第10話 窮地の敵
王宮の一室で、第3王子は報告書を破り捨てる。
「クソッ!!何故だ!!何故こんな事になる!!何故あの軍が負けるのだ!!3万だぞ!それをたった3千で!?どうしてだ!!」
荒れ狂う第3王子に恐る恐る従者が近づく。
「で、殿下」
「煩い!!」
「ぎゃぁぁ!!」
投げつけられた酒瓶が顔に当たり、割れたガラスで額を切った従者は悲鳴を上げながら蹲る。
「唯でさえ、不快な時に不快な声を聞かせるな!!」
「も、申し訳、ございません。で、ですが、緊急を要することです故」
「何だ?」
「マクシミリアン殿下の軍が…」
「不快な名前を聞かせるな!!」
「ぐはぁ!!」
蹴り飛ばされた従者は蹲りながらも、報告を続ける。
「敵軍が南部諸侯の屋敷を襲撃して回っているようでございます。多くの家から救援要請が」
「ちっ!!あの愚弟め!やってくれる。宰相は?」
「し、執務室かと」
「うむ」
第3王子は足早に部屋を出て、宰相の執務室に辿り着く。
「宰相!居るか!?」
言いながら扉を空け、執務室に入ると、執務卓で、書類を捌いていた宰相は立ち上がって出迎える。
「これは殿下!いかがいたしました?」
「いかがしたでは無い。この緊急事態に何を呑気な!!」
「はぁ?緊急事態でございますか」
呆けた顔を見せる宰相に第3王子の怒りは募る。
「貴様!!巫山戯ているのか!!」
「その様な!滅相もない」
「では、何故その様に悠長に構えている。南の諸侯が賊軍に脅かされているのだぞ!!救援の要請は山と届いている。何故国軍を動かさぬ!!」
王子の激昂した声に反して、宰相は静かに返す。
「賊軍?で、ございますか?今、国内に賊軍が居たとは記憶しておりませんが?」
「馬鹿を言うな!!マクシミリアン!!王太子暗殺の共犯であるあの男が率いる軍が有るではないか!!」
「王太子殿下暗殺に関して、首謀者は第1王子殿下ではなく、第3王子殿下では無いかと言う噂がありましてな」
「なっ!何を馬鹿な!!」
「そもそも、第1王子殿下が指示したという話は、第3王子殿下が吹聴しただけですし」
「貴様!!この私が殺ったとでも言いたいのか!!」
殺気の籠もった第3王子の視線に、これもまた、宰相は冷静に返す。
「その様な事はございません。しかし、どちらの主張が正しいか解らない以上、これは第3王子殿下と第5王子殿下の間で起こっている紛争。国軍の出る幕では無いかと」
「奴らが南部の貴族を次々殺していっているのにか?」
「第5王子殿下の主張では、その貴族たちは、恐れ多くも第5王子殿下のお命を狙った、王族殺害未遂の罪人だとか。確かに証拠がございます。彼らは自らの兵に第5王子殿下を殺害するように命じておりました。命令書も残っており、写しが送られてきております」
「戦なのだから当然ではないか!!」
「紛争では降伏する相手は殺さないのが暗黙の了解ですが、命令書には必ず首を刎ねるように書かれていたとか」
第3王子は宰相の胸ぐらを掴む。
「では、貴様と軍務卿はどうなのだ!!その殺害未遂とやらに加担していないとでも!?」
「はて?私が軍に出した命令は第3王子殿下をお助けせよですな。第3王子殿下の主張が正しいのでないかと思い、その様に命じましたが、後の調べで、まだ結論を出すのは早いと考えを改めました。決して第5王子殿下の身命を狙った物ではありません。その様な命令もありませんでしたし」
「このっ!!」
宰相の執務室から出た第3王子は従者を伴って私室に向かう。
「南の辺境伯家に手紙を送れ!義父上が戦死した以上、混乱しているだろうが、早急に次の当主を定めて、残っている軍をマクシミリアンから南の諸侯を守るために動かして貰わなくては」
「で、殿下!!」
「どうした!!」
血相を変えたもう1人の従者が慌てて駆け寄り、跪く。
「み、南の…」
「何だ?はっきり言え!!」
「南の辺境伯様の屋敷がマクシミリアン軍に襲撃されました。残っていた諸侯軍は壊滅し、辺境伯家の方々は軒並み囚えられるか、殺されたと」
「なっ!?」
最も頼りにしていた南の辺境伯家は全滅し、国軍はそっぽを向いた。第3王子は足元がガラガラと崩れる錯覚を覚えた。
―○●○―
眼の前では大きなお屋敷から大量の金貨や宝石等が運び出されている。南の辺境伯の屋敷だ。辺境伯の家族は正妻と男の子は斬首、側室と愛妾、女の子は犯罪奴隷として売られるらしい。罪状は第5王子、マクシミリアンへの暗殺未遂である。
今まで通ってきた南の諸侯の屋敷も此処と同じ運命を辿っている。そうして得た財貨で僕たちは更に犯罪奴隷を買い、傭兵も雇った。また、今まで様子見をしていた西部の諸侯が此方に援軍を送ってきたことで、その数は2万にまで膨れ上がっていた。援軍の中にはマクシミリアン王子の家族を保護していた勲功爵の姿もあり、マクシミリアン王子は漸く家族と再開できた。
「南部の掃討が終わり次第王都へ攻め上る」
「ははぁ!!」
―○●○―
一方、第3王子にも、強い味方が現れていた。南の公爵である。ルベリア王国の中に公爵家は7家有るが、5家は法衣公爵であり、領地を持つのは南北の公爵家2家のみである。
「来たぞ!公爵!」
「これはこれは。殿下!わざわざご足労いただき、光栄の極み。殿下の鼓舞が有れば、兵たちはたちまち、奮い立ち、烏合の衆であるマクシミリアンの軍など、たちどころに、壊滅しましょう」
「うむ!」
第3王子は南の公爵の要請を受け、南部軍の総大将となるべく、南部に足を運んでいた。
第3王子の鎧姿をひたすら煽てた南の公爵は、側近と共に第3王子の前を辞す。
「よろしかったのですか?公爵様」
「何がだ?」
「沈む船に乗るようなものです。負ければ公爵家は」
「あのままでも、同じだ。我が妹はライフアイゼン候に嫁いでおったし、私の妻は南の辺境伯家の出だ。あまりにも第3王子側との縁が強すぎる。戦後、どの様な言いがかりで領地を削られるか解らぬ。
本当なら、戦後に軍費による金欠で、喘いでいる貴族たちに金を貸して求心力を高めようと思っていたが、そうも言っていられぬ」
南の公爵は決意を込めた顔をする。
「此方は我が家の兵が5千。傭兵が2千。生き残っている南部の諸侯が絞り出した兵3千。敵の半数、しかし、敵も奴隷と傭兵が主体の烏合の衆。勝ってみせよう!!」
―○●○―
南部諸侯討伐の途上で訪れたライフアイゼン候爵領で、僕たちは敵軍と遭遇することになる。
「敵は1万か」
「はい。南の公爵家の軍が主力のようです。後、敵陣に第3王子殿下のお姿を確認いたしました」
味方となった棒子爵が報告し、軍議の空気が変わる。
「これに勝てば、全てが終わると言うことだ」
「だな。此処が正念場だ」
貴族たちが口々に決意を述べて気炎を上げるが、マクシミリアン王子の反応は鈍い。
「正念場は過ぎている。勝って当り前の戦だ。だが、カイル、ドミニク、エマ。何か意見は有るか?」
「なっ!?殿下!!その様な土民に!!」
「女が軍議に口を挟むなど!!」
貴族たちの反応を無視して王子は僕たちだけを見つめる。
「敵は、陣地に籠もっている。防御側の方が戦は有利だ。敵は陣地の防御力で数の差を覆そうとしている」
「では、此方はどう対応する?」
「諸侯の方々の中から有志を募って、5千の別働隊を作って大きく戦場を迂回してもらいます。仮に、膠着状態にされても、後方から5千に襲撃されれば、敵は崩れる」
「ありきたりな策だな。誰でも思いつく」
諸侯の誰かが野次を飛ばすが、ドミニク兄さんは構わず、続ける。
「正面の1万5千の内、最初から居る3千は我らにお預け下さい。上手くすれば、別働隊到着前に、敵陣を食い破って見せましょう。それが成功すれば、別働隊は敵の逃げ道を塞ぐ様に立ち回れるので、第3王子を囚えられる可能性は上がるかと」
「解った!それで行こう!!」
ドミニク兄さんの作戦が採用され、全軍が準備に入る。
「カイル。エマ、皆」
「何?」
「どうかした?」
「俺達8人がそれぞれ百づつ兵を率いて敵の陣地に突貫し、一気に穴を開ける。その穴に、ゲルト、フーゴ、バッソンに率いさせた残りの兵を突っ込んで押し広げる」
「なるほど!それなら行けそう!!」
「大丈夫かしら?私達以外が動かなければ的になるわよ?」
確かにエマねぇの心配は最もである。諸侯軍の人達は此方を良く思っていないしね。
「想定の上だ。それでも問題ない様にする」
「どうするの?」
「全員、『狂化』を使え!」
ドミニク兄さんのその言葉を聴いて、僕は嬉しくなって思わずニヤけてしまった。ふと見ると、他の皆も同じだ。
「「「「「「「了解!!!」」」」」」」
7人の声が綺麗に重なった。
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