第5話 最も大切なもの

 クルーガー辺境伯領の領都に到着した僕たちは、すぐにクルーガー辺境伯の館を訪ねた。最初、門番の兵士は僕たちの姿を見て、門前払いしようとしたが、マクシミリアン王子の顔を知っている。家令が通りかかった事で、事なきを得て、屋敷の中に案内された。


 マクシミリアン王子はクルーガー辺境伯とお話の為に辺境伯の執務室に案内された。僕たちは別室で休んでいて欲しいと言われ、ついて行ったのはドミニク兄さんだけだ。


「大丈夫かな〜」


 柔らかすぎるソファーにダラリと寝そべりながら、ルッツが呟く。


 ルッツは今年で11歳。人間組では最年少で、群れでの序列は27位だった。このメンバーでの順位はエマねぇの次、4番目だ。


「身の危険の事を言ってるなら、ドミニク兄さんが付いていったし、大丈夫だろうけど、交渉は失敗だろうね」


 最初、向こうは僕たち8人全員に別室で休むよう言ってきたが、ドミニク兄さんが、「いくら安全な辺境伯の館の中とは言え、王子に護衛が着かないのはそれはそれで問題だ」と言い、なんとか自分は同行したと言う経緯がある。


「館に入った時から、金属の匂いが充満してるし、そこら中で金属の擦れる音が聞こえるしね」


「殺そうとしてるのか、捕まえようとしてるのか解らないけど、明らかに害意を持って招き入れてる」


 後、此処と執務室。そう離れていない様で、耳を澄ませば話の内容が聞こえる。


「変わった護衛ですな」


「特殊な技量を持った者達です。頼りになりますよ」


「ほう!それはそれは」


 クルーガー卿の声には余裕が有るが、マクシミリアン王子の声は切迫してるな。


「クルーガー卿!」


「はい?」


「単刀直入に言います。私に協力して欲しい。経緯は先程説明した通りです。第3王子の暴挙を見過ごすわけにはいかない」


「…………」


「…………」


「ふむ。殿下」


「どうだ?クルーガー卿」


「貴方のご期待に、答えられれば良かったのだが」


「なっ!」


 クルーガー卿が手を叩く音と同時に金属が擦れる音が聞こえる。剣が抜かれる音だ。


「こっちにも来たね」


「ああ」


 扉が乱暴に開かれ、僕たちが集まっていた部屋にも剣を持ち、鎧を着た男達が大勢なだれ込んでくる。


「捕らえるのはマクシミリアン王子のみ!それ以外に価値は無し!」


「この中にマクシミリアン王子のご子息が混ざっている等と言うことは?」


「無い!確認済みだ!!男は全員殺せ!!女は好きにして良いとの事だ!!」


「おおお!!あげぁ!!」


 男達は歓声を上げて襲いかかってくるが、先頭の男の顔をエマねぇが殴って吹き飛ばす。


「「「うわぁぁぁ!!」」」


 後続と巻き込んで派手に転がる男。巻き込まれた者の中には味方の剣で斬られた者も出たようだ。


 と言うか、殴られた男は顔が派手に陥没しているし、アレは死んでいるだろう。


 手近に着た2人の首を素手でねじ切りながら、戦況を見るが、皆苦戦してる様子はない。


「ひっ!ひぃぃぃ!!何だコイツラ等は!!」


「化物だぁぁぁ!!」


「おい!応援を寄越せ!!この人数では無理だ!!」


 綺麗な鎧を着た人の指示で、ゾロゾロと追加で入ってくる。


 良いの?部屋にギュウギュウ詰めになったら、剣を振りにくいから、素手の僕たちが有利になるだけだと思う。


「おい!押すな!!」


「ぎゃぁぁ!!何で俺を!!」


「す、すまん!すばしっこくて!!」


 案の定同士討ちが起こり、剣を振ることを躊躇いだした相手に、僕たちは近づき、素手で目玉をえぐり、耳や鼻をもぎ取り、喉笛を引きちぎっていく。


「これで、練度が高い!?」


「そう言ってやるな」


 練度が高いと思えないけどな?


「マナ持ち以外、外にでろ!!マナ持ちで対処しろ!!」


「おう!!」


「へぇ〜流石に考えてきた」


 マナ持ちは人間では100人に1人くらいの割合で居るらしい。殆どの場合、属性は無いが、それでも、マナを使うことで、体を強くしたり、物を固くしたり出来る。


「ちょっとは面白くなりそう!!」


 部屋に残ったマナ持ちは20人。でも外にも控えてるな。


「俺が!!」


「ヤンにぃなら負けるよ!僕が殺る!!」


 名乗り出たのはルッツである。


「マナを持ってるのは僕やカイル兄ちゃんも一緒だもんね」


 言うなり駆け出したルッツは、敵の横を走り抜ける瞬間に、その首を瞬時に抜いたナイフで斬り落とす。


「「「なっ!!」」」


 仲間を一瞬で殺され、マナ持ち達は顔を青くさせる。


「今のは『縮地』だね」


 『縮地』はオババ様に教えてもらった高速歩方だ。狼王では、ガヤの兄様を含めた3頭が使える。人間組で使えるのは僕とルッツだけだ。


「一気に行こうか!」


 僕たちはオババ様の牙で作られた刃渡り30cmくらいのナイフを持っている。オババ様が牙の代わりにとくれた物だ。鉄をも切り裂くそのナイフは『身体強化』を使った人間の首を簡単に刈り取っていく。


「ひぃぃぃ!!」


「嫌だぁぁぁ!!!死にたくない!!!」


 マナ持ち達は狂乱して逃げるが、当然出入り口でつかえる。


「終わり!!」


 ルッツが止めを刺し、全員が物言わぬ躯に変わる。


「さて、次は、あ!」


 ルッツが敵を仕留めた事で、空いた出入り口から部屋の外に出た僕は、待機していた連中を始末していく。


「カイル兄さんズルい!!」


「誰が殺っても同じでしょ!行くよ!!」


「まあ、そうだけど」


 部屋を出て、全員で辺境伯の執務室に乗り込む。


「まあ、こうなるよね!!」


 室内にはクルーガー辺境伯の部下と思える人間達の死体が散乱している。ドミニク兄さんは1人の豪華な服を着ている中年のおじさん踏みつけている。アレがクルーガー辺境伯かな?


「遅かったな」


「一応目につく敵は全員始末してきたから遅くなっちゃって!!」


「なっ!!全員始末しただと!!」


 顔面が蒼白になるクルーガー辺境伯。そんな彼にマクシミリアン王子は屈み込んで、問いかける。


「クルーガー卿。何故、第3王子についたのですか?何故この様な事に?」


「領地の為だ!!確かに南の辺境伯の風下に立つのは腹立たしい!だが、私がそれに腹を立てて、殿下の側についてみよ!国内は2つに割れる。内戦で弱ったこの国にランドール王国が攻め寄せればどうなる?西の豪族達は真っ先に裏切るだろう。奴らに王家への忠誠心等無い。そうなれば、まず蹂躙されるのは、西の豪族達の領地以外でランドール王国に唯一隣接している我が領土ではないか!!

 どちらが正しいか等、どうでも良い。私のプライドもどうでも良い。波風立てずに王太子が立太子されるには、第3王子殿下が王太子に成るのが一番なのだ!!」


 なるほど。この人は悪い人ではない。真剣に自分の領土と、領民の為を思って敵方についたのだろう。でも…


「殺します?この人を生かしておけば、敵になりますよね?」


 この人は内乱を起こしたく無いのだ。ならば敵に成る。それにこの人はたった今、マクシミリアン王子に刃を向けてしまった。万が一、マクシミリアン王子が勝てば、反逆罪に問われる。もう味方に成る可能性は皆無だろう。


「いや、いい」


「良いんですか?」


「この騒ぎだ、どうせご子息などは逃げているだろう。現クルーガー卿を殺したところで、クルーガー辺境伯家が敵に成ることは変わらない」


「それはそうですね!」


「そんなことより、屋敷の中にある財を接収してくれ」


「財を?」


 マクシミリアン王子!!こんな時にお金ですか!!そんなに守銭奴なの!?


「クルーガー卿を頼れないなら、もはや、大量の傭兵を雇う以外、道はない」


「あ!なるほど!そういうことですね!!」


 こうして僕たちは、貨幣や宝飾品等、大量の財貨を接収してクルーガー辺境伯邸を後にした。


「此処までで山に帰るつもりだったけど、ちょっと寄り道しようかな?」


「そうね!オババ様も何時帰って来ても良いって言ってたし、少し寄り道しましょう」


「あ、ありがとう」


 僕たちの会話を聴いて、マクシミリアン王子は安堵の表情で礼を言う。しかし、北の辺境伯を味方にできなかったと言う事実に、王子の顔色は随分と悪くなっていた。

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