第2話 遊狩りを狩る

平原を一匹の狐と、人間を載せた八頭の馬が掛ける。


「追い詰めたな!」


 先頭を行く、白馬にまたがった若い男が声を上げ、馬を止めると、弓を引き絞る。


「終わりだ!!」


 男の名はヒエロニムス。彼は追い詰めた狐の頭目掛けて矢を放つが、狙いを外した矢は狐の目前に突き刺さる。


「!?」


 怪我と疲労から、立ち止まってしまっていた狐は慌てた様子で再び逃げようとする。


「ちっ!お前たち!何をボウっと見ている!」


「はっ!申し訳ありません!!」


「すぐに!」


 ヒエロニムスに付き従っていた六人の騎士風の男たちは、慌てて弓を引き絞り、狐の周囲に矢を放つ。


「コォン!?」


 周囲を矢で囲まれ、逃げ場を失った狐に満を持してヒエロニムスが再び矢を放つ。


「コッ!!」


 狐の額に命中した矢は、哀れな狐の命を奪いとる。


「ふっ!見たか!僕の腕前を!」


「まっこと素晴らしき弓の技量ですヒエロニムス坊っちゃま!」


「ええ。感嘆のあまり言葉も出ません」


「ライフアイゼン家に仕える騎士として、次期当主様がコレほど立派なお方であること、まさに望外の喜びです」


 騎士達から称賛を浴びるヒエロニムスの側に、集団から送れてついてきていた商人風の男が声を掛ける。


「流石でございますな。坊っちゃま!やはり、名人に使われてこそ、一流の弓は生きますな〜」


「うむ。貴様の薦めた弓、見た目の華麗さに違わぬ名弓だった。褒めて使わす」


「ははぁ!」


 揉み手で頭を下げる商人に、騎士の一人が微妙な表情で、大金貨を渡す。


「しかし、アレだな」


「は?いかがいたしました。坊っちゃま?」


 得意満面の顔から一転、表情を顰めるヒエロニムスに騎士達は僅かに表情を引きつらせて問う。


「この平原は獲物が少ないと思ってな。もっと多くの獲物を狩りたいのだが」


「まあ、この平原は広うございますから。動物もそれなりにバラけておりますし」


「もっと、多くの獲物が居る場所は無いのか?」


 ヒエロニムスの問いかけに、騎士達は顔を見合わせる。普段、町で酒に耽るか、娼館に通いつめている彼らには思いつく場所が無いのだ。


「僭越ながら、ゾンバルト伯爵領の外れにあるリガート山脈は動物が豊富と聞きます。どれ程の物かは存じませんが、ひょっとすると坊っちゃまが存分に腕を揮う事が出来る数の獲物が居るかと」


「なるほど、リガート山脈か!行ってみるとしようか!」


 ヒエロニムスはニヤリと笑い、その場を後にした。


ー○●○ー


 ライフアイゼン侯爵家の嫡男ヒエロニムスは暗愚な男であった。気が向けば領民の女性を攫ってきて辱め、弱者を嬲って愉悦に浸る。

 あまりの傍若無人ぶりに父親のライフアイゼン侯爵が頭を抱え、「人ではなく獣を狩れ!」と薦めた。

 彼の狩りの腕はあまり良くなかったが、共の騎士達を協力して狩りを成功させる事が出来た。

 それ以降、狩りは彼の趣味に成った。最近では特に獲物を嬲り殺しにすることを好む。


 そんな彼がリガート山脈に入ったのは、まだ、日が昇ったばかりの頃だった。先日訪れたゾンバルト伯爵の館では歓迎を受け、ヒエロニムスは意気揚々と山に向かったのだが、今、彼の機嫌はすこぶる悪い。


「それにしても辺鄙な場所だな」


 ゾンバルト伯爵の館から山までは大分距離が在ったため、先日は麓の山に泊まったのだが、それがヒエロニムスには気に入らなかった。

 貴族の特権で村長に家を空けさせ、若い村娘を慰みものにして一夜を過ごしたが、街での娯楽に比べるとどうしても不満が残る。


「まあまあ坊っちゃま!獲物が豊富な場所と言うのはそれだけ辺鄙なものでございます。狩りで気分を変えられませ」


「うむ。そうだな」


 騎士の言葉に頷いたヒエロニムスは弓の具合を確かめると、嗜虐的な笑みを浮かべて山に入った。


ー○●○ー


 目を覚まして初めに感じたのは風が運んでくる血の匂いだった。栗鼠に兎、それに狐。


「オババ様!」


『ああ。気づいたかいカイル』


「うん。嫌な匂い」


『山に不届き者が入った様だねぇ』


「ウチの縄張りに入って来るかな?」


『さてねぇ〜。麓の村人達が警告してやっていれば入ってこないだろうけど、どうだかねぇ〜』


「とりあえず、見回って見るね!」


『ああ。頼むよ』


『私も行くよ!』


「アイ!うん。よろしくね!」


 アイを含む3頭の魔狼と15頭の狼を連れて、駆け出す。たぶん、不届き者達は縄張りに入ってくるだろう。こういう時の予想は悪い方に当たる。


ー○●○ー


「ハハハハハ!!最高だなこの山は!!」


 楽しげに笑うヒエロニムスの前では傷だらけの狐が蹲っている。


 まだ生きがあるそれを踏みつけたヒエロニムスは、至近距離で弓を引き絞って、射殺す。


「持っていろ!」


「は!」


 渡された騎士の鞍の後ろには、既に多くの傷だらけの動物の死骸が括り付けられている。


「さて、次は?」


 楽しげに次の獲物を探すヒエロニムスの前に一頭の狼が現れる。


「ひっ!!狼!!」


 共の騎士達は猛獣の出現に怯えた声を出すが、ヒエロニムスは楽しげに笑う。


「丁度良い!一度狼を狩ってみたかった!」


「ぼ、坊っちゃま!危険でございます!!」


「煩い!僕の弓の技量を持ってすれば、どうという事は無い!」


 共の者が止めるのも聞かず、ヒエロニムスは、彼を不思議そうに見つめる狼に矢を放つ。


「ガウッ!?」


 矢は狼の胴をかすり、浅い傷をつける。


「さあ!逃げ回れ!!」


 ヒエロニムスは嗜虐的な笑みを浮かべて次の矢を番えようとするが、狼は彼の予想通りには動かなかった。


「ガウゥゥゥ!!」


「え!?」


 傷つけられた事に怒り、飛び掛かってきた狼にヒエロニムスは驚愕の声を出す。


「うわぁぁぁ!!!」


「ガウゥゥゥ!!」


 ヒエロニムスを押し倒し、喉を噛み切ろうとする狼に対し、彼はとっさに腕を出して首を庇うが、突き出した右腕をガブリと噛まれる。


「ぎゃぁぁぁ!!痛い痛い痛い!!


「グルルルゥゥゥ!!!」


「誰か!!!!」


「ぼ、坊っちゃま!!」


 オロオロする騎士達だが、一人が意を決して、槍で狼の横腹を突く。


「ガウッ!!」


「今だ!!」


「坊っちゃまをお助けしろ!!」


 その行動に背中を押された残りの5人も次々に狼に槍を突き立てていく。


「ガ!ガウゥゥゥン」


 六本の槍に貫かれた狼は、苦しげな声を出して、力を失っていく。


「痛い!痛い!」


「坊っちゃま!お気を確かに!!」


「ああ!右腕が!!」


 腕の痛みに涙の流すヒエロニムスをなんとか助け起こした騎士達は揃って顔を見合わせる。


 応急処置の知識がある者など居ない。


「とりあえず、麓の村に戻ろう」


「そうだな。村人達に手当をさせねば」


 ヒエロニムスを抱え、山を降り始める騎士達にヒエロニムスは怒りの矛先を向ける。


「はぁはぁ!助けるのが遅いわ!愚か者共!!」


「も、申し訳ありません!!」


「村人も村人だ!!この様な危険がある場所と何故言わん!!」


「まっこと、村人達の落ち度でございます。あの愚かな村長には相応の報いを受けさせましょう」


 悪態を吐きながら山を降りだす、ヒエロニムス達。しかし、彼らの前に、一人の少年が立つ


ー○●○ー


 仲間の死体が打ち据えられており、下手人達は僕を不思議そうに見つめている。


「お前は麓の村の子か?」


「調度良い!坊っちゃまの手当を致せ!狼に噛まれたのだ!!」


 鎧を着た男たちが偉そうに言い募るが、頭に入らない。


「その狼を殺したのはお前たちか?」


「狼?それどころでは無い!坊っちゃまが大変なのだ!!」


「早くせよ!!グズグズしていると斬り捨てるぞ!!」


「もう一度だけ訊くよ。仲間を殺したのはお前らか?」


「ええい!」


 鎧を着た男の一人が腰に下げてあった剣を抜いて僕に突きつける。


「いい加減にせよ!貴様…え?」


 抜かれた剣を腕ごともぎ取り、僕はそれを男に突きつける。


「ぎゃぁぁぁ!!」


 煩い悲鳴を上げながら崩れ落ちる男。本当に不快だ。


「訊いてることが解らない?仲間を殺したのはお前らかって、訊いてるの」


「あ、ああ!腕がぁぁぁ!!」


「煩い!」


 もう訊く必要もない。仲間の死体に刺さっている槍からはコイツ等の匂いがする。剣で喉を割いて黙らせる。


「あ、あがぁぁ!!」


「き、貴様!!なんと言うことを!!我らはライフアイゼン侯爵家に仕える騎士だぞ!土民風情がこの様な事をして、唯で済むと思っているのか!!」


 男達が一斉に剣を抜く。うん。腹が立つから、1人で殺ろう。


「皆!見てて」


『解った!!』


「なっ!?声?何処から?ひっ!!」


「狼に囲まれている!!」


 そんなに怯えなくても僕1人で相手をしてあげるよ。


 足に力を込めて地面を蹴り、2人の間を駆け抜ける。すれ違いざまに右側の奴の首を刎ね、左側の奴の首を反対に捻る。


「がっ!!」


「へ!?」


 2人の体が力なく崩れ落ち、残るは4人。鎧の男3人と、眼に痛い、ギラギラした服の男1人だ。


「な、何だ!コイツは!!」


「化物だ!!」


「何をしている!愚か者!!さっさと殺せ!!」


 目に痛い服の男の怒声に、3人は顔を見合わせて頷く。


「3人で一斉に行くぞ!」


「「おう!」」


「「「せーの!!」」」


 敵の掛け声に合わせて、地面を蹴り、上空に飛び上がる。


「へ!?」


「馬鹿な!!」


「ありえ、がふぅ!!!!」


 上空から剣を投げ落として1人を串刺しにし、落下の勢いを乗せて、もう1人の頭を踏み潰す。


「後2人」


「ひっ!ひぃぃぃ!!」


 剣を持つ残りの1人が悲鳴を上げながら剣を投げ捨てて逃げる。


「ば、馬鹿者!!逃げるな貴様!!私を置き去りにするなど許されんぞぉぉ!!」


 目に痛い服の男が止めようと叫ぶが、止まる気配はない。


『ガウゥ』


 逃げる男に襲いかかったアイは、そいつを地面に押し付ける。


『逃げちゃ駄目!仲間の敵!!』


「ひっ!狼が!喋った!!?」


 アイが捕まえてくれたか。なら僕はこっちだな。


「き、貴様!!解っているのか!?」


 目に痛い服の男に向き直ると、そいつは腰を抜かしながらも言い募る。


「私はライフアイゼン家の次期当主だぞ!私に何かしてみろ!!土民が貴族に手を上げれば、一族ことごとく処刑だ!!」


「煩い!」


「ぎゃぁぁぁ!!」


 先ずは逃げないように左足を切り落とす。仲間の痛みを味あわせてから息の根を止めよう。


「き、きさ…」


「右足」


「ひぎゃぁぁぁ!!!」


「こ、こんな、」


「左腕」


「いぎゃぁぁぁ!!!」


「や、やめ、」


「右腕」


「あぁぁぁぁ!!」


「あ、あぁぁ」


「腹」


「ごふぅ!!」


 最後に腹を捌く。すぐには死なないが、苦しみながら死んでいくだろう。


「帰ろう」


『いや、カイル!これは?』


 仲間の死体を持って帰ろうとした時、アイが困惑の声を上げる。


「あ!」


 そう言えばアイが1人捕まえてた。


「た、たすけ、んにょぉぉ!!」


 そいつの顔に剣を突き立てると、変な声をだして2、3度痙攣し、動かなくなる。


「行くよ!!」


『うん、その弔ってあげないとね』


 不届き者達の始末を付けたことも、オババ様に報告しないと!もう知ってるかも知れないけど。

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