手を伸ばす。
「はい」
スノウは、俺の手を取った。
くぎゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
その時、スノウのおなかからかわいい音がした。
そして、スノウの白い顔が真っ赤になる。
どうやら、おなかがすいているらしい。
しかし、この遺跡には食べるものがあるだろうか。いやずっと放置されてたのだ、あっても駄目になっているだろう。
そんな時、ふと思い出した。
俺はコンビニに行った帰りに、ここに呼ばれたのだ。
そして、今の俺はあの時のままの服装をしている。学校の帰りに寄ったので学生服だ。そして、カバンもある。
という事は……
俺はポケットをまさぐる。
あった。
俺はポケットから取り出したそれを、スノウに差し出す。
「……これは?」
「俺がさっき買ってたお菓子だよ。やわらかいケーキ生地をチョコレートで包んだ感じの」
俺の好物のひとつだ。
異世界に転移や転生した場合、こういった現代日本のお菓子は絶大な効果を発揮するのが基本だ。そもそもこういうお菓子を知らないパターンが多く、それゆえに……
「あっ、宇宙チョコケーキですね!」
うん、普通に知ってた。
しかし彼女の顔を見るに、好感触のようである。
慣れた手つきで包装を破り、小さな口でかじりつく。
「んっふぅ~~~~~~~~~~」
めっちゃ幸せそうな、とろける笑顔でチョコレート菓子を噛みしめるスノウ。
ああ、幸せそうに食べる女の子っていいなあ。
おいしいものというのはどこの世界、どこの宇宙でも共通らしい。
リスのようにもきゅもきゅと食べているスノウを見ていると、ふとスノウが何かに気づいたように手元のお菓子をじっと見つめて、そして二つに割る。
「あ……えっと、少ないですけど、どうぞ……」
半分ほど食べたそれを、さらに割ったので四分の一程度になっている。
俺は笑いながら言った。
「いや、俺はさっき買い食いしたばかりだからいいよ」
嘘ではない。
俺は肉まんを食べていたのだ。そのチョコ菓子はデザートとして買ったものだけど、別段惜しくはない。
というか、かわいい女の子が幸せそうに食べてる光景が最高のデザートです。異論は認めない。
「ありがとうございます!」
そういうや否や、スノウはまたもきゅもきゅと食べ始め、チョコレート菓子を平らげた。
「ふぅ……美味しかったです、空腹は最高の調味料ですね!」
「わかる」
特に疲れている時に糖分は最高に染み渡る。
「さて……改めて道を探さないとな。
落ちてきたっていうなら、上を目指せばいいわけか」
「はい」
そして立ち上がったとき、爆音がした。
「うわっ!?」
壁が崩れ、そこから人影が現れる。
「46=3%$#"」
銃らしきものを肩にとんとんと担ぎながら、野生味の溢れる粗野な男が笑いながら言う。
うん、なんて言ってるかさっぱりわからない。
だが、今の俺たちが大ピンチなのだけは、理解できた。
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