第6話 兵力と奴隷
北の辺境伯領を出た僕たちは、南下し、西の豪族達が治める領域に入った。此処はかつて、幾つかの小国が在ったが、それをルベリア王国が併合した地域である。そのため、豪族達は、義務として一定の税を王家に納めるが、それ以外の命令には従わない。ルベリア国内であって、国内でない。そんな歪な地域だ。
「ともかく、此処は特殊な統治がされていてな。味方になって貰うことはまず期待できないが、第3王子につくこともない」
「暫くは安全と言うことですか?」
「追手は来るかも知れないが、この地の領主が兵を率いて捕らえに来ることはない」
王子の言葉にドミニク兄さんは納得したように頷く。
「傭兵を集めるなら、此処で。ですか?」
「そうなるな。まあ、王家の者が領内で傭兵を募っていると言うのも警戒されるだろうし、誤解を招くもとだ。先ずは会いに行って、事情を説明し、領内で傭兵を集める許可を得た方が良いだろうな」
マクシミリアン王子はドミニク兄さんとザシャ君を護衛に連れて、領主の館へと出かける。戦力で言えば僕の方が上なんだけど、見た目的に、17歳のドミニク兄さんや、15歳のザシャ君の方が向いているらしい。
因みにザシャ君の序列は71位で、人間組8人中7番目だ。でも、何気に、1番五感が鋭くて、嘘を見抜けたり、弓矢が得意だったりする。
「しっかし、街か〜。北の辺境伯領では長々と見物できなかったから、興味有るな!!」
見た目や年齢的には護衛に適任だったが、性格的な理由から、ドミニク兄さんに同行を拒否されたヤン君が、物珍しそうに、周囲を見る。
「おお!!すげぇぇ!!」
「あんまりはしゃぐな!目立つ!!」
「ぐぇぇ!!」
騒ぐヤン君に、エマ姉さんが拳骨を落とす。
そんな何時もの光景を苦笑しながら見る僕に、静かに周囲を見物していたリアが声を掛けてくる。
「ねえ、カイル」
「ん?何?」
「カイルは前から町に行ってたでしょ?詳しいの?」
「あんまり。何かあった?」
リアから話しかけてくるのは珍しい。リアは僕より1つ上の14歳。群れでの序列は39位で、人間組での強さは5番目なので、ソコソコ強いのだが、あまり自己主張をしないのだ。昔は気も弱かったが、それは獲物を狩る中で徐々に克服されていった。
「さっき通った馬車。おっきな檻を積んでて、檻の中に、鎖で繋がれた人間がいっぱい居た。あれ、何だろう?可愛そう」
「ああ。アレか!」
アレは奴隷だ。僕が以前、愚か者の毛皮を卸しに行っていた町でも、小さいが奴隷商は在った。
「奴隷だよ」
「奴隷?」
「うん。人間が人間を物として売り買いするの」
「なにそれ?酷い!可愛そうだよ」
「うん。僕も初めて見た時びっくりしたけど、人間はそれが当り前になってる」
その後も、リアは奴隷達が乗せられた馬車を辛そうに眺めている。
「ふむ。しかし、奴隷か。うん」
「どうしたの?カイル?」
「いやぁ〜」
マクシミリアン王子は傭兵を集めると言っていたが、傭兵にこだわる必要が有るだろうか?
「ちょっと、戻ってきたら、相談しよう」
―○●○―
「傭兵を雇うのではなく、奴隷を買って兵にする!?」
戻ってきたマクシミリアン王子に僕の案を伝えると、唖然とされる。
「そんなに変ですか?」
領主同士の小競り合い等では、領民が募兵や徴兵で向かうのが主だと聴いた。それならば、奴隷を買って兵士として起用しても、戦力的にはあまり違いは無いと思うのだけれど?
「奴隷は足に鎖が着いているんだぞ!自由には動けない分、戦闘になれば弱い」
「外せば良いじゃないですか?」
「逃げるだろう!!徴兵された民兵が逃げないのは家族が居るからだ。自分が逃げても、それで負ければ、家族に敵の刃が迫る。実際に物乞いなどを、食事を餌に集めた場合は、少し不利になると、すぐに逃げ出したと言う話が有る。奴隷ならなおさらだ」
「それは、やり方次第では?」
「え?」
話を聴いていたドミニク兄さんが声を上げる。
「どういう意味だ?」
「確か、犯罪奴隷は開放することを禁じられていましたよね?」
「ああ。罪を犯して奴隷になった者共だからな」
「そして、新王即位や新王太子が立太子される時に、罪人の罪が免ぜられるのも良く有ることだとか?」
「まあそれは、ん?まさか!!」
ドミニク兄さんが何を言いたいのか察したらしいマクシミリアン王子は目を見開く。
「私が立太子する時に其の者達の罪を免じる事を条件に士気を上げると?それだけで上手く行くか?」
「当然それだけでは駄目です。先ずは、俺達8人で徹底的に締めます。力で敵わないことを解らせ、逃げられないことを解らせ、従わねば痛い目にあうと解らせてから、王子が希望を与える」
ドミニク兄さんの言葉に暫く考え込んだマクシミリアン王子だが、やがて考えが決まったのか顔を上げる。
「解った。なら先ずは百名程、犯罪奴隷を買って試してみてくれ。それで上手く行けばその案で行こう」
「解りました」
マクシミリアン王子の言葉にドミニク兄さんは笑みを浮かべて頷いた。
―○●○―
翌日の朝。思いの外犯罪奴隷は簡単に揃い、早速様子を見に来たわけだが、予想以上に態度が悪い。此方の事を子どもばかりと侮っている様で、平気で地面に寝転がり、欠伸をしながら好きにたむろしている。
「盗賊の集まりみたいですね」
「まあ、盗賊の集まりだろう」
犯罪奴隷が全て元盗賊ではない。鉱山などが無い貧しい貴族の領地では、牢屋に罪人を入れる事にも金が掛かると言うことで、軽い罪を犯した場合は罰金。罰金が払えないものや重い罪を犯すと奴隷落ちとなる。
スラムの住民がパンを盗んで犯罪奴隷になったと言う話も有るほどだ。
しかし、今回は兵士にするために大柄な者や屈強そうな者を選んだ事もあり、大半が盗賊から犯罪奴隷になった者の様だ。
「まずどうするの?」
連中の反応は大きく分けて2つで、エマねぇやリア、ケーテを欲情のこもった眼で見ているか、此方に興味を示さずにそっぽを向いているかのどちらかだ。
「じゃあ!先ずは私に任せてよ!」
ケーテはニコニコしながら前に出る。
「皆さん!!これから全員の鎖を解いてあげます!全員で私と喧嘩して、勝てたら逃げても良いですよ!!追いません!!」
「なっ!!ケーテ嬢!!」
ケーテのいきなりの宣言にマクシミリアン王子は顔色を変える。
「大丈夫ですよ!見てて下さい王子!!」
うん!確かに大丈夫だと思う。ケーテは僕より1つ年下で今年で12歳になる女の子だ。群れの中での序列は85位で、人間組では一番弱いが、それでもその戦闘能力は魔狼に匹敵する。百人もの男が集まっていても、武器も鎧も無い状態で勝つことは不可能だ。
「おいおい!マジかよ!!」
「あのお嬢ちゃんに此処に居る全員で掛かっていって勝てれば良いって!?」
一方、王子と逆に犯罪奴隷達は色めき立つ。
「勝てば良いんだよな?全員で押さえつけて、痛めつけて犯し尽くしても、勝てさえすれば逃してくれるんだよな!?」
「うん!良いよ!勝てれば私をどうしようと自由だよ」
「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」
連中が歓喜の声を上げる中、マクシミリアン王子だけが顔色が悪い。
「だ、大丈夫なのかね?」
「問題ありませんよ!」
王子の問に適当に答えながら、僕は水の魔術で全員の鎖を断ち切る。
「な!?属性魔術!!カイル君!君は「始まりますよ!」
「「「うおぉぉぉぉ!!!」」」
犯罪奴隷達の鎖が外れ、全員が雄叫びを上げながらケーテに殺到する。一方で、ケーテの方は彼らにニコニコとした笑みを向けた。
―○●○―
30分後。僕たちにとっては予想通りの、マクシミリアン王子には予想外の光景が広がっていた。
「なっ!!こ、これ程とは!!」
百人居た犯罪奴隷の内、今も勇敢にケーテに挑み続けているのは十人のみだ。後の九十人は地面に転がっていて戦闘不能である。20人程は心が折れたのだろう。地面に頭を抱えて蹲り、「ごめんなさい。ごめんなさい」とうわ言の様に呟いている。ケーテが近づくと、悲鳴を上げて失禁する。
一番多いのが打撲や内出血が酷くて、痛みで動けない連中だ。地面に転がって呻いている。
後、何人かズルいのも居る。まだ動けるが、勝てないと悟って、動けないふりをして、徐々に移動しながら目を盗んで逃げようとしている。しかし、ケーテの嗅覚から逃れられるはずもなく、気づかれて、元の場所に蹴り戻されている。
「このくらいで10人にまで減っちゃうなんて。兵士として使えるかな?」
ケーテの心配に僕たちも思わず頷いてしまう。本当に彼らは凶悪犯罪に手を染めた者達なのだろうか?幾ら何でも質が悪すぎる。
「はぁ!はぁ!ふ、ふざけんな!!お、俺は!東部を震撼させた盗賊団『黒の餓狼』の頭!大盗賊ゲルトだぞ!!こんな小娘に舐められてたまるか!!」
犯罪奴隷達の中でも一際体格の良い巨漢が拳を振り上げ、渾身の力で殴りかかるが、ケーテは片手で受け止めると、手を捻って体勢を崩させ、その脇腹に蹴りを入れて、吹き飛ばす。
「ぐぁぁぁぁ!!!」
内蔵を潰さないように手加減した様だが、それでもゲルトにはかなりの威力だったのだろう。呻き声を上げながら、地面を跳ね、落ちた先で胃液を吐き出すが、それでも尚、痛みと疲労に震える体に活を入れて立ち上がる。
「はぁ!はぁ!はぁ!ふざけんな。ふざけんな!俺を、俺をコケにすんじゃねぇぇぇ!!!」
ゲルトの特攻に鼓舞されたのか、残りの9人も、タイミングを合わせてケーテに挑むが、全員苦も無く叩き伏せられ、地面を舐める。
「く、クソがぁぁ!!」
先程の一撃で限界が来たのか、起き上がれない者も多く、なんとか立ち上がったのはゲルトを含めて3名のみ。しかし、彼らの瞳からは未だに戦意が漏れ出ている。
「フーゴ!バッソン!テメェ等だって首に賞金まで付いた盗賊だろ!!こんな小娘に舐められっぱなしで良いわけ無いよな!!」
「おう!!」
「やるさ!必ず勝つ!!」
気炎を上げる3人はそのままケーテに挑み掛かり、ソコソコ粘ったが、ついに力尽きて地に付した。
「終わり!!」
額に浮き出た汗を拭い、ケーテは、いい運動をしたとでも言うかのように伸びをする。
「結構時間が掛かったな」
ケーテが殺さない様に気をつけていたとは言え、3人の粘りは予想以上だった。もうすぐ昼飯の時間だ。
「やっぱりケーテじゃ無くて私の方が良かったかな?」
退屈そうに見ていたリアがボソリと呟く。
「うんん!この中で一番弱い私に勝てないって解らせる方が良かったと思うから」
「まあ、そうだね」
因みに、この戦闘は無駄ではなく、犯罪奴隷達の大半が従順になった。未だに反抗を続けるのはゲルト、フーゴ、バッソンの3人だけだ。
この事に手応えを感じたマクシミリアン王子は犯罪奴隷で兵力を補う案を受け入れ、兵の目処は付いた。後は、もう1つの問題、拠点を探すことだ。
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