第9話 水の使い方

 僕達は討伐軍が休む場所から僅かに離れた位置に布陣していた。普段ならば、この程度の距離ではすぐに見つかる。そう、霧さえ無ければ。


「しかし、凄いですねぇ〜これが魔具の力ですか〜」


「正確には霧を起こす魔具2千個で出した霧だよ。この2ヶ月間コツコツ作ってたんだから」


「で、本当にこの先に敵が?」


「うん。霧で視界が悪くても匂いで解るから」


「了解しました。でも、狙いは付けられませんぜ?」


「大丈夫だよ3万も居るんだから適当に射れば結構当たるよ」


「まあ、そういう事なら」


「3回射た後、武器を持って突撃。敵を倒す必要は無いよ。と言うか、同士討ちになるから倒さないで、雄叫びを上げてまっすぐ走る。一万歩走った後は左に向かって走って集合場所に戻ってきて」


「大丈夫ですよ。5回も練習したじゃないですか」


「そうだね。じゃあよろしく!」


「了解!!」


 全員が霧に包まれた先に向かって一斉に矢を放つ。


「ぎゃぁぁぁ!!」


「何だ!?」


「て、敵襲だ!?」


 慌てふためく敵の声が聞こえる。


「よし!突撃!!」


「「「おおおおぉぉぉぉぉ!!!!」」」


 混乱する敵陣に向けて、3千の兵が雄叫びを上げながら突撃を開始する。


「来た!!!敵だ!!!」


「ぶ、武器を取れ!!応戦しろ!!」


「でも、何処に!?」


「この!!」


「ぎゃぁぁぁ!!」


 狙い通りに彼方此方で遭遇戦が起こっているようだ。しかし、此方は兵士に戦わずに、声を出して走り抜けと命じている。今起こっている遭遇戦の大半は同士討ちである。


「この!!」


「ぎゃぁぁ!!止めろぉぉぉ!!」


「俺は味方だぁぁ!!」


「この!!風刃!!」


「炎弾!!」


「ぎゃぁぁ!!」


「あづい!!あづいおぉぉぉ!!」


 どうやら、敵の中には魔術師も居たようだし、殺傷力の高い魔具も在った様だが、それらも手あたり次第に放たれているので、余計に被害が拡大している。


「よし!行くか!!魔術師優先で仕留めないとね。魔具は回収できるかな?」


 敵の混乱が最高潮だと確信し、僕は剣を抜いて、敵陣に乗り込む。僕たちの視力ならこの霧の中でもボンヤリと輪郭は見えるし、仲間は全員同じ香料を被っている。匂いですぐに解る。


「ぎゃぁぁぁ!!」


「え!?何処から!!」


「あげぁ!!」


 素早く敵に近づき、その頸動脈を切り裂く。敵は此方が見えておらずまともな抵抗もできないのでかなり楽な作業だ。


「皆も頑張ってるな!」


 霧の中で、僕と同じ独特な香料の匂いをさせた7つの存在が高速で移動している。その周囲ではきつい血の匂いが漂っている。


「さてと!」


 霧の中で敵を斬りながら走っていると、大きな声が聞こえる。


「静まれ!!静まらぬか!!冷静に成れ!!」


「指揮官かな?」


 後ろから音を立てずに接近し、その首を斬り落とす。


「しず、あべぇ!?」


 ゴロリと地面に落ちた首を拾い、確認する。


「お髭が立派なおじさん。偉い人かな?持って帰って確認しよう!!」


 おじさんの首を腰の皮袋に入れて、そのまま狩りを再開する。


「そうだ!このまま偉い人を狩っていけば、有利になるよね!!」


 善は急げである。幸い偉い人は大声を出して、兵を落ち着かせようとしているので、霧の中でもよく目立つ。霧が晴れるまでまだ時間が有るし、手当たりしだいじゃなくて、偉い人を狙ってみよう。


「次は〜?」


「国軍の兵たちよ!!冷静に成れ!!これでは同士討ちの憂き目に遭う。先ずは落ち着いて周囲の確認を」


「あ!あの人だ!!」


「む!?」


 無音で近づき、首を刎ねようとしたが、その人は剣を抜いて、僕の剣から首を守る。


「え!?」


「これでも15の頃から40年間戦場に立っておる。殺気には敏感だ」


「へ〜。凄い!!人間でもこんな事出来る人が居るんだ!!」


 此方に向かって剣を構えるおじさん。しかし、おそらく此方の姿は見えていないのだろう。


「貴様の名は?」


「カイル」


「そうか。儂は王国軍右将軍、イグナーツ・クラーラ・アドラー・フォン・ベーム・ド・ボレクである」


「名前長!!名乗ってる間に、10回は打ち込めた、よ!!」


「くっ!!」


 イグナーツ将軍は僕の剣撃をまた防ぐ。でも、遅いね。


「まだまだ行くよ!!」


「ぐぅぅ!!おのれぇぇ!!!」


 僕の連撃を受け、イグナーツ将軍の剣は吹き飛ばされる。


「なっ!!」


「よっと!」


 跳躍して、後ろに回り込み、剣の腹で、その後頭部を殴打する。


「ぐぁぁぁ!!」


 鈍い悲鳴を上げてイグナーツ将軍は意識を手放す。


「僕の勝ち!!」


 気絶したイグナーツ将軍を担いで、僕はその場を離れる。そろそろ良い時間だもんね。


 一度砦に戻って首尾を確認する。


「未帰還は53名。一方、敵は?」


「僕自身は霧の中の状況を正確に把握できるので、探ってみたのですが、二千人を超える死体が散乱していました。重傷者はその五倍で、内、三割が再起不能です」


「と言うことは、敵の損害は五千か!」


 マクシミリアン王子は、驚いた表情をする。その顔には血色が戻ってきている。


「とは言え、三割の損害を与えないと、軍は動けると言う話はよく聞く。まだ、油断できる状況でもないだろう」


 ドミニク兄さんの言うことは最もなんだけど、今回は少し事情が異なる。


「それがですね。僕が国軍を指揮していた右将軍を捕まえましたし、南の辺境伯も討ち取りました。ライフアイゼン侯爵も」


「本物か?」


 ドミニク兄さんの問いかけに対して、僕はマクシミリアン王子に水を向ける。


「私が顔を確認したが、間違いない。他にも、主だった貴族や指揮官を大量に討ち取っていた。それに、ドミニク殿も北の辺境伯を討ち取っただろう」


「ええ。知ってる匂いだったので」


「これだけ上が討ち死にしていれば、いくら兵が居たとしても、軍隊の体を保つことなどできないよ」


 王子の言葉を聴いたヤン君が嬉しそうに立ち上がる。


「じゃあ、今度は正面からだな!!」


「カイル!」


 ヤン君の言葉に頷いたエマねぇは何かを思いついた顔で話しかけてくる。


「貴方、水の魔術で姿を隠せたじゃない。あれ、何人まで一緒に隠せる?」


「そんな事が出来るのか!?」


「できますよ。でも、アレは上級魔術だし、範囲を広げるほど、マナの消費が多いから、たぶん多くて千人」


「なら、こうしましょう!先ずはマクシミリアン王子を総大将に、ドミニク兄さんが指揮をとる2千が敵に正面から仕掛ける。カイルは千の兵と共に姿を隠す魔術を使って接近。

 敵が2千相手に壊乱したら、追撃に加わる。踏みとどまりそうだったら、横からいきなり現れて、襲撃。どう?」


「騎兵が問題じゃ無いですか?」


「大丈夫よリア。馬は全部私が殺すか暴れさせるかしておいたもの。敵に死傷者が多いのは同士討ちや私達が暴れた他に、暴れ馬に弾き飛ばされたり、踏みつけられた者も多かったからよ。

 馬は全て、死ぬか逃げるかしたはずよ。敵の中には居ないわ」


「じゃあ大丈夫ですね!!」


 こうして翌日、憔悴仕切った討伐軍の前に、マクシミリアン王子軍2千が姿を表した。


「敵は数ばかりの烏合の衆だ!!打ち破れ!!」


「「「おおお!!!」」」


「て、敵だ!!!」


「うわぁぁぁ!!来たぞ!!」


 此方の突撃に、更に混乱し、逃げる者も多かった討伐軍だが、国軍の残党が戦線を支え、なんとか立て直そうと試みる。


「今だね!!」


「うん!今必死に味方を押し戻そうとしてる国軍の横を突けば、一気に敵は壊滅するよ!!」


 僕とケーテは顔を見合わせて微笑み、魔術を解除する。


「行けぇ!!一気に国軍を殲滅しろ!!」


「イケイケ!!やっちゃえぇぇぇ!!」


「「「おおおぉぉぉぉ!!!」」」


「なっ!?敵!?」


「馬鹿な!!何処から!?」


「ぎゃぁぁぁ!!」


 エマねぇの読み通り、なんとか立て直そうとしていた国軍を横から一千の兵で撃破すると、後は脆く、残りの兵は恐怖と混乱から背を向けて逃げ始める。


 マクシミリアン王子軍の徹底した追撃の結果、討伐軍は五千の兵が討ち取られ、三千の兵が捕虜となった。

 残りの兵も、四方八方へ四散し、王都へ帰りつけた兵は僅か2千足らずだった。

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