第8話 決起
鬱蒼と木々が生い茂る森の中で、僕は、大きな魔物と殴り合っていた。
「GAAAAA!!!」
大きな咆哮を上げる魔物はオーガ。おそらくこの森で最強の種族だ。その強さは白銀狼王に匹敵する。以前、オババ様の縄張りに侵入してきた白銀狼王は魔術で作った水の流れを利用して首をねじ切ったが、今回は魔術を一切使わず、オドと体術だけで戦う。僕自身が強くなるためだ。
「アハッ!!すっごい!!いい感じ!!」
このオーガはおそらく魔術を使わない僕とほぼ互角である。これ程良い訓練相手は居ない。
「おい!隊長。オーガと殴り合ってるぞ!!」
「ああ。前から思ってたが、人間じゃねえ」
「お前ら!!何ボサッとしてやがる!!隊長がオーガを抑えてくれてんだ!俺達はこの間に、狩れる魔物を狩るぞ!角兎やゴブリン。俺達でもなんとかなりそうな奴はごまんと居る」
「お、おう!」
「そうだな!!」
部下たちもあちらこちらで、魔物と戦い始める。そろそろ決着をつけようか?
「ぎゃぁぁぁ!!」
「オークだ!!」
「え?オーク?」
部下たちの声に横目で確認すれば、確かにオークが一体、ノシノシと歩いている。
「しまった!気づけなかった」
オークの異臭は強烈だ。普段ならすぐに気づくが、オーガに集中していた上に、周囲にはゴブリンや角兎の血の匂いが充満し、鼻が利かなかったのだ。
「アイツ等では荷が重いかな?」
オーガと撃ち合いつつ、視線だけをオークに向けて照準を合わせ、オーガの足を蹴って、体勢を崩させたスキに、発動させた水刃で、オークの首を跳ねる。
「うおぉ!!マジかよ!隊長!!オーガと戦いながら!!」
「ボサッとするな!!俺達が足引っ張ってるじゃねえか!!戦え!!」
10人組の組長が1人吠え、皆が我に返って再び戦い始める。
「今度こそ!!」
特殊な脚さばきを加えた縮地で、オーガの真後ろに回り込み、剣でその首を刎ねる。
「よし!!」
「「「おおおぉぉぉ!!!」」」
その後も危なげなく狩りは続き、僕の部隊は1人も掛けること無く、『アンブル砦』へ帰還する。
「戻りました!!」
「戻ったか!どうだった?カイル」
「大物はオーガかな。欠員は無し!」
「そうか!有り難い」
この砦を拠点にして2ヶ月。皆それなりに指揮も上達したし、兵たちの練度も上がっている。数も増えた。最初から居た二千人は、この2ヶ月で五百人が戦死したが、その分実践経験は積めたし、後からまた犯罪奴隷を買い足したので、今の兵力は三千人である。
因みに最初から欠員を出していないのは、僕、ドミニク兄さん、エマねぇの百人隊とゲルトの小隊だ。欠員はなく、練度も高まっているので、間違いなく精鋭である。
「マクシミリアン王子が話があるそうだ」
「いよいよ決起?」
「ああ。おそらくな」
ドミニク兄さんと共に部屋に入るとマクシミリアン王子と他のメンバーはもう部屋で待っていた。
「揃ったな。では、話しだが、いよいよ兵を上げて第3王子を討伐する」
「いよいよだな!!待ってたぜ!!」
気炎を上げるヤン君だが、エマねぇは冷めた反応だ。
「どうやってそれをやるの?何か策でも?」
「いや、三千の兵では厳しい。この数で王都に攻め入っても城壁に阻まれるだけだ。しかし、一度敵に勝てば、一気に流れが変わるだろう。風見鶏の様な貴族は多いからな」
「なるほど。まあ、言ってることは解りますけど、勝てるんですか?」
「それも正直、厳しいな。だが、勝たないと先がない」
先がないか!まあ、確かにその通りだよね。
こうして僕たちは、マクシミリアン王子主動の下、第3王子討伐を掲げて決起した。マクシミリアン王子から、各地の貴族に送られた檄文には、第3王子こそが王太子暗殺の首謀者であり、濡れ衣を着せて、第1王子まで亡き者にしたと書かれ、此方が金を払った噺家達が、各地で吹聴して回った。
―○●○―
「何だこれは!!」
投げ捨てられたグラスが割れる、けたたましい音が王宮の一室に響き渡る。
「殿下!!」
駆け寄る南の辺境伯に、第3王子は恨みの籠もった視線を向ける。
「どういうことですかね義父上。貴方の送った刺客は腕利き揃いだったのでは?」
「は、はい!それはもちろん」
「では何故!!マクシミリアンが生きていて挙兵するのですか!!しかも、この様な忌々しい檄文まで各地に送りつけて!!市井でも、私が王太子を害したと広まっているとか?」
荒れ狂う第3王子を南の辺境伯は穏やかな声で宥める。
「殿下。居場所が解ったのです。逆に好機ですぞ!一気に軍を送って殲滅しましょう。それに宰相や軍務卿も此方に付くでしょう。なんせ、殿下の方が圧倒的に有利なのです。未来の国王陛下の不況を買うような事をあの宰相や軍務卿がいたしましょうか?」
「そうだな。そうだ」
「北の辺境伯も此方に付くとか。大兵力で持って、一気にマクシミリアン王子の軍を殲滅しましょう」
こうして第3王子の号令の下、3万の兵がアンブル砦 に向けて王都を発った。
―○●○―
「3万ねぇ〜」
「10倍か」
斥候に行かせた兵が持ち帰ってきた敵の兵数を聴いたマクシミリアン王子は青ざめ、僕たちは苦笑した。
「まあ、大軍を用意してくるとは思ってましたし、そこまで悲観することでも無いですよ」
「敵の内約は、南の辺境伯軍が8千、ライフアイゼン侯爵軍1千、南の諸侯軍が7千、北の辺境伯軍が4千、南以外の諸侯軍が3千、傭兵が2千、後、国軍が5千。これで3万ね」
「国軍が出てくるとは」
マクシミリアン王子が青い顔で呟く。おそらく彼が気にしているのはそこだろう。宰相と軍務卿が第3王子に味方したと言うこと、今は5千だが、後ろに後1万5千が控えている。
「まあ、嘆いても事実は変わらんな。対策を考えるぞ」
「本来は、この砦に籠城して敵を消耗させたかったのだが、10倍相手では籠城しても」
マクシミリアン王子の言葉にドミニク兄さんは首を振る。
「王子。悪いが、俺達は端から籠城するつもりなど無かったぞ。そのために色々準備してきた」
「そうね。カイル。魔具は出来てるの?」
「もちろん!!」
今日の為に2ヶ月間、頑張って作ったのだ。
「魔具?水の魔具では戦には不向きで」
「それは殺傷能力の話でしょう」
ドミニク兄さんが不敵に笑い、エマねぇも戦意を滾らせる。
「全軍で出ましょう!!」
「う、打って出るのか!!」
「策はあります」
会議室に小隊長達も集められ、作戦の概要が説明される。小隊長達の反応は大きく2つに別れた。1つは危機敵状況を打破出来ると喜ぶ者たち。もう1つは、本当に上手く行くのかと訝しむ者たち。
中でも、ゲルトは難しい表情をした。
「本当に上手く行きますか?その作戦じゃ、アンタ等8人の強さが頼りになる」
「普通に8人と3万人で戦えば、確かに負ける。だが、1人と3万回戦うだけなら早々負けないよ。君たちには敵が冷静にならないようにしてもらえば良い」
自信満々のドミニク兄さんの言葉にゲルトが折れる。
「はぁ〜。解りました。でも、失敗したら俺達は殿下を連れてさっさと砦に逃げ帰りますぜ」
「ああ。ぜひそうしてくれ。もし、失敗すれば兵力を1人でも温存することが大切だ」
次にドミニク兄さんは王子の方に向き直る。
「王子も、これでよろしいか?」
「ああ。正直、成功には懐疑的だが、他に案がないのも事実だ」
「では」
王子の了承を受けて、僕たちは3千人全員でアンブル砦を出た。いよいよ一大決戦である。
―○●○―
一方の第3王子が差し向けた討伐軍3万であったが、アンブル砦に向けて進軍する中、突如深い霧に包まれ、行軍に難儀していた。
「霧か!」
「この季節に珍しいな」
「大分濃いぞ!!隣の者の顔さえ見えん」
「道さえ解らん。霧が晴れるまで休憩を取ったほうが良いな」
「ああ」
兵たちからの進言はすぐさま総大将である南の辺境伯の下に届き、南の辺境伯は、国軍を率いる右将軍、北の辺境伯、ライフアイゼン候、更に有力な諸侯数名と共に急遽軍議を行った。
「此処で一旦停止して、霧が晴れるのを待つべきではないか?道も何も見えない程霧が深い。これでは何処に向かって進んでいるのかも解らなくなる」
「しかし、敵に時間を与えては」
「与えてどうなる?どうせ何も出来んよ」
「例えば、我らを大きく迂回して、王都を攻めるとか」
「王都には堅牢な城壁と2千の騎士団、3千の国軍が居るのにか?万が一の時は、各地の警備を行っている国軍の部隊も集結するだろう。3千程度でなんとかなると?」
「それは、確かに」
反対派が勢いを失ったと見て、南の辺境伯は決断を下す。
「では、霧が晴れるまで此処で休憩で良いですな。この霧だ。無理に行軍すれば要らぬ事故も起こる」
「そうですな」
「なあに、これ程濃い霧が長く続くはずがない。少しの間だ」
濃い霧の中で立ち止まった討伐軍。油断しきって休む彼らに、狼が忍び寄っていた。
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