第4話 序列

 辺境伯とは、辺境の土地に広大な領地を貰った貴族のことだ。他国と接する土地である事が多く。強力な諸侯軍を有する場合が多い。

 そして、北の辺境伯であるクルーガー辺境伯もこの例に漏れない。ルベリア王国と殆ど変わらない規模の大国ランドール王国と隣接し、南に居る西の豪族たちにも睨みを効かせる立地上、常に軍の募集と鍛錬に余念がなく、現在、ルベリア王国に居る3人の辺境伯の中で一番強力な諸侯軍を持つと言われている。


「つまり、その人を味方につければ、一気に状況は動くと?」


「ああ。それにクルーガー卿が此方に付いたとなれば、周辺諸侯も靡く。兄上が何処まで王宮を掌握しているか定かではないし、宰相と軍務卿がどう動くか不明なため、断言はできないが、騎士団と国軍が動かないのなら、状況を一気に五分に持っていける」


 神妙な顔で言うマクシミリアン王子の言葉に少し違和感を感じる。


「宰相と軍務卿がどう関わって来るんですか?」


 殺し合いををするのなら、兵士同士で戦うんじゃないんだろうか?それともその2人はそんなに強いんだろうか?


「ああ。そうか!知らなかったな。現在、我らの父である国王陛下が病で倒れて政務ができない状況だ。こういう場合、普通は王太子が代理を務めるが、その王太子は既に死んでいる。

 今、王宮に居る王族の中で一番継承権が高いのは第3王子だ。この事実を下に、奴が新たな王太子として認められれば、騎士団2千と国軍2万を動かせる事に成る。更に、此方は反乱軍になる。手を貸してくれる貴族は居ないだろうし、勝ち目もない」


「じゃあ北の辺境伯に会っても意味無いじゃないですか?」


 今からでも山に戻って他国に逃げた方が良い。


「あくまでそれは、最悪の場合だ。王太子は国王陛下の指名で立太子するのが慣例だ。現在国王陛下が指名出来る状態ではない以上、どれだけ王太子として振る舞おうとも、奴は正式には王太子ではない。そして、大臣や騎士、貴族はこの事実を重要視するだろう。そうなれば、これは第3王子と第5王子の紛争。騎士団は動かない」


「国軍はどうなんですか?」


「そこで重要なのが、宰相と軍務卿だ。有事の際、国王陛下が判断を下せない場合は、宰相と軍務卿の連名での命令で国軍は動かせる」


「宰相と軍務卿が相手に味方したら拙いと?」


「そういう事だ。だが、その2人を第3王子が味方にできない場合、敵の勢力は南の辺境伯とその一派。此方が北の辺境伯を味方に付ければ、勢力的には五分だ」


「そうなんですか〜。なるほど、ね!」


 話をしながら、さり気なくマクシミリアン王子の隣により、飛んできた矢を掴み取る。


「なっ!!」


「毒矢かな?」


 鏃から変な匂いがするし、たぶんそうだよね。


「街道を移動中に襲撃か。まあ、山で一度も襲われなかったからそうだと思ったけど」


「15人だね」


 隣に寄ってきて、楽しそうに呟くのはヤン。僕と同じく、オババ様の群れで育った人間だ。歳は僕より3つ上の16歳。群れの中での序列は58位。人間だけで比べるなら6番目の実力だ。


「カイル!この狩り、俺に任せろ!!」


「大丈夫?ヤン君そんなに強くないよね?」


「お、お前が異常なだけだよ!俺だってやる時はやるよ!!」


 ホントかな〜。


「見てろよ〜。グルルルゥゥゥ」


 犬歯をむき出しにし、唸り声を上げるヤン君。ああ!狂化か!


「ガウゥ!!」


 声を上げて暗闇の中に駆け出すヤン君。でも、狂化する程の相手かな〜。


「ぎゃぁぁ!!」


「何だコイツ!!こっちの位置が解ってるのか!?」


「馬鹿な!!厳しい訓練を受けた我々が!たった一人の若造に!!」


「この暗闇の中で何故此処まで正確に!!」


「ひっ!強い!!」


 暗闇の中で黒い服を来た人間たちが何の抵抗もできずに、ヤン君に狩られていく。


「す、助太刀しなくて良いのか?敵は多いのだろう?」


 青い顔をしながら訊いてくるマクシミリアン王子。ああ!見えてないのか!僕たちには状況がよく見えるから、助太刀の必要なんて感じないんだけど。


「大丈夫ですよ!もうすぐ勝ちますから」


 笑顔で王子を落ち着かせていると、近くに居たエマねぇが顔を顰める。


「ヤンの馬鹿!獲物の血を飛ばしすぎ、臭くて仕方ない!!私が殺れば良かった」


 確かに、エマねぇならもっと簡単にできたよね。序列14位だし。


「終わったぞ〜」


 言ってる間に、全身を返り血で染めたヤン君が、ニコニコしながら歩いてくる。


「馬鹿!臭い!!近づくな!!」


「いきなり酷い言われよう!!」


 エマねぇの言葉に酷いと声を上げるヤン君。口では酷いと言ってるが、特に気にした様子は無い。


「あ〜。エマ嬢。女性が男性にその様な言葉遣いをするものではないよ!」


「え?何で?」


 エマねぇとヤン君のやり取りに口を挟んだのが、マクシミリアン王子だ。でも、その言葉に僕たちは全員首を傾げる。


「何でと言われても、女性なのだから男性は立てないと」


「コイツ私より弱いわよ?」


「え!そうなのかい!!15人の手練を1人で全滅させた彼より強い!!いや、そうではなく、君は女性なのだから、もっと上品に、男性を立てて発言せねば」


「雌か雄かなんて繁殖の時以外重要じゃないじゃない。大体生まれつきで変えられないし。どうしてそんな意味不明な理由で自分より弱い奴を立てるのか理解できないんだけど?」


「いや、それは、その〜」


「実際、私達の群れのボスは雌であるオババ様だったわ。オババ様が一番強いから、一番偉くて、皆が言う事を聴くの。狼王、魔狼、狼、そして私達8人。合わせて286匹の群れの仲間全員がそうだったわよ」


「に、人間の基準は強さでは無いのだよ。人間は狼と違って文化的だから」


「強さ以外なら何?賢さ?それこそ、この馬鹿に私が劣ってると思えないんだけど?」


 大体脳みそのできの良さこそ、雄雌関係ないし、とエマねぇは付け加える。


 マクシミリアン王子はなんとも言えないモヤモヤした表情をしているが、言葉を上手く見つけられないようだ。


「エマ。そのくらいにしておけ。幼い頃から群れで暮らしてきた我々と、ずっと人間の社会で生きてきた王子では、価値基準が違う」


「ドミニク」


 此処で話を止めたのがドミニク兄さんだ。人間組では最年長の17歳。群れでの序列は、こないだ8位になったところだ。


「お互いが育った環境で変わる価値観は、頭で理解できても、納得はできなのが普通だ。人間の社会ではそういう考え方をすると、知識として理解だけしておけ」


「解った!」


 エマねぇが頷いて黙る。それを確認したドミニク兄さんは次にヤン君に視線を向ける。


「しかし、エマの言は最もだ。近くに川はない。水浴びもできない状態で、そんな血の匂いを全身から漂わされると困る。此方の鼻が効かない」


「わ、わりぃ!ドミニクの兄ぃ」


 エマねぇと違い、冷静に指摘するドミニク兄さんに、ヤン君は若干顔を青くして謝罪する。


「カイル!」


 言うべきことは言ったとでも言うように、ドミニク兄さんが僕に視線を向ける。


「じゃあ!進もうか!!速くクルーガー卿のお膝下の街に着かないと!ね!王子!」


「あ、ああ!」


 できれば明日の朝日が登る頃には休める場所に行っておきたい。急がなくてはいけない。


 歩き始めると、暫くしてマクシミリアン王子がヤン君に寄っていってヒソヒソと話し始める。


 まあ、ヒソヒソと言っても、僕たちの耳には良く聞こえるのだが。


「凄まじい戦闘能力だね。手練の暗殺者達を1人で」


「え!そうっすか?いや〜それほどでも〜」


「ああ。凄まじかったよ。それで、そんな君よりもエマ嬢の方が強いというのは本当なのかい?正直、私には、エマ嬢は可憐な女性にしか見えないのだが?」


「そうっすね。エマは群れでの序列は14位。オババ様やオババ様以外で狼王だった兄さん姉さん方十頭と、カイルとドミニクにぃには勝てないけど、群れに居た78頭の魔狼は、全員、サシじゃエマに勝てなかった」


「ま、魔狼が一対一で勝てない女性!!」


 ヤン君の説明に、マクシミリアン王子がちょっと引いてる。後で知った事だが、魔狼は普通、傭兵や正規兵の様な職業軍人でも5〜6人。マナ持ちでも2〜3人で漸く打ち取れるかどうかの相手らしく、1人で、魔狼に勝てるのは最上位の騎士とか、魔術師の様な極一部の人間だけらしい。


「人間組8人の中では3番目の強さっすね」


「君は何位だったんだい?」


「58位っすね。この中だと6番目。勝てない魔狼の兄さん姉さん方もいっぱい居ました」


「そうなのかい?でも、15人もの手練を1人で倒しただろう?てっきりもっと上なのかと」


 マクシミリアン王子の言葉にヤン君は笑い、僕たちも苦笑してしまう。


「ん?どうした?何か変な事を言っただろうか?」


 ドミニク兄さん以外の全員がクスクスと笑いだした事で、マクシミリアン王子は不思議そうに首を傾げる。


「アレは、相手のミスっすよ。あの人数が、ちゃんと昼間にフルプレートメイル着て、襲ってきたら、俺だったら勝てないっすよ。でも、俺達より目も、耳も、鼻も悪いのに、夜の闇の中で襲いかかってきた。しかも、音を立てないように皮鎧さえ着けてない。そんな状態の奴らになら、負けないっすよ」


「彼ら、夜目が効かなかったのかい?てっきりそういう訓練を受けているものだと」


「多少は見えてるみたいでしたけど、俺達に比べれば全然でしたね」


 マクシミリアン王子は言葉を失い、すぐに何かに気づいた様な表情になる。


「ひょっとして、夜に移動しているのは?」


「わざとっすよ。ドミニク兄ぃの案っす!人間の暗殺者は何故か夜に動くのを好むらしいから、昼間に寝て、夜に万全の状態で相手をすればまず負けないだろうって」


「なるほどな」


 それ以降、会話は途切れ、黙々と皆で歩く。とは言っても、僕たちは全員ピクニック状態だ。息を切らしながら歩くマクシミリアン王子に合わせているので、移動速度はかなり遅い。


「時間掛かりそう。この調子だと後何回襲われるか」


「はぁはぁ!すまないね。だが、此処は既にクルーガー卿の領地の中だ。重装歩兵や重騎兵を並べるようなやり方はできないから、追手は今までと同様、暗殺者が中心だろう」


「まあ、それなら問題ないか」


 それ以降も、暗殺者の襲撃は続いたが、僕たちには大した問題じゃ無かった。


 そして、山を降りて7日目。とうとう僕たちは、クルーガー辺境伯領の領都に到着した。

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