第16話 蜂起

 その一報がルベリア王国の王宮に飛び込んだのは内乱から半年が経とうとしている時だった。


「南部諸侯の反乱だと!!」


 報告を受けた王太子オスヴァルトは思わずその場で立ち上がり、声を張り上げた。


「どうする?王太子」


 一方で、一緒に報告を聴いたアレクサンダー王はのんびりとした様子でオスヴァルトに問いかける。


 対応を振られるとは思っていなかったのか、オスヴァルトは一瞬、青い顔をしたが、すぐに伝令に問いかける。


「規模を教えよ!!」


「はっ!少なくとも、17の諸侯が民兵を集めて兵を上げた模様でございます。兵数は五千程、そこに各地から集まった傭兵三千が加わり八千にはなるかと」


「は、八千!?」


 予想外の数に青ざめるオスヴァルトだが、すぐに何をすべきか思い出す。


「すぐに国軍を送れ!!鎮圧せよ!!」


「ですが、殿下!国軍は二万を数えますが、王国全土を守るために分散しております。集めれば他国にスキを晒すことになりましょう」


「王都に在中する国軍を…」


「王都に在中する国軍は三千足らずです。幾ら正規軍と民兵や傭兵の集まりでは練度に差が有るとは言え、八千もの相手にしては勝ち目はありません」


 軍務卿からの言葉にオスヴァルトは苛立ちを覚えるが、言っていることは最もだ。


「ならば、騎士団も送ろう!!騎士団を全て合わせれば二千にはなる。国軍と合わせて五千。練度の差を考えれば十分に打ち破れよう!!」


 名案とばかりに言うオスヴァルトであったが、アレクサンダー王がその考えを否定する。


「王都を空には出来ん。騎士団を動かすことは許さんぞ王太子。そもそも騎士団は王命によってのみ動くものだ」


「ぐぅぅ!!では、反乱に組みしていない諸侯に号令を掛けよ!!反乱者を鎮圧するため、兵を率いて王都に集まるように下令するのだ!!」


「はっ!!」


 オスヴァルトの言葉に軍務卿は慌ててその場を後にする。一方、アレクサンダー王は哀れみの目をオスヴァルトに向けていた。


―○●○―


 監獄塔の中で、アレクシスは本を読んでいた。今読んでいる本は二十年前に何処かの暇を持て余した貴族が書いた物語だった気がする。


 特に本が好きというわけでも無いアレクシスだったが、監獄塔では、他にすることがない。適度に運動はしているが、右腕が手首から握りつぶされてしまっている以上、出来ることにも限界が有る。


 獄卒に頼めば本は持ってきて貰えるので、それはもう一日中本を読んでいる。


「ん?」


 自分が居る貴人向けの独房に向かって歩いてくる足音が聞こえ、アレクシスは本から顔を上げる。


「夕食には早いと思うが、何の用だ?それとも処刑が決まりでもしたか?」


「ふんっ!!」


 アレクシスの言葉を、登ってきた人物は鼻で笑う。


「随分と耄碌しましたね叔父上。獄卒と甥の区別も付きませんか?」


「何?」


 登ってきた人物をよくよく見つめ、アレクシスは苦笑する。


「なるほど!敵を討ちに来たと言うわけだ!今や国中が前王太子を毒殺したのは私だと思っているからな。不思議なことではない」


「まるで自分が父上を殺していないと言いたげですね」


「ああ。第1王子は確かに濡れ衣を着せて殺したが、前王太子。お前の父親は違う。前王太子が毒殺された折、第1王子が私を犯人だと言って殺し、地位を確固な物にしようとすると思った。私ならそうするからな。だから、殺られる前に殺った。だが、前王太子を毒殺したのは私ではない。この発言に命を賭けても良い」


「証拠が出てきたそうですが?」


「ああ。記憶にない証拠がたくさん出てきた。アレには驚いたな。マクシミリアンの仕業かとも思うたが、その後の話を聴いた限り、一番得をしたのはオスヴァルト。では、お前の父を殺したのも、私に罪を着せたのもオスヴァルトかもな」


 アレクシスの言葉を前王太子の息子である彼の甥ユリウスは皮肉げな笑いと共に否定する。


「フフフ。そんな短絡的な思考だから今監獄塔に入る羽目に成ってるんですよ!アレクシスの叔父上」


「どういう意味だ?」


「一番得をしたのはオスヴァルトの叔父上だと言いますが違います。そもそも、あの愚か者にそれをやり遂げる力も度胸もない」


「では、誰だ?」


「何処かまでは判りません。確証を得られない。でも、今回の件で一番得をしたのは、ルベリアの土地と財を狙う、近隣職国です!違いますか?」


 ユリウスの言葉にアレクシスは驚き、思わず目を見開く。その発想は無かったのだ。


「ふ、ふふふ。なるほどな。私達兄弟はまんまと踊らされた訳だ。侵略者の掌の上で」


「解ったら協力してください。オスヴァルトの叔父上は、新南部諸侯の反乱を鎮圧するため、各地の諸侯に兵を出すように要請しましたが、答える諸侯は居ませんでした。病など適当な理由を付けて出兵しなかった。

 待ちきれなくなった叔父上は、王国軍三千のみを反乱軍八千にぶつけ、案の定敗北しました。大敗です。そして、それを待ってきたかの様に、バルレイン王国、ランドール王国そしてオルゴラ、ゼギア、テルミッドの三カ国連合がそれぞれ我が国に対して兵を上げました」


「なっ!?」


 ユリウスからもたらされた新たな情報に、アレクシスは言葉を失う。


「王宮は、どんな対応を?」


「どんな対応も打てて居ません。愚か者の叔父上は慌てふためくばかり、マクシミリアンの叔父上は反乱当初、どちらにも付かず領地に籠もっていましたが、他国が侵攻してきた今も引き籠もりを継続中。陛下、お祖父様は何か考えが有るのかも知れませんが、詳細は不明。そんな不確定要素に自分の未来を委ねる気になりません。僕の手で、ルベリアを救います、だから、手を貸してください。アレクシスの叔父上!」


 ユリウスの言葉に、アレクシスは自嘲気味な笑みを浮かべる。


「監獄に囚われた哀れな敗者に何をしろと?」


「叔父上の勢力の残党が各地に逃げ延びて潜んでいるはずです。なんせ、最終決戦は、突然お祖父様が目覚めた為に、残党狩りが行われませんでしたから。その兵力を集結させてください」


「お前はどうするのだ?」


「リガート山脈に行きます。元犯罪奴隷五千人は1人も反乱軍に入っていない。彼らも国内や近隣諸国で傭兵をやっているものが多いにも関わらずです。

 でも、山の王侯達を動かせば、きっと彼らは山の王侯の下に駆けつける」


 山の王侯。それが何者等を指すのか、アレクシスには、すぐに解った。


「纏まった兵力を手に入れたら、三方から攻め込んできている侵略者共を各個撃破します」


 力強く言ってのけるユリウスに、アレクシスは苦笑で返す。


「まるで、簡単にできそうな物言いだな」


「簡単とは言いませんが、勝率は高いかと」


 平然と言ってのけるユリウスに、アレクシスは再度苦笑する。


「解ったよ。どうせ終わったような命だ。国のために賭けに使うのも悪くはない。だが、この監獄塔からどうやって残党を集めろと?」


「出て貰って構いませんよ。今ならば簡単のはず、私の手の者が獄卒達の飲み物に眠り薬を入れましたから。此処から出て、残党を集めてください」


 ユリウスは予め手に入れていた鍵でアレクシスの部屋の格子を開ける。


「どうぞ!」


「ククク」


 その様子に目を丸くしたアレクシスは笑いながら牢獄から出る。


「なんですか?」


「いや何、マクシミリアンを倒すことに拘っていたが、お前が居ればどのみち王太子位が私の下に転がってくることは無かったなと思っただけだ」


「買いかぶりですよ」


「どうだろうな」


 監獄塔を出た、ユリウスとアレクシスは夜の闇の中に消える。

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山の王 黒豆 @n5280h

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