第3話 邂逅

 僕は狼達と一緒に暮らしてるから狼と同じく鼻が良い。人間の匂いが縄張りに入ってきたのはすぐに解る。

 今日も余所者の匂いが縄張りに入ってきたから、退治しに行ったのだけど、ちょっと予想外の状況になった。


「倒れてる?」


『うん。倒れてるね!』


「何で?」


 砂埃と汚れでドロドロで倒れている。


『お腹が空いてるんじゃない?』


「お腹か。連れて帰る?」


『そうだね。オババ様に相談しよう!』


―○●○―


 マクシミリアンが目を覚ますと、そこは木漏れ日が差し込む温かい巨木の根本だった。


「此処は?」


「起きた!」


『本当!起きたね!』


 声がした方を振り向くと、少年と大きな狼の姿が目に入り、マクシミリアンはぎょっとする。


 アレは普通の狼ではなく魔狼だ。


「しょ、少年!!逃げろ!!それは魔狼だ!!殺されるぞ!!」


 よろけながら立ち上がり、なんとか魔狼に対峙しようとするが、空腹と疲労で力が入らない。まあ、万全であったところで、魔狼から逃げられる可能性は極めて低いが。


 一方の少年はと言うと、キョトンとした顔をした後、笑みを浮かべて魔狼を見る。


「アイ。怖がられてるよ!」


『そうね!失礼な人間ね。でも、カイルを心配してるから、悪い人間では無いのかもね』


「ええ!?」


 魔狼から出た、少し高めの声に、マクシミリアンは驚きのあまり腰を抜かす。


「ま、魔狼が、喋った?」


「そんなに珍しいかな?先ずはこれをどうぞ!お腹が空いてるだろうし」


 少年は苦笑しながら、予め熾していた焚き火で焼いた肉と、様々な木の実、更には焼いた川魚等を大きな葉に乗せて、マクシミリアンの眼の前に置く。木をくり抜いて作った様な筒の中には水も入っていた。


「あ!」


 久しぶりの食べ物に、マクシミリアンの腹が空腹を思い出して大きな音を鳴らす。


「おおぉ!!」


 手で鷲掴みにし、肉に齧り付く。作法も行儀も有ったものではない下品な食べ方だが、気にならない。一口ずつ頬ぼる食べ物は、ただ肉を焼いたものや、穫れた木の実そのままと言う、簡素な物だったが、マクシミリアンには王宮で食べたどんな料理よりも美味しく感じた。


「美味い!美味い!!」


 涙を流しながら夢中で頬張るマクシミリアン。あっという間に全て食べきり、水を飲んで落ち着く。


「助かった。ありがとう」


「どういたしまして。でも、お礼を言われるのはちょっと早いかな?」


「どういう事だ?」


 カイルの態度にマクシミリアンは首を傾げる。


「此処はオババ様が治める僕たちの縄張り。貴方が何で僕たちの縄張りで倒れていたのか。オババ様に話してもらいます。

 今後、貴方を此処に留めて全快するまで介抱するか、追い出すかはオババ様が決めます」


「オババ様?」


 カイルは頷き、立ち上がる。


「ついてきて下さい。オババ様の下へ案内します」


「あ、ああ」


 力を入れて、立ち上がろうとした、マクシミリアンだが、威厳の有る声が辺りに木霊して、動きを止める。


『必要ないよカイル。その人間は随分と疲れてるようだからね。儂がこっちに来れば済む話さ』


 木々を縫って現れた“ソレ”にマクシミリアンは血の気が引く。魔狼の最上位種と言われる白銀狼王だ。その毛並みは本物の銀の様に美しく、鋼の剣すら通さない強度を持つ。

 白銀狼王を討伐する方法は、唯一の弱点である眼球に猛毒を塗った矢を打ち込むこと。

 もし、まともに正面から戦うなら一千の兵が居ても負けると言われている。


 しかも、それは、普通の白銀狼王の話である。今、マクシミリアンの眼の前に居る白銀狼王は明らかに普通ではない。白銀狼王は牛より一回り大きいくらいだと聞くが、この白銀狼王は、以前異国の曲芸師の一座が連れていた象なる巨大な生き物よりも更に大きい。

 これが暴れれば、どれだけの被害が出るか解ったものではない。


『さて、お前さんは、どうやらこの国では、かなりお偉いさんの様だ。何故こんな所に居る?此処は国の外れ、田舎も田舎だよ?』


 人間など丸呑みにできそうな大きな口から先程と同じ、威厳の有る声で、言葉が紡がれる。


 その言葉を聞き、マクシミリアンはいくらか冷静さを取り戻す。恐ろしい化物だが、人語を解する知性がある。話が通じると言うことだ。


「実は…」


 マクシミリアンはゆっくりと、第3王子に、濡れ衣を着せられて、追われている事情を話し始めた。


―○●○―


 とりあえず、話は解った。要は兄弟喧嘩だ。最も、普通の兄弟喧嘩ではなく、命がけの物らしいが。


 話を終えたマクシミリアンに、オババ様がゆっくりと問いかける。


『それで、お前さんはこれからどうするつもりだい?』


「どう、とは?」


『この山脈を抜けて、他国に逃げたいって言うなら案内してやれる。一番近いのはオルゴラかねぇ?しかし、そこに拘らなくても、カルデリア、マヌル、ジズエラ。山脈の反対側は全て他国だ。何なら、ランドールに連れて行ってやっても良い。人では進めないような険しい山肌の道も、儂らにはお手の物さ。乗せて行ってやれば、すぐに着くよ』


 オババ様の言葉に、マクシミリアンは少しの間眼を閉じて、考えてからゆっくりと口を開く。


「助けて頂いたこと、感謝しております。しかし、他国に連れて行って頂く必要、ございません」


『ほう!』


「私は、兄、第3王子を討ち、自身と無念に散った第1王子の名誉を回復させます。他国に逃げ込むことなどできません」


『ソレがどれだけ大変な事か解ってるかい?お前さん内乱を起こすと言ってるんだよ?大勢の民が死ぬだろう。国力が衰えるだろう。そして何より、死ぬ者達は隣人同士で殺し合うことに成る』


 オババ様は一度言葉を切ると、少し、マクシミリアンの様子を伺う。


『アンタや第1王子の名誉なんて、殆どの民にとって重要な事じゃない。どんな方法で王に成ろうが、善政を敷けば賢王だ。

 民のためを思うなら、アンタは他国に逃げておくべきだと思うけどね』


「確かに、」


『ん?』


「確かに、そうかも知れません。私が此処で立つことで、平穏に生きられた者達が大勢死ぬことに成るかも知れません。

 ですが、私欲のために血を分けた兄弟すら平気で害せる男が、私欲のために民を害さないと何故言えるのですか!?

 多くの血が流れるでしょう。ですが、それは決着が着くまでの一時の事。このまま奴を王にすれば、奴が私欲のまま、国を動かす暗黒の時代が長く続く事になります」


 まっすぐオババ様を見るマクシミリアンの姿に、僕は感心した。人間で、オババ様相手にあそこまで堂々と話をするのは結構度胸が要る。

 このマクシミリアンと言う男は面白いかも知れない。


『なるほど。良い面構えだ。で、具体的にはどうするつもりだい?今から王都に乗り込むのかい?』


「流石にそれほど無謀ではありません。北の辺境伯殿に助けを求めるつもりです」


『なるほど。宛は有るんだね』


「ええ。第3王子が王になれば、彼の母親の実家であるライフアイゼン侯爵家と、彼の正妻の実家である南の辺境伯家の力が強まります。両家と仲が悪い北の辺境伯殿はなんとか阻止したいと考えるでしょから」


『なるほど。利害の一致か!それは希が有るね。だが、それなら、わざわざこんな山奥に来なくとも、最初から北の辺境伯の下に行けばよかっただろうに』


「追手が迫っておりましたので、逃げ惑った末に迷い込んだ次第です」


 ああ!それであんなボロボロで倒れてたんだ!でも、それなら…


「オババ様!」


『ん?何だい?カイル?』


「追手が居るなら、その人、山の中を通って北の辺境伯領に入った方が良いんじゃないかな?僕が案内しようか?」


『そうだねぇ。それならカイル。人間の子達8人全員で連れて行ってやりな』


「え!?」


『辺境伯のお膝下ともなれば発展した街だろう。皆で見ておいで、その結果、戻って来ないことを選ぶんならそれも良い』


「え!?オババ様!!」


 ちょっと待って!!そんないきなり!!


『ああ。勘違いするんじゃ無いよ。何も戻ってくるなとは言ってない。それこそ来たければ、何時来ても構わんさ。唯、もし人の世を選ぼうと考えた時、儂に変な遠慮をする必要は無いと言っとるのさ』


「それは…うん」


『まあ、そう重く考えず、王子を送り届けるついでに観光がてら見ておいで』


「解りました」


 いきなりだけど、人間の大きな街って興味は有るしね。他の7人と一緒か。一番強いのは僕だから、僕がしっかりしないとな。


―○●○―


『随分急だねオババ様!』


『ん?アイ?ああ。カイル達の件かい?』


『うん。何で急に言い出したのかなって』


『狼は狼の世の中が有って、人には人の世の中が有る。人は人、狼は狼で生きるのが一番自然なことだと儂は思う。それでも、あの子達は10年間成長を見守ってきた群れの仲間だ。だから出て行けなんて言えないし、戻ってきたければ、戻ってこさせる。 

 だが、人の世への道を作ってやることは大切だと思うんだ。今回はまさにそのチャンスだった。それだけだよ』


『そっか!うん。解ったし、安心もした』


『そりゃぁ良かった』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る